不思議な二人

鍵山 カキコ

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初々しい二人

8.ドッキドキ!?な、お出掛け![後編]

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~その頃の純華~
(遅いねぇ……。まあ結構混んでたし、これくらいはするか)
 平常心を取り戻し、スマホで漫画を読みながら待っていた。
 そう。
 沙愛蘭の境遇を、知りもせずに。
 まあ、これで知っている方が驚きであるが。

~沙愛蘭~
「アンタ誰と来たの?ま、なんとなく察しは出来るけど?一応ね」
 香彩の質問に、沙愛蘭は弱々しく
「……あ、雨宮さんと……」
 と答える。
「声が小さい!」
 バシンッと一発、頬を叩かれた。
 理不尽すぎる怒り。
 まさか、こんな事になるなんて、誰が予想できただろう。
 沙愛蘭は目に涙を浮かべている。
 しかし決して、それを垂らしてはならない。
 垂らした時、どんな攻撃を受けるか、知れたものじゃない。
(久し振り過ぎて、体が痛みを忘れていたのかな……。痛みが響いてる)
 頬を押さえる沙愛蘭。
(い、いじめ?)
 などと思いつつ、何も行動できない周りの女性達。
「声が小さいって言われたら普通直すでしょ!」
 と言って、香彩は沙愛蘭の腹に蹴りを入れる。
「ゔっ……!ごめんなさい」
 今度は腹を押さえた沙愛蘭。
 そして、彼女は考える。
(前まではこんな事されても、何も感じなかったのに……)
 自分が純華に救われ、幸せな思いをしなければ。
 ずっと、今まで通りいじめられていたら。
 今の痛みには、何も感じなかったはず。
 なら、純華に救われなければ良かったのか?
「その声も小さいわよ!」
 沙愛蘭の思考を乱すかのように、香彩は彼女の足を踏みつけた。
「ギッ……ごめんなさ……い!」
「今のは大きかったわね。一応認めてあげるわ。それに……来たみたいよ、ほら、見て?」
 沙愛蘭は彼女の指差した左を向く。
 五人程の女子達が、キャハハと笑いながら香彩の元へ歩み寄る。
 周りの女性達もそれを見て、さすがに止めなければならないと思ったようで、そのうちの一人が
「ちょっと貴女達!これ、いじめよね?今すぐやめなさい!」
 と叫んだ。
「はあ……」
 香彩さ面倒そうにため息をつき、女性に鋭い視線を向けた。
 女性はゾクッと体を震わせた。
(今時の子ってこんなに怖いのね……)
「メイクの邪魔になったなら謝りますけど……。貴女はやめろと言える立場ですか?」
「はぁ?何を言っているの、人間として当然のルールよ!その子だって嫌がっているでしょう?」
 女性が沙愛蘭を指差す。
「嫌がってる……ふ~ん。そうですか。なら、本人に確かめてみましょう?嫌がっているのか」
 香彩は自信満々に笑った。
「嫌がっているに決まってるじゃないの」
 女性は不思議そうに首を傾げる。
「どうでしょう?フフフッ」
 香彩は余裕の笑みを浮かべた。
 その姿に、女性は恐れをなす。
「で、どうなの?」
 香彩は沙愛蘭をじっと見つめる。
 瞬きもせず、視線を逸らすこともなく。
 当然の如く、沙愛蘭は──
「嫌……じゃ、ない……です」
 と答えた。
 勝者の顔をした香彩は、女性に対して
「だ、そうですよ?もういいでしょう?これから、私達はこの子をかわいがってあげないといけないんです!」
 と、顔を近づけ話した。
 女性は悔しそうに、
「わ、分かったわよ……」
 とだけ言って去っていった。
(……)
 沙愛蘭は女性の後ろ姿を見つめる。
 さっき「嫌だ」と言っていれば、あの女性に救われ、何かが変わったかもしれないという事は、彼女自身も十分理解していた。
 だが、彼女は受け入れてしまった。
 自分の境遇を。
 歪めてはいけなかった、運命さだめを。
「偉かったわね、褒めてあげる」
「ありがとう……」
 香彩の言葉に感謝を返しただけなのに、彼女は沙愛蘭の胸ぐらを掴んた。
「褒めてあげるって言っただけでしょ?調子に乗らないでくれる?」
「……ごめんなさい」
「…全く…まあ、謝れるならいいわ」
 香彩は沙愛蘭から手を離す。
(理不尽な怒り……だけど、私は耐えなきゃ!それが、私の義務だから……)
 純華達との幸せな思い出に、香彩達からのいじめの記憶が上書きされていく。
 頭の中が、黒く染まる。
 一筋の光なんて、信じてはいけなかったんだ。
 後が、辛くなるだけだから。
 気付けば、パウダールームでメイクしていた人達が居なくなっていた。
 メイクをしたくて近寄った人々も、雰囲気を感じ取ってかすぐに引き返した。
「さあ、感動の再会として、とびきり素敵なことをしてあげる♪」
 悪魔のような、香彩の叫び。
 彼女を虚ろな目で見つめる、沙愛蘭。
 周りの女子達は、「ククク……」などと声を漏らしてニヤニヤしている。
「じゃあまずは、顔から──」
「ちょっと待ちな!アンタ達!」
 どんよりと渦巻く、どす黒い闇。
 それを浄化するような、新たな存在。
 そう、それは──
 雨宮 純華である!
「雨宮さん……!」
 沙愛蘭は複雑な顔をする。
 助けに来てくれて、嬉しくない訳がない。
 だが、今のように、また同じ事になったら?
 再びいじめを受ける可能性があるのならば、幸せな経験なんて、思い出なんて、辛さを倍増させるといっても過言では無かった。
 少なくとも、沙愛蘭にとっては。
「何よアンタ、また来たの?」
 香彩は余裕そうに言ったようだが、その額には冷や汗が。
「また同じ事をするなんて、懲りないねぇアンタも。……今度は腹パンなんかじゃ済まさないよ?」
 純華の鋭い視線は、香彩のわずかだった不安を何倍にも増加させた。
(あんな顔もするんだ……)
 いつも沙愛蘭には、優しい顔しか見せない純華。
 そんな彼女の、明らかに怒ったような表情。
 そしてそれは、自分の為の怒り。
(……なんでだろう…)
 沙愛蘭には理解出来なかった。
 どうしてこんな自分に?
 大した取り柄もなければ、顔が特別整っている訳でもない。
 更にいえば、いじめられている(た)身であるのに。
「……」
 純華は沙愛蘭の事を見つめた。
 そして、気付いたのだ。
 ここで、香彩らに暴力を振るえば、結局は自分も同じになってしまうという事に。
「なに?怖気づいてるの?できないの?所詮、その程度だったって事ね。アンタらの友情も」
 香彩は純華の攻撃が無い事で威張れる程に元気になっていた。
「……」
 純華は何も答えない。
 だがそれは、弱さではない。
「アンタも何も答えられないの?全く……。案外似たもの同士じゃないの」
 香彩がそう言ったタイミングで、純華は彼女にデコピンした。
「……った!」
「アタイが、アンタなんかに怖気づく訳ないだろ?けじめだよ、人間としての」
 純華の堂々としていて大人びた立ち姿を見て、沙愛蘭は感動してしまった。
 理解したのだ。彼女の考えを。
「ほら、ぼけーっとしてないで、アンタ達も」
 純華は香彩の後ろで終始ニヤニヤしていただけの女子達にもデコピンをくらわす。
「いったぁぁぁ!」
「友達同士でふざけてやるのとはわけが違うからね。本気だよ。アタイ、珍しく」
「ささ、もう一発」とでも言いたそうに構える純華。
 しかし香彩達は額を押さえながら、
「ヒィィ!もう嫌ぁ!」
 と叫びパウダールームから出ていった。
(あ……。私、助けてもらったんだ。前と、同じように。なんだろうこの感覚……)
 静かになった空間の中、考えを巡らせる沙愛蘭。
 彼女に、純華はニッと笑ってみせた。
 すると、沙愛蘭の瞳から液体が零れた。
 悲しみや、苦しみの涙じゃない。
 これは──喜びの涙だ。
(あぁ。私やっぱり、雨宮さんと一緒に居たかったんだ。いじめなんて、嫌だったんだ……)
 沙愛蘭は涙を流しながら、純華に微笑みを返す。
「ありがとう……。雨宮さん」
「いいや、当然のことさ。さて、じゃ、どっかで昼食食べよう」
「……うん!」
 二人の出会い。
 二人の絆。
 沙愛蘭がいじめられていなければ、成り立たなかった関係。
(こういうのを……皮肉っていうのかな……)
 だが、構わない。
 沙愛蘭はもう、決めたのだ。
 雨宮純華に、付いていくと。
 自分自身も、強くなると。
          《初々しい二人 完》
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