1 / 9
0
しおりを挟む
「この世界はもうだめね…」
早朝にも関わらず空には真っ黒な雲が立ち込め、世界は紫色の霧に包まれていた。窓際に置かれたアンティーク調の白い椅子に腰掛けつつ、私は部屋の中からただ静かに空を眺めていた。しばらくそうしていたが空を見飽きた私は気だるげに立ち上がる。床一面に書かれた魔法陣の中心へゆっくり歩きながら移動し、腰に携えていた杖をとる。杖の長さは二十センチほどの長さだったが、私が触れたと同時に白い光を帯びながら床から私の胸までの長さに伸びた。私は特に驚くこともなく、その杖で床を数回叩く。すると床に描かれた魔法陣が白くまばゆい光を放ち始めた。頭の中に浮かぶ呪文を口で紡げば円の中に書かれた文字がより一層光を放つ。呪文が終わる頃には床と壁一面文字に埋め尽くされていた。呪文が終わったと同時に光の色は白から若草色へ変化し、部屋全体がその光に包まれる。私はその光景を満足気に見つめ、口元に笑みを浮かべた。
その瞬間、部屋唯一ある扉が突然開かれた。そちらへ目を向けると、そこには見知った顔。
「あら、ごきげんよう勇者様」
わざと意地悪そうに笑うと、勇者と呼ばれた男が腰から瞬時に剣を抜き、突然床を蹴り上げ、私に飛びかかってきた。私はそれを冷たい眼差しで一瞥する。剣が私の頭に振り下ろされた瞬間、見えない何かによって勇者の剣は受け止められた。
「くそおおお!魔女が!」
勇者は宙に浮きながら私を睨みつつ、雄叫びを上げる。剣を私に振り下ろすのを諦めたのか、勇者が剣を振り払い、床へ着地する。人が一人入れるほどの距離をあけて私と勇者は見つめ合う。勇者の瞳には憎悪だったり、悲愴感だったりが見てとれた。
「世界を救えなかった勇者様が、世界一悪い魔女の私に何の用?」
私がわざとらしくそう言って首を傾げると、勇者は自分の唇を血がにじむまで噛みしめた。そして、意を決したように口を開く。
「けじめをつけに来た…」
「そう、なら取引よ」
私が手を差し伸べれば勇者の瞳から光が失われる。その瞳には絶望の色が色濃く表れていた。それは私の手を取るほかないことを、彼が誰よりも理解している証だった。男性特有の筋肉質でごつごつした逞しい手が私の白い華奢な手に重なる。
「対価は?」
勇者は悲しそうに、どこか疲れたように私へ問いかける。対価は彼の魂だ。それは彼も承知していることだったが、改めて伝える気も起きず、私は口を開く。
「そうね、来世で幸せになること、かな」
「は?」
「だって、魔王を倒したのに、誰もあなたを労わないわ」
真っ赤にひかれた唇に意地悪く笑みを浮かべる。勇者は私の言葉を聞くと呆けた顔をした。それがなんだかおもしろくて、私は言葉を続ける。
「倒した魔王から毒が溢れ、紫色の毒が世界を包むなんて誰が想像した?なぜ魔王を倒さなければいけなかったのかしら?魔族を根絶やしにするにしても代償が大きすぎたと思わない?」
勇者の指に自分の指を絡めて引き寄せる。勇者は操り人形のように、簡単に私へ引き寄せられた。はたから見たら男と女が魔法陣の中心で抱き合っているようにも見えるだろう。だが、お互いに恋愛感情はないし、男の腕に抱かれてもいない、女も男にしな垂れかかっているわけでもない。ただ、片手だけ恋人つなぎをしているだけだ。
「勇者、今度は自分の人生を生きるのよ」
彼の唇に自分の唇を重ねる。その瞬間、緑の光がより一層強く輝いた。その光は部屋を、その地域一帯を、世界中を包み込んだ。
そして、世界は救われた。
早朝にも関わらず空には真っ黒な雲が立ち込め、世界は紫色の霧に包まれていた。窓際に置かれたアンティーク調の白い椅子に腰掛けつつ、私は部屋の中からただ静かに空を眺めていた。しばらくそうしていたが空を見飽きた私は気だるげに立ち上がる。床一面に書かれた魔法陣の中心へゆっくり歩きながら移動し、腰に携えていた杖をとる。杖の長さは二十センチほどの長さだったが、私が触れたと同時に白い光を帯びながら床から私の胸までの長さに伸びた。私は特に驚くこともなく、その杖で床を数回叩く。すると床に描かれた魔法陣が白くまばゆい光を放ち始めた。頭の中に浮かぶ呪文を口で紡げば円の中に書かれた文字がより一層光を放つ。呪文が終わる頃には床と壁一面文字に埋め尽くされていた。呪文が終わったと同時に光の色は白から若草色へ変化し、部屋全体がその光に包まれる。私はその光景を満足気に見つめ、口元に笑みを浮かべた。
その瞬間、部屋唯一ある扉が突然開かれた。そちらへ目を向けると、そこには見知った顔。
「あら、ごきげんよう勇者様」
わざと意地悪そうに笑うと、勇者と呼ばれた男が腰から瞬時に剣を抜き、突然床を蹴り上げ、私に飛びかかってきた。私はそれを冷たい眼差しで一瞥する。剣が私の頭に振り下ろされた瞬間、見えない何かによって勇者の剣は受け止められた。
「くそおおお!魔女が!」
勇者は宙に浮きながら私を睨みつつ、雄叫びを上げる。剣を私に振り下ろすのを諦めたのか、勇者が剣を振り払い、床へ着地する。人が一人入れるほどの距離をあけて私と勇者は見つめ合う。勇者の瞳には憎悪だったり、悲愴感だったりが見てとれた。
「世界を救えなかった勇者様が、世界一悪い魔女の私に何の用?」
私がわざとらしくそう言って首を傾げると、勇者は自分の唇を血がにじむまで噛みしめた。そして、意を決したように口を開く。
「けじめをつけに来た…」
「そう、なら取引よ」
私が手を差し伸べれば勇者の瞳から光が失われる。その瞳には絶望の色が色濃く表れていた。それは私の手を取るほかないことを、彼が誰よりも理解している証だった。男性特有の筋肉質でごつごつした逞しい手が私の白い華奢な手に重なる。
「対価は?」
勇者は悲しそうに、どこか疲れたように私へ問いかける。対価は彼の魂だ。それは彼も承知していることだったが、改めて伝える気も起きず、私は口を開く。
「そうね、来世で幸せになること、かな」
「は?」
「だって、魔王を倒したのに、誰もあなたを労わないわ」
真っ赤にひかれた唇に意地悪く笑みを浮かべる。勇者は私の言葉を聞くと呆けた顔をした。それがなんだかおもしろくて、私は言葉を続ける。
「倒した魔王から毒が溢れ、紫色の毒が世界を包むなんて誰が想像した?なぜ魔王を倒さなければいけなかったのかしら?魔族を根絶やしにするにしても代償が大きすぎたと思わない?」
勇者の指に自分の指を絡めて引き寄せる。勇者は操り人形のように、簡単に私へ引き寄せられた。はたから見たら男と女が魔法陣の中心で抱き合っているようにも見えるだろう。だが、お互いに恋愛感情はないし、男の腕に抱かれてもいない、女も男にしな垂れかかっているわけでもない。ただ、片手だけ恋人つなぎをしているだけだ。
「勇者、今度は自分の人生を生きるのよ」
彼の唇に自分の唇を重ねる。その瞬間、緑の光がより一層強く輝いた。その光は部屋を、その地域一帯を、世界中を包み込んだ。
そして、世界は救われた。
10
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる