上 下
16 / 69
たまには歌でもいかがです?

16 リリー・シュシュ④

しおりを挟む
歌を歌う人間はまず…
その「楽しさ」に酔う。

学び始めるとすぐその大変さに気づく。
楽しいだけじゃダメ。

キーを外さないように歌う。
腹式呼吸で歌う。

基本的なことができたら、今度は発声をより丁寧に。
鼻濁音を美しく…呼吸の長さや止め方。

より完璧な歌声に…
より完璧なシンガ―に…
自分という歌手を完成させるために、私達は日々学ぶ。

なんでこんな辛いこと毎日つづけてるんだろう…
それを考えた時にもう一度気づく。
音楽の素晴らしさに。楽しさに。

そしてその道の長さに…まだまだ先がある事に驚くんだ。

楽しいな。

楽しいな。

楽しいな。

「あなたは運がいい。声は出せなくなりますが、手術をすれば命に別条はありませんよ」

「…はい?」

「ほら…ここ…これが喉にできた腫瘍の影です。リンパ節までは到達していない。」

「…あの…」

「転移した筋肉部分を切除して…」

「あの!私は…」

「…」

「もう…歌えないんですか?」

もう歌えない。
私はそれを意外にも冷静に受け止めた。

けれど私にはやり残したことがある。
確かめたかったんだ。
今まで歩いていた道が…私の理想の姿に繋がっていたのかを。
私はそれを知りたかったんだ。





まるで汚れたキャンバスが、真っ白に戻るように。
その美しい声は雑念とか、悩みとか、負の感情を一切寄せ付けない。
完璧で完全で完成された歌声だった。

ステージで歌うmomoに、病室で眠っている桃香さんの面影はほとんどなく。
華やかで…上品で…

気づけば俺は泣いていた。
涙がとまらなかった。

momoの息を吐く音…吸う音…
発せられる声、語りかける言葉。
耳から入ってくる全ての情報があまりにも美しかった。

生きていてよかったんだ。
俺の全てを肯定し、褒め称えてくれるような。
そんな歌声だった。

「…」

危険だ。
そう思った。
思考がぶっ飛ぶ…
やらなければならないことがどうでもよくなる。

本当は今すぐにでも…
ステージ上にいるmomoを押さえこんで…
ここにいる人達を出口に連れて行かないといけないのに。

もう…

どうでも…

いいや…





パチパチパチ…

momoのステージは20分ほどで終わる。
momoは一礼し、ステージの裏に下がっていった。
俺は結局席に座ることはなく、立ち尽くしたまま歌を聴いていたことに気づく。

おそらく、今のがmomoの理想とするシンガ―の姿。
声を失わなければ…
あの姿を現実でも見れたのだろう…

momoの歌がここまで素晴らしいものだとは思わなかった。
俺ですらこんなに感動したんだ。
ここにいるmomoのファン達の耳には、これ以上ない快楽なのだろう。
眠り続けて「もう現実世界に戻れなくてもいい」と思う程に…

「今日もよかったな」

「あぁ。明日が待ち遠しいな。」

見終わった人達は皆、目に涙を浮かべて歩き出す。
俺たちが入ってきたロビーへ戻り、また明日ここに来るんだろう。
またmomoの歌を聴くために。
きっと彼らは自らの意思でここを出ないんだ。

厄介だ…
俺の能力を使ってmomoさんから能力を奪っても…
この人たちは果たして目覚めるのだろうか…?

「…そうだ。かなちゃん…!」

かなちゃんもmomoのファンだ。
きっと帰りたがらないだろう。
俺がしっかりしないといけない。
かなちゃんもここにいる患者達も、夢の中に置いていくことはできない。

かなちゃんを見ると、かなちゃんが立ち上がってステージ横のドアに入っていくところだった。
俺はかなちゃんを追ってステージ横のドアに入る。 

ガチャ

ドアの奥は廊下だった。
いくつもドアがあったが、一つだけ光の漏れている部屋がある…

「?」

部屋に近づくと、声が漏れていることに気づく。

「――ッ!」
「――――ッ!」

かなちゃんの…声?
誰かと言い争ってる?
俺はおそるおそるドアを開く。

ガチャ…

「お願いします!momoさん!」

「…」

「かなちゃん…とmomoさん。」

そこにいたのはかなちゃんと…
先ほどまでステージで歌っていた、momoさんだった。
病室にいるときとはちがう…華やかなドレスの美しい女性。

「イノさん…」

「かなちゃん…一体何を…?」

俺の問いかけに答えたのはかなちゃんではなかった。

「いらっしゃい。失慰イノさん。」

ゾクリとするほど透き通った声だ。
筆談してる時には感じなかった緊張感が漂う。

「かなちゃんはね。昨日からずっと私を説得しているの…」

「かなちゃんが…?」

「…」

かなちゃんはうつむく。

「私に…この能力を解いてほしいって…」

妙に落ち着いたmomoさんの言葉に少し落ち着いている自分がいる。
俺はてっきり…かなちゃんも他の患者と同じように、彼女の歌に…

「私は…momoさんの歌が大好きだから…イノさんの能力でまた何かを失わせたくなくて…」

かなちゃんが涙ぐむ。
確かに解決策が見つからなければ『プラグイン・ベイビー』の時みたいに俺の能力を使うしか無くなる。
そうなればmomoさんはまた何か違うモノを失う事になる。

かなちゃんは優しい子だ。
momoさんのことはもちろん…
俺が自分の能力を使いたがらないのも知ってて…

「momoさん。あなたはどう思っているんですか?」

「…」

「夢の中の芸術は、夢の住人しか魅了しません」

全ての芸術は一過性のものであるべきだと思う。
観客を手放さず、魅了し続ける芸術なんて、麻薬と同じだ。

「最初は、ただ確かめたかっただけなの」

「確かめたかった…?」

「自分が思い描く…最高の姿で…最高の歌で…どれだけの人を魅了させることができるか…」

「夢の中のmomoは、桃香さんの思い描く理想の姿なんですね?」

「えぇ。でも…」

「…」

「やっぱり…私…」

momoさんは顔をゆがめる。
テレビでも…病室でも見たことがないくらい。
大粒の涙を瞳に溜めて…

「歌うことが…どうしようもないくらい…楽しくて…楽しくて……!」

「…」

「いけないことだとわかってた…自分のわがままに…他の人達を付き合わせて…最低なことをしてるって……」

「momoさん…」

かなちゃんも泣く。
俺は…勘違いしていたんだ。
彼女が何か悪いことをしているんだと…思ってた。

そんなはずはなかったんだ。
これだけたくさんの人を魅了する人が…
悪い人なわけなかった。

momoさんは涙をぬぐい、俺の目をみる。

「私から…能力を奪ってください…」

「momoさんダメ!イノさんの能力を使ったら…また何かを失うかもしれないんですよ!」

「能力名と名前が必要なんですよね…能力名は『リリィ・シュシュ』…私の名前は…川村桃香」

「momoさん…!」

かなちゃんが声をあげる。
声を失い、夢のステージを手に入れたmomoさん。
また何かを失うとしたら…それもまた歌に関係するものの可能性が高い。
かなちゃんはそれをわかってる。

「momoさん…能力を解除することは出来ないんですか?」

「私の能力に…強制力は無いの。観客が自分たちで出口から帰る以外に、目を覚ますことはない」

「なら患者の皆さんに、私が一人ひとり説得します!」

「かなちゃん…」

俺は…momoさんの意志を受け取った。

「momoさんは、歌のない世界を受け入れたんだ。」

「そんな…だって…イノさん!」

「かなちゃん、momoさんは覚悟してる。そして…それ以上に反省してるんだ」

「…イノさん」

俺はかなちゃんの腕をつかみ、部屋から出る。
momoさんは俺たちに「ありがとう」と言った。
これが俺達の聞いた、彼女の最後の声だった。

俺とかなちゃんは出口に向かう。
先ほど歌が披露されたステージ…観客席を抜けてロビーへ出る。

「かなちゃん…」

「…」

「俺は正直…今回君を連れてこなければよかったと思ってた。」

「…知ってます。」

かなちゃんの声は震えてる。
まだ泣いているんだろう。

「けど違ったよ。」

「…え?」

「俺より先に真実に辿りついたし、その上で一番いい解決策を考えてた。」

「イノさん…」

「かなちゃん、君はもう立派な…俺の助手だよ」

俺達は出口を抜けて、目を覚ます。
もうmomoの歌を聴くことができない世界へ。




「…」

見慣れない天井。
桃香さんの眠る病室の隣。
俺は夢から覚めた…
おそらくかなちゃんも…

外はもう真っ暗になっていた。
ほんの30分くらい寝ていたつもりだったけど、気づけば5時間以上が経過していた。
俺は服装を正し、隣の部屋へ向かう。

トントン

ノックをして桃香さんの部屋に入る。
桃香さんはまだ寝ているようだ。

「…」

俺は桃香さんに手をかざす。

「川村桃香さん…貰うよ、君の『リリィ・シュシュ』」

桃香さんの身体がゆっくりと光る。
化粧もしていないし、ドレスも着てなかったけど…
その姿は、シンガ―・momoに負けないくらい綺麗だなと思った。



数時間後…
一斉に目を覚ました患者達はみんな、医者達にこう言っていたらしい…。

「先生…どうか…momoを責めないであげてくれ…」

夜間のため日下院長も目覚めた患者達の健康チェックに追われて忙しそうにしていた。
俺は挨拶をしないで病院をさることにする。

「帰りは…momoさんのCDでも聴こうかな…」

そんなことを考えながら車に乗り込もうとすると…

「イノさん!」

「…かなちゃん」

かなちゃんが息を切らして俺の前に立っていた。

「…よかった…起きれたんだね」

「…イノさん」

「…?」

「私、桜乃森大学を受験します!」

「…」

かなちゃんは真剣な顔で俺を見つめる。
かなちゃんも決意したんだ。
桃香さんのように…

「そっか…送っていくよ。momoさんのCD聴きながら帰ろう。」

「…はい!」

それから1週間後
桃香さんは聴覚を失った。
俺の能力の影響だろう。
彼女は歌うことだけでなく、聴くこともできなくなってしまった。

俺は、能力を使ったことを悔やんだ。
しかし、すぐに自分の能力のありがた味を知ることになる。

俺は久しぶりに出会ってしまったんだ。
桃香さんとは似ても似つかない…
うす汚れた狂気を持つロストマンに。


■No4.川村桃香
能力名:リリィ・シュシュ(命名:川村桃香 執筆:失慰イノ)
種別:観察系 指定効果型
失ったモノ:声
手作りのチケットを受け取った者は、その日の夜に夢を見る。
夢の中では能力者本人が『自分の理想像』と思う姿で現れ、歌のステージを行う。
夢に人を拘束する力はないが、momoの歌に魅了され患者は起きなくなってしまっていた。
能力消滅。川村桃香は聴覚を失った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~

長月京子
恋愛
絶世の美貌を謳われた王妃レイアの記憶に残っているのは、愛しい王の最期の声だけ。 凄惨な過去の衝撃から、ほとんどの記憶を失ったまま、レイアは魔界の城に囚われている。 人界を滅ぼした魔王ディオン。 逃亡を試みたレイアの前で、ディオンは共にあった侍女のノルンをためらいもなく切り捨てる。 「――おまえが、私を恐れるのか? ルシア」 恐れるレイアを、魔王はなぜかルシアと呼んだ。 彼と共に過ごすうちに、彼女はわからなくなる。 自分はルシアなのか。一体誰を愛し夢を語っていたのか。 失われ、蝕まれていく想い。 やがてルシアは、魔王ディオンの真実に辿り着く。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...