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旧友と傀儡
番外編 王と狩人
しおりを挟むジェイスはバージニア・フェンスターの件の報酬を受け取るため…
ホークビッツ城に来ていた。
宰相の部下である国政局の役人から報酬を受け取り、近道をしようと中庭を通る。
庭には数名の宮廷庭師が花や木の手入れをしていた。
その中にまじって、動きやすい恰好で熱心に土いじりをするお爺さんがいた。
「…また庭の手入れですか?ホークビッツ王」
「おおジェイス…みろ…今年はアマナがこんなに綺麗に咲いたぞ」
それは…時のホークビッツ王、
ウルス・ファティ・ホークビッツ7世だった。
ほっぺたに土をつけている気のいいお爺さんに見えるが…
魔法大国ホークビッツにおいて、最も偉大な魔法使いの一人であり、今や大陸でもっとも大きな国土を持つホークビッツの王である。
「本当ですね…フュリーデントも自然が豊かな場所でしたが…やはり故郷にはかないません」
「そうか…どうだった?フュリーデントの旅は…」
「食べ物も資源も豊かで、外で戦争をしているとは思えないくらいの平和な国でしたよ…小さい農村ではまだ怪物もいましたが…」
「そうか…お前はまだ若い…色んなものを見て学ぶことは、全て君の人生の糧になるだろう…しっかり今を楽しみなさい」
「はい…ありがとうございます」
「ジェイス、この後は?」
「いえ、特に何も…」
「そうか…なら一緒に土いじりでもどうだ?楽しいぞ?」
「…はい 是非」
ホークビッツ王は立ち上がり、作業用の手袋をジェイスに渡す。
ジェイスはそれを受け取り、王と一緒に土に肥料を混ぜ込む作業を始めた。
「あまり力を込めすぎてはならんぞ…料理を作るように、優しく混ぜ込みなさい」
「はい…」
ホークビッツ王は公的な仕事をしていない時…
いつも庭の手入れをしていた。
ジェイスは王とプライベートな話をするときは、いつもこんな感じで手入れを手伝った。
「王宮はいかがです?俺がいない間…何か変わったことは起こりませんでしたか?」
「特にはないな…『紅の騎士団』の件はまだゴタついているが…」
「そうですか…」
「まぁ、環境が変わると誰もがどこかで臆病になるものだ…皆不安なのだろう」
「…王様は…宰相のように、私に『紅の騎士団』へ戻れと言わないのですか?」
「お前のことは、お前が決めるのが一番だ」
「…ありがとうございます。」
ホークビッツは十数年前、旧シドラル国との間で大きな戦争をして勝利した。
結果として旧シドラル国の領地は全てホークビッツのものとなり、大陸でもっとも強大な大国となった。
紅の騎士団は、そんな旧シドラル国との戦争をキッカケに発足された軍隊である。
ホークビッツが誇る魔術師達によって結成された魔法騎士団であり、戦争が終わってからは王直属の護衛兵としてその身を捧げている。
何を隠そう、ジェイス・ヘンディも元は『紅の騎士団』のメンバーであった。
若干13歳でその力を認められ『紅の騎士団』へ入団するも、とあることをキッカケに退団することになる。
「例の…新しい団長の件ですか?」
「あぁ…団員は皆、彼が団長になることを良く思っていないようだ…」
「…」
「君もそうなのかね?」
「…いえ…私はもう騎士団を離れた身ですので」
『紅の騎士団』は、旧シドラル国との戦争のために発起された騎士団だ。
当然団員は皆ホークビッツ人だけで構成されていたが、ここ数年、王の意向で旧シドラル人の団員が増えつつあった。
そして新しく団長として指名されたのが旧シドラル人である男だったのだ。
「…そうか」
「国民は元シドラル人が団員に加わること自体良く思っていない…当然…元シドラル皇帝である宰相のことも」
「…」
「ひとつ…お聞きしてもよろしいですか?」
「あぁ」
「なぜ元シドラル皇帝である宰相に、ホークビッツの政治を全て任せたのですか?」
「…」
「今まで通り…王が政治を行うことを国民は望んでいます…宰相が長を務める国政局が、国のあらゆる実権を握ることをホークビッツ人は恐れているのです…新しい騎士団長への不安も、その現れだと思います」
「…そうかもな…」
この言葉を聞いても…
王は土いじりをやめずに、ジェイスに落ちついた口調で話す。
「我々ホークビッツは…シドラルとの戦争で勝利した」
「…」
「シドラルの民もいまや立派なホークビッツ人だ…隔たりはない…皆同じ国に住む家族なのだよ」
「王様…」
「戦争が終わった時…君はまだ7歳だったかな?」
「はい…」
「戦争に勝って、君は嬉しかったか?」
「それは…もちろんです…まだ小さかったですが」
「そうか…私は…悲しみの方が多かった」
土に肥料を混ぜ終わると、王は土を払うために手をぱんぱんと叩いた。
王は、手袋をつけていなかった。
「戦争が終わってから…私は得たものよりも無くなったものを数えることの方が多くなった…」
「…」
「わかっていたハズなのに…偉大な先人達が何度も『戦争は何ももたらさない』と教えてくれていたハズなのに…それでも我々は戦争をした」
「…」
「終わってみて、結局わかったことが…『失ったものに比べたら戦争の勝利など何の価値もない』という当たり前の事実だけだったよ」
王はジェイスに小さな袋を渡した。
そこには、たくさんの花の種が入っている。
王は袋から種を取り出し、優しく土に植えていく。
「戦争に勝利したからこそ…我々はもっと優しくならなければならん…元シドラル人という考え方を捨てなければならん…私が彼らを新団長や宰相を推薦したのは…そういう意味があるんだよ」
「…」
「ジェイス、お前は優しい…」
「…」
「お前は…お前のままでいなさい」
「…はい」
王は政治的手腕は素晴らしいものであった。
しかし、彼の政治は国ではなく人を優先するものが多い。
そのため、時に国を想う人々から反感を買うことも多かった。
ホークビッツ王は…
優しすぎるのである。
だからこそこの問題は非常に難しい。
ジェイスも、おそらく王も、それをよくわかっていた。
ジェイスも花の種を一緒に植える。
「そう言えば…ディページ君を旅先で見つけたそうだな?…様子はどうだ?…宰相も含め、皆心配していたぞ」
「ディページですか?」
「あぁ…仮にも首都転覆を謀った頭の良い悪魔だ…紅の騎士団も警戒している…その後は平気そうか…?」
「…」
「…?」
「王様…あの…」
「どうした?心配ごとか?」
ジェイスは…
ディページについての悩みを王に打ち明けた。
王は偉大な魔術師…
悪魔についても、非常に詳しかった。
「悪魔が…人間らしさを獲得するということがあり得るのでしょうか?」
「人間らしさ…?」
「…」
「ディページ君のことか?」
「…はい」
ジェイスは続けた。
「今回の旅を通して…ディページが、以前のアイツとは違って見えるようになってきたんです」
「どんなふうに?」
「何か…迷いというか…そんなものを感じたのです」
「迷い?」
「はい…悪魔らしくあろうとする自分と…人間のようになりつつある自分に…」
「…」
「…」
王は手を休め、少し考える。
そしてまたジェイスの持つ袋から種を取り出し、庭に植えながら答えた。
「人間の形を模す悪魔の中には…魔力を奪われたことで人間らしさを獲得するものも確かに存在する」
「…」
「しかし、そのフリをする悪魔もおる」
「フリ…」
「あぁ…」
「ディページは…俺に人間になりつつあるフリをしているのでしょうか…」
「…それは、君が一番わかるのではないか?」
「…」
「悪魔と関係を築く時は、慎重になるに越したことはない…しかし全ての決断は彼自身と、主となった君が決めることだ…」
「…」
「彼を、しっかり見ていてあげなさい…友達なんだろ?」
「…」
「…」
ジェイスは…
種を植えながら、返事をした。
「…はい」
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