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旧友と傀儡

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港街フィジール。

街の後ろに広がる海は1年中魚が取れる。
首都からも近いため資源も豊か。物価も安い。

街の外の馬小屋に、白馬に乗ったモンスタースレイヤーが到着した。

探し人バージニア・フェンスターのいるこの街に…
長旅を終えてついに辿りついたのだ。


「この村にいるんだよね…」

「あぁ…」

「本当に殺すの?」

「…」

「いや…こう聞こうかな…」

「?」

「本当に殺せるの…?」

「…」


ジェイスはディページと目を合わせずに言った。


「当然だ…」

「…」

「奴の首を取って宰相に届ける…そのために俺はここまでやってきたんだからな」


ジェイスは冷静にディページに言った。
ディページはふふっと笑って、2人は街に入って行った。

ここからバージニア・フェンスター…
つまりは俺を探すのは容易だった。

2人は街中の酒場を歩きまわり、吟遊詩人の話を聞いた。
酒場の店主たちは、酒を注文すれば喜んで話したそうだ。

まぁ、その細みで身なりが良い若い2人の男が…
まさか俺を殺そうとしている腕利きのモンスタースレイヤーと悪魔だとは誰も思わなかったんだろう。


「吟遊詩人…あぁ、バージニアのことか?」

「どこに住んでいるかわかるか?」

「ケイトジーン通りに住んでるよ…そこの小道を進んでいけばすぐさ」


そして…
2人は辿りついた。

ボロボロの小屋が立ち並ぶ貧乏人達が住むケイトジーン通り。
そこにある、ひときわボロッちい小屋。


トントン…


「…」

「…」



2回ドアをノック。
出て来たのは…

バージニア・フェンスターではなかった。


「…」

「…」


出て来たのはバージニアとは似つかない筋骨隆々の大男だった。
まっすぐ前を見ていたジェイスとディページの視線が上を向く。


「なんのご用件でしょうか?」


大男は低い声で言う。


「すまないが、ここにバージニア・フェンスターという吟遊詩人が住んでいないか?」

「…」


大男は困ったようにジェイス達を見る。
その時…



「…ジェイス…か?」

「…」


大男の後ろから…
ジェイスの名を呼ぶ声…

その声の主こそ、ジェイスとディページが探していた吟遊詩人…



「ジェイス!久しぶりだな!ディページもいるじゃないか!」



バージニア・フェンスター…
つまりは俺だった。



「バージニア…久しぶりだな…」

「おっひさ☆」

「…はぁ」

「…?」

「やっぱりお前が来たか」

「…」

「宰相に命じられてきたんだろ?…来るなら、お前だと思っていたよ」





俺は、2人を家の中に招き入れた。

この時住んでいた家はワンルームの小さいもので…
なんの飾り毛もない簡素なものだった。

キッチンも風呂もなく、小さな台所とテーブルとベッドがひとつ。

部屋の中心に置かれたテーブルに2人を招き…
俺たちは話をすることにした。


「俺達が来ることがわかっていたのか?」

「まぁな…あの宰相が考えそうなことだ…」

「…」

「俺を殺しに来たんだろ?」

「…」

「…」

「…あぁ」


ジェイスは…まっすぐに俺をみた。

小さい頃からジェイスとは一緒だった…
親代わりというわけではないが…俺は弟のようにジェイスを可愛がっていた。

小さい頃から、何度もジェイスと向き合ってきた。
だけど、この時の顔だけは今でも忘れない。


「…」

「…」


少しの沈黙の後、ディページは沈黙に耐えられず…
話を切り出した。


「宰相を馬鹿にした歌を歌ったんだって~?」

「あぁ…そりゃ面白おかしく街中で歌ってやったよ」

「…」

「そんなの極刑確実でしょ…よくやるね~…どんな歌歌ったの?」

「…」


俺は、壁に立てかけてあるリュート(弦楽器)をとって…
2人に聞かせてやることにした。

正直…諦めたんだ。
俺はジェイスに殺されると。

だから俺は…せめてこれから歌う歌は全てしっかりと歌おうと決めた。
たとえそれが…人を馬鹿にした歌であろうとも。


肉の黒いバラ
作詞・作曲 バージニア・フェンスター

綺麗な装飾施した 立派な衣装で腰かける
椅子に心があったなら あまりの臭さに倒れてる

たっぷりアゴヒゲ蓄えた 一人の宰相ここにあり
俺には心があったから 今この歌を歌ってる

宰相、またもやらかした 今度は金を ごまかした
宰相、今日もやらかした 本日も民を ごまかした

やつは死体を動かして 掃除洗濯 やらしてる
やつは死体を動かして 愛人として 囲ってる

女を女と見もせずに 男はあたかも家畜のように 
彼はそんな人の上 とても偉そうに立っている

綺麗な外見 裏腹に、その心は墨(スミ)のよう
綺麗な花弁をつけてても 果肉の黒い 安いバラ



「はははははッ!」


歌い終わると…
ディページが笑っていた。

それも爆笑。


「めっちゃうけるー!」

「…」

「いい曲だろ…?」

「…」


俺もディページと一緒に笑ってやった。
しかしジェイスは…ただ沈黙していた。


「『金をごまかした』とか…確かにあの宰相ならやってそう」

「実際にやってたのさ…俺は宮廷にも歌を歌いに行ってたからな…宮廷の召使いたちの噂話さ…」


ここでただ黙って聞いていたジェイスが…
俺に聞いてきた。


「バージニア…その歌の『やつは死体を動かして 愛人として 囲ってる』ってのは?」

「…?」

「何かの比喩表現か?」

「…」


ジェイスは…本当にいいところに気づく。


「いや、その部分は…言葉通りの意味さ…」

「…」

「…」

「お前を殺す前に…俺はお前の話を聞きたいと思っていた」

「…」

「ずっと不思議だったんだ…吟遊詩人は権力者を風刺した歌をよく歌う…しかし、そんな歌ひとつで国外まで追手を出すほど宰相が怒っている理由がわからなかった」

「…」

「お前はその歌で…何を伝えたかったんだ?」


そして…
やっと話す時がきたのだった。

こんな遠い国まで逃げることを承知の上で…
自分の身を危険にさらしてまで…

こんな歌を歌ったのかを。



「…」

「…」

「順序だてて…話していくとしようかな」

「そうしてくれ…」

「おい…カーラ」

「…?」


俺は…台所で作業をしていた大男を呼んだ。
そのゴツイ外見とは裏腹に…女みたいな名前。

ジェイスはすぐに違和感に気付いたようだった。


「はい…」

「もう…本当の姿に戻っていいぞ」

「…え?」

「この人達なら大丈夫だ…」

「…?」


俺がそう言うと…
大男カーラは、魔法を使って本当の姿に戻った。

その姿は…
可愛らしい少女。


「…」


しかし、ただの少女ではないことに…
ジェイスもディページも気がついたようだった。


「…はじめまして…カーラです」

「変身術か…」

「なるほど…姿を変えてバージニアと逃げていたのか…」

「…はい」

「通りで目撃者の証言が一致しないはずだ…」


ジェイスが旅先で聞いた…
バージニア・フェンスターと一緒に旅をしていた同行者の人物像。

イーストレア村の村長は…俺の母親だと言った。
リドルナードで出会った吸血鬼は…友人の男だと言った。

どれも違う人物像だった『バージニア・フェンスターの同行者』は…
すべて、彼女が変身した姿だった。


「何者なんだ…?この子は…」

「彼女こそ…全てのことの発端さ…」


俺はカーラのこと、そして俺が歌った歌の全てを話すことにした。


「カーラは…人間じゃない」

「?」

「どーゆーこと?」

「悪魔か?…邪気のようなものは感じないが…」

「…カーラ…こっちへ」

「はい!」


カーラは俺の隣へ来る。
俺は彼女を後ろに向かせ…

服をめくって…
彼女の背中を2人に見せた。


「…」

「うわ…」


彼女の背中には…
びっしりとタトゥーが入っていた。

しかもただのタトゥーではないということに…
ジェイスはすぐに気付いた。



「シエル言語の魔法陣…もしかして傀儡(かいらい)か?…この女」

「…あぁ」

「…傀儡?なにそれ?」

「魔法で動かしている人形だ…ゴーレムとか聞いたことあるだろ?」

「…生き物じゃないってこと?…すっごい人間っぽいのに…」

「…もっと見てもいいか?」

「あぁ…」


ジェイスとディページは立ち上がり、そのタトゥーをまじまじと見る。
彼女の身体に刻まれた魔法陣を読んでいく。


「…」


魔法陣は…
服で隠れる全ての場所にびっしりと書き込まれていた。



「凄い量だね…」

「あぁ…すべてこの傀儡を動かすための指示が書き込まれてる…それにしてもすごい作り込みだ…作者は宮廷魔導師クラスの魔術師だろう」

「…」

「身体の動き方だけじゃなく言葉も…対義語や接続詞ごとに返答がこんなに分岐して書き込まれている…」

「『ヘキサグラム型64法門魔法陣』が48か所…それに連動する形で『アーガイル型32法門魔法陣』が129か所…表情はほとんど変えることはできないが、身体の動きと言葉の選び方は人間そのものだ…」

「違和感なく会話できるはずだな」



ジェイスはそれを読み終わり…
俺の顔を見て言った。


「しがない吟遊詩人が連れて歩くには不釣り合いだ…材料はなんだ…?…何かの肉か?」

「人間だよ…死体だ」


それを聞いたジェイスは…
眉間にシワをよせた。


「なんて罰あたりな…ホークビッツだったら間違いなく極刑ものの犯罪だぞ…いったいこんなものどこで…?」

「その子は…宰相のオモチャだよ」

「…オモチャ?」

「あぁ、もちろん…あっちのな」

「盗んだってことか?」

「あぁ…」


ジェイスは…
わかりかけてきていた。

なぜ、俺がこの子と一緒に旅をすることになったのかを…

それに気づいた俺は偽らず、誠実に全てを語ることにしたのだった。

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