上 下
24 / 56

老婆

しおりを挟む
手を繋ぎ晴子さんの家に向かっていた。道中、俺の心臓は全力疾走した後のように鼓動が高まっていた。心臓の位置を的確に感じ、一拍一拍が鮮明に伝わってくる。

お互い無言で歩いていた。

「賢治君かなあ?」

背後から突然声をかけられ振り返ると見覚えのある顔があった。しかし、名前が出て来ず、とりあえず挨拶をした。俺の気持ちを察したのか老婆が口を開いた。

「お久しぶりです。哲也の母です」

あっ、そうだ。哲也の母だ

数年前に会った時は若々しく、とても老婆には見えなかった。しかし、今日の姿は老婆そのものだ。まるで十歳以上も老けたかのように思えた。

「お久しぶりです」

俺はなんとなく老けた理由がわかっていた。おそらく……

「先日、哲也が殉職しま」

やはり、そうか

老婆は涙を流し、最後まで言葉を発することができなかった。俺はその場で崩れる老婆を抱きしめた。

「哲也君は立派な男でした。彼ほど日本の事を考えていた男を他には知りません。どうかお母様、胸を張って哲也君が愛した日本で生き抜いてください」

老婆の涙はさらに溢れ、路上に湖でもできそうだった。

「すみません」

哲也の姉が母に気づき近づいてきた。俺の顔を見るとすぐに気がついた。

「賢治君お久しぶりです、たくましくなったわね。哲也のためにも絶対生き抜いて下さい」

「はい……」

俺は言葉が出ず、涙を流していた。隣にいる晴子さんも目に涙を浮かべて表情は暗かった。

姉は老婆の手を握り、寂しい背中で去って行った。

哲也と最後に会ったのは開戦日だった。あれが最後の別れになるとは思いもしなかった。

彼の中で俺は腰抜けのままだろうな

昔は無邪気に遊んで仲良かったが、最後の別れは後味の悪いものだった。

俺が死んだら天国で、昔のような無邪気さで酒でも飲もう

胸の中で哲也のご冥福を祈っていた。

そうこうしていると晴子さんの家に着いた。

「入ってください」

俺は晴子さんの家に足を踏み入れた。

「そこに座っていてください。お茶でも持ってきますね」

俺は畳の上に腰掛け、ぼんやりと外を眺めていた。窓から見える庭は綺麗に整えられており、池には鯉が数匹、所狭しと泳いでいた。さすがは華族の家系だ。俺の家とは比較にならないほど、優雅で美しい。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

縁側に出て、温かいお茶を二人で啜っていた。

「本土は穏やかですね。ここに居ると全く戦争を感じさせません」

俺は日本美に包まれた庭を眺めながら、晴子さんと話し込んでいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー

ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。 軍人になる為に、学校に入学した 主人公の田中昴。 厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。 そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。 ※この作品は、残酷な描写があります。 ※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。 ※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

米国海軍日本語情報将校ドナルド・キーン

ジユウ・ヒロヲカ
青春
日本と米国による太平洋戦争が始まった。米国海軍は大急ぎで優秀な若者を集め、日本語を読解できる兵士の大量育成を開始する。後の日本文化研究・日本文学研究の世界的権威ドナルド・キーンも、その時アメリカ海軍日本語学校に志願して合格した19歳の若者だった。ドナルドの冒険が始まる。

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

戦争はただ冷酷に

航空戦艦信濃
歴史・時代
 1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…  1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。

処理中です...