三流魔法使いの弟子

さくな

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仰向けから横向き寝転ぶと、若々しく生い茂った草が鼻をくすぐった。様々な種類の草が生え、所々名前の分からない花が咲いている。

野原の中心に少しだけ小高くなった山部分で寝転ぶ私。ここで日向ぼっこをするのが日課だったりする。すぐ近くには深い森が広がっており、人の出入りを妨げているようだ。風が草花を撫で、通り過ぎ去る音に耳をすませる。

あぁ、平和だなぁ…

なんて思って私は気持ちの良い時間を噛みしめていた。再び仰向けになって天を仰げば視野いっぱいに広がる青。青空には真っ白な大きな雲。それらは青空と言う大海原を悠々と流れていく。

私は前世では考えられないほど安穏な日々を過ごしていた。真っ黒な雲や、紫色の霧が立ち込めていた世界と同じ世界とは思えないほど平和で、綺麗な空気が世界を包んでいた。その世界の代償に一人の勇者と一人の魔女の命が失われたことは誰も知らない。

「エマー!」

見知った人の声がしたのですぐさま起き上がり、声の聞こえた方向へ小走りで向かう。進行方向に進む度、草木が私の進行を促すように倒れ、私が過ぎ去ると元の位置へ何事もなかったかのように戻った。草木が生い茂る草原から抜け出したのに私の体には土はおろか草すらついていない。獣道へ出ると、先ほどの声の主を見つけた私は顔を綻ばせながら声をかける。

「ゲイルさん、いつもありがとう」

私の視界の先には荷台から荷物を降ろしている老年の男性。その後ろには白い石造りの赤い屋根の家。荷台から荷物を降ろしているのはは商人のゲイルさん。領主の言いつけで森深くに住む私の家まで必要なものを定期的にもってきてくれる。ゲイルさんは嫌われ者の魔女に嫌悪するでもなく普通に接してくれる。まるで自分の娘のように。それが領主からの命令かもしれないが、それでもわざわざ危険を犯して森に入ってきてくれるのだ、ゲイルさんには感謝しかない。ちなみに、領主へのお代は私の作る薬だ。

「エマ、来月は別の者が配達に来るが構わないかい?」

少し心配そうにするゲイルさん。私は笑顔を向けながらそれに応える。

「大丈夫よ、何かあるの?」

「あぁ、遠くに住んでいる娘がね、結婚することになったんだ」

「そうなの?おめでとう!じゃあ旅の安全を祈るおまじないをかけてあげる!」

「ありがとう。魔女様。魔女様に魔法をかけてもらえるなんて幸せだな」

ゲイルさんは目元の皺をより深く刻み、優しく目を細めた。口元はひげで隠されているため口元は見えないが、きっと笑ってくれていることだろう。いつもはエマと呼んでくれるのに、魔法をかける時だけゲイルさんは私を魔女様と敬った。それに少し照れながらも笑いかける。

腰のベルトに下げていた20センチくらいの杖を取り出し、それをゲイルさんに向ける。ゲイルさんは地面ということも気にせず地面に片膝をつき、かぶっていた帽子をとって私に頭を下げた。

「ゲイルさんの旅の無事と成功を祈って」

そう言って、私が呪文を唱えると杖の先から金色の光が零れ落ち、ゲイルさんに降り注いだ。ほんのり太陽のような温かさが彼を包んだことだろう。呪文が終わるとゲイルさんは立ち上がり、私に何度もお礼を言ってくれた。

荷物を入れ替えたゲイルさんは日が落ちる前に森を抜けたいということで足早に去っていった。それもそのはずだ。暗い森には獣や盗賊が紛れることがある。悪くすると凶暴な魔物に出くわすこともある。

ゲイルさんを見送った私は自分の家に入り、火の灯っていない暖炉に近づき、杖を近づけて呪文を唱える。今は季節でいうところの春先だが、この地域は夜は肌寒くなる。なので、真っ暗になる前に火を灯そうと思い、呪文を唱えたが、呪文は発動しなかった。

「しまった…」

私はそう言いつつ、溜息をついて顔を引きつらせる。肩を落としつつ、水場のそばにあった蔓のかごに手を入れ、その一つを手に取る。蔓の中には同じ大きさの透明な小瓶がところ狭しとひしめき合っていた。小瓶を夕日にかざすし、中の状態を確認する。小瓶の中心には小さな炎が揺れていた。小瓶は手のひらに収まるほど小さなサイズで、香水の小瓶を思わせる細工が施されている。夕日に照らされキラキラ光るそれはまるで宝石のように美しい。

「これ高いんだよなぁ。でもまぁ…背に腹はかえられないかぁ…」

そう言って、私は小瓶を暖炉に抛(ほう)り投げる。花瓶の割れる音とともに暖炉へ火がともった。

これは魔法を閉じ込めることができる小瓶。これのおかげで誰でも魔法が使える。といっても生活で仕える程度の小さな魔法だ。例えば髪を洗った後の濡れた髪を乾かすことができる温かい風の魔法。汚れた食器を一変に洗い流せる水の魔法。そして暖炉や家のかまどに火をともせる火の魔法。

「前は魔女なんて煙たがっていたくせに」

使えると分かれば手の平返しなんて笑ってしまう。そう思いつつ、暖炉の火を見つめる。ゆらゆら揺れる炎を見つめていると次第に瞼が落ちていく。そこで自分が夢の世界へとまどろんでいることに気が付いた。

そういえば今日、魔法を使ったんだった…

そう自覚するとどんどん眠気が増し、私はいつの間にか意識を手放した。

―カタンッ

少しの物音と共に誰かが家の中に入ってきたのにも気づかずに…。
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