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互いを見つめる二人
19.ザワザワ
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「──でね、あいつ、すっごい喜んじゃって。涙まで流してたのよ」
「何それ、傑作っ。フフッ」
「でしょ? ホント、面白くてたまんないわ」
ドンッ!!
今の女子二人組と誰かがぶつかってしまったようだ。
「ちょっと、気を付けて歩きなさいよ。って、アンタ──」
ポニーテールの女子がぶつかった相手をキッと睨みつけた。が、その人物の顔を見るなり、慌てたような表情に変わる。
彼女の隣に居た女子がニヤリと笑った。
「これは、面白い事になったわね」
ぶつかった相手が顔を上げ、ポニーテールの女子を見つめる。すると、顔はみるみる絶望の色に染まっていった。
「え、美優ちゃん……?」
ポニーテールの女子こと堀川美優は沙愛蘭の親友である人物だった。だからこそ、沙愛蘭は彼女の隣で笑う女子を見て絶望したのだ。
「さ、沙愛蘭……」
美優はばつの悪そうな顔をして沙愛蘭を見つめた。が、その口角は徐々に吊り上がっていく。
「フフ……フハハハハハハッー!!」
やがて美優は堪えきれなくなったのか、大きな笑い声を響かせた。
「──ハッ!」
これまでの事は全て、沙愛蘭の夢。だがそれは、彼女の過去の出来事だ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息が荒くなっていく。
その理由は、この夢の出来事が沙愛蘭にとってものすごいトラウマになっているからだ。
胸が締め付けられるかのような痛みは、鼓動がとてつもなく早いことを物語っている。
(この夢を見るなんて、最悪だ……)
頭を抱えて落胆した。
◆ ◆ ◆
「ふんふ~ん♪ ふふふ~ん♪」
「……楽しそうだね」
沙愛蘭は今日、妹と買い物の約束をしていた。今はその帰りだ。
「お姉ちゃんと買い物って、ほぼ初めてだもん!! すっごい楽しかった~♪」
「私は全然楽しくなかったけどね」
女子の買い物というのは長くなるものだ。衣服や装身具など自身が身に着けるものを選ぶという事で長くなるのだろう。
しかし沙愛蘭は母に買ってもらうのがほとんどなため、夏菜美の迷う時間の長さにうんざりしていた。
「お姉ちゃん、女子っぽくないなぁ。もっと自分に自信持てれば変わると思うけど……」
姉の顔をまじまじと見つめ、考え込む様子の夏菜美。
「別に、買い物長くなりたいとは思わないから大丈夫」
「もう! 買い物長いだけが女子なんじゃないから! ──おめかししろって事!!」
夏菜美が顔を近付けて必死に話すも、その熱意は姉に伝わらない。面倒そうにズーンとした表情を浮かべるのみだ。
「へっ。何言ってんの。私みたいなのが変にお洒落したって無駄なだけだから」
沙愛蘭は身を着飾ったりする事に消極的だ。今まで関わってこなかったのだから当然と言える。
「ハァ、まあいっか。買い物に付いてきてくれるだけでも嬉しかったし。ありがとね~」
(ふぅ、助かった……)
沙愛蘭は安堵すると同時に不安になった。今は大丈夫かもしれないが、いつ今日のようにうるさく言われるか分かったもんじゃないからである。
「……ちょっとトイレ行ってくるね」
ちょうど公園を見かけたので、沙愛蘭はそう言って駆けていった。その姿を見送る妹は、「先帰ってるよ~」と薄情な事を叫んだ。
(待っててくれたって良いのに……)
早く妹に追いつきたくて、沙愛蘭は全速力で走る。女子トイレに入ると、女の啜り泣く声が聞こえてきた。
(!?)
「……っ。うっ……。……っ」
沙愛蘭の体が震えた。
(ゆ、幽霊じゃない……よね?)
この公園は心霊スポットという訳でもないし、第一今は昼間だ。
こんな明るい時間に幽霊は出るものなのか? なんて疑問を抱きながらも、漏れたら困るので一歩ずつゆっくりと進んだ。
「う、うぅ……っ」
(ち、近付いてる……!!)
尋常でない量の汗。
この時の沙愛蘭は、「今、自分は死ぬのだな……」と本気で思っていた。
沙愛蘭は個室のドアの前でピタリと止まると、泣き声がこの中から聞こえてくるというのを理解した。
ドクン、ドクン、ドクン。
──その扉を開けるべきか、否か。
「ぅう……。う……っ」
(幽霊なんていない幽霊なんていない幽霊なんていない!!)
自分に言い聞かせた勢いで、思い切り扉を開けようとした。
が。
ガチャッ!
「あれ? ……あっ」
沙愛蘭は、扉の鍵の表示が赤色である事に気付く。
「うぅ……。な、な、何か……用ですか?」
(あ、どうしよう。来る!)
コツ、コツ、コツ──カチャッ。
鍵の開く音がした瞬間、せめてもの抵抗として沙愛蘭は身構えた。
肩に触れる程度の長さの茶髪を小さく揺らしながら登場した少女の目は、擦られ過ぎたのか赤く腫れている。
「あ。は、入るんですね。……っ。どうぞ」
「あ、いや、えっと、その……」
目の前に涙する少女が居るというのに、自分がズカズカとトイレに入るのが嫌なのか、沙愛蘭は動けずにいた。
「だ、大丈夫ですか……?」
泣いている人間に対してそんな声を掛けるのは普通の事だが、場合によっては不自然になってしまう。
今、沙愛蘭はトイレで一人涙していた少女に「どうぞ、入ってください」と言われたのだ。にも関わらず、「大丈夫?」と声を掛けた。
「え……?」
少女は当然、呆気にとられている。
「あ。ごめんなさい。その、泣いていたから……」
「はあ……」
「……」
(気まずくなっちゃった。どうしよう、今からじゃ個室に入りにくいし……)
沙愛蘭は己の発言に後悔する他なくなっていた。
何時間にも感じる数分の沈黙は、少女によって破られた。
「その……私、友達と遊んでいたんですけど、帰り道、ヤンキーみたいな人に持ち物全て盗られてしまって。その悲しみと情けなさで、涙が……」
(は、話してくれた……っ)
沙愛蘭に口を開いてくれた喜びからか、少女の話に同情したのか、はたまたその両方か。
それは定かではないが、沙愛蘭が涙を流した、という事実は確かであった。
「その気持ち、よく分かりますっ。私、過去にいじめられていたんです。物を盗られた事もありました」
「そ、そうなんですか……?」
「はい」
沙愛蘭も過去に同じ経験ような経験があると知った少女は、沙愛蘭の顔を数秒見つめ、彼女を抱きしめた。
沙愛蘭はそれに動揺する事なく、温かな笑顔で応じた。
二人は当然初対面だが、「この人は自分と似ている」というものを互いに感じ取ったのだろう。
(あぁ……。なんだか落ち着くなぁ)
しばらく抱き合っていた二人だったが、少女がハッと我に返った。
「す、すみません。すごく、気分が高揚してしまって」
「別に気にしてませんよ。それで貴女の心の傷が癒えるなら」
「……ありがとうございます。えっと、それで……今度こそ、お入り下さい」
少女はサッと右に移動し、沙愛蘭に個室に入るよう促した。
「あ……、はい。えっと……。さようなら」
「は、はい。さ、さようなら」
沙愛蘭がゆっくり扉を閉めると、少女の足音が聞こえてきた。
(なんか、変な感じだな……。トイレで抱き合うって)
今更ながら、沙愛蘭はそう思ったのだった。
「何それ、傑作っ。フフッ」
「でしょ? ホント、面白くてたまんないわ」
ドンッ!!
今の女子二人組と誰かがぶつかってしまったようだ。
「ちょっと、気を付けて歩きなさいよ。って、アンタ──」
ポニーテールの女子がぶつかった相手をキッと睨みつけた。が、その人物の顔を見るなり、慌てたような表情に変わる。
彼女の隣に居た女子がニヤリと笑った。
「これは、面白い事になったわね」
ぶつかった相手が顔を上げ、ポニーテールの女子を見つめる。すると、顔はみるみる絶望の色に染まっていった。
「え、美優ちゃん……?」
ポニーテールの女子こと堀川美優は沙愛蘭の親友である人物だった。だからこそ、沙愛蘭は彼女の隣で笑う女子を見て絶望したのだ。
「さ、沙愛蘭……」
美優はばつの悪そうな顔をして沙愛蘭を見つめた。が、その口角は徐々に吊り上がっていく。
「フフ……フハハハハハハッー!!」
やがて美優は堪えきれなくなったのか、大きな笑い声を響かせた。
「──ハッ!」
これまでの事は全て、沙愛蘭の夢。だがそれは、彼女の過去の出来事だ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息が荒くなっていく。
その理由は、この夢の出来事が沙愛蘭にとってものすごいトラウマになっているからだ。
胸が締め付けられるかのような痛みは、鼓動がとてつもなく早いことを物語っている。
(この夢を見るなんて、最悪だ……)
頭を抱えて落胆した。
◆ ◆ ◆
「ふんふ~ん♪ ふふふ~ん♪」
「……楽しそうだね」
沙愛蘭は今日、妹と買い物の約束をしていた。今はその帰りだ。
「お姉ちゃんと買い物って、ほぼ初めてだもん!! すっごい楽しかった~♪」
「私は全然楽しくなかったけどね」
女子の買い物というのは長くなるものだ。衣服や装身具など自身が身に着けるものを選ぶという事で長くなるのだろう。
しかし沙愛蘭は母に買ってもらうのがほとんどなため、夏菜美の迷う時間の長さにうんざりしていた。
「お姉ちゃん、女子っぽくないなぁ。もっと自分に自信持てれば変わると思うけど……」
姉の顔をまじまじと見つめ、考え込む様子の夏菜美。
「別に、買い物長くなりたいとは思わないから大丈夫」
「もう! 買い物長いだけが女子なんじゃないから! ──おめかししろって事!!」
夏菜美が顔を近付けて必死に話すも、その熱意は姉に伝わらない。面倒そうにズーンとした表情を浮かべるのみだ。
「へっ。何言ってんの。私みたいなのが変にお洒落したって無駄なだけだから」
沙愛蘭は身を着飾ったりする事に消極的だ。今まで関わってこなかったのだから当然と言える。
「ハァ、まあいっか。買い物に付いてきてくれるだけでも嬉しかったし。ありがとね~」
(ふぅ、助かった……)
沙愛蘭は安堵すると同時に不安になった。今は大丈夫かもしれないが、いつ今日のようにうるさく言われるか分かったもんじゃないからである。
「……ちょっとトイレ行ってくるね」
ちょうど公園を見かけたので、沙愛蘭はそう言って駆けていった。その姿を見送る妹は、「先帰ってるよ~」と薄情な事を叫んだ。
(待っててくれたって良いのに……)
早く妹に追いつきたくて、沙愛蘭は全速力で走る。女子トイレに入ると、女の啜り泣く声が聞こえてきた。
(!?)
「……っ。うっ……。……っ」
沙愛蘭の体が震えた。
(ゆ、幽霊じゃない……よね?)
この公園は心霊スポットという訳でもないし、第一今は昼間だ。
こんな明るい時間に幽霊は出るものなのか? なんて疑問を抱きながらも、漏れたら困るので一歩ずつゆっくりと進んだ。
「う、うぅ……っ」
(ち、近付いてる……!!)
尋常でない量の汗。
この時の沙愛蘭は、「今、自分は死ぬのだな……」と本気で思っていた。
沙愛蘭は個室のドアの前でピタリと止まると、泣き声がこの中から聞こえてくるというのを理解した。
ドクン、ドクン、ドクン。
──その扉を開けるべきか、否か。
「ぅう……。う……っ」
(幽霊なんていない幽霊なんていない幽霊なんていない!!)
自分に言い聞かせた勢いで、思い切り扉を開けようとした。
が。
ガチャッ!
「あれ? ……あっ」
沙愛蘭は、扉の鍵の表示が赤色である事に気付く。
「うぅ……。な、な、何か……用ですか?」
(あ、どうしよう。来る!)
コツ、コツ、コツ──カチャッ。
鍵の開く音がした瞬間、せめてもの抵抗として沙愛蘭は身構えた。
肩に触れる程度の長さの茶髪を小さく揺らしながら登場した少女の目は、擦られ過ぎたのか赤く腫れている。
「あ。は、入るんですね。……っ。どうぞ」
「あ、いや、えっと、その……」
目の前に涙する少女が居るというのに、自分がズカズカとトイレに入るのが嫌なのか、沙愛蘭は動けずにいた。
「だ、大丈夫ですか……?」
泣いている人間に対してそんな声を掛けるのは普通の事だが、場合によっては不自然になってしまう。
今、沙愛蘭はトイレで一人涙していた少女に「どうぞ、入ってください」と言われたのだ。にも関わらず、「大丈夫?」と声を掛けた。
「え……?」
少女は当然、呆気にとられている。
「あ。ごめんなさい。その、泣いていたから……」
「はあ……」
「……」
(気まずくなっちゃった。どうしよう、今からじゃ個室に入りにくいし……)
沙愛蘭は己の発言に後悔する他なくなっていた。
何時間にも感じる数分の沈黙は、少女によって破られた。
「その……私、友達と遊んでいたんですけど、帰り道、ヤンキーみたいな人に持ち物全て盗られてしまって。その悲しみと情けなさで、涙が……」
(は、話してくれた……っ)
沙愛蘭に口を開いてくれた喜びからか、少女の話に同情したのか、はたまたその両方か。
それは定かではないが、沙愛蘭が涙を流した、という事実は確かであった。
「その気持ち、よく分かりますっ。私、過去にいじめられていたんです。物を盗られた事もありました」
「そ、そうなんですか……?」
「はい」
沙愛蘭も過去に同じ経験ような経験があると知った少女は、沙愛蘭の顔を数秒見つめ、彼女を抱きしめた。
沙愛蘭はそれに動揺する事なく、温かな笑顔で応じた。
二人は当然初対面だが、「この人は自分と似ている」というものを互いに感じ取ったのだろう。
(あぁ……。なんだか落ち着くなぁ)
しばらく抱き合っていた二人だったが、少女がハッと我に返った。
「す、すみません。すごく、気分が高揚してしまって」
「別に気にしてませんよ。それで貴女の心の傷が癒えるなら」
「……ありがとうございます。えっと、それで……今度こそ、お入り下さい」
少女はサッと右に移動し、沙愛蘭に個室に入るよう促した。
「あ……、はい。えっと……。さようなら」
「は、はい。さ、さようなら」
沙愛蘭がゆっくり扉を閉めると、少女の足音が聞こえてきた。
(なんか、変な感じだな……。トイレで抱き合うって)
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