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おまけ
ドニーの過去
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私には両親がいない。
いなくなった訳でも、死んだ訳でもない。
この世に存在しないのだ。
何故なら、私が──犯罪組織『DA』に作られた、殺人用人形だからである。
DAは、組織の活動で殺害した人間の死体を張り合わせ、特別な技術を駆使して私──No.2と、兄──No.1を生み出したのだ。
そのきっかけは、初代リーダーである『ダッツ=アロウ』のこんな言葉であった。
「人には、例えどんなに少なくとも、善意というものがある。それは、殺人に多少の抵抗を生んでいるのではないか、と私は考えている。だから、提案したい。どんな命令にも忠実に従い、情もなく残酷な殺人をするだけの、人形を。我らがそれを生み出せれば、活動は大きく変化する上、組織も大きくなっていくだろう」
当時のDAはかなり小規模であった。
メンバーはダッツを含んだ七人のみ。
だが、彼らの能力は並の人間よりもずば抜けて優れている。
例えば、高速移動が得意な、『スペード』。
敵を魅了するのが得意な、『ハート』。
などなど、とにかく個性の溢れたメンバーだったという。
私が作られたのは、生憎にもダッツの死後であった。
その頃の組織は、三百名以上が所属する立派なものになっていた。
「お~い、行くぞ」
と言われ、私と兄が一人の男に付いていく。
意思もなく、命じられた通りに人を殺していくだけの毎日。
どんなに働こうが、褒められたりなんてしない。
──殺人のために、私は作られたのだから。
ある時はじっくり拷問したり、ある時は撲殺したり。
対象によって様々な殺し方を経験してきた。
警察も何人か殺した。
けれど、それはさほど問題にはならなかった。
当時、国には多くの犯罪組織が存在していた。
そのため、警察は今までで一番忙しい時期だったのだそう。
あちらこちらで相次ぐ殺人などに、手を焼いていたみたいだ。
ある日、組織に所属する老人が私達に語り掛けてきた。
「君達、こんな生活で、辛くないかい?」
「……」
私達は基本的に、「はい」と、「任務完了」以外の言葉を話す事が出来ない。
それしかインプットされていないのだ。
それに、『辛い』という感情も、分からなかった。
「そうか、話せないんだったね。でもやっぱり、とても人形には見えんよ。キレイな顔をしている。いつか、笑顔を見てみたいもんだ」
「……」
笑顔……?
キレイな顔……?
何を言っているんだ、この人間は。
そう思いつつも、私の中で、何かが動いた気がした。
それから、老人は毎日私達に何かを話してくれた。
「あんまり大声じゃあ言えないが……。儂はこの組織、大嫌いなんだよ」
「……」
でもまあ確かに、こんな老人がいるのは不自然だと感じていた。
「脅されてね。「死にたくなかったら組織に入れ」と言われ、入るしかなかったんだ」
老人は、涙をこらえているようだった。
「妻を、子供を、孫を……目の前で殺されてね。それに君達の体は……私の孫達の体なんだよ。君達を見ていると、孫達が殺人をしているようで……辛いんだ」
また、『辛い』だ……。
脳裏に、今までの殺人の記憶が浮かぶ。
「ゔぁぁぁ!」
血に塗れてもなお、叫び続ける者。
「……」
すべてを悟り、死をも受け入れる者。
「ヒ、ヒ、ヒヒヒヒィ!」
気が狂って、ひたすらに笑う者。
いずれも、私が止めを刺した。
その時、私は何を思ったのだろう?
────ハッ!
私は、私は……罪のない人を殺すなんて、嫌、だ……。
「わ……たし……も…辛……い…」
あれ?
今、私……喋ってる?
「ぼ…くも……」
老人は、とうとう涙を流した。
「もしや、生まれたのか!? 感情が!」
「そ、うみたい……」
「孫だ……孫の声だ……うぅっ」
老人の涙を見ていると、なんだか目頭が熱くなる。
「こんな所、居たくないだろう?」
私と兄は、大きく、力強く頷いた。
「じゃあ、私の家に行こう。君達は、こんな場所にいるべきじゃない」
老人に手を引かれ、静かに三人で駆け出した。
幸いにも夜だったので、辺りに人もうろついていなかった。
「ふぅ、ふぅ……。ここだよ。儂の家は。小さくてすまないねぇ」
「い、いえ。お家に……いれても……らえ、るだけで、ありが、たいで……す」
兄が拙い言葉で感謝を伝える。
「まあ、とにかくくつろいでいいよ。心を休めるんだ」
「「あり……がとう、ごさ、いま……す」」
三人家の中に入り、今までで一番素敵な時間を過ごした。
◆ ◆ ◆
それから、およそ四年後。
「おじいさ~ん! ご飯できたよ~」
「おぉ、ドニー。今行くよ。ほら、コニーも」
「うん。お腹ペコペコだよ」
ダイニングに、おじいさんと兄がやってきた。
私達には、おじいさんの孫の名前がつけられた。
もう、No.1とNo.2ではない!
「おぉ! 今日のスープは野菜多めだね」
兄は嬉しそうだ。
「うん。採れたてだし、すごい美味しいよ」
「やったぁ!」
兄とおじいさんが席に付き、
「「「いただきます!」」」
と皆で叫んだ。
──コンコン。
「? 誰だろ?」
私は席を立ち、玄関のドアを開いた。
そこには、耳まで口がとどきそうに笑う、不気味な女性が佇んでいた。
「こんにちは」
「あ、どうも……。どちら様ですか?」
女性は鞄から、文字びっしりの紙を取り出した。
「私、こちらの組織の者でございます」
女性はその紙を私に渡す。
『犯罪者撲滅組織』と大きく書かれた下に、説明のような文章。
「そんな組織の人が、私に何の用ですか?」
「貴女が、犯罪者を嫌っていると聞いて。スカウトですよ」
「はぁ? 犯罪者を嫌う人なんて、そこら辺にうじゃうじゃいるでしょう」
「……心当たりは、ありません?」
女性の閉じていた瞳が、少しだけ開眼する。
『闇』しか感じないような、黒い、どす黒い瞳。
「無いことも、無いことも……無い」
「回りくどいですね」
この人の言う心当たり……DAでの事だろうか。
「……あり、ます」
「でしょう? 貴女とお兄さんの能力があれば、我々の組織の活動も良くなると思いません?」
女性はまた瞳を閉じた。
「知らないですよ、もう終わりにして下さい」
「『ナー=チュアー』。この名に聞き覚えは?」
「ありますけど……」
ナー=チュアー……森に訪れた者を次々と殺害していく、最低な女だ。
「元は、彼女を殺害するための組織だったのです。しかし、世の犯罪者を皆殺しにできたら、どれ程素晴らしいでしょう!」
「それじゃあ、貴女だって犯罪者じゃないですか」
女性はムゥ……と口を膨らませた。
「失礼な。違いますよ、これは、正当防衛というやつです」
「そうですか……。けれど、私には関係のないことです。さよなら」
女性は家に入ろうとする私にしがみつく。
「やめてください……」
いい加減にしてほしい。
そろそろ本気で怒鳴りつけてしまいそうだ。
「形式上だけでもいいです! 入っていただけないと、私が殺されるのです!」
「え……」
この人が、殺される?
私を勧誘できなかっただけで?
──私のせいで?
ドクン、ドクン。
「わ、分かりました。私、入ります。兄にも話しておきます」
「……ありがとうございますっ!本当に、本当に!」
殺されるなんて言われれば、簡単には断れない。
(はぁ……兄さんにどう説明すればいいんだろう)
「遅かったねドニー。スープ冷めちゃってるよ」
兄は飲もうとしていたであろう私のスープを元の位置に戻していた。
「……何しようとしてんの」
「ご、ごめん……」
「……そういえば、おじいさんは?」
ダイニングにはいない。
でも玄関に通っていないから、外出はしていないはずだ。
「スープを飲んだら、すぐに寝ちゃったよ」
兄の声色が暗くなる。
「そっか……」
おじいさんは元々病気を患っていたようなのだが、最近どんどん容態が悪くなっている。
体も限界なのだろう。
おじいさんが亡くなってしまったら……私達は、どうすればいいのだろうか。
「というか、誰だったの? 今の」
「『犯罪者撲滅組織』の人。私、入るって言っちゃった。しかも、兄さんにも話をつけるって」
「はい?」
兄は理解に苦しんでいるようだ。
まあ、私もつい先程組織の存在を知ったわけだが。
私は兄に一通りの説明した。
「……へぇ。その紙、見せて?」
「あぁ、はい」
女性に貰った紙を兄に渡す。
「…………成程ね。! ちょ、ドニーこれちゃんと読んだ?」
「え?」
「ほら、ここ、ここ!」
兄が指差したところを見る。
『組織に所属した者は、原則、用意された寮で生活する事』
「え……これ」
「不謹慎かもしれないけど、おじいさんが亡くなったら、僕らがここで生活するのは、アリだね」
「でも少なくとも私は入るって言ったし……それに、近い内に迎えに来るから、準備しておけって女の人が……」
女性が迎えに来るまでに死ね。だなんて、ずっとお世話になったおじいさんに言うのか?
そんなの、出来るわけが無い!
おじいさんには、長生きしてほしい!
されど、その願いが叶うことは無かった。
次の日、おじいさんは永い眠りについた。
「ゔぅ……。おじいさん……」
泣き続ける私の背中をさすりながら、兄も静かに涙を流していた。
「僕も、行くよ。ま、元からそういう話だけどね」
雰囲気を明るくしようとしてか、にへらと兄は力なく笑う。
「うん……」
私の生活は、それからどんどん崩れていく。
おじいさんが亡くなった二日後、女性が私達を迎えにやってきた。
「こんにちは。ドニーさん、コニーさん」
「はじめまして。これからお世話になります」
兄は深々と頭を下げる。
「えぇ。どうも。そういえば、名乗るのが遅かったですね。申し訳ありません。私、パーニー=エインと申します」
「あぁ、どうも」
そっけなく返すことしかできなかった。
「さあ、どうぞお乗り下さい」
「「はい」」
私と兄は、荷物を片手に女性の車に乗った。
DAでよく使用していた車と、同じ臭い。
「出発しますよ~」
──ブルウウゥゥゥン!
車が動き出す。
こんなにそわそわした気持ちで車に乗るのは、初めてだな。
「着きました」
窓から外を見ると、三階建ての小さなビルが住宅街の中にひっそり佇んでいた。
(あれ……かな?)
「早く降りてください?」
「あ、すいません……」
パーニーさんに急かされ、慌てて車を降りる。
「さて、では、ようこそ! 我々の組織へ!」
パーニーさんの笑顔はまだ不気味に思うが、前よりも親しみやすく感じた。
ビル内に入ると、大勢の人が私達の姿を見て拍手をしてくれていた。
さすがにこんな大勢だと、状況関係なく照れてしまう。
「さて……まず、この組織に入ってくれてありがとう」
リーダーであろう若い男性が近付いてきた。
「まあ、あんな事言われたら入るしかないですし……」
「? あんな事? 何か言ったのかい、パーニー君?」
男性はパーニーさんの方を向く。
「あぁ、少し。そうそう、ドニーさん。あれ、嘘です」
「えぇ!?」
「貴女なら引っ掛かってくれると信じてましたよ」
悔しい。
騙されたのか、私は。
「演技力も……追々鍛えていきましょうね」
「……」
★ ★ ★
それから数回任務を受け、立派な組織の一員となった、私と兄。
とうとう組織は、本来の目的である『ナー=チュアー』の殺害に向けて動き出す。
「まずはコニーさんから行って下さい。きっとあの子は一筋縄じゃいかないから、無理そうだったらドニーさんに行ってもらいます」
『あの子』……まるでナー=チュアーとつながりがあるかのような呼び方だ。
「「…はい」」
「まあ方法は自由で。ではこれ。解毒薬です」
「ありがとうございます」
兄は解毒薬を口に含んだ後、森に向かって歩いていった。
この後、どうなったかは言うまでもないだろう。
辛い、人生だった……。
《完》
いなくなった訳でも、死んだ訳でもない。
この世に存在しないのだ。
何故なら、私が──犯罪組織『DA』に作られた、殺人用人形だからである。
DAは、組織の活動で殺害した人間の死体を張り合わせ、特別な技術を駆使して私──No.2と、兄──No.1を生み出したのだ。
そのきっかけは、初代リーダーである『ダッツ=アロウ』のこんな言葉であった。
「人には、例えどんなに少なくとも、善意というものがある。それは、殺人に多少の抵抗を生んでいるのではないか、と私は考えている。だから、提案したい。どんな命令にも忠実に従い、情もなく残酷な殺人をするだけの、人形を。我らがそれを生み出せれば、活動は大きく変化する上、組織も大きくなっていくだろう」
当時のDAはかなり小規模であった。
メンバーはダッツを含んだ七人のみ。
だが、彼らの能力は並の人間よりもずば抜けて優れている。
例えば、高速移動が得意な、『スペード』。
敵を魅了するのが得意な、『ハート』。
などなど、とにかく個性の溢れたメンバーだったという。
私が作られたのは、生憎にもダッツの死後であった。
その頃の組織は、三百名以上が所属する立派なものになっていた。
「お~い、行くぞ」
と言われ、私と兄が一人の男に付いていく。
意思もなく、命じられた通りに人を殺していくだけの毎日。
どんなに働こうが、褒められたりなんてしない。
──殺人のために、私は作られたのだから。
ある時はじっくり拷問したり、ある時は撲殺したり。
対象によって様々な殺し方を経験してきた。
警察も何人か殺した。
けれど、それはさほど問題にはならなかった。
当時、国には多くの犯罪組織が存在していた。
そのため、警察は今までで一番忙しい時期だったのだそう。
あちらこちらで相次ぐ殺人などに、手を焼いていたみたいだ。
ある日、組織に所属する老人が私達に語り掛けてきた。
「君達、こんな生活で、辛くないかい?」
「……」
私達は基本的に、「はい」と、「任務完了」以外の言葉を話す事が出来ない。
それしかインプットされていないのだ。
それに、『辛い』という感情も、分からなかった。
「そうか、話せないんだったね。でもやっぱり、とても人形には見えんよ。キレイな顔をしている。いつか、笑顔を見てみたいもんだ」
「……」
笑顔……?
キレイな顔……?
何を言っているんだ、この人間は。
そう思いつつも、私の中で、何かが動いた気がした。
それから、老人は毎日私達に何かを話してくれた。
「あんまり大声じゃあ言えないが……。儂はこの組織、大嫌いなんだよ」
「……」
でもまあ確かに、こんな老人がいるのは不自然だと感じていた。
「脅されてね。「死にたくなかったら組織に入れ」と言われ、入るしかなかったんだ」
老人は、涙をこらえているようだった。
「妻を、子供を、孫を……目の前で殺されてね。それに君達の体は……私の孫達の体なんだよ。君達を見ていると、孫達が殺人をしているようで……辛いんだ」
また、『辛い』だ……。
脳裏に、今までの殺人の記憶が浮かぶ。
「ゔぁぁぁ!」
血に塗れてもなお、叫び続ける者。
「……」
すべてを悟り、死をも受け入れる者。
「ヒ、ヒ、ヒヒヒヒィ!」
気が狂って、ひたすらに笑う者。
いずれも、私が止めを刺した。
その時、私は何を思ったのだろう?
────ハッ!
私は、私は……罪のない人を殺すなんて、嫌、だ……。
「わ……たし……も…辛……い…」
あれ?
今、私……喋ってる?
「ぼ…くも……」
老人は、とうとう涙を流した。
「もしや、生まれたのか!? 感情が!」
「そ、うみたい……」
「孫だ……孫の声だ……うぅっ」
老人の涙を見ていると、なんだか目頭が熱くなる。
「こんな所、居たくないだろう?」
私と兄は、大きく、力強く頷いた。
「じゃあ、私の家に行こう。君達は、こんな場所にいるべきじゃない」
老人に手を引かれ、静かに三人で駆け出した。
幸いにも夜だったので、辺りに人もうろついていなかった。
「ふぅ、ふぅ……。ここだよ。儂の家は。小さくてすまないねぇ」
「い、いえ。お家に……いれても……らえ、るだけで、ありが、たいで……す」
兄が拙い言葉で感謝を伝える。
「まあ、とにかくくつろいでいいよ。心を休めるんだ」
「「あり……がとう、ごさ、いま……す」」
三人家の中に入り、今までで一番素敵な時間を過ごした。
◆ ◆ ◆
それから、およそ四年後。
「おじいさ~ん! ご飯できたよ~」
「おぉ、ドニー。今行くよ。ほら、コニーも」
「うん。お腹ペコペコだよ」
ダイニングに、おじいさんと兄がやってきた。
私達には、おじいさんの孫の名前がつけられた。
もう、No.1とNo.2ではない!
「おぉ! 今日のスープは野菜多めだね」
兄は嬉しそうだ。
「うん。採れたてだし、すごい美味しいよ」
「やったぁ!」
兄とおじいさんが席に付き、
「「「いただきます!」」」
と皆で叫んだ。
──コンコン。
「? 誰だろ?」
私は席を立ち、玄関のドアを開いた。
そこには、耳まで口がとどきそうに笑う、不気味な女性が佇んでいた。
「こんにちは」
「あ、どうも……。どちら様ですか?」
女性は鞄から、文字びっしりの紙を取り出した。
「私、こちらの組織の者でございます」
女性はその紙を私に渡す。
『犯罪者撲滅組織』と大きく書かれた下に、説明のような文章。
「そんな組織の人が、私に何の用ですか?」
「貴女が、犯罪者を嫌っていると聞いて。スカウトですよ」
「はぁ? 犯罪者を嫌う人なんて、そこら辺にうじゃうじゃいるでしょう」
「……心当たりは、ありません?」
女性の閉じていた瞳が、少しだけ開眼する。
『闇』しか感じないような、黒い、どす黒い瞳。
「無いことも、無いことも……無い」
「回りくどいですね」
この人の言う心当たり……DAでの事だろうか。
「……あり、ます」
「でしょう? 貴女とお兄さんの能力があれば、我々の組織の活動も良くなると思いません?」
女性はまた瞳を閉じた。
「知らないですよ、もう終わりにして下さい」
「『ナー=チュアー』。この名に聞き覚えは?」
「ありますけど……」
ナー=チュアー……森に訪れた者を次々と殺害していく、最低な女だ。
「元は、彼女を殺害するための組織だったのです。しかし、世の犯罪者を皆殺しにできたら、どれ程素晴らしいでしょう!」
「それじゃあ、貴女だって犯罪者じゃないですか」
女性はムゥ……と口を膨らませた。
「失礼な。違いますよ、これは、正当防衛というやつです」
「そうですか……。けれど、私には関係のないことです。さよなら」
女性は家に入ろうとする私にしがみつく。
「やめてください……」
いい加減にしてほしい。
そろそろ本気で怒鳴りつけてしまいそうだ。
「形式上だけでもいいです! 入っていただけないと、私が殺されるのです!」
「え……」
この人が、殺される?
私を勧誘できなかっただけで?
──私のせいで?
ドクン、ドクン。
「わ、分かりました。私、入ります。兄にも話しておきます」
「……ありがとうございますっ!本当に、本当に!」
殺されるなんて言われれば、簡単には断れない。
(はぁ……兄さんにどう説明すればいいんだろう)
「遅かったねドニー。スープ冷めちゃってるよ」
兄は飲もうとしていたであろう私のスープを元の位置に戻していた。
「……何しようとしてんの」
「ご、ごめん……」
「……そういえば、おじいさんは?」
ダイニングにはいない。
でも玄関に通っていないから、外出はしていないはずだ。
「スープを飲んだら、すぐに寝ちゃったよ」
兄の声色が暗くなる。
「そっか……」
おじいさんは元々病気を患っていたようなのだが、最近どんどん容態が悪くなっている。
体も限界なのだろう。
おじいさんが亡くなってしまったら……私達は、どうすればいいのだろうか。
「というか、誰だったの? 今の」
「『犯罪者撲滅組織』の人。私、入るって言っちゃった。しかも、兄さんにも話をつけるって」
「はい?」
兄は理解に苦しんでいるようだ。
まあ、私もつい先程組織の存在を知ったわけだが。
私は兄に一通りの説明した。
「……へぇ。その紙、見せて?」
「あぁ、はい」
女性に貰った紙を兄に渡す。
「…………成程ね。! ちょ、ドニーこれちゃんと読んだ?」
「え?」
「ほら、ここ、ここ!」
兄が指差したところを見る。
『組織に所属した者は、原則、用意された寮で生活する事』
「え……これ」
「不謹慎かもしれないけど、おじいさんが亡くなったら、僕らがここで生活するのは、アリだね」
「でも少なくとも私は入るって言ったし……それに、近い内に迎えに来るから、準備しておけって女の人が……」
女性が迎えに来るまでに死ね。だなんて、ずっとお世話になったおじいさんに言うのか?
そんなの、出来るわけが無い!
おじいさんには、長生きしてほしい!
されど、その願いが叶うことは無かった。
次の日、おじいさんは永い眠りについた。
「ゔぅ……。おじいさん……」
泣き続ける私の背中をさすりながら、兄も静かに涙を流していた。
「僕も、行くよ。ま、元からそういう話だけどね」
雰囲気を明るくしようとしてか、にへらと兄は力なく笑う。
「うん……」
私の生活は、それからどんどん崩れていく。
おじいさんが亡くなった二日後、女性が私達を迎えにやってきた。
「こんにちは。ドニーさん、コニーさん」
「はじめまして。これからお世話になります」
兄は深々と頭を下げる。
「えぇ。どうも。そういえば、名乗るのが遅かったですね。申し訳ありません。私、パーニー=エインと申します」
「あぁ、どうも」
そっけなく返すことしかできなかった。
「さあ、どうぞお乗り下さい」
「「はい」」
私と兄は、荷物を片手に女性の車に乗った。
DAでよく使用していた車と、同じ臭い。
「出発しますよ~」
──ブルウウゥゥゥン!
車が動き出す。
こんなにそわそわした気持ちで車に乗るのは、初めてだな。
「着きました」
窓から外を見ると、三階建ての小さなビルが住宅街の中にひっそり佇んでいた。
(あれ……かな?)
「早く降りてください?」
「あ、すいません……」
パーニーさんに急かされ、慌てて車を降りる。
「さて、では、ようこそ! 我々の組織へ!」
パーニーさんの笑顔はまだ不気味に思うが、前よりも親しみやすく感じた。
ビル内に入ると、大勢の人が私達の姿を見て拍手をしてくれていた。
さすがにこんな大勢だと、状況関係なく照れてしまう。
「さて……まず、この組織に入ってくれてありがとう」
リーダーであろう若い男性が近付いてきた。
「まあ、あんな事言われたら入るしかないですし……」
「? あんな事? 何か言ったのかい、パーニー君?」
男性はパーニーさんの方を向く。
「あぁ、少し。そうそう、ドニーさん。あれ、嘘です」
「えぇ!?」
「貴女なら引っ掛かってくれると信じてましたよ」
悔しい。
騙されたのか、私は。
「演技力も……追々鍛えていきましょうね」
「……」
★ ★ ★
それから数回任務を受け、立派な組織の一員となった、私と兄。
とうとう組織は、本来の目的である『ナー=チュアー』の殺害に向けて動き出す。
「まずはコニーさんから行って下さい。きっとあの子は一筋縄じゃいかないから、無理そうだったらドニーさんに行ってもらいます」
『あの子』……まるでナー=チュアーとつながりがあるかのような呼び方だ。
「「…はい」」
「まあ方法は自由で。ではこれ。解毒薬です」
「ありがとうございます」
兄は解毒薬を口に含んだ後、森に向かって歩いていった。
この後、どうなったかは言うまでもないだろう。
辛い、人生だった……。
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