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第三章
認めたならば、目指さなくては
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私達は恋人として、終わったと言っても過言ではない。
「木嶋さん」
「木嶋さん?」
「アハハ。そうだね、木嶋さん」
戸山君の声が耳にこびり付いて離れてくれない。どうしてだろうか。私は戸山君のこと、そこまで好きでは無いはずなのに。
そもそも、好きとは何なのだろう。ただひたすらに相手を想うだけなのか? それとも尽くしたい、または守りたいと思うことなのだろうか?
定義があやふや過ぎる。結局、個人の解釈に委ねられるところなのかもしれないな。
「どうしたの、戻ってきてからずっと突っ伏して」
「杏奈……」
「えっ、泣いてるの? 一体海斗に何言われたのよ」
「実は──」
杏奈は真剣に私の話を聞いてくれた。誰かに話すだけでも、多少は心が軽くなるものなのだな。
「なるほど。それって、実質別れたようなものじゃない? 実際口に出して言ってないだけで」
「だ、だよね」
ハァ、とため息をつく。
本当に、聞き間違いというのは厄介なものだ。発言に気をあまり遣わなかった私達にも非はあるかもしれないけれど、明らかに良くないポイントだけを戸山君は耳にしてしまった。
もしかしたら、「お前に幸せなど訪れる訳がないだろう」みたいな考え方をした神様の悪戯なのかもしれない。
「これを機に、と、戸山君にはもっとふさわしい人と付き合ってもらった方が良いのかな」
「え? どうしてそうなるのよ。お母さんのことだってまだ何も解決してないんでしょ、じゃあ判断を下すには早すぎる。そもそも、アンタの意思はどうなるのよ」
杏奈の手が私の肩に優しく乗った。そして彼女は眉をひそめる。
「わ、私の、意思……?」
「そうよ。このまま関係を保ち続けたいのか、疲れたからもう別れてしまいたいのか、それをハッキリさせないと。……海斗がどうこう言う前にまずは自分の本当に目指している未来を語ってって言ってるの!」
私の目指す未来……?
勿論、できることなら幸せになりたい。なりたいよ、そりゃ。
でも、私が思う幸せとは何なのだろう。具体的なものが出てこない。とりあえずお母さんが束縛したりしない人になってくれれば、それで──
(なら私の幸いな未来には、戸山君は必要ないのかな)
そんな、まさか。
叶うのならば、いつも隣で微笑んでいてほしいに決まっている。あの優しい声で、「木嶋さん」と囁いていてほしい。当たり前ではないか、そんなの。
彼が現れたことによって私は変われたのだから。初めは嫌で嫌でたまらなかったけれど、徐々にその考え方もかき消される色んな出来事を味わったから。
「わたっ、私、は……」
「私は?」
それなのに、どうしてだろうか。
“戸山君と居たい”。その言葉が、喉につかえてしまう。
たとえ実現できないとしても、誰かに伝えるだけでスッキリするというのに。どうしても言葉の塊が口から出てこない。
「ねぇ、夕梨にとって海斗はどんな存在? 居ないと死んじゃう?」
「し、死ぬことは、ないと思う……」
あ。
そうか、分かったぞ。
私は、認めたくないだけだったんだ。だからこうして、今も否定している。
ずっと傍に居たから。気が付けばそれが当たり前になっていたから。
だからこそ、戸山君が大切なんだってハッキリと言えなかったんだ。心の中でも、いつも「違う違うそんな筈はない」と本音に背を向けてきた。
要は、単なる照れ隠し。最初の抵抗などもあって、この気持ちをどう処理すべきか判断できなかったのだ。だからただ「ありえない」と言って突き放すだけ。
そう、本当は──
私は戸山君のことが、好きなんだ。
「いやその、マジな話じゃなくて気持ちの問題よ、気持ちの。どれくらい夕梨は海斗を求めてるのかな、っていうのを知りたくて」
「あぁ、なるほど」
もう私は心で認めたのだ。きっと今ならば、本当の気持ちを声に出せるはず。
「私は、で、できることなら戸山君と居たい。ずっと、ずっと」
「やっと言えたわね。ちゃんと素直になれるんじゃない。……夕梨にそういう気持がちゃんとあるのなら、やるべきことは1つよね」
「……復、縁?」
「そう。とにかく誤解を解かないと。そのためにはまず、事の全てを話した方がいいと思うわ。お母さんがどうとか、そういうのも含めてね」
「えっ」
そんな、そうしたら彼はズカズカと干渉してきてしまうではないか。そして私も、何もできないろくでなしのまま。
元に戻っただけで、何の進展もない。いや、別に前に戻りたくないのでなく、どうせならこの機会を利用してお互いに成長できたらと望んでいるだけだ。
そうすれば私達はもっと素晴らしい関係になれる、と思っているから。……こんな考え、自己暗示にしかならないかもしれないけれど。
「そんな事しちゃったら、戸山君はまた私を置き去りにして一人で必死になるよ。一度でもいいから、戸山君に甘えて怠けたりしないで自分の力で何かを成し遂げたい」
杏奈に初めて意見をぶつけた時のように、ブレーキをかけるタイミングを見失った私。
感情という概念が私の中から消去されるまで、このままノンストップで喋り続けていられそうな気分だ。
「それは本当に良い意思だと思うわ。男の優しさに甘ったれる女がごまんといる中で、自己解決を求めてるなんて。でも──」
杏奈は立ち上がって私の頬に手をやり、鼻で挨拶できそうな距離まで顔を寄せる。今までもずっとそうだったけれど、真剣であるというのがより伝わってきた。
「少しくらい、海斗を信じてあげても良いんじゃない? そりゃ二人で話したとき色々あったんだろうけど。でも、それって勘違いしてるから話がこじれた、とも言えなくはないでしょ? 精神が安定してからちゃんと内容を嘘偽りなく丁寧に伝えて話し合ってみたらどう?」
「た、たしかにもう一度話し合う機会は欲しいけど、いつ頃活気を取り戻すのか読めないし、も、もしもそのままズルズルいって冬休みに入ったら……って不安もあるし」
私のネガティブが伝染ってしまったのかもしれない、杏奈がため息をついて椅子に座り直す。
「う~ん、そうね。でもそうやってウジウジ言ってるよりも、何か起こす方が絶対に悔いは残らないと思うわよ。アタシは」
「そ、そうかもしれないけど。でも、何というか、あの時の戸山君はすごく怖くて。視線は確かにこっちに向いているのに、私じゃない何かを見ているみたいだった」
「そう……。まああくまでも相談だし、アタシの発言を行動に移すのかは結局夕梨次第でしかないわ。ただ、最後にアンタが笑っていられる選択をしてほしい」
私の手をそっと握り、笑顔になる杏奈。
「が、頑張るよ」
関われば関わるほど、杏奈は良い人間だ。他人の幸せをこんなにも強く願えるだなんて。
私などよりも、杏奈こそ、真に幸せになるべき人なのだ。
(土手先輩が杏奈に魅力を感じてくれますように)
「木嶋さん」
「木嶋さん?」
「アハハ。そうだね、木嶋さん」
戸山君の声が耳にこびり付いて離れてくれない。どうしてだろうか。私は戸山君のこと、そこまで好きでは無いはずなのに。
そもそも、好きとは何なのだろう。ただひたすらに相手を想うだけなのか? それとも尽くしたい、または守りたいと思うことなのだろうか?
定義があやふや過ぎる。結局、個人の解釈に委ねられるところなのかもしれないな。
「どうしたの、戻ってきてからずっと突っ伏して」
「杏奈……」
「えっ、泣いてるの? 一体海斗に何言われたのよ」
「実は──」
杏奈は真剣に私の話を聞いてくれた。誰かに話すだけでも、多少は心が軽くなるものなのだな。
「なるほど。それって、実質別れたようなものじゃない? 実際口に出して言ってないだけで」
「だ、だよね」
ハァ、とため息をつく。
本当に、聞き間違いというのは厄介なものだ。発言に気をあまり遣わなかった私達にも非はあるかもしれないけれど、明らかに良くないポイントだけを戸山君は耳にしてしまった。
もしかしたら、「お前に幸せなど訪れる訳がないだろう」みたいな考え方をした神様の悪戯なのかもしれない。
「これを機に、と、戸山君にはもっとふさわしい人と付き合ってもらった方が良いのかな」
「え? どうしてそうなるのよ。お母さんのことだってまだ何も解決してないんでしょ、じゃあ判断を下すには早すぎる。そもそも、アンタの意思はどうなるのよ」
杏奈の手が私の肩に優しく乗った。そして彼女は眉をひそめる。
「わ、私の、意思……?」
「そうよ。このまま関係を保ち続けたいのか、疲れたからもう別れてしまいたいのか、それをハッキリさせないと。……海斗がどうこう言う前にまずは自分の本当に目指している未来を語ってって言ってるの!」
私の目指す未来……?
勿論、できることなら幸せになりたい。なりたいよ、そりゃ。
でも、私が思う幸せとは何なのだろう。具体的なものが出てこない。とりあえずお母さんが束縛したりしない人になってくれれば、それで──
(なら私の幸いな未来には、戸山君は必要ないのかな)
そんな、まさか。
叶うのならば、いつも隣で微笑んでいてほしいに決まっている。あの優しい声で、「木嶋さん」と囁いていてほしい。当たり前ではないか、そんなの。
彼が現れたことによって私は変われたのだから。初めは嫌で嫌でたまらなかったけれど、徐々にその考え方もかき消される色んな出来事を味わったから。
「わたっ、私、は……」
「私は?」
それなのに、どうしてだろうか。
“戸山君と居たい”。その言葉が、喉につかえてしまう。
たとえ実現できないとしても、誰かに伝えるだけでスッキリするというのに。どうしても言葉の塊が口から出てこない。
「ねぇ、夕梨にとって海斗はどんな存在? 居ないと死んじゃう?」
「し、死ぬことは、ないと思う……」
あ。
そうか、分かったぞ。
私は、認めたくないだけだったんだ。だからこうして、今も否定している。
ずっと傍に居たから。気が付けばそれが当たり前になっていたから。
だからこそ、戸山君が大切なんだってハッキリと言えなかったんだ。心の中でも、いつも「違う違うそんな筈はない」と本音に背を向けてきた。
要は、単なる照れ隠し。最初の抵抗などもあって、この気持ちをどう処理すべきか判断できなかったのだ。だからただ「ありえない」と言って突き放すだけ。
そう、本当は──
私は戸山君のことが、好きなんだ。
「いやその、マジな話じゃなくて気持ちの問題よ、気持ちの。どれくらい夕梨は海斗を求めてるのかな、っていうのを知りたくて」
「あぁ、なるほど」
もう私は心で認めたのだ。きっと今ならば、本当の気持ちを声に出せるはず。
「私は、で、できることなら戸山君と居たい。ずっと、ずっと」
「やっと言えたわね。ちゃんと素直になれるんじゃない。……夕梨にそういう気持がちゃんとあるのなら、やるべきことは1つよね」
「……復、縁?」
「そう。とにかく誤解を解かないと。そのためにはまず、事の全てを話した方がいいと思うわ。お母さんがどうとか、そういうのも含めてね」
「えっ」
そんな、そうしたら彼はズカズカと干渉してきてしまうではないか。そして私も、何もできないろくでなしのまま。
元に戻っただけで、何の進展もない。いや、別に前に戻りたくないのでなく、どうせならこの機会を利用してお互いに成長できたらと望んでいるだけだ。
そうすれば私達はもっと素晴らしい関係になれる、と思っているから。……こんな考え、自己暗示にしかならないかもしれないけれど。
「そんな事しちゃったら、戸山君はまた私を置き去りにして一人で必死になるよ。一度でもいいから、戸山君に甘えて怠けたりしないで自分の力で何かを成し遂げたい」
杏奈に初めて意見をぶつけた時のように、ブレーキをかけるタイミングを見失った私。
感情という概念が私の中から消去されるまで、このままノンストップで喋り続けていられそうな気分だ。
「それは本当に良い意思だと思うわ。男の優しさに甘ったれる女がごまんといる中で、自己解決を求めてるなんて。でも──」
杏奈は立ち上がって私の頬に手をやり、鼻で挨拶できそうな距離まで顔を寄せる。今までもずっとそうだったけれど、真剣であるというのがより伝わってきた。
「少しくらい、海斗を信じてあげても良いんじゃない? そりゃ二人で話したとき色々あったんだろうけど。でも、それって勘違いしてるから話がこじれた、とも言えなくはないでしょ? 精神が安定してからちゃんと内容を嘘偽りなく丁寧に伝えて話し合ってみたらどう?」
「た、たしかにもう一度話し合う機会は欲しいけど、いつ頃活気を取り戻すのか読めないし、も、もしもそのままズルズルいって冬休みに入ったら……って不安もあるし」
私のネガティブが伝染ってしまったのかもしれない、杏奈がため息をついて椅子に座り直す。
「う~ん、そうね。でもそうやってウジウジ言ってるよりも、何か起こす方が絶対に悔いは残らないと思うわよ。アタシは」
「そ、そうかもしれないけど。でも、何というか、あの時の戸山君はすごく怖くて。視線は確かにこっちに向いているのに、私じゃない何かを見ているみたいだった」
「そう……。まああくまでも相談だし、アタシの発言を行動に移すのかは結局夕梨次第でしかないわ。ただ、最後にアンタが笑っていられる選択をしてほしい」
私の手をそっと握り、笑顔になる杏奈。
「が、頑張るよ」
関われば関わるほど、杏奈は良い人間だ。他人の幸せをこんなにも強く願えるだなんて。
私などよりも、杏奈こそ、真に幸せになるべき人なのだ。
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