10 / 11
終われなかった女
しおりを挟む
──ナーは、目覚めた。
(あれ……? 私どうしてこんな所にいるのかし……ら!?)
記憶を失っている様子のナーは、真後ろにあった遺体を見て驚いた。
まさかその原因が自分だなんて、考えてすらいない。
(何ここ……。すごい不気味。早く出ないとっ)
ナーは大急ぎで小屋を飛び出し、森を駆けた。
[どこに行かれるのですか?]
「っヒッ!」
ナーの記憶の中に無い不気味な声が、森中に響く。
突然のことに、ナーは足がすくんでしまった。
[何故、そんなに怯えているのですか? 私何か、しましたか?]
一本の木が、草をかき分けナーにズンズン近寄っていく。
「やめて、近付かないで……」
ナーはじんわりと目を潤ませている。
本当に、森での事を全く覚えていないようだ。
[どうなさったのですかナー様。私ですよ、]
「嫌、嫌ぁ!」
(ゔっ。頭が痛い……)
走れる程の元気があるので忘れてしまいそうになるが、ナーは銃でこめかみを撃たれたのだ。
痛くないはずが無い。
[やっぱり……あの少女のせいで、記憶を失ったんですね]
「少女……?」
ハッ──。
ナーは思い出した。
小屋の中の遺体を。そしてそれが、木の言う少女ではないか、と考えた。
[なら、私は止めません。でも、ナー様。どうか、この森のことを忘れないで下さいね]
木はナーとの別れを惜しんでいるようだが、彼女の手の中にそっと何かを入れて、ニコリと笑った。
ように、ナーは感じた。
(今……顔が見えた?)
「……コレ」
木がナーに渡したのは、小さな人形だった。
[貴女がもう二度と、寂しい思いをしないように。この人形は、ついていけない私の代わりです]
「……ありがとうね」
もう、この木は怖くない。
ナーは幸せそうに、森を駆け抜けたのだった。
(森は抜けられたけど、これからどうしていこうかしらね……)
本人は走っている途中で気付いたようだが、ナーは血塗れのままであるし、何より、こめかみはほんの数十分前に撃たれたのだ。
(やっぱり、病院か。どうしてこうなってるのかはわからないけど)
病院は、車で三十分行ったところにある。
ナーは、それを覚えている。
(あの場所の記憶は無かったみたいだけど、幼い頃の記憶はあるのよね……。どうせならそっちが消えればよかったのに)
つまり、森での事以外の記憶はあるようだ。
ここからは、本当に淡々と説明していく。
病院に訪れたナーは、軽く治療を受けた後、医者も驚くほどの物凄いスピードで傷を治した。
しばらく街をフラフラして生活していると、一人の男性に一目惚れし、やがて結婚することとなる。
しかし、ナーが子を身ごもった頃、夫は病によって亡くなってしまう。
親からの愛を受けたことが無く、非常に不安だった様子のナーだが、特に問題もなく子育てができていた。
だが──
ある日、政府の人間がナーの家にやってきたのだ。
そこで、ナーは森での殺人の話をされ、全ての記憶を取り戻す。
偶然にもナーの娘は、その話の一部始終を聞いてしまった。
母親が信用できなくなった彼女は、家を飛び出す。
心優しい男性に面倒を見てもらえることになった娘。
だが、ナーはそんな彼女を心底心配していた。
『普通』の基準が分からないナーは、大掛かりに捜索活動を行う。
しかし、やっとの思いで見つけた娘に、「お母さんのもとには帰らない!いい加減にしてよ!」などと言われ、ショックでその後はずっと家にこもっていたそう。
それから、誰にも看取られず寂しく死んでいった。
──小さな人形を握り締めながら。
◆ ◆ ◆
「──フゥ。後半がかなりフワッとしてたね。やっぱり資料が無かったのかな?」
本を閉じた男性が、近くで別の本を読んでいる女性に投げかける。
「だろうね。読書の邪魔しないで、パパ」
「ごめんごめん。でも、この人はお前の高祖母にあたる人なんだから、気になるだろう?」
「別に」
「冷たいなぁ。反抗期?」
娘が、バンッと音をたてて本を閉じる。
「黙れって言ってるでしょ!?」
「……怖いよ、明」
父の威厳など微塵も見えない情けない表情で、さらに震えながら彼は言った。
自分の先祖が、どんな人かなんて、想像もつかない。
だが、時には、知らなくたっていい事もある。
そんなものだろう? 人生というのは。
《完》
(あれ……? 私どうしてこんな所にいるのかし……ら!?)
記憶を失っている様子のナーは、真後ろにあった遺体を見て驚いた。
まさかその原因が自分だなんて、考えてすらいない。
(何ここ……。すごい不気味。早く出ないとっ)
ナーは大急ぎで小屋を飛び出し、森を駆けた。
[どこに行かれるのですか?]
「っヒッ!」
ナーの記憶の中に無い不気味な声が、森中に響く。
突然のことに、ナーは足がすくんでしまった。
[何故、そんなに怯えているのですか? 私何か、しましたか?]
一本の木が、草をかき分けナーにズンズン近寄っていく。
「やめて、近付かないで……」
ナーはじんわりと目を潤ませている。
本当に、森での事を全く覚えていないようだ。
[どうなさったのですかナー様。私ですよ、]
「嫌、嫌ぁ!」
(ゔっ。頭が痛い……)
走れる程の元気があるので忘れてしまいそうになるが、ナーは銃でこめかみを撃たれたのだ。
痛くないはずが無い。
[やっぱり……あの少女のせいで、記憶を失ったんですね]
「少女……?」
ハッ──。
ナーは思い出した。
小屋の中の遺体を。そしてそれが、木の言う少女ではないか、と考えた。
[なら、私は止めません。でも、ナー様。どうか、この森のことを忘れないで下さいね]
木はナーとの別れを惜しんでいるようだが、彼女の手の中にそっと何かを入れて、ニコリと笑った。
ように、ナーは感じた。
(今……顔が見えた?)
「……コレ」
木がナーに渡したのは、小さな人形だった。
[貴女がもう二度と、寂しい思いをしないように。この人形は、ついていけない私の代わりです]
「……ありがとうね」
もう、この木は怖くない。
ナーは幸せそうに、森を駆け抜けたのだった。
(森は抜けられたけど、これからどうしていこうかしらね……)
本人は走っている途中で気付いたようだが、ナーは血塗れのままであるし、何より、こめかみはほんの数十分前に撃たれたのだ。
(やっぱり、病院か。どうしてこうなってるのかはわからないけど)
病院は、車で三十分行ったところにある。
ナーは、それを覚えている。
(あの場所の記憶は無かったみたいだけど、幼い頃の記憶はあるのよね……。どうせならそっちが消えればよかったのに)
つまり、森での事以外の記憶はあるようだ。
ここからは、本当に淡々と説明していく。
病院に訪れたナーは、軽く治療を受けた後、医者も驚くほどの物凄いスピードで傷を治した。
しばらく街をフラフラして生活していると、一人の男性に一目惚れし、やがて結婚することとなる。
しかし、ナーが子を身ごもった頃、夫は病によって亡くなってしまう。
親からの愛を受けたことが無く、非常に不安だった様子のナーだが、特に問題もなく子育てができていた。
だが──
ある日、政府の人間がナーの家にやってきたのだ。
そこで、ナーは森での殺人の話をされ、全ての記憶を取り戻す。
偶然にもナーの娘は、その話の一部始終を聞いてしまった。
母親が信用できなくなった彼女は、家を飛び出す。
心優しい男性に面倒を見てもらえることになった娘。
だが、ナーはそんな彼女を心底心配していた。
『普通』の基準が分からないナーは、大掛かりに捜索活動を行う。
しかし、やっとの思いで見つけた娘に、「お母さんのもとには帰らない!いい加減にしてよ!」などと言われ、ショックでその後はずっと家にこもっていたそう。
それから、誰にも看取られず寂しく死んでいった。
──小さな人形を握り締めながら。
◆ ◆ ◆
「──フゥ。後半がかなりフワッとしてたね。やっぱり資料が無かったのかな?」
本を閉じた男性が、近くで別の本を読んでいる女性に投げかける。
「だろうね。読書の邪魔しないで、パパ」
「ごめんごめん。でも、この人はお前の高祖母にあたる人なんだから、気になるだろう?」
「別に」
「冷たいなぁ。反抗期?」
娘が、バンッと音をたてて本を閉じる。
「黙れって言ってるでしょ!?」
「……怖いよ、明」
父の威厳など微塵も見えない情けない表情で、さらに震えながら彼は言った。
自分の先祖が、どんな人かなんて、想像もつかない。
だが、時には、知らなくたっていい事もある。
そんなものだろう? 人生というのは。
《完》
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ファンタジア!~異世界転移した私は勇者を目指します~
ヤマタ
ファンタジー
突如眩い光に包まれた花咲詩織は異世界へと飛ばされてしまう。そして戦闘経験も無いのに勇者として迎え入れられた挙句、金髪の麗しい王女リリィと魔物討伐に駆り出されることになってしまった。
詩織は体に秘められた特殊な魔力と、伝説の聖剣で果敢に魔物に挑むが立ちはだかるのは強敵ばかり。果たして無事に魔物達を討伐して元の世界へと帰ることができるのか?心を通わせた王女リリィとの絆はどうなっていくのか?
これは平凡な少女詩織が本当の勇者としての伝説を残すまでの物語。
本作は王道的な展開有の異世界百合ファンタジー作品です。天真爛漫な王女のリリィと、元は一般人の詩織が共に成長し、絆を深めながら危機に立ち向かう様子を是非ご覧ください!
季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
櫻井音衣
恋愛
──結婚式の直前に捨てられ
部屋を追い出されたと言うのに
どうして私はこんなにも
平然としていられるんだろう──
~*~*~*~*~*~*~*~*~
堀田 朱里(ホッタ アカリ)は
結婚式の1週間前に
同棲中の婚約者・壮介(ソウスケ)から
突然別れを告げられる。
『挙式直前に捨てられるなんて有り得ない!!』
世間体を気にする朱里は
結婚延期の偽装を決意。
親切なバーのマスター
梶原 早苗(カジワラ サナエ)の紹介で
サクラの依頼をしに訪れた
佐倉代行サービスの事務所で、
朱里は思いがけない人物と再会する。
椎名 順平(シイナ ジュンペイ)、
かつて朱里が捨てた男。
しかし順平は昔とは随分変わっていて……。
朱里が順平の前から黙って姿を消したのは、
重くて深い理由があった。
~*~*~*~*~*~*~*~
嘘という名の
いつ沈むかも知れない泥舟で
私は世間という荒れた大海原を進む。
いつ沈むかも知れない泥舟を守れるのは
私しかいない。
こんな状況下でも、私は生きてる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる