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互いを見つめる二人
16.悩み
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【テストどうでした?】
(あ、沙愛蘭さんからメッセージ!)
十影は嬉しそうにスマホを手にし、ニコニコしながら返信する。
【まあまあでした!】
【私、九〇位だったんですけど、どうしたら順位上がりますかね?】
(う~ん……。分からないですね)
彼女は紅麗亜と同じく一位を保持しているため、上への上がり方は知らなかった。
【まあ、勉強の仕方ではないですか?夏休みは時間がたくさんありますし、一度見直してみるのもいいと思いますよ】
【分かりました!ありがとうございます!】
✾ ✾ ✾
「……」
賑わう廊下の中にただ一人、悲しそうに外を眺める少女が居た。
「アイツ、一人で何してんだろーな」
彼女を見て、通りすがりの男子生徒が一緒に歩いている友人に投げ掛ける。
「どうせ友達がいねーから、一人で外見るしかないんだろ」
「へっ。可哀想な奴だな、斎藤」
「とか言って、ホントは思ってないだろ」
「あ、バレた?ヘヘッ」
彼らは十影に対して慎む様子もなく、ベラベラと本音を述べていく。
(まあ、構わないですけど……。慣れてますし)
特に彼らになんの感情も抱く事なく、十影はその場を去る。こんな事にいちいち悲しんでいてはきりがないのだ。
それ程までに、彼女は疎まれているのだから。
「あ、トカゲさん!こんにちは」
中庭のベンチに腰掛ける純華が十影に手を振り、自身の存在をアピールしている。
「! 純華さん!これからお昼ですか?」
「はい。今、沙愛蘭と紅麗亜が手を洗いに行ってるので、待ってるんです」
「そうなんですね。それと……紅麗亜さん、とは?」
十影が問い掛けたのとほぼ同時に、沙愛蘭と紅麗亜がベンチに戻ってきた。
「あら、沙愛蘭さん。ということは、隣の彼女が紅麗亜さんですか。申し訳ありません。存じ上げなくて」
「いや、いいんですよ。生徒会長だからって生徒全員の名前を把握しなくちゃいない訳じゃないんですから」
気にしてないですよ。と言うかのように、純華は微笑んだ。
「あ、斎藤先輩。こんにちは。一緒に食べるんですか?」
軽く息を切らしながら沙愛蘭は挨拶する。
そんな彼女を押しのけ、紅麗亜がズイと前に出た。
「本当に斎藤先輩だわ……。知り合いだなんて、冗談だと思ってたのに」
若干引き気味で自分を見る十影を、紅麗亜は驚きを隠せない様子でガン見した。
「そんな冗談言わないよ……」
沙愛蘭は対応に困っているようだ。
「じゃ、そろそろ食べようか。それで、トカゲさんは?」
落ち着いた様子で切り出す純華。
「え。あぁ、お昼ですか?」
「はい。一緒に食べませんか?」
「……っ」
十影は感動した。
「一緒に食べるんですか?」という訊かれ方だと、彼女は自分が突き放されたように感じてしまうが、「一緒に食べませんか?」という純華の訊き方には、『貴女と食べたいです』という思いが込められているような気がしたのだ。
「良いんですか?私がご一緒しちゃって」
遠慮がちな十影だが、心の中は喜びしかなかった。
純華はニィっと笑う。
「当たり前じゃないですか。ここにはトカゲさんを嫌う人なんて誰も居ませんよ」
「「そうですよ」」
純華の言葉を支えるように同意する沙愛蘭と紅麗亜。
三人とも優しさに溢れた、温かい笑みを浮かべている。
それを見た十影の口が緩む。
「……ありがとうございます。皆さんと居ると、心が安らぎますっ」
全員がにこやかに昼食を食べている中、十影は突然口を開いて
「皆さんは……悩みってありますか?」
と投げ掛けた。
三人は一瞬きょとんとするも、真面目に考え出した。
……十影の訊き方があまりにも暗かったからだろう。
「……あたし、最近誰かにつけられているような気がするんです。気のせいならいいんですけど、なんだか怖くって」
深刻そうにそう呟いたのは紅麗亜だった。
「えぇっ!?大丈夫なのかい紅麗亜!!何もされてない?」
純華は心配そうに紅麗亜の肩を掴み、彼女の体を揺らした。
「うん……。特別何かしてくる訳じゃないんだけど、視線を感じるの」
そう言う紅麗亜の顔の、血の気が引いていく。
「直接その人の姿を見たんですか?」
あわわと不安な様子の十影。
「ちらりと視界に入ったことならあります。……まあ、それがその時だけで、勘違いだった可能性もありますけど」
純華は紅麗亜の肩を掴んでいた手を離し、腕組みをした。
「そうかい。……お手伝いさんかなんかに車で送ってもらうってことは出来ないのかい?」
紅麗亜は悲しそうに首を振る。
「つけられてるなんて言っても信じてくれないと思うし、仮に信じてくれても『そんな甘ったれたこと言うな』って言われて終わりよ」
場の雰囲気が暗くなっていく。
自分の身に起きたことでは無いのに、沙愛蘭はどんどん不安になっていった。それというのも、彼女は何度かいじめっ子などにつけられたことがあるため、その時の恐怖がフラッシュバックしているのである。
「……なら、皆で小鳥遊さんを家まで送り届ければいいんじゃないかな」
蚊の鳴くような小さな声で沙愛蘭は提案した。
「何言ってんのよ。あたしの家とアンタん家、それなりに遠いじゃない」
と言いつつも、少し頬を赤くした紅麗亜。
「でも、皆と一緒に帰れば小鳥遊さんが怖くなくなるでしょ?……他の人達の都合が悪いなら私だけでもいいからさ」
紅麗亜の手をとり、ニッと笑う沙愛蘭。
「……」
紅麗亜は彼女と視線がぶつかると、すぐさま目を逸らす。
「アタイは大賛成だよ!もしストーカーの野郎が来たら、全力で追っ払ってやるからね!」
腕をポキポキと鳴らし、やる気満々の純華。
(なんだかどんどん話が進んでますが……。この『皆』って、私は含まれているのでしょうか?)
三人が明るい雰囲気を取り戻す中、どう反応すればいいのか十影は分からずにいた。
(って、含まれる筈ありませんよね。紅麗亜さんとは、今日お知り合いになった訳ですから……)
自分を受け入れてもらえて、とても嬉しかったのに。
突然訪れた、孤独。
それがお前の運命だと言わんばかりに。
(結局、私なんかが後輩と仲良くできるわけ無かったんですよね……。私、なんて面倒な先輩なんでしょう)
涙が流れそうだった。しかしそれを、十影は必死に堪える。流してしまえば、後輩達が「あの……。先輩も一緒に行きますか?」と言わなくてはならない流れになってしまう。
それで厄介な先輩と思われ、再び孤独に戻るのは嫌だった。
「あとは──斎藤先輩も、一緒に来てもらえませんか?居てくださると安心です」
そう言ったのは紅麗亜だった。
「え?」
「あ、いや、嫌ならいいんです。でも、生徒会長だし真面目そうな斎藤先輩が一緒に来て頂けたら、嬉しいなって」
「……嬉、しい?」
「はいっ」
自分が居ることで、誰かが喜ぶ?
──ならばその誘い、断る理由が無いではないか。
「分かりました。私もご一緒させて頂きます」
「ありがとうございますっ」
♢ ♢ ♢
「やっぱり四人って心強いわね」
ニコニコしながら楽しそうに進む紅麗亜。
その後ろで歩いている十影も、ワクワクしているのを隠せていない。
「トカゲさん、嬉しそうですね」
純華が茶化すように言うと、それすらも喜ばしい十影は頬を両手で包んだ。
「ええ、まあ……。こんな経験初めてなので」
「そうなんですか!嬉しいです。──トカゲさんと一緒に帰る、初めての人になれるなんて」
「そ、そんな大層なものじゃないですよ」
とは言うものの、やはり口角が上がってしまうのが十影だ。
「小鳥遊さんの家って前見損なったから初めてかぁ。楽しみだな」
沙愛蘭が声を弾ませるが、
「多分、家の前までは来れないと思うわ。お父様が見てるはずだから」
と紅麗亜は返す。
「……交友関係すら制限されてるの?」
沙愛蘭は悲しくなった。
「そういう訳じゃないけど、お父様あんまり友情って言葉好きじゃないのよ」
父の話をする紅麗亜の顔は、辛そうだった。
「……」
普段は沙愛蘭に対しもっと冷めた態度なのに、今日はやけに素直な理由は彼女の感情が悲しみに染まっているからだろう。
(辛くて、私を嫌うことすら忘れているのかな……)
いつも通り馬鹿にされたりするのが嬉しい訳ではない。が、調子が悪そうなのを見ると、ズキッ…と沙愛蘭の胸が痛んだ。
「あれ?なんか二人暗くないかい?せっかくトカゲさんが居るんだから、もっと沢山話をしよう!」
「……これから毎日一緒なんだから、ずっと喋ってたら話すネタ無くなるわよ」
「いや、無くならないよ!アタイ達だってなんだかんだ言って結構長いこと一緒に帰ってるけど、ネタ尽きてないだろう?」
純華は訴えるが、紅麗亜はろくに聞いていない。
「まあまあ、そこまで熱く話すことでもないよ」
沙愛蘭が止めに入ると、十影が口を開いた。
「紅麗亜さんって、お兄様がいらっしゃるんですってね。私にも兄がいて、紅麗亜さんのお兄様と同い年なんですよ」
場の雰囲気を明るくしようと身内の話を持ち出した十影だが、紅麗亜には逆効果だったようだ。
「……そうなんですか。良かったです」
紅麗亜は俯いた。
(あれ?反応が悪い……?もしかして、触れてはいけない話題だったんですか!?)
突如、紅麗亜の顔が青ざめた。
「じゃあ、ここまでで良いです。三人とも、ありがとうございました」
紅麗亜は会釈をして、スタスタ歩いていった。
その後ろ姿は妙に悲しげだったという。
「「「……」」」
三人は何も言わず、自分達の家へと向かっていったのだった。
✾ ✾ ✾
【そういえば、斎藤先輩お昼にどうしてあんな事訊いたんですか?】
沙愛蘭からのメッセージ。
(悩みってありますか?ってやつですよね、確か)
十影の目が虚ろになった。
【私も悩みがあるので、他の皆さんはどうなのかとふと疑問に思ったんです。もう気にしなくていいですよ】
【そうなんですか。やっぱり、人って何かしら悩みを抱えているものですもんね】
【ですよね。……でも、苦しんでいるのは私だけなのではないかと思ってしまうんです】
十影がそう思うのにも無理はない。
彼女は、自分と同じ三学年の生徒達が辛い思いをしている姿を見たことが無いのだ。いつもいつも、面倒だったり難しい役目は生徒会長だからと十影に回される。
他の生徒達は楽な仕事を遅いペースで行うのだ。
【その気持ちは、良くわかります。ですけど、最近解かってきたんです。人間皆それなりに、苦しんで生きているってことが。私が周りを見ていなかっただけで、嫌な思いをしている人はいるんだってことが】
十影はしばらく立ったまま、動けなかった。
(私が周りを見ていなかっただけという事ですか……)
ただ、気持ちがズゥン…と暗くなる。
後輩である沙愛蘭はきっと、悩み苦しみ暗く沈んだ感情から誰かに救われたのだろう。
(おそらくは、純華さんでしょうね)
自分自身の力だけで他人にまで気をやるのはきっと無理だと十影は理解していた。誰かがこの孤独に苦しむ自分をすくい上げてくれなくては、ずっとこのままだと。
沙愛蘭や純華、紅麗亜とは関係を持ったものの、やはりともに居られる時間が少ない。
【盲点でした。沙愛蘭さんは純華さんのお陰で変わることができたのでしょうね】
十影はおもむろに手を動かし、メッセージを送信した。
【そ、そうなんですかね……】
(いつか、私にも現れるのでしょうか……。一人だけの世界から、私を飛び出させてくれる人)
十影は哀しそうにメッセージを眺めながら、心の中で呟いた。
(あ、沙愛蘭さんからメッセージ!)
十影は嬉しそうにスマホを手にし、ニコニコしながら返信する。
【まあまあでした!】
【私、九〇位だったんですけど、どうしたら順位上がりますかね?】
(う~ん……。分からないですね)
彼女は紅麗亜と同じく一位を保持しているため、上への上がり方は知らなかった。
【まあ、勉強の仕方ではないですか?夏休みは時間がたくさんありますし、一度見直してみるのもいいと思いますよ】
【分かりました!ありがとうございます!】
✾ ✾ ✾
「……」
賑わう廊下の中にただ一人、悲しそうに外を眺める少女が居た。
「アイツ、一人で何してんだろーな」
彼女を見て、通りすがりの男子生徒が一緒に歩いている友人に投げ掛ける。
「どうせ友達がいねーから、一人で外見るしかないんだろ」
「へっ。可哀想な奴だな、斎藤」
「とか言って、ホントは思ってないだろ」
「あ、バレた?ヘヘッ」
彼らは十影に対して慎む様子もなく、ベラベラと本音を述べていく。
(まあ、構わないですけど……。慣れてますし)
特に彼らになんの感情も抱く事なく、十影はその場を去る。こんな事にいちいち悲しんでいてはきりがないのだ。
それ程までに、彼女は疎まれているのだから。
「あ、トカゲさん!こんにちは」
中庭のベンチに腰掛ける純華が十影に手を振り、自身の存在をアピールしている。
「! 純華さん!これからお昼ですか?」
「はい。今、沙愛蘭と紅麗亜が手を洗いに行ってるので、待ってるんです」
「そうなんですね。それと……紅麗亜さん、とは?」
十影が問い掛けたのとほぼ同時に、沙愛蘭と紅麗亜がベンチに戻ってきた。
「あら、沙愛蘭さん。ということは、隣の彼女が紅麗亜さんですか。申し訳ありません。存じ上げなくて」
「いや、いいんですよ。生徒会長だからって生徒全員の名前を把握しなくちゃいない訳じゃないんですから」
気にしてないですよ。と言うかのように、純華は微笑んだ。
「あ、斎藤先輩。こんにちは。一緒に食べるんですか?」
軽く息を切らしながら沙愛蘭は挨拶する。
そんな彼女を押しのけ、紅麗亜がズイと前に出た。
「本当に斎藤先輩だわ……。知り合いだなんて、冗談だと思ってたのに」
若干引き気味で自分を見る十影を、紅麗亜は驚きを隠せない様子でガン見した。
「そんな冗談言わないよ……」
沙愛蘭は対応に困っているようだ。
「じゃ、そろそろ食べようか。それで、トカゲさんは?」
落ち着いた様子で切り出す純華。
「え。あぁ、お昼ですか?」
「はい。一緒に食べませんか?」
「……っ」
十影は感動した。
「一緒に食べるんですか?」という訊かれ方だと、彼女は自分が突き放されたように感じてしまうが、「一緒に食べませんか?」という純華の訊き方には、『貴女と食べたいです』という思いが込められているような気がしたのだ。
「良いんですか?私がご一緒しちゃって」
遠慮がちな十影だが、心の中は喜びしかなかった。
純華はニィっと笑う。
「当たり前じゃないですか。ここにはトカゲさんを嫌う人なんて誰も居ませんよ」
「「そうですよ」」
純華の言葉を支えるように同意する沙愛蘭と紅麗亜。
三人とも優しさに溢れた、温かい笑みを浮かべている。
それを見た十影の口が緩む。
「……ありがとうございます。皆さんと居ると、心が安らぎますっ」
全員がにこやかに昼食を食べている中、十影は突然口を開いて
「皆さんは……悩みってありますか?」
と投げ掛けた。
三人は一瞬きょとんとするも、真面目に考え出した。
……十影の訊き方があまりにも暗かったからだろう。
「……あたし、最近誰かにつけられているような気がするんです。気のせいならいいんですけど、なんだか怖くって」
深刻そうにそう呟いたのは紅麗亜だった。
「えぇっ!?大丈夫なのかい紅麗亜!!何もされてない?」
純華は心配そうに紅麗亜の肩を掴み、彼女の体を揺らした。
「うん……。特別何かしてくる訳じゃないんだけど、視線を感じるの」
そう言う紅麗亜の顔の、血の気が引いていく。
「直接その人の姿を見たんですか?」
あわわと不安な様子の十影。
「ちらりと視界に入ったことならあります。……まあ、それがその時だけで、勘違いだった可能性もありますけど」
純華は紅麗亜の肩を掴んでいた手を離し、腕組みをした。
「そうかい。……お手伝いさんかなんかに車で送ってもらうってことは出来ないのかい?」
紅麗亜は悲しそうに首を振る。
「つけられてるなんて言っても信じてくれないと思うし、仮に信じてくれても『そんな甘ったれたこと言うな』って言われて終わりよ」
場の雰囲気が暗くなっていく。
自分の身に起きたことでは無いのに、沙愛蘭はどんどん不安になっていった。それというのも、彼女は何度かいじめっ子などにつけられたことがあるため、その時の恐怖がフラッシュバックしているのである。
「……なら、皆で小鳥遊さんを家まで送り届ければいいんじゃないかな」
蚊の鳴くような小さな声で沙愛蘭は提案した。
「何言ってんのよ。あたしの家とアンタん家、それなりに遠いじゃない」
と言いつつも、少し頬を赤くした紅麗亜。
「でも、皆と一緒に帰れば小鳥遊さんが怖くなくなるでしょ?……他の人達の都合が悪いなら私だけでもいいからさ」
紅麗亜の手をとり、ニッと笑う沙愛蘭。
「……」
紅麗亜は彼女と視線がぶつかると、すぐさま目を逸らす。
「アタイは大賛成だよ!もしストーカーの野郎が来たら、全力で追っ払ってやるからね!」
腕をポキポキと鳴らし、やる気満々の純華。
(なんだかどんどん話が進んでますが……。この『皆』って、私は含まれているのでしょうか?)
三人が明るい雰囲気を取り戻す中、どう反応すればいいのか十影は分からずにいた。
(って、含まれる筈ありませんよね。紅麗亜さんとは、今日お知り合いになった訳ですから……)
自分を受け入れてもらえて、とても嬉しかったのに。
突然訪れた、孤独。
それがお前の運命だと言わんばかりに。
(結局、私なんかが後輩と仲良くできるわけ無かったんですよね……。私、なんて面倒な先輩なんでしょう)
涙が流れそうだった。しかしそれを、十影は必死に堪える。流してしまえば、後輩達が「あの……。先輩も一緒に行きますか?」と言わなくてはならない流れになってしまう。
それで厄介な先輩と思われ、再び孤独に戻るのは嫌だった。
「あとは──斎藤先輩も、一緒に来てもらえませんか?居てくださると安心です」
そう言ったのは紅麗亜だった。
「え?」
「あ、いや、嫌ならいいんです。でも、生徒会長だし真面目そうな斎藤先輩が一緒に来て頂けたら、嬉しいなって」
「……嬉、しい?」
「はいっ」
自分が居ることで、誰かが喜ぶ?
──ならばその誘い、断る理由が無いではないか。
「分かりました。私もご一緒させて頂きます」
「ありがとうございますっ」
♢ ♢ ♢
「やっぱり四人って心強いわね」
ニコニコしながら楽しそうに進む紅麗亜。
その後ろで歩いている十影も、ワクワクしているのを隠せていない。
「トカゲさん、嬉しそうですね」
純華が茶化すように言うと、それすらも喜ばしい十影は頬を両手で包んだ。
「ええ、まあ……。こんな経験初めてなので」
「そうなんですか!嬉しいです。──トカゲさんと一緒に帰る、初めての人になれるなんて」
「そ、そんな大層なものじゃないですよ」
とは言うものの、やはり口角が上がってしまうのが十影だ。
「小鳥遊さんの家って前見損なったから初めてかぁ。楽しみだな」
沙愛蘭が声を弾ませるが、
「多分、家の前までは来れないと思うわ。お父様が見てるはずだから」
と紅麗亜は返す。
「……交友関係すら制限されてるの?」
沙愛蘭は悲しくなった。
「そういう訳じゃないけど、お父様あんまり友情って言葉好きじゃないのよ」
父の話をする紅麗亜の顔は、辛そうだった。
「……」
普段は沙愛蘭に対しもっと冷めた態度なのに、今日はやけに素直な理由は彼女の感情が悲しみに染まっているからだろう。
(辛くて、私を嫌うことすら忘れているのかな……)
いつも通り馬鹿にされたりするのが嬉しい訳ではない。が、調子が悪そうなのを見ると、ズキッ…と沙愛蘭の胸が痛んだ。
「あれ?なんか二人暗くないかい?せっかくトカゲさんが居るんだから、もっと沢山話をしよう!」
「……これから毎日一緒なんだから、ずっと喋ってたら話すネタ無くなるわよ」
「いや、無くならないよ!アタイ達だってなんだかんだ言って結構長いこと一緒に帰ってるけど、ネタ尽きてないだろう?」
純華は訴えるが、紅麗亜はろくに聞いていない。
「まあまあ、そこまで熱く話すことでもないよ」
沙愛蘭が止めに入ると、十影が口を開いた。
「紅麗亜さんって、お兄様がいらっしゃるんですってね。私にも兄がいて、紅麗亜さんのお兄様と同い年なんですよ」
場の雰囲気を明るくしようと身内の話を持ち出した十影だが、紅麗亜には逆効果だったようだ。
「……そうなんですか。良かったです」
紅麗亜は俯いた。
(あれ?反応が悪い……?もしかして、触れてはいけない話題だったんですか!?)
突如、紅麗亜の顔が青ざめた。
「じゃあ、ここまでで良いです。三人とも、ありがとうございました」
紅麗亜は会釈をして、スタスタ歩いていった。
その後ろ姿は妙に悲しげだったという。
「「「……」」」
三人は何も言わず、自分達の家へと向かっていったのだった。
✾ ✾ ✾
【そういえば、斎藤先輩お昼にどうしてあんな事訊いたんですか?】
沙愛蘭からのメッセージ。
(悩みってありますか?ってやつですよね、確か)
十影の目が虚ろになった。
【私も悩みがあるので、他の皆さんはどうなのかとふと疑問に思ったんです。もう気にしなくていいですよ】
【そうなんですか。やっぱり、人って何かしら悩みを抱えているものですもんね】
【ですよね。……でも、苦しんでいるのは私だけなのではないかと思ってしまうんです】
十影がそう思うのにも無理はない。
彼女は、自分と同じ三学年の生徒達が辛い思いをしている姿を見たことが無いのだ。いつもいつも、面倒だったり難しい役目は生徒会長だからと十影に回される。
他の生徒達は楽な仕事を遅いペースで行うのだ。
【その気持ちは、良くわかります。ですけど、最近解かってきたんです。人間皆それなりに、苦しんで生きているってことが。私が周りを見ていなかっただけで、嫌な思いをしている人はいるんだってことが】
十影はしばらく立ったまま、動けなかった。
(私が周りを見ていなかっただけという事ですか……)
ただ、気持ちがズゥン…と暗くなる。
後輩である沙愛蘭はきっと、悩み苦しみ暗く沈んだ感情から誰かに救われたのだろう。
(おそらくは、純華さんでしょうね)
自分自身の力だけで他人にまで気をやるのはきっと無理だと十影は理解していた。誰かがこの孤独に苦しむ自分をすくい上げてくれなくては、ずっとこのままだと。
沙愛蘭や純華、紅麗亜とは関係を持ったものの、やはりともに居られる時間が少ない。
【盲点でした。沙愛蘭さんは純華さんのお陰で変わることができたのでしょうね】
十影はおもむろに手を動かし、メッセージを送信した。
【そ、そうなんですかね……】
(いつか、私にも現れるのでしょうか……。一人だけの世界から、私を飛び出させてくれる人)
十影は哀しそうにメッセージを眺めながら、心の中で呟いた。
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