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第三章
【妄想プリンセス】脚本・主演 日暮蘭
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──開幕
むかしむかしある所に、パストという名の小さな女の子がおりました。
明るくて元気なパストは、絵本で見たお姫様に強い憧れを持っていました。いつかきらびやかで美しいドレスを身に纏うため、「美」を追い求め続けます。
ある年の春、パストは出逢いました。
お姫様と運命を共にする、王子様に。
(この人が、きっとアタシの王子様だ!)
王子様の特別な存在になるべく、パストはあれこれ策を弄して彼と親しくなろうとします。
手作りのお菓子をプレゼントしたり、困っている時は真っ先に力を貸したり。
それが功を奏し、パストは王子様──もといフッドの親友になることに見事成功したのです。
二人はいくつになっても一緒に過ごし、どんな時でも瞳に同じ景色を映していました。しかしパストが王子様と結ばれるためには、それだけでは足りません。
「親友」という壁の向こう側へ行く必要があるのです。
歳を重ねるにつれて、パスト以外の女の子もフッドの魅力に気が付くようになっていきました。
「フッドくん、私お弁当作ってきたんだ。あっちで一緒に食べようっ」
「え、でも俺はパストと──」
「いいからいいから♪」
「……」
強引な少女たちの存在によって、パストとフッドの間には少しの距離が生まれてしまいます。けれどパストが挫けることはありません。
だって。
(お姫様になるには、試練が必要だもん)
こぶしにグッと力を入れて、申し訳無さそうに教室から去っていくフッドの背中を見つめるパスト。諦めることは絶対にしません。
いつしか二人の心の距離は、叫び声も相手の耳には届かない程のものになっていました。
(だ、大丈夫、大丈夫よパスト。フッドならきっと、最後にはアタシを選んでくれる。今は、我慢すべき時なだけ……)
フッドとあまり話さなくなってしまったことにより、パストの心はヒビだらけ。
そのヒビを埋めてくれるのは──
(アタシはお姫様。フッドのお姫様。いつか二人で、幸せに暮らすのよ)
なんの根拠もない、欲望まみれの妄想。
「ねぇ、パストちゃん? パストちゃん!」
「次の授業体育だよ、急ごう?」
「……シは、……様。二人、は、運命の……」
「何言ってるのパストちゃん! 遅れちゃうよっ」
「大丈夫? ねぇ、保健室行く?」
過剰な妄想は、やがてパストを蝕むようになっていきました。
はじめはただ、ぼ~っとあさっての方向を見ていただけでした。しかしだんだんと独り言をぶつぶつ呟くようになったり、地に響きそうなまでの貧乏ゆすりをしたりと、異変は徐々に成長していきます。
そしていつの頃からか、虚ろな目をしてとてもキレイに笑うようになりました。それを契機に、一連の不審行動はピタリとなくなりました。
が。
その変化は、彼女が妄想に完全に取り込まれたが故のものだったのです。
「フッド、ご飯食べよ~」
「うん。すぐ準備するね」
話さない期間があったことなど嘘のように、かつての距離感を取り戻したパストたち。取り戻した、というよりは、パストが全速力で駆け寄ったと表現した方が正しいかもしれません。
「ねぇパスト。あのさ、たまには二人きりじゃなくて、皆でご飯食べない?」
「……アタシと二人じゃ、不満なの?」
「そ、そうじゃないけど。ただ、他にも俺と食べたいって思ってくれている子がいるからさ」
「別に、そんなのに構う必要ないじゃない」
──アタシがいれば、それだけで。
そう寂しげに呟いて、パストはその場を後にしました。
○ ○ ○
そんな日常が続いていた、ある日のこと。
「パスト知ってる? フッドくん、恋人ができたんだって」
「……はぁ?」
「あれ、知らないんだ。なら教えてあげよっか?」
「お願い」
この会話でパストは、様々な情報を手に入れました。彼の恋人の名はフレンということ、それは彼と同じクラスの人間であること、それから──
「告白は、フッドからしたの……?」
「そうだって何度も言ってるでしょ、いい加減認めなよ」
「嘘、嘘、嘘……。ありえない」
パストの心を守り続けてきた妄想のコーティングが、ピキッと小さな音を立てたけれども、彼女はそれに気付きません。
「フッドは悪い魔法にかけられている」という設定を作り出したパストは、二人を破局に追い込むために力の限りを尽くします。しかし破局の実現は叶わず、あまつさえパストの行動は二人の絆を強固にしてしまいました。
「また、失敗。でも、それでもアタシは、二人を、二人を引き離さないと……っ」
人の不幸のために策を巡らせるその姿は、お姫様と対をなす存在である悪い魔法使いのよう。傍から見たら一目瞭然ですが、当のパストがそんなことに気付く余裕などある筈もなく、暴走は止まりません。
絶望と妄想がぶつかり合い、やがてどちらか一つが床に叩きつけられたグラスの如く砕け散った時、パストはフレンを──還らぬ人に、してしまいました。
「やっと、異物が取り除けた。これでようやくアタシたち、結ばれることができるのよ!」
意気揚々とフッドに告げます。
フッドは一瞬顔に憤激の色をちらつかせましたが、込み上げる悲哀を我慢なんてできる訳なく、ただひたすらに溢れさせました。
「ど、どうして、喜んでくれないの」
「──お前は本当に、愚かだねぇ」
「!?」
突然パストの眼前に現れたのは、ダボダボとした紫色の衣に身を包む老婆でした。
「何、その恰好。魔女じゃあるまいし」
「私は魔女だよ。正真正銘のね」
「あらあら、もしかしてボケちゃったの、おばーちゃん?」
「私はまだ痴呆なんかじゃないよ。それに、私はお前を罰しに来たんだ。あんまり生意気な口を利かない方が賢明だよ」
老婆に睨まれたとは思えない迫力にパストは思わず腰を抜かし、動けなくなってしまいます。
「罰しにって……馬鹿も休み休み言いなさいよ」
「はぁ、お前は口が減らない女だね。キーキーうるさくて腹が立つ。……お前相手に何を言っても無駄だろうね。まぁやった方が早いし、いいか」
どこからかステッキのようなものを取り出した老婆。小声でボソボソと呪文のようなものを唱え、最後にステッキの先をパストへ向けます。
「ステッキまで出して、随分真面目にコスプレしてるのね。でもアンタみたいなヨボヨボなおばーちゃんより、アタシの方が似合うに決まって────」
「外見が綺麗なのは認めるけれど、内面を一切磨いてこなかったみたいだねぇ。まったく、自分のことしか考えられない女が「お姫様になりたい」だなんて、笑わせる。パスト、お前には姫よりも、その従者の方が遥かにお似合いだよ」
老婆は何もない空間に視線を向けながらそう零し、まばらに設置された街灯が照らす夜の街に向け、足を踏み出しました。
──終幕
○ ○ ○
劇を見終えた私達は、校内をぶらぶらとしながら感想を述べ合っていた。
「なんか意外だったよね。蘭がバッドエンドを考えるなんて。というか、結構暗い話だったけど、学校でやって良かったのかな?」
蘭なら明るくてキラキラとした、それこそお姫様が登場しそうな話を作りそうなものだから、妄想に取り込まれていくシーンには驚愕したものだ。
「きっと許可はもらってるだろうし、大丈夫だと思うよ。それより──」
(「おひめさま、ステキよねっ。アタシ、おひめさまにあこがれてるの!」)
「? 戸山君?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「そっか」
(もしかしたら戸山君も、私と同じことを考えているのかもしれないな)
そんな考えを心に宿し、戸山君をお化け屋敷に誘う。
年に一度の文化祭。もう少しで終わってしまうけれど、楽しまないと、損だから。
むかしむかしある所に、パストという名の小さな女の子がおりました。
明るくて元気なパストは、絵本で見たお姫様に強い憧れを持っていました。いつかきらびやかで美しいドレスを身に纏うため、「美」を追い求め続けます。
ある年の春、パストは出逢いました。
お姫様と運命を共にする、王子様に。
(この人が、きっとアタシの王子様だ!)
王子様の特別な存在になるべく、パストはあれこれ策を弄して彼と親しくなろうとします。
手作りのお菓子をプレゼントしたり、困っている時は真っ先に力を貸したり。
それが功を奏し、パストは王子様──もといフッドの親友になることに見事成功したのです。
二人はいくつになっても一緒に過ごし、どんな時でも瞳に同じ景色を映していました。しかしパストが王子様と結ばれるためには、それだけでは足りません。
「親友」という壁の向こう側へ行く必要があるのです。
歳を重ねるにつれて、パスト以外の女の子もフッドの魅力に気が付くようになっていきました。
「フッドくん、私お弁当作ってきたんだ。あっちで一緒に食べようっ」
「え、でも俺はパストと──」
「いいからいいから♪」
「……」
強引な少女たちの存在によって、パストとフッドの間には少しの距離が生まれてしまいます。けれどパストが挫けることはありません。
だって。
(お姫様になるには、試練が必要だもん)
こぶしにグッと力を入れて、申し訳無さそうに教室から去っていくフッドの背中を見つめるパスト。諦めることは絶対にしません。
いつしか二人の心の距離は、叫び声も相手の耳には届かない程のものになっていました。
(だ、大丈夫、大丈夫よパスト。フッドならきっと、最後にはアタシを選んでくれる。今は、我慢すべき時なだけ……)
フッドとあまり話さなくなってしまったことにより、パストの心はヒビだらけ。
そのヒビを埋めてくれるのは──
(アタシはお姫様。フッドのお姫様。いつか二人で、幸せに暮らすのよ)
なんの根拠もない、欲望まみれの妄想。
「ねぇ、パストちゃん? パストちゃん!」
「次の授業体育だよ、急ごう?」
「……シは、……様。二人、は、運命の……」
「何言ってるのパストちゃん! 遅れちゃうよっ」
「大丈夫? ねぇ、保健室行く?」
過剰な妄想は、やがてパストを蝕むようになっていきました。
はじめはただ、ぼ~っとあさっての方向を見ていただけでした。しかしだんだんと独り言をぶつぶつ呟くようになったり、地に響きそうなまでの貧乏ゆすりをしたりと、異変は徐々に成長していきます。
そしていつの頃からか、虚ろな目をしてとてもキレイに笑うようになりました。それを契機に、一連の不審行動はピタリとなくなりました。
が。
その変化は、彼女が妄想に完全に取り込まれたが故のものだったのです。
「フッド、ご飯食べよ~」
「うん。すぐ準備するね」
話さない期間があったことなど嘘のように、かつての距離感を取り戻したパストたち。取り戻した、というよりは、パストが全速力で駆け寄ったと表現した方が正しいかもしれません。
「ねぇパスト。あのさ、たまには二人きりじゃなくて、皆でご飯食べない?」
「……アタシと二人じゃ、不満なの?」
「そ、そうじゃないけど。ただ、他にも俺と食べたいって思ってくれている子がいるからさ」
「別に、そんなのに構う必要ないじゃない」
──アタシがいれば、それだけで。
そう寂しげに呟いて、パストはその場を後にしました。
○ ○ ○
そんな日常が続いていた、ある日のこと。
「パスト知ってる? フッドくん、恋人ができたんだって」
「……はぁ?」
「あれ、知らないんだ。なら教えてあげよっか?」
「お願い」
この会話でパストは、様々な情報を手に入れました。彼の恋人の名はフレンということ、それは彼と同じクラスの人間であること、それから──
「告白は、フッドからしたの……?」
「そうだって何度も言ってるでしょ、いい加減認めなよ」
「嘘、嘘、嘘……。ありえない」
パストの心を守り続けてきた妄想のコーティングが、ピキッと小さな音を立てたけれども、彼女はそれに気付きません。
「フッドは悪い魔法にかけられている」という設定を作り出したパストは、二人を破局に追い込むために力の限りを尽くします。しかし破局の実現は叶わず、あまつさえパストの行動は二人の絆を強固にしてしまいました。
「また、失敗。でも、それでもアタシは、二人を、二人を引き離さないと……っ」
人の不幸のために策を巡らせるその姿は、お姫様と対をなす存在である悪い魔法使いのよう。傍から見たら一目瞭然ですが、当のパストがそんなことに気付く余裕などある筈もなく、暴走は止まりません。
絶望と妄想がぶつかり合い、やがてどちらか一つが床に叩きつけられたグラスの如く砕け散った時、パストはフレンを──還らぬ人に、してしまいました。
「やっと、異物が取り除けた。これでようやくアタシたち、結ばれることができるのよ!」
意気揚々とフッドに告げます。
フッドは一瞬顔に憤激の色をちらつかせましたが、込み上げる悲哀を我慢なんてできる訳なく、ただひたすらに溢れさせました。
「ど、どうして、喜んでくれないの」
「──お前は本当に、愚かだねぇ」
「!?」
突然パストの眼前に現れたのは、ダボダボとした紫色の衣に身を包む老婆でした。
「何、その恰好。魔女じゃあるまいし」
「私は魔女だよ。正真正銘のね」
「あらあら、もしかしてボケちゃったの、おばーちゃん?」
「私はまだ痴呆なんかじゃないよ。それに、私はお前を罰しに来たんだ。あんまり生意気な口を利かない方が賢明だよ」
老婆に睨まれたとは思えない迫力にパストは思わず腰を抜かし、動けなくなってしまいます。
「罰しにって……馬鹿も休み休み言いなさいよ」
「はぁ、お前は口が減らない女だね。キーキーうるさくて腹が立つ。……お前相手に何を言っても無駄だろうね。まぁやった方が早いし、いいか」
どこからかステッキのようなものを取り出した老婆。小声でボソボソと呪文のようなものを唱え、最後にステッキの先をパストへ向けます。
「ステッキまで出して、随分真面目にコスプレしてるのね。でもアンタみたいなヨボヨボなおばーちゃんより、アタシの方が似合うに決まって────」
「外見が綺麗なのは認めるけれど、内面を一切磨いてこなかったみたいだねぇ。まったく、自分のことしか考えられない女が「お姫様になりたい」だなんて、笑わせる。パスト、お前には姫よりも、その従者の方が遥かにお似合いだよ」
老婆は何もない空間に視線を向けながらそう零し、まばらに設置された街灯が照らす夜の街に向け、足を踏み出しました。
──終幕
○ ○ ○
劇を見終えた私達は、校内をぶらぶらとしながら感想を述べ合っていた。
「なんか意外だったよね。蘭がバッドエンドを考えるなんて。というか、結構暗い話だったけど、学校でやって良かったのかな?」
蘭なら明るくてキラキラとした、それこそお姫様が登場しそうな話を作りそうなものだから、妄想に取り込まれていくシーンには驚愕したものだ。
「きっと許可はもらってるだろうし、大丈夫だと思うよ。それより──」
(「おひめさま、ステキよねっ。アタシ、おひめさまにあこがれてるの!」)
「? 戸山君?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「そっか」
(もしかしたら戸山君も、私と同じことを考えているのかもしれないな)
そんな考えを心に宿し、戸山君をお化け屋敷に誘う。
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