2 / 29
音楽の無い世界へようこそ
しおりを挟む
用意されたのは、まるで王様が座るのかと思うくらい大きな椅子だった。
「ミナトさん、ここにどうぞ!」
自分と不釣り合いな椅子にちょこんと腰かけて、彼らから話を聞く体制をとる。
俺たちはまず、互いの名前を交換する簡単な挨拶から話を始めることにした。
聞けば俺を異世界に召喚した二人は、俺と同じ20歳らしい。
「私はレナ・キーディスと言います。ミナトさん、よろしくお願いします。……えへへ」
「俺の名前はチャド・ボーナム!よろしくな、ミナト!」
照れくさそうに自己紹介をする、声の綺麗な金髪の美少女レナ。
快活かつ豪快、そしてなによりフランクな赤髪の男チャド。
彼らの話す異世界の話は、俺が想像してたものとは少しだけ違っていた。
「ここはアレンディル王国の首都フロリア。私たちは王の元で知の探究を生業にしている王宮学者なんです」
「王宮……学者?」
二人とも軽装で高級そうなローブを羽織っているし……
なんとなく外で仕事するような人じゃないとは思ってた。
しかし異世界に来たら最初に出会うのって、だいたい神様とか、古き良きRPGなら王様とか相場は決まっている。
学者か。
……学者?
ふとチャドを見ると、チャドは眉を少し上げて俺の心の声に返答した。
「なんだよミナト、俺は学者に見えないってか?」
「え……いや」
「ちゃんと学者だって。たしかにレナとは専門が違うけど……。俺の専門は異文化とか考古学とか……そっち方面だし」
考古学者……。
確かに洋画とかで唯一肉体系をイメージする学者だ。
「ちなみにレナは魔法学者な。しかも一番わけわからん重力魔法の研究者」
レナはそう言われると、少し不服そうに眉をひそめる。
不謹慎だが、いちいち表情がかわいい。
「わけわからなくありませんッ!面白いんですよ!」
それにしても魔法か……。やっぱりあるよな、異世界だもの。
少しだけワクワクしている自分に気づく。
レナは話を本筋に戻そうと、順序だてて俺を召喚した理由を話し始めた。
「私たちの世界は、およそ100年間続いた“とある厄災"を乗り越え、ようやく復興を果たしつつあります」
「厄災……?」
「はい。世界中が少しづつ寒冷化していく厄災です。まるで世界の命が少しづつ弱っていくような……私たちはそれを”終焉の冬霜(とうそう)”と呼んでいました」
氷河期……みたいなものか?
この国だけじゃなく、世界中でってことか。
「しかし10年前、ある日を境に突然その寒冷化が終わり、世界中が復興の道を歩み始めました。我がアレンディル王国も、厄災によって失われた文化や歴史の新しい礎を築くため、あらゆる分野の研究に力を注ぐようになったのです」
なるほど……ようやく話が見えてきた。
レナはだんだんの解説に熱が入ってきたようで、徐々に俺に顔が近づいてくる。
「その一つが異世界研究ッ!別の世界からの知識を得ることで、国のさらなる発展を助力し、果ては現存するあらゆる問題の解決策を見出そうという、とても重要な研究なのですッ!!」
最終的には息があたるような距離にまで顔を近づけたところで……
レナはのけぞる俺を見て自分を取り戻した。
そして照れくさそうに髪を直し、元の位置に戻る。
壁に寄りかかって話を聞いていたチャドが呆れたように話に入る。
「ごめんなミナト、そいつ勉強しかやってこなかったせいで……その……なんていうか、少しやばい」
「や、やばいってのは失礼ですっ!」
「……まぁそれで、俺たちは交流できる異世界人の召喚をずっと研究してきのさ。元の世界に影響を与えないように死が確定した健康的なヤツで、なおかつ俺たちに新しい知識を与えてくれる存在」
死が確定……。
こっちの世界に迷惑をかけないようにってことか。
話を聞く限りかなり重要そうな研究だけど、この部屋は随分狭いし暗い。
頭の中が疑問で一杯だったせいか、新しい疑問が頭に入りきらず、まるで口から洩れ出すように俺は質問していた。
「……でも、それだけ期待されてる研究なのに、ずいぶんこじんまりした部屋でやってるんだね」
そう言うと、今度は二人で顔を見合わせ、気まずそうに笑う。
そしてレナがしょぼんと答えた。
「実は……私たちの研究班はもう3年近く全く成果を挙げられていなくて……えへへ……どんどん縮小されてしまいまして……」
快活そうなチャドも見るからに肩を落とす。
「20人いた学者も気づいたら2人になっちまって……研究費は自分たちの給料以下にまで減っちまうし……次の研究発表会で成果を挙げられなかったら完全に無くなるところだったんだ」
二人の元気が明らかに無くなってしまったので、人見知りの俺もさすがに気を遣う。
「で……でも、俺を召喚できたってことは、一応成功したんでしょ……?」
「そうなんですッ!!」
すると元気を取り戻したのか、今度は二人で顔を近づけ俺に問いかける。
「それで本題なんですがッ!ミナトさんの持っている異世界の知識や技術を私たちに教えてほしいのです!」
「ミナトは何が専門なんだ!?農業の知識とかすごいありがたいんだが……ッ!ぶっそうだが武器とか兵器とか魔法でもいいぞ!」
自分たちに無い知識や技術を俺に求めている。
二人の焦っているような表情とすがるような問いで、俺に期待されているものがわかってきた。
しかし……
その期待を理解するほど、俺は自分と言う人間の空っぽさに向き合うことになった。
だって、何もないんだ。
学校にも行ってなかったし、社会に出たこともない。
ただ部屋で、爺ちゃんと音楽の話をしながらギターを弾いていただけだ。
膨大な時間を役に立たない音楽という逃げ道に消費してきた。
その音楽ですら、プロギタリストだった爺ちゃんの影響。
自分で探究したことはない……俺には、自分がない。
「……ごめん」
弱々しい声でそう言う。
しかし、二人のキラキラする期待のまなざしは光を失わなかった。
「じゃ、じゃあさ、ミナトが持ってきたあの木製細工はなんだ!?見たことねぇぞあんなの!」
空っぽの自分に落胆する俺に、チャドがそう言った。
チャドは壁に掛けてある爺ちゃんの形見、77年製ヘルマン・ハウザー2世を指さしている。
「ハウザー2世……のこと?」
何もかも違うこの世界で、爺ちゃんのハウザー2世は何も変わらずそこにいた。
爺ちゃんの部屋に立てかけてあったあの時の姿のまま。
「ハウザー2世!?人みてぇな名前だなッ!」
「作った人の名前なんだよ。……あれはギターだよ、クラシックギター」
「ぎ……ぎたー……なんかこう…あれだな!平べったい名前だなッ!」
ちょっと何言ってるかわからなかったけど、二人が凄く興味深々なのはわかった。
……というか、ギター知らないのかこの二人。
(この世界にはギターが無いのか)
RPGとかに出てくる吟遊詩人は、小さいリュートギターとか持ってるイメージあるけど。
「ちょっと、ちょっとだけ触ってみていいか!?」
「え……うん」
そういうと、チャドがハウザー2世に近づいて恐る恐るつつく。
レナも我慢できず、チャドの後ろから覗くように隅々を観察しはじめた。
なんとなく、ハウザー2世が不機嫌そうな気がする。
「見ろよレナ、薄っぺらい板がこんなに綺麗に湾曲してるぜ!……あとこの穴なんだ!?」
「それよりもこの部品見てください……小さいのに凄い丁寧な作りで装飾まで……なんだか可愛い……」
爺ちゃんがいつも言っていたな。
ハウザーのギターは、見た目も音もとても美しいって。
作者のヘルマン・ハウザー2世は、最も偉大なギタークラフターと言われたヘルマン・ハウザー1世の息子だ。
1世は50年代に死去してしまっていて、現存しているハウザーギターのほとんどは2世の作品。
彼と同じ名前をつけられたギターはどれも力強く引き締まった音色で、それでいて重厚な芯を持ってる。
何より、見た目が美しい。
そういう感覚ってのは、どの世界でも共通なんだな。
つつかれて不機嫌そうなハウザー2世を見ながらそんなことを考えていると、チャドが振り返り聞いてきた。
「なぁミナト、これ、何するものなんだ!?」
「何って楽器だよ……弦楽器」
「ガッキってなんだ……?今度は堅そうな名前だな」
ガッキ……ってなんだ?
……ん?
「え?いまなんて…?」
「だから……ガッキってなんだ?」
え……?
今、「楽器ってなんだ?」って聞かれたのか?
楽器って……あれ?こっちの世界じゃ違う言葉で言うのか?
たしかに、普通に会話が出来ているけど……
固有名詞が違うってことはあり得るか。
「楽器は、ほら、音を出すものだよ……こっちの世界にもあるでしょ?」
「音!?……それだけ?こんなたいそうな形してるのにか?」
「いや……演奏に使うんだよ。音楽に使うんだ」
いや……うそでしょ。
言葉じゃなくて……本当に楽器を知らないのか?
だって、楽器を知らないってことはつまり……
「……オンガクってなんだ?」
「……」
「……ん?」
この世界には、音楽が存在しない。
俺にとってそれは結構な衝撃だった。
「……まじ……で?」
元の世界では、言葉より先に音楽が生まれた国もある。
何より俺にとっての全てと言っていいそれが、全く存在しないなんて信じられなかった。
そして、俺は突然向き合うことになる。
音楽を知らない人に、言葉で音楽を説明することの異常な難解さに。
「音楽ってのは……えっとつまり、音を出して組み合わせて……メロディ…えっと……つまり音を楽しむために色々工夫するんだけど」
しかしチャドの反応は……
「……ふーん」
という、ひどく淡泊なものだった。
音楽を知っている人なら「じゃあ弾いて見せてよ」と言うだろう。
それを言わないのは、楽器というものの先にある音楽、そしてそれを聴いた時の自分の感情を想像できていないからだろう。
全貌をなんとなく理解したところで、自分たちの想像の中でそれを完結させてしまい、興味すら抱かない。
しまいにはこんなことを言う始末。
「ミナトの世界では、オンガクで何をするんだ?」
音楽というものが、それだけで完結した価値があることすらわかってない。
いや、この世界の誰一人理解できない感覚なのだろう。
ちなみに、自分から「演奏してみせようか?」と提案しないのには理由があった。
ずっとギターを見ていたレナが、今まさにその理由を俺に言う。
「ミナトさん、この糸が一本切れちゃってますけど……平気なんですか?」
そう……。
弦が一本切れていたんだ。2番目に細い第2弦。
演奏できないわけではない。
しかしなんだかこれは、ハウザー2世からの『やりたくねーよ』というメッセージにも思えて。
俺は自分から演奏するという提案を飲み込んだ。
切れてうなだれた弦を見て何も言えなくなった俺に、レナがあの綺麗な声で優しく語りかける。
「ミナトさん…時間はあります。焦らず、ゆっくり異世界のことを教えてくださいね」
チャドもそれを聞くと、ニイッと歯を出して笑う。
「研究発表会も3日後だしな。こっちの世界での生活は俺らが保証するから安心しろよ!どーせ死ぬところだったんだし、いいだろ?」
まぁ……うん、確かに。
どーせ異世界。楽しんだ方がいい。
音楽がないことは確かにショックではあったけど……
自殺するほどの俺の絶望は、気づけば異世界への好奇心に変わってた。
異世界転移か。
魔法とか技能(スキル)とか、アニメみたいに俺にも使えるのだろうか。
そう考えるだけで、俺の心が今までにないくらい高揚しているのがわかった。
「ミナトさん、ここにどうぞ!」
自分と不釣り合いな椅子にちょこんと腰かけて、彼らから話を聞く体制をとる。
俺たちはまず、互いの名前を交換する簡単な挨拶から話を始めることにした。
聞けば俺を異世界に召喚した二人は、俺と同じ20歳らしい。
「私はレナ・キーディスと言います。ミナトさん、よろしくお願いします。……えへへ」
「俺の名前はチャド・ボーナム!よろしくな、ミナト!」
照れくさそうに自己紹介をする、声の綺麗な金髪の美少女レナ。
快活かつ豪快、そしてなによりフランクな赤髪の男チャド。
彼らの話す異世界の話は、俺が想像してたものとは少しだけ違っていた。
「ここはアレンディル王国の首都フロリア。私たちは王の元で知の探究を生業にしている王宮学者なんです」
「王宮……学者?」
二人とも軽装で高級そうなローブを羽織っているし……
なんとなく外で仕事するような人じゃないとは思ってた。
しかし異世界に来たら最初に出会うのって、だいたい神様とか、古き良きRPGなら王様とか相場は決まっている。
学者か。
……学者?
ふとチャドを見ると、チャドは眉を少し上げて俺の心の声に返答した。
「なんだよミナト、俺は学者に見えないってか?」
「え……いや」
「ちゃんと学者だって。たしかにレナとは専門が違うけど……。俺の専門は異文化とか考古学とか……そっち方面だし」
考古学者……。
確かに洋画とかで唯一肉体系をイメージする学者だ。
「ちなみにレナは魔法学者な。しかも一番わけわからん重力魔法の研究者」
レナはそう言われると、少し不服そうに眉をひそめる。
不謹慎だが、いちいち表情がかわいい。
「わけわからなくありませんッ!面白いんですよ!」
それにしても魔法か……。やっぱりあるよな、異世界だもの。
少しだけワクワクしている自分に気づく。
レナは話を本筋に戻そうと、順序だてて俺を召喚した理由を話し始めた。
「私たちの世界は、およそ100年間続いた“とある厄災"を乗り越え、ようやく復興を果たしつつあります」
「厄災……?」
「はい。世界中が少しづつ寒冷化していく厄災です。まるで世界の命が少しづつ弱っていくような……私たちはそれを”終焉の冬霜(とうそう)”と呼んでいました」
氷河期……みたいなものか?
この国だけじゃなく、世界中でってことか。
「しかし10年前、ある日を境に突然その寒冷化が終わり、世界中が復興の道を歩み始めました。我がアレンディル王国も、厄災によって失われた文化や歴史の新しい礎を築くため、あらゆる分野の研究に力を注ぐようになったのです」
なるほど……ようやく話が見えてきた。
レナはだんだんの解説に熱が入ってきたようで、徐々に俺に顔が近づいてくる。
「その一つが異世界研究ッ!別の世界からの知識を得ることで、国のさらなる発展を助力し、果ては現存するあらゆる問題の解決策を見出そうという、とても重要な研究なのですッ!!」
最終的には息があたるような距離にまで顔を近づけたところで……
レナはのけぞる俺を見て自分を取り戻した。
そして照れくさそうに髪を直し、元の位置に戻る。
壁に寄りかかって話を聞いていたチャドが呆れたように話に入る。
「ごめんなミナト、そいつ勉強しかやってこなかったせいで……その……なんていうか、少しやばい」
「や、やばいってのは失礼ですっ!」
「……まぁそれで、俺たちは交流できる異世界人の召喚をずっと研究してきのさ。元の世界に影響を与えないように死が確定した健康的なヤツで、なおかつ俺たちに新しい知識を与えてくれる存在」
死が確定……。
こっちの世界に迷惑をかけないようにってことか。
話を聞く限りかなり重要そうな研究だけど、この部屋は随分狭いし暗い。
頭の中が疑問で一杯だったせいか、新しい疑問が頭に入りきらず、まるで口から洩れ出すように俺は質問していた。
「……でも、それだけ期待されてる研究なのに、ずいぶんこじんまりした部屋でやってるんだね」
そう言うと、今度は二人で顔を見合わせ、気まずそうに笑う。
そしてレナがしょぼんと答えた。
「実は……私たちの研究班はもう3年近く全く成果を挙げられていなくて……えへへ……どんどん縮小されてしまいまして……」
快活そうなチャドも見るからに肩を落とす。
「20人いた学者も気づいたら2人になっちまって……研究費は自分たちの給料以下にまで減っちまうし……次の研究発表会で成果を挙げられなかったら完全に無くなるところだったんだ」
二人の元気が明らかに無くなってしまったので、人見知りの俺もさすがに気を遣う。
「で……でも、俺を召喚できたってことは、一応成功したんでしょ……?」
「そうなんですッ!!」
すると元気を取り戻したのか、今度は二人で顔を近づけ俺に問いかける。
「それで本題なんですがッ!ミナトさんの持っている異世界の知識や技術を私たちに教えてほしいのです!」
「ミナトは何が専門なんだ!?農業の知識とかすごいありがたいんだが……ッ!ぶっそうだが武器とか兵器とか魔法でもいいぞ!」
自分たちに無い知識や技術を俺に求めている。
二人の焦っているような表情とすがるような問いで、俺に期待されているものがわかってきた。
しかし……
その期待を理解するほど、俺は自分と言う人間の空っぽさに向き合うことになった。
だって、何もないんだ。
学校にも行ってなかったし、社会に出たこともない。
ただ部屋で、爺ちゃんと音楽の話をしながらギターを弾いていただけだ。
膨大な時間を役に立たない音楽という逃げ道に消費してきた。
その音楽ですら、プロギタリストだった爺ちゃんの影響。
自分で探究したことはない……俺には、自分がない。
「……ごめん」
弱々しい声でそう言う。
しかし、二人のキラキラする期待のまなざしは光を失わなかった。
「じゃ、じゃあさ、ミナトが持ってきたあの木製細工はなんだ!?見たことねぇぞあんなの!」
空っぽの自分に落胆する俺に、チャドがそう言った。
チャドは壁に掛けてある爺ちゃんの形見、77年製ヘルマン・ハウザー2世を指さしている。
「ハウザー2世……のこと?」
何もかも違うこの世界で、爺ちゃんのハウザー2世は何も変わらずそこにいた。
爺ちゃんの部屋に立てかけてあったあの時の姿のまま。
「ハウザー2世!?人みてぇな名前だなッ!」
「作った人の名前なんだよ。……あれはギターだよ、クラシックギター」
「ぎ……ぎたー……なんかこう…あれだな!平べったい名前だなッ!」
ちょっと何言ってるかわからなかったけど、二人が凄く興味深々なのはわかった。
……というか、ギター知らないのかこの二人。
(この世界にはギターが無いのか)
RPGとかに出てくる吟遊詩人は、小さいリュートギターとか持ってるイメージあるけど。
「ちょっと、ちょっとだけ触ってみていいか!?」
「え……うん」
そういうと、チャドがハウザー2世に近づいて恐る恐るつつく。
レナも我慢できず、チャドの後ろから覗くように隅々を観察しはじめた。
なんとなく、ハウザー2世が不機嫌そうな気がする。
「見ろよレナ、薄っぺらい板がこんなに綺麗に湾曲してるぜ!……あとこの穴なんだ!?」
「それよりもこの部品見てください……小さいのに凄い丁寧な作りで装飾まで……なんだか可愛い……」
爺ちゃんがいつも言っていたな。
ハウザーのギターは、見た目も音もとても美しいって。
作者のヘルマン・ハウザー2世は、最も偉大なギタークラフターと言われたヘルマン・ハウザー1世の息子だ。
1世は50年代に死去してしまっていて、現存しているハウザーギターのほとんどは2世の作品。
彼と同じ名前をつけられたギターはどれも力強く引き締まった音色で、それでいて重厚な芯を持ってる。
何より、見た目が美しい。
そういう感覚ってのは、どの世界でも共通なんだな。
つつかれて不機嫌そうなハウザー2世を見ながらそんなことを考えていると、チャドが振り返り聞いてきた。
「なぁミナト、これ、何するものなんだ!?」
「何って楽器だよ……弦楽器」
「ガッキってなんだ……?今度は堅そうな名前だな」
ガッキ……ってなんだ?
……ん?
「え?いまなんて…?」
「だから……ガッキってなんだ?」
え……?
今、「楽器ってなんだ?」って聞かれたのか?
楽器って……あれ?こっちの世界じゃ違う言葉で言うのか?
たしかに、普通に会話が出来ているけど……
固有名詞が違うってことはあり得るか。
「楽器は、ほら、音を出すものだよ……こっちの世界にもあるでしょ?」
「音!?……それだけ?こんなたいそうな形してるのにか?」
「いや……演奏に使うんだよ。音楽に使うんだ」
いや……うそでしょ。
言葉じゃなくて……本当に楽器を知らないのか?
だって、楽器を知らないってことはつまり……
「……オンガクってなんだ?」
「……」
「……ん?」
この世界には、音楽が存在しない。
俺にとってそれは結構な衝撃だった。
「……まじ……で?」
元の世界では、言葉より先に音楽が生まれた国もある。
何より俺にとっての全てと言っていいそれが、全く存在しないなんて信じられなかった。
そして、俺は突然向き合うことになる。
音楽を知らない人に、言葉で音楽を説明することの異常な難解さに。
「音楽ってのは……えっとつまり、音を出して組み合わせて……メロディ…えっと……つまり音を楽しむために色々工夫するんだけど」
しかしチャドの反応は……
「……ふーん」
という、ひどく淡泊なものだった。
音楽を知っている人なら「じゃあ弾いて見せてよ」と言うだろう。
それを言わないのは、楽器というものの先にある音楽、そしてそれを聴いた時の自分の感情を想像できていないからだろう。
全貌をなんとなく理解したところで、自分たちの想像の中でそれを完結させてしまい、興味すら抱かない。
しまいにはこんなことを言う始末。
「ミナトの世界では、オンガクで何をするんだ?」
音楽というものが、それだけで完結した価値があることすらわかってない。
いや、この世界の誰一人理解できない感覚なのだろう。
ちなみに、自分から「演奏してみせようか?」と提案しないのには理由があった。
ずっとギターを見ていたレナが、今まさにその理由を俺に言う。
「ミナトさん、この糸が一本切れちゃってますけど……平気なんですか?」
そう……。
弦が一本切れていたんだ。2番目に細い第2弦。
演奏できないわけではない。
しかしなんだかこれは、ハウザー2世からの『やりたくねーよ』というメッセージにも思えて。
俺は自分から演奏するという提案を飲み込んだ。
切れてうなだれた弦を見て何も言えなくなった俺に、レナがあの綺麗な声で優しく語りかける。
「ミナトさん…時間はあります。焦らず、ゆっくり異世界のことを教えてくださいね」
チャドもそれを聞くと、ニイッと歯を出して笑う。
「研究発表会も3日後だしな。こっちの世界での生活は俺らが保証するから安心しろよ!どーせ死ぬところだったんだし、いいだろ?」
まぁ……うん、確かに。
どーせ異世界。楽しんだ方がいい。
音楽がないことは確かにショックではあったけど……
自殺するほどの俺の絶望は、気づけば異世界への好奇心に変わってた。
異世界転移か。
魔法とか技能(スキル)とか、アニメみたいに俺にも使えるのだろうか。
そう考えるだけで、俺の心が今までにないくらい高揚しているのがわかった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し
gari
ファンタジー
突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。
知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。
正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。
過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。
一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。
父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!
地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……
ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!
どうする? どうなる? 召喚勇者。
※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。
無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜
櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。
和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。
命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。
さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。
腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。
料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!!
おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる