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たまには喫茶店でもいかがです?

19 ブラウニー・ビー③

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遠藤さんのお店は夜には大人のバーに変わります。
あまり長居するのも良くないと思い、その日はすぐに帰りました。

一週間後の土曜…
私はまた遠藤さんのお店の前に立っていました。

イノさんの話を…
ちゃんと聞きたかったから。

ここに来る前に研究室に行きましたが…
なぜかイノさんは来ていませんでした。
麻衣さんの話によると別の依頼が入っているそうです。

麻衣さんにここに行くことを話したら…
「気をつけてね」と言ってくれました。
麻衣さんはきっと気づいてます。
私が…ここでイノさんの話を聞こうとしてるのを。

「いらっしゃい。沖田さん。」

「すいません…何度も。」

「いいんだよ。コーヒーでよかったんだよね?」

「はい。」

私は1週間前と同じ席に座ります。
コーヒーだけかと思ったら…
サンタさんが乗っかった美味しそうなブッシュ・ド・ノエルが出てきました。
来週は…クリスマスです。

「あの…今日はちゃんと代金をお支払いします。」

「いいんだよ。僕が勝手に出しただけなんだ。」

「…」

「聞きたいのは…イノくんのことだろ?」

「…はい。」

「僕が知っているのは…本当に少しだけなんだ。お客様の記憶は読まないようにしてるから。」

「教えてください。」

「…わかった。決して面白い話ではないよ?」

「はい。」





「イノくんがまだ13歳の時の話だ。とあるフランス人の芸術家が日本に来日した。ロストマンだよ。」

「芸術家…ですか?」

「画家さ。名前はわからないけど…能力はたしか『エルト・ダーティ』と呼ばれてた。」

エルト・ダーティ…

「彼には芸術家という肩書きの裏に…とても危険な本性を隠していた。フランスやイギリスで何人も人を殺している…凶悪な殺人鬼だったんだ。」

殺人鬼…
きっと嫌な話になる…
なんとなく私はわかってしまった。

「彼の能力…『エルト・ダーティ』は人を殺すことに特化した能力で…その殺し方は…常軌を逸していたらしい…」

「…一体…どんな…?」

「詳しいことはわからないが…『生きたまま殺す』能力…らしい」

生きたまま…ころす…
なぞなぞみたいな能力だな…

「日本で最初の被害者は…イノくんの両親だった。」

「…」

「イノくんは願ったんだ。『この男から能力を奪いたい』と…それであの能力が発現した。間もなくして事件は解決することになったが…事件解決にイノくんが関係しているかどうかはわからない。」

…間違いなく…関係してる。
遠藤さんが私に隠しているのか…
本当に知らないのか…今の私にはわからなかった。

「イノくんはその時、2人のロストマン・ハンターに助けられたんだ。」

「ロストマン・ハンター…?」

「ロストマンの事件を解決する…どこの国にも属してない傭兵…といった感じかな。今の君たちと違って、かなり荒っぽい仕事をしていたようだけど…」

私たちの今の仕事は、ロストマンとの対話が主な解決策だ。
荒っぽい仕事…イノさんも…やってたのかな。

「イノくんの能力を高く評価したロストマン・ハンターの2人は、『エルト・ダーティ』事件の解決後、イノくんを連れて世界中で事件を解決していくことになる。日本じゃほとんど現れない…凶悪な能力を持ったロストマンを相手にね。」

以前イノさんが言っていたロストマンの知り合い2人…
この人たちのことだったんだ。
ロストマン・ハンター…
13歳のイノさんも…たくさんの国で…

「イノさんは…ロストマン…人を…」

遠藤さんは…
コーヒーをすすらない。

「殺したことがあるんでしょうか。」

「…」

「…」

「…あるだろうね。紛争地域にも何度も行っていたようだし…たくさん死線をくぐってきただろう。」

なんとなく覚悟していたけど…
やっぱりショックだ…
そうえばイノさんと初めて会ったとき…
こんなこと言ってたな…

『13歳から5年間…ある人達に連れられて色んな国へ行ったよ…アメリカ…フランス…シリア…それに……ソマリア』

シリアとソマリアって…長い間戦争が続いてる危険な国だ。
人が銃で死ぬのが当たり前の国だってテレビでやってた。

なんであの時気づかなかったんだろう…
普通はそんな国に旅行でなんか行かない。
ましてや…10代の子供が行く所じゃない。

「……」

「けど、18歳になったイノくんは、その2人との縁を切って日本に帰ってきたんだ。」

イノさんが18歳…3年前だ。
イノさんが桜乃森大学にきたころ…

「僕もそのころイノくんと出会ったんだけど…彼はこう言っていたよ。」

 『暴力や…能力を使わないで…ロストマンを救いたい』

イノさん…

「イノくんって…自分の能力をあまり使いたがらないだろ?イノくんはわかってるんだ。自分の能力がロストマンに何を残すかを…いや、何も残さないということを…」

何かを失って能力を手に入れたロストマンから…
何かを失わせて能力を奪う。
それがイノさんの能力…。

私の時も…私に能力は使わなかった。
『プラグイン・ベイビー』の時も『リリィ・シュシュ』の時も…
イノさんは能力を使ったことをひどく後悔していた。

「イノくんはきっとまだ…ロストマンを憎んでる。けどロストマンを救おうともしてる。凄いことだよ。立派なことだ。」

「私なんかが…力になれるのでしょうか…」

その問いに遠藤さんはニコッと笑った。

「なれるよ。今の仕事だけで言えば…君はイノくんよりも才能がある。」

「…才能?」

「ロストマンと話す才能…。相手を理解しようとする才能…そして『役に立ちたい』と願うことが出来る才能だ。」

「遠藤さん…」

「それはきっと、イノくんが今一番欲しいと思っていることだよ」





エンドウ・コーヒーからの帰り道。
私はふと考えます。

イノさんのこと。
私のこと。
ロストマンのこと。

考えれば考えるほど…
私の知らないことだらけです。

学ぼう。
たくさん学ぼう。

その先で私はきっと…イノさんの力になることができると信じています。

「がんばろう。」

12月の寒空の下…
気づけば桜乃森大学でした。
電車を使うような道のりを徒歩で帰ってきてしまいました。
相変わらず女の子離れした体力です。
自分であきれてしまいます。

もう20時。
なぜ直接家に帰らなかったんだろうと後悔しています。

イノさんは帰って来たのかな…
1週間も休んで…
一体どんな依頼なんだろう…

会いたいな…

イノさんに…

「…あれ?」

見覚えのある車が停まっています。
イノさんがいつも運転している…
桜乃森大学のダサいロゴが入った軽自動車。
誰か…降りてきた…?

「イノさん?」

「かなちゃん…」

イノさんでした。
すごくぐったりしているように見えます。
何かほっぺに…

「どうしたんですか?ほっぺ…怪我してるじゃないですか!」

私はとっさにカバンから消毒液とバンソウコウを取り出します。

「いたっ」

「我慢してください。消毒液です」

一体…
何があったんだろう…
バンソウコウじゃ隠れない…
ナイフで切られたような深い傷…こんな怪我…

「あっ…」

まずいです。
私も動揺していたのか…
消毒液と間違えて目薬を傷口に塗ってしまいました。

「え…なに?」

ばれてない…
イノさんはちょくちょくにぶい男です。
腹がたつこともありますが…
こういう時はイノさんのにぶさに感謝します。

「いや…何でもないです…ちがう消毒液を使いましょう…」

「…」

「はい出来ました。」

「…ありがとう」

「イノさん…?」

イノさんは明らかに落ち込んでいます。
一体何があったんだろう…

何があったんですか?大丈夫ですか?痛くないですか?
聞きたいことはたくさんありました。
けれど私は…

「くまちゃんです」

「え?」

「くまちゃんバンソウコウです。」

深く聞かないことにしました。

「男の人がこれをつけると…凄くかっこ悪いですね」

「かなちゃんがつけたんじゃん」

きっと私はまだ…
イノさんにとって頼れる存在ではありません。
だから…私に何も言ってくれないんでしょう。

イノさんが頼ってくれるようになるまで…
イノさんが私を見てくれるまで…

私はきっと、もっとがんばらないといけないんです。
一人でも立派にロストマンと向き合えるようになるまで…







だけど…

「イノさん、再来週の土日って空いてますか?」

今年のクリスマスだけは…一人で過ごしたくない。
そんな気分です。


■No5.遠藤宗雄
能力名:ブラウニー・ビー(命名:遠藤宗雄 執筆:沖田かな)
種別:具象系 終身効果型
失ったモノ:記憶
他人の記憶を抜き取り、文章として紙媒体に記すことが出来る。
抜き取ると言っても、記憶は失わずどちらかと言えば「文章として複製する」感じ。
文章を読まなくても、触れただけで記憶を「見る」ことができる。
とってもダンディーで素敵なオジ様でした。


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