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終われなかった女
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──ナーは、目覚めた。
(あれ……? 私どうしてこんな所にいるのかし……ら!?)
記憶を失っている様子のナーは、真後ろにあった遺体を見て驚いた。
まさかその原因が自分だなんて、考えてすらいない。
(何ここ……。すごい不気味。早く出ないとっ)
ナーは大急ぎで小屋を飛び出し、森を駆けた。
[どこに行かれるのですか?]
「っヒッ!」
ナーの記憶の中に無い不気味な声が、森中に響く。
突然のことに、ナーは足がすくんでしまった。
[何故、そんなに怯えているのですか? 私何か、しましたか?]
一本の木が、草をかき分けナーにズンズン近寄っていく。
「やめて、近付かないで……」
ナーはじんわりと目を潤ませている。
本当に、森での事を全く覚えていないようだ。
[どうなさったのですかナー様。私ですよ、]
「嫌、嫌ぁ!」
(ゔっ。頭が痛い……)
走れる程の元気があるので忘れてしまいそうになるが、ナーは銃でこめかみを撃たれたのだ。
痛くないはずが無い。
[やっぱり……あの少女のせいで、記憶を失ったんですね]
「少女……?」
ハッ──。
ナーは思い出した。
小屋の中の遺体を。そしてそれが、木の言う少女ではないか、と考えた。
[なら、私は止めません。でも、ナー様。どうか、この森のことを忘れないで下さいね]
木はナーとの別れを惜しんでいるようだが、彼女の手の中にそっと何かを入れて、ニコリと笑った。
ように、ナーは感じた。
(今……顔が見えた?)
「……コレ」
木がナーに渡したのは、小さな人形だった。
[貴女がもう二度と、寂しい思いをしないように。この人形は、ついていけない私の代わりです]
「……ありがとうね」
もう、この木は怖くない。
ナーは幸せそうに、森を駆け抜けたのだった。
(森は抜けられたけど、これからどうしていこうかしらね……)
本人は走っている途中で気付いたようだが、ナーは血塗れのままであるし、何より、こめかみはほんの数十分前に撃たれたのだ。
(やっぱり、病院か。どうしてこうなってるのかはわからないけど)
病院は、車で三十分行ったところにある。
ナーは、それを覚えている。
(あの場所の記憶は無かったみたいだけど、幼い頃の記憶はあるのよね……。どうせならそっちが消えればよかったのに)
つまり、森での事以外の記憶はあるようだ。
ここからは、本当に淡々と説明していく。
病院に訪れたナーは、軽く治療を受けた後、医者も驚くほどの物凄いスピードで傷を治した。
しばらく街をフラフラして生活していると、一人の男性に一目惚れし、やがて結婚することとなる。
しかし、ナーが子を身ごもった頃、夫は病によって亡くなってしまう。
親からの愛を受けたことが無く、非常に不安だった様子のナーだが、特に問題もなく子育てができていた。
だが──
ある日、政府の人間がナーの家にやってきたのだ。
そこで、ナーは森での殺人の話をされ、全ての記憶を取り戻す。
偶然にもナーの娘は、その話の一部始終を聞いてしまった。
母親が信用できなくなった彼女は、家を飛び出す。
心優しい男性に面倒を見てもらえることになった娘。
だが、ナーはそんな彼女を心底心配していた。
『普通』の基準が分からないナーは、大掛かりに捜索活動を行う。
しかし、やっとの思いで見つけた娘に、「お母さんのもとには帰らない!いい加減にしてよ!」などと言われ、ショックでその後はずっと家にこもっていたそう。
それから、誰にも看取られず寂しく死んでいった。
──小さな人形を握り締めながら。
◆ ◆ ◆
「──フゥ。後半がかなりフワッとしてたね。やっぱり資料が無かったのかな?」
本を閉じた男性が、近くで別の本を読んでいる女性に投げかける。
「だろうね。読書の邪魔しないで、パパ」
「ごめんごめん。でも、この人はお前の高祖母にあたる人なんだから、気になるだろう?」
「別に」
「冷たいなぁ。反抗期?」
娘が、バンッと音をたてて本を閉じる。
「黙れって言ってるでしょ!?」
「……怖いよ、明」
父の威厳など微塵も見えない情けない表情で、さらに震えながら彼は言った。
自分の先祖が、どんな人かなんて、想像もつかない。
だが、時には、知らなくたっていい事もある。
そんなものだろう? 人生というのは。
《完》
(あれ……? 私どうしてこんな所にいるのかし……ら!?)
記憶を失っている様子のナーは、真後ろにあった遺体を見て驚いた。
まさかその原因が自分だなんて、考えてすらいない。
(何ここ……。すごい不気味。早く出ないとっ)
ナーは大急ぎで小屋を飛び出し、森を駆けた。
[どこに行かれるのですか?]
「っヒッ!」
ナーの記憶の中に無い不気味な声が、森中に響く。
突然のことに、ナーは足がすくんでしまった。
[何故、そんなに怯えているのですか? 私何か、しましたか?]
一本の木が、草をかき分けナーにズンズン近寄っていく。
「やめて、近付かないで……」
ナーはじんわりと目を潤ませている。
本当に、森での事を全く覚えていないようだ。
[どうなさったのですかナー様。私ですよ、]
「嫌、嫌ぁ!」
(ゔっ。頭が痛い……)
走れる程の元気があるので忘れてしまいそうになるが、ナーは銃でこめかみを撃たれたのだ。
痛くないはずが無い。
[やっぱり……あの少女のせいで、記憶を失ったんですね]
「少女……?」
ハッ──。
ナーは思い出した。
小屋の中の遺体を。そしてそれが、木の言う少女ではないか、と考えた。
[なら、私は止めません。でも、ナー様。どうか、この森のことを忘れないで下さいね]
木はナーとの別れを惜しんでいるようだが、彼女の手の中にそっと何かを入れて、ニコリと笑った。
ように、ナーは感じた。
(今……顔が見えた?)
「……コレ」
木がナーに渡したのは、小さな人形だった。
[貴女がもう二度と、寂しい思いをしないように。この人形は、ついていけない私の代わりです]
「……ありがとうね」
もう、この木は怖くない。
ナーは幸せそうに、森を駆け抜けたのだった。
(森は抜けられたけど、これからどうしていこうかしらね……)
本人は走っている途中で気付いたようだが、ナーは血塗れのままであるし、何より、こめかみはほんの数十分前に撃たれたのだ。
(やっぱり、病院か。どうしてこうなってるのかはわからないけど)
病院は、車で三十分行ったところにある。
ナーは、それを覚えている。
(あの場所の記憶は無かったみたいだけど、幼い頃の記憶はあるのよね……。どうせならそっちが消えればよかったのに)
つまり、森での事以外の記憶はあるようだ。
ここからは、本当に淡々と説明していく。
病院に訪れたナーは、軽く治療を受けた後、医者も驚くほどの物凄いスピードで傷を治した。
しばらく街をフラフラして生活していると、一人の男性に一目惚れし、やがて結婚することとなる。
しかし、ナーが子を身ごもった頃、夫は病によって亡くなってしまう。
親からの愛を受けたことが無く、非常に不安だった様子のナーだが、特に問題もなく子育てができていた。
だが──
ある日、政府の人間がナーの家にやってきたのだ。
そこで、ナーは森での殺人の話をされ、全ての記憶を取り戻す。
偶然にもナーの娘は、その話の一部始終を聞いてしまった。
母親が信用できなくなった彼女は、家を飛び出す。
心優しい男性に面倒を見てもらえることになった娘。
だが、ナーはそんな彼女を心底心配していた。
『普通』の基準が分からないナーは、大掛かりに捜索活動を行う。
しかし、やっとの思いで見つけた娘に、「お母さんのもとには帰らない!いい加減にしてよ!」などと言われ、ショックでその後はずっと家にこもっていたそう。
それから、誰にも看取られず寂しく死んでいった。
──小さな人形を握り締めながら。
◆ ◆ ◆
「──フゥ。後半がかなりフワッとしてたね。やっぱり資料が無かったのかな?」
本を閉じた男性が、近くで別の本を読んでいる女性に投げかける。
「だろうね。読書の邪魔しないで、パパ」
「ごめんごめん。でも、この人はお前の高祖母にあたる人なんだから、気になるだろう?」
「別に」
「冷たいなぁ。反抗期?」
娘が、バンッと音をたてて本を閉じる。
「黙れって言ってるでしょ!?」
「……怖いよ、明」
父の威厳など微塵も見えない情けない表情で、さらに震えながら彼は言った。
自分の先祖が、どんな人かなんて、想像もつかない。
だが、時には、知らなくたっていい事もある。
そんなものだろう? 人生というのは。
《完》
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