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たまには歌でもいかがです?
14 リリー・シュシュ②
しおりを挟む「院長の日下(くさか)です」
「桜乃森大学の失慰イノです。こっちは沖田かなと言います」
「よろしくお願いします。」
依頼があった病院に着くと、受付で数人の医師が俺たちを待っていた。
きっとこの病院でもそれなりの立場の人達だろう。風格がある。
「こちらへ」
俺とかなちゃんは彼らについていく。
どうやら病室に向かうようだ。
俺とかなちゃんはここに来る前に依頼の内容を麻衣さんから聞いていた。
「話は聞いています。入院中の患者さんが集団で意識不明になってしまった…とか」
「はい。私達で原因を調査しましたが…。」
「何も分からなかったと」
「えぇ。お恥ずかしながら…患者だけでなく医師や看護婦の中にも目を覚まさない者が出ています…。」
患者だけでなく…
病院内の人間が集団で意識不明。
「みんな突然気を失ったんですか?」
「いえ。眠りについてそのまま起きなくなった者ものばかりです。感染症の疑いもありません。」
「…起きなくなった者?それって…」
「はい。」
「…」
「みな、ただ眠っているのです。」
…
案内された病室は、ベッドが6つ置いてある集合病室だった。
全てのベッドに人が横になっていて、全員眠っているようだ。
「同じような状況の部屋があと4つほどあります。もともとは違う部屋の患者さんでしたが、この状況になってから同じ部屋にまとまってもらいました」
6人分の4部屋…
つまり24人近い人間が一斉に起きなくなったってことか。
医師や看護師もいるって言ってたから実際はそれ以上。
「目を覚まさなくなった患者さんに共通点はありませんか?」
「がん患者もいれば、骨折で入院している人もいます。性別や年齢もバラバラです」
別々の部屋で、別々の理由で入院していた人間。
「他には?人間関係とか…どんな小さなことでも。」
院長の顔が濁ったのを感じる。
何かあるみたいだ。
「噂程度の話では…あるのですが…」
「聞かせてください。」
「起きなくなった者は…起きなくなる前日に、とある患者と話をしているんです。」
「…とある患者?」
「喉頭がんという病気で入院している川村桃香という患者です。」
…
俺たちはその足ですぐに川村桃香の病室へ向かう。
喉頭がんというノドにできるガンで、声帯をまるまる摘出した患者らしい。
つまり、話す事ができない。
彼女の部屋の前につくと、異様な静けさに少し驚く。
他の病室とは明らかに違う空気感が漂っている。
「俺たちだけで入ります。皆さんは外で待機を。」
俺がそういうと、医者たちはコクリとうなづいた。
期待と不安が入り混じる…そんな表情だ。
「かなちゃん、いくよ。」
「はい。」
ガチャリ
6人部屋とは違う個室。
部屋の中は、とても爽やかな空気だ。
ベッドとテレビ、クーラー、花瓶に花。
目につくもの全てから良い香りが漂ってくるような清潔感を感じる。
その理由はわかる。
ベッドから上半身だけ起き上がらせ、ぼーっと外を眺めるこの部屋の主が…
あまりに美しい女性だったからだろう。
俺と同じくらいか…少し年上か…
綺麗な黒い長髪…透明感のある白い肌…
首元に短いスカーフを巻いていて、喉の手術跡が見えないようにしてる。
そのスカーフにも、何か気品のようなものを感じる…
この人が川村桃香か。
…ん?
…この人…どこかで見たことがある…?
「あー!!!」
びっくりした。
かなちゃんが突然大きな声を出した。
「momoさんですよね!シンガーソングライターの!」
モモ…?
…momo!
…あぁ!
そうだ思い出した。
去年bvex(大手音楽事務所)からデビューした歌手のmomoだ。
テレビでずいぶんとCMが流れてた。
今年に入ってから見なくなったと思っていたけど…
まさかがんで入院中だったとは…
「ご、ごめんなさい…私、momoさんの歌好きだったから…つい…」
突然大きな声を出してしまったのが恥ずかしかったようだ。
かなちゃんの顔がみるみる赤くなる。
そう言えば最初にかなちゃんの家に行った時、部屋にmomoのCD置いてあったな。
桃香さんはニコッと笑って、俺たちに手で椅子を薦めた。
俺とかなちゃんは椅子に座り、自己紹介をする。
「えっと…桜乃森大学から来た、失慰イノと申します。」
「お…おきたかなです!」
まだ緊張してるみたいだ。
「突然なんですが…今この病院で起こっていることについて聞きたいことがあって……?」
俺が話し始めると桃香さんと視線が合わないことに気づく。
桃香さんはかなちゃんを見てる。
「…?」
俺もかなちゃんに視線を移すと、かなちゃんの顔がさっきよりもずっと赤くなっていた。
下を向いてモジモジしている。
相当恥ずかしかったのか、憧れの人に会えて嬉しいのか…
かなちゃん…意外にミ―ハ―なんだな。
すると桃香さんが、手元にあるメモ用紙にすらすらと何かを書いてかなちゃんに差し出した。
【緊張しないで?】
「え…あ…はい!すいません!」
かなちゃんはやっと桃香さんの顔を見た。
それを見て桃香さんはまたニコっとほほ笑む。
声が出せないから…普段は紙に書いて話をするようだ。
【あなたは わたしのうた 聞いたことある?】
俺への質問。
「すいません…CMで何回か聴いたくらいで…」
【そう】
「えっと…ごめんなさい。話を戻しますね。」
桃香さんがコクリとうなづく。
「病院で起こっている集団睡眠について…何か知っていることはありませんか?」
今度は首を横に振る桃香さん。
髪が揺れるたび、いい香りがする。
「眠り続けてる人たちは皆、起きなくなる前日にあなたと話していたそうですね。どんな話をしたとか…なんでもいいんです。教えてください。」
桃香さんはすらすらとメモ帳に言葉を書く。
ボールペンの音だけが部屋に残る。
【私の話…また歌いたいっていう話…】
また…歌いたい…
momoとしてデビューしたのが確か去年の中ごろ…
これからが期待されていた彼女。
喉の手術…無くなった声帯…
きっと相当苦しかったはずだ。
今こうして笑顔になることが奇跡と呼べるくらい。
「…」
少しの沈黙を破ったのはかなちゃんだった。
「また…復帰しますよね?」
かなちゃんの声の震えから、勇気を振り絞った言葉だという事が伝わってくる。
それに答えるように桃香さんはすらすらと文字を書く。
【もちろん!】
そのメモをかなちゃんに見せると、かなちゃんはふわっと笑顔になった。
桃香さんはメモ帳を一枚ちぎってまた何かを書く。
【momo 復活ライブ 特別VIPご招待チケット】
手書きのチケット…復活ライブの。
桃香さんはそれをかなちゃんに渡す。
かなちゃんは凄い嬉しそうだ。
本当にやってくるかわからない…復活ライブ…
この人はまだ…夢をあきらめてないんだな。
…
結局小一時間話をしたが、有力な情報は得られなかった。
後で医師に聞いた話によると、桃香さんのファンだった人は院内にも結構いたらしい。
絶えず彼女の周りには誰かがいたそうだ。
デビューしてから少ししか活動してないのに…
歌手としての実力は確かなものだったようだ。
俺とかなちゃんはそのまま帰宅することにする。
例の桜乃森大学のロゴが入ったダサい軽自動車でかなちゃんを家に送ると。
「イノさん!これ!絶対聴いといてください!」
「いや、今日俺はジャスティンの気分…」
「いいから!」
そう言ってかなちゃんはmomoのCDを2枚車へ置いていった。
最近かなちゃんの俺に対する態度が強くなってる気がする。
…優しくされたい。
俺は車の中で音楽を流す。
凄い綺麗な声だ。
クセがなく…
あざとくなく…
純粋で可愛い声。
何の色も付いてない透明な声。
優しいアレンジ、甘いギター。
俺の好みではないけど、好きな人はどっぷり浸かる…
そんな音楽だった。
…
『起きなくなった者は…起きなくなる前日に、とある患者と話をしているんです。』
次の日。
俺の睡眠を起こしたのは、院長のこの言葉を思い出したからだ。
起きなくなる前日。
桃香さんと話をした日の夜の睡眠。
つまり今。
ここに注意を払うべきだった。
時計は9:00。
俺は起きる事ができた。
俺は起きる事ができたんだ。
やはりかなちゃんを連れていくべきでは無かった。
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