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たまには海でもいかがです?
35 グランブルー
しおりを挟む矢代新とスヴェンソン・ドハーティの一件で、気づいたことがある。
ホワイト・ワーカーが言っていたあの言葉のことだ。
『刑務所』
『ピストル』
『車』
『パズル』
『オモチャ』
『縮尺模型』
あの6つの言葉は、それぞれ黒の使途のロストマンを表していたんではないだろうか。
『車』を突っ込ませるロストマン、矢代新。
人体を『パズル』化するロストマン、スヴェンソン・ドハーティ。
『車』と『パズル』
もしそれが正しいなら、最低でもあと4人は黒の使途が日本にいることになる。
いつやってくるかわからない黒の使途に警戒をしていたが…
結局何も起こらないまま…季節は4月になっていた。
「依頼ですか?…久しぶりですね。」
桜乃森大学の入学式が終わって1週間。
学校の案内や履修科目の選択が終わり、来週からかなちゃんも本格的に大学生。
そして、異能力研究室の助手として正式に働く事になる。
「年末年始って依頼が減るのよ。環境が変わり始めるこの時期に増えるのは毎年のことね。」
「そうなんですね。」
「それで、2人には1週間ほど行ってきて欲しいところがあるの。」
「…1週間?…麻衣さん、私一応学生なんですけど、授業とかは…」
「かなちゃんは研究室の正式な助手になったから平気よ。現地調査(フィールドワーク)という名目であれば免除されるわ。」
「大学って、凄いですね。」
大学は学ぶ場所であるとともに研究機関でもある。
週末だけのバイトという形で研究室に来ていたかなちゃんも、これからは研究のためにかなり自由に動けるようになる。
「それで場所はどこですか?依頼内容は?」
「依頼の詳細は現場で確認して。場所は…」
「…」
「沖縄よ。」
…
約4カ月ぶりとなる依頼者の名前は、未無明里(みなしあかり)24歳。
沖縄うるま市でアクセサリーショップの店員をやっているらしい。
――――――
初めまして。
知り合いに紹介してもらい、筆を取らせていただきました。
実は最近、こちらへ引っ越してきた私の友人の身体に奇妙なことが起きています。
口で説明するのは難しいので、ぜひ一度こちらにお越しいただけないでしょうか。
もちろん旅費などはお支払いさせていただきます。
どうかよろしくお願いします。
未無
――――――
電車や飛行機をつかって片道3時間半。
俺たちは那覇空港に降り立った。
普段ならこんな遠方の依頼は断っているが…
1週間という長めの滞在期間をみるかぎり、麻衣さんなりのかなちゃんへの入学祝のつもりだろうか。
依頼が済んだら、沖縄で遊んで来い…みたいな。
「うわー!見てくださいイノさん!海、すごい綺麗!」
「おー!すげー。」
さすが沖縄…というべきか。
海だけじゃなく、街並みやも雰囲気があっていい。
穏やかな空気に澄んだ空。
最近バタバタしてたからな…
なんか心に染みる。
「すぐに依頼者のところへ向かうんですか?」
「うん。『海寿楼(かいじゅろう)』っていうレストランで待ち合わせすることになってる。」
俺たちはすぐにレストラン『海寿楼』に向かう。
駅でタクシーを拾って、海沿いの道を走る。
車内からながら眺める海もいいもんだ。
まだ4月なのにたくさんの人が海にいる。
沖縄はすでに暖かい。
「わざわざ遠いところからすいません。」
「いえいえ。沖縄は初めて来たんですが、いいところですね。」
『海寿楼』は沖縄っぽい装飾はそれほどなく、
旅行者向けというか、地元の人の行きつけのお店…と言った感じの雰囲気だ。
壁にはたくさんのお酒が飾ってある。
どうやら夜は居酒屋に変わるらしい。
俺たちは改めて自己紹介から始めた。
「桜の森大学の失慰イノと言います。」
「助手の沖田かなです。」
俺の助手ではないんだけど…
かなちゃんが麻衣さんの正式な助手になったことで、
第三者から見たら俺の立場が良く分からなくなってしまったことに、俺はここで気づいた。
そこらへんの説明はめんどくさいから省く。
「未無朱里(みなしあかり)です。」
「…篠海龍二(しのみりゅうじ)です。」
今回の依頼者である朱里さんは、どこにでもいる可愛らしいお姉さんといった感じの人だった。
気取らないラフな格好とポニーテールが可愛らしい。
しゃべり方に沖縄のなまりがある。
一方、隣に座る龍二さんは日焼けして肌が少し黒いこと以外は、都会にいる爽やかなお兄さんといった感じの風貌だ。
沖縄のなまりも無い。
堅苦しいあいさつを終え、昼時と言うことで4人とも食事を注文する。
かなちゃんが場を和ませようと…
「えっと・・・お二人はお付き合いされてるんですか?」
とたずねた。
女の子のこういう事を自然に聞ける能力ってうらやましい。
「い・・・いえ、そんな」
朱里さんは少し照れくさそうにしている。
恋人ではないにしろ龍二さんには特別な想いがあるようだ。
「それで、さっそく依頼のことなんですけど…」
「…はい。…ほら、龍二、手を見せて」
「…朱里…俺、やっぱり…」
「…だめだよ龍二。見てもらった方がいいって…」
気になってはいた。
龍二さんの右手。
店の中なのに黒い革手袋をずっとつけたままだ。
龍二さんは少し嫌がっている風にも見える。
「…」
龍二さんは少し間をおいて、手袋を外す。
木目調のテーブルの上に手のひらを差し出した。
「!?」
「・・・これ・・・って」
俺も・・・きっとかなちゃんも…驚いた。
差し出された掌の向こうには木目が見えている・・・
つまり透けているのだ。掌が。
完全な透明というわけではなく、かろうじて輪郭を把握することはでき、血管や骨も見えている。
例えるならクラゲとかの水生生物のようだ。
微弱ながらダストの光も帯びている。
「触ってみても・・・?」
「どうぞ」
さわり心地は普通の掌だ。
しかしやけにひんやりと冷たく、しっとりとしている。
人の肌を形容するに適切な表現かはわからないけど、異様にみずみずしい…。
「えっと…いつごろからこんな状態に?」
「約一ヶ月前くらいからかな。指先から徐々に透明になってるんだ。」
龍二さんは、低く穏やかなしゃべり口調だ。
朱里さんが不安そうに俺に尋ねる。
「あの…やはり…異能力の影響なんでしょうか…」
「…そうですね。龍二さん、自分の手の平が少し光っているのがわかりますか?」
「…はい。」
ダストが見えている。
龍二さんがロストマンになったということで間違いはないだろう。
となると…
「非常に珍しいケースですが…龍二さんには亜人系と呼ばれる能力が発現しています。」
「亜人系…?」
亜人系ロストマン。
ロストマン自身の、身体の性質を変える能力者。
亜人系ロストマンは生まれつき身体に障害を持った人や、容姿にコンプレックスを抱いている人が発現するケースが多い。
白人に憧れる黒人女性が肌の色を変えたり、成長が止まってしまう病の人が筋肉を異常に発達させたりと、他のロストマンの能力とはやや毛色が違う。
もともと日本人ではあまり見ない系統の能力だが、こんな特殊な性質に変える人は初めて出会った。
「はい。ロストマン本人の身体の性質を変えるというのは、亜人系ロストマンの代表的な特徴です。…痛みとかは?」
「痛くはないよ。ただずっと冷たいのと…」
龍二さんは握りこぶしを強く握る。
するとポタポタと水がしたたり出した。
「こんな風に、身体の水分が手の平から出てしまうのか…ずっと喉が渇いてる。」
…本当にクラゲみたいだな。
「何か、こうなる前にきっかけになるようなことはありませんでしたか?」
「…」
龍二さんが目をそらす…
心当たりがあるようだ。
しかし、俺の問いに答えたのは朱里さんの方だった。
「私は、こうなってしまった原因が…フリーダイビングなんじゃないかって思うんです。」
「…朱里」
「ごめん…でも…」
…フリーダイビング?
「すいません…詳しくないんですけど…そのフリーダイビングって言うのは?」
「……。…空気タンク…なしで、一息でどれだけ深く潜れるかという…いわゆる素潜りを競技化したスポーツだよ。」
素潜り…
「私は…もう海に潜らない方がいいと言っているんですけど…聞いてくれなくて…」
「…ダイビングは…関係ないさ…」
「でも…潜る頻度が増えてから…そうなったじゃん…」
「…」
ロストマンの能力は…
自分の望みを叶えるためのものだ。
この状態を…龍二さんが望んだ…?
…もしかして…この人…
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