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研究発表当日にようこそ

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 次の日。
 目が覚めて部屋を出ると、レナが慌ただしく荷物をまとめて家をでるところだった。

「おはようレナ。今日も早いね」
「おはようございますミナトさん!すいません、今日もお留守番お願いしていいですか?」
「いいけど……研究発表は大丈夫なの?明日だよね?」

 詳しい事情を知らないながら、俺は俺なりに彼らが心配になっていた。
 だって失敗したら解散だって言うし。

「まだわかりません……今、チャドさんと頑張っていますので……もう行きますね」
「……うん。気を付けてね」

 頑張ってる……?

 研究成果をまとめた原稿でも作ってるのだろうか。
 俺、ほとんど研究の役にたちそうな話してないけど。

 しかしよく考えれば、今まで成功しなかった異世界召喚には成功しているわけだし。
 異世界の話をしなくても色々発表できるものはあるのかもしれない。……例の難しい計算だらけの魔法陣とか。

(レナに召喚魔法を教えてもらうのも、どうやら研究発表が終わった後だろうな……)

 軽く部屋の掃除をして、俺はまた昨日の工房区に足を運ぶことにした。
 また『ヴァルム工房&材料店』で適当な材料でも買って、暇でもつぶそうかと思ったのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 『ヴァルム工房&材料店』に入ると、またあの木材とタバコの香りが俺を迎え入れる。

「いらっしゃ……あ」
「どーも」
「二日連続とは……もう立派な常連さんですね、お客様……二ヒヒ」

 昨日ヴァルム爺が座っていた椅子に、今日はリリーが腰かけていた。

 俺を見ると悪戯っぽい笑顔を向けて接客してくれる。
 今日は例の防御力が低そうな作業着を着てないのか。残念だ。

「今日は店番なんだ?」
「うん。昨日、アンタが帰ってすぐ王宮の学者から急なお仕事がきちゃってね。なんだかとっても大事な仕事みたいで……ヴァルム爺は朝から工房に籠りっぱなし」
「ふーん」

 奥の部屋を見るとで、ヴァルム爺が何やら作業しているのようだった。
 後ろ姿から察するに、何やら細かい作業のようだ。

「でも修理とかはできるよ。私、一応ヴァルム爺の弟子だし」
「いや、また材料を買いに来ただけなんだ」

 昨日の材料で作ったピックは……失敗した。
 しかし幸い、俺は暇つぶしの天才。繰り返しの美学。

 適当な木片をいくつか手に取って彼女に手渡す。
 そして会計を終えると、リリーが俺に聞く。

「そうえばアンタ名前は?」
「ミナトだよ」
「ミナト?変わった名前ね。何してる人なの?」

 何してる人……なんだろう。
 良く考えたらこの世界の俺は一体何者なんだろうか。

 異世界人以上の的確な言葉はないように思えるし……レナ達の研究発表前にそれ言っていいのか?
 よくわからないけど、国中の人がラジオみたいな魔法で聞くって言ってたし。

 俺は買った木片を手の中でクルクル回しながら、適当に返答する。

「……何者でもない…と思う。今は」
「はは、なによそれ……冒険者とか?」
「ちがうよ……。そっちの才能が無いのは痛いくらい身に染みてる」
「まぁなんにせよ、冒険者はやめときな?終焉の冬霜(とうそう)が過ぎてから、国内のダンジョンはあらかた探索され尽くしちゃったみたいだしねぇ……今じゃギルドの多くが冒険者抱えきれなくなってるらしいし」

 終焉の冬霜……
 確か10年前に終わった氷河期をみたいな厄災だっけか。

 しかし、やめときなと言われると、余計に冒険者に憧れてしまう。
 そっちの世界の才能が無いとわかると、むしろ興味がわくものだ。

 そんな話をしていると、リリーの視線が入り口を向いた。

「あ、アリスさん!いらっしゃい!」

 なんとなく振り返ると、店に入って来たその人に俺は驚愕する。

「……」

 そこに立っていたのは鎧姿の女性だった。
 高い身長、長い髪と、氷のように冷たい目。腰には長い剣を差している。

 しかし、俺は武器に驚いたわけではない。
 彼女の姿そのものが、一度見たら忘れられないほど異質だった。

 真っ白なのだ。ブルーの瞳以外の全部。
 髪も、肌も、唇も、まつ毛、彼女の装備も全て。

 端正な顔立ちは一見どこか儚げな王女にも見える。
 しかし芯の通った蒼い瞳を見ると、歴戦の戦士にも見える。

 真っ白な鎧には一切の汚れはなく、ピカピカと輝いていた。

 アリスと呼ばれた女性は凛とした態度でこう言った。

「すまない。接客中でしたか……。ヴァルムさんはいますか?」

 リリーはチラっとヴァルム爺の方を見てアリスに返す。

「今、王宮からの依頼で作業中なんですよ。何かあれば私達が対応しますけど、呼んできましょうか?」
「いや、少し礼がしたかっただけなので、日を改めます。よければ先月の御刃油の急な発注……申し訳なかったとヴァルムさんにお伝えください」
「わかりました」

 そう言ってアリスは去っていった。
 嵐のように去っていく……なんて言葉があるけれど、むしろ静かな緊張感だけがそこに残されていた。

「今の人は……兵士さん?」
「えッ!?アリスさん知らないの?……ミナトもしかして外国人?」

 まぁ半分……正解だな。

「まぁ……そうだね」
「アリスさんは王直属の『蒼の騎士団』総長よ。”拒絶のアリス”……本当に知らないの?」

 蒼の騎士団……
 王宮にいた蒼い甲冑を着た兵士達のボスみたい感じか?

 その本人は全身真っ白……ややこしい。

 リリーはアリスさんの後ろ姿を見ながら俺に言う。

「明日の研究発表会の準備とかあるだろうに……わざわざお礼を言いに来てくれるなんて、やっぱり素敵な人だなぁ」
「あのさ……研究発表会ってどんなことするの?」
「王宮の学者たちが国民に向けて自分たちの成果を発表するのよ。王宮前に出店とかも出て、お祭りみたいになるのよ?」

 お祭りなんてあるのか。
 それはちょっと楽しみかもしれない。

 こうして、俺の異世界での二日間は終わろうとしていた。
 今だ研究発表会ってのがどういうものか想像できないけど、レナとチャドにも頑張ってほしい。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 結局その日もレナは帰ってこなかった。
 そして俺はまた一人で夜を過ごし、眠りにつく。

 そして次の日の朝、つまりは研究発表の当日。
 俺の眠りを覚ましたのは、なにやら部屋の外で聞こえるレナとチャドの言い争いだった。

「レナッ!言われたものは用意したんだ!そろそろ説明してくれよ!」
「ミナトさんが起きてきてからです。大丈夫、信じてください」

 ベッドから体を起こしハウザー2世を見ると、『朝からうるせぇ』と言わんばかりに不機嫌そうだった。
 ただのクラシック・ギターの癖に、ハウザー2世は妙に感情豊かだ。

 おそるおそる扉を開けると、二人が俺の顔を見る。

 二日ぶりに合うチャドの顔も、ハウザー2世に負けずひどく不機嫌そうだった。
 赤い短髪が一際逆立っているようにも見える。

「二人とも……おはよう」
「おはようございます!ミナトさん!」
「おはようミナト」

 席に着くと、チャドはイラだちを隠せないようにレナに言う。

「いい加減怒るぞレナ。この二日間、ミナトから全然異世界の話聞けなかったじゃないか。今から数時間後には、俺たちの研究成果を発表しなくちゃいけないのに」
「ごめんなさいチャドさん。でも、大丈夫です。チャドさんのおかげで、ちゃんと出来上がりましたから」

 てっきり二人で研究成果をまとめてるのだと思ってた……
 しかしどうやら違うようだ。

 2人の間に入るように、俺は会話に参加する。

「えっと大丈夫……?研究、うまくいかなかったの?」
「さぁなっ!レナに聞けよ。俺なんかレナに言われてずっと走り回ってたんだ。こんなよくわからんちっこい部品作れる職人を探すために!」

 ちっこい部品……?

「ミナトさん……これ」

 すると、レナが何かを取り出してテーブルの上に置く。
 机の上に置かれたのは……

「これ……弦?」
「はい……私とチャドさんで頑張って、切れたゲンと同じものを作れる人を探したんです」

 本当に……弦だ。
 しかも先には、弦の返し部品までついている。

 本来この部品はナイロン弦にはついてない。
 ボディ側の弦をいちいち巻く必要がないので、爺ちゃんが既製品のナイロン弦にスティール弦の返しを自分でくっつけていたものだった。
 ……こんなものまで。

 もともとの返しは鉄だったが、この返しは木で出来ている。
 チャドが言ってたちっこい部品はこれか。

 ……でも、作れる人を探したって?
 クラシックギターの弦ってナイロンだぞ?合成樹脂だ。

 そんなもの異世界にあるわけ……

(……樹脂?)

 その時、俺は『ヴァルム工房&材料店』でリリーが言っていたことを思い出す。

『ヴァルム爺の作る樹脂製品は、王宮にも納品してるくらいの逸品なのよ』
『アンタが帰ってすぐ王宮の学者から急なお仕事がきちゃってね。なんだかとっても大事な仕事みたいで……ヴァルム爺は朝から工房に籠りっぱなし』

「王宮の学者からの急な……依頼」

 レナとチャドは王宮の学者。
 ヴァルム爺さんに依頼したのは、レナだったのか。

「ミナトさん、落ち込んでいたから。ギターの弦を用意すれば、元気でるかなって……えへへ」

 レナは、俺がこの世界に最初に来た時と同じ笑顔で笑う。

 俺は改めて机の上に置かれた弦を見る。
 音楽のない世界で作られた、クラシックギター用の弦。

 この世界にないものをたった二日で作るのが、どれだけ大変なことなのだろう。
 ヴァルム爺の後ろ姿が頭をよぎる。

 俺が弦に感動していると、チャドが言う。
 ギルドのロビーの時みたいな、ふざけた感じはなくなっていた。

「すまないミナト……ミナトへのプレゼントにケチをつけるつもりはないんだ」
「……」
「でもよ、レナわかってるのか?俺たちゲンを作るために時間を割かれて、まともな発表原稿も作れてないんだ。どうやって王宮のデカいステージの上で研究成果の発表なんてできるんだよ」

 そう言うと、レナが芯の通った声でチャドに言う。

「私達はステージには上がりません」
「はぁ!?ちょっとまて……俺たち今日の発表会で結果出せなかった解散させられるんだぞ!? 通信魔法で国中の人が俺たちの研究を聞くんだ!お前自分が何を言ってるのか……」
「ステージに上がるのは、ミナトさんです」

(え……?)

 すると、レナが俺の手をギュッと握る。

「私に聴かせてくれたあの音……。あれを今度はステージの上でやってください……それだけで、私たちはきっと大丈夫です」

 その瞳には重厚な信頼と期待が詰まっている。
 たった一人の少女から放たれているとは思えない、強大な期待。

「ちょッ!ちょっと待て!わけわかんねぇーよ!なんだよあの音って!」

 そこにチャドが混乱するのは当然だ。いや、俺だって混乱している。
 だって俺は、そもそも爺ちゃんにしかギターをちゃんと聴かせたことがないんだぞ。

 なのに国中の人に向けてギターを演奏するなんて出来るはずない。
 それに、俺がミスすれば、二人の研究班が……

「ミナトさん……」
「……」

 この世界に来たばかりの時、俺の絶望を全て包み込むような優しいあの笑顔と声が。
 もう一度、俺の混乱や不安を飲み込んだ。

 それくらいレナの瞳は、力強く俺を見ていた。

「あなたが、この世界で初めての音楽を演奏するんです」


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