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五章 帝国の洗礼

百七十三話 真紅の炎

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「あんたらエラく遅かったわね。こっちもそこまで暇じゃないんだけど?」
「すまない、お袋。直ぐには受け入れられなくてな……」
「はんっ、女々しいねぇ。それでも男かい」
「お袋には適わねぇなぁ」

 土地勘の無い俺達に変わり、ガイス達に案内して貰った宿屋で一番最初に飛んできた攻めと罵倒。
 ガイスはそんな言葉に軽く苦笑いしながら応える。どうやら頭が上がらないのは事実のようだ。

 そんなガイスの事を物珍しそうに見つめる俺達の視線を無視し、ガイスは確認を取るように女将さんに問い掛ける。

「もう話は通ってると思うが一応聞かせてくれ。ここを貸してもらっても良いのか?」
「ああ、一部屋や二部屋ぐらい貸してやってもいい。その代わりちょっと仕事の手伝いはしてもらうよ?」
「それは構わないが、迷惑じゃないか?俺達の話は聞いてるだろ?なら何時敵が攻め込んでくるか……」

どうやらガイスは迷惑を掛けないか心配なようで、少し眉をひそめて女将さんに改めて確認する。

しかし、そんなガイスの事を女将さんは鼻で笑って言い返す。

「ふん、身内の親切ぐらい素直に受け取りな。あんたの事情なんてさほど知らないが、休む時は休んでやる時は死ぬ気でやれっていつも言ってるだろ?相変わらず可愛げが無いねぇ」
「……はっ、お袋は身内だろうと情を掛けるタイプじゃねぇだろ。それに、一番可愛げが無いのは間違いなくお袋だ」

 ご名答だぞガイス。情に訴えかければ無償でやってくれるかと思ったが、しれっと俺達が格安で依頼を受ける約束をしている。

 青ランク相当の依頼となる受けてもらう為に用意しなければならない報酬もそれなりに高くなり、一般人では用意するのが大変だったりするのだ。

「ネルとか言ったっけ?あんたも手伝いな」
「は、はいでやんす!」
「それで、あんたらはどうするんだい?」
「俺達はまだ仕事があるから手伝いはできない。通常料金で泊まってもいいか?」
「それは別にいいよ。今わたしゃが聞いてるのはその仕事の方さ」
 
 女将さんの視線が一瞬だけガイスの方に向く。なるほど、いつガイスを説得するのかということか。

 流石に休めと言ったばかりで『仕事の協力をしてくれ』なんて言えない。俺達はこの宿を離れて情報を集めに行くつもりなので、その後に話をすることにしよう。

「まだやることが残ってるからな。夕食までには帰ってくる」
「そうかい。じゃあさっさと出ていきな、掃除の邪魔だからね」
「わかった。行くぞシエ」
「は~い♪」
「情報が欲しいならこのマークがある店を訪ねな。あたしゃとしても早く消えて欲しいからね」
「助かる」
「情報感謝だね~♪」

 女将さんは店から出ようとする俺に向けて何か小さい物を投げ渡す。
 受け取ったそれは木でできたスプーンで、持ち手部分の先には店の目印であろうマークが着いていた。

 わざわざこの店を指定してくるということは、何かこの店の人は知っていることがあるのだろう。

 俺達は女将さんに感謝をしながら店を離れ、情報集めを再開する。
 と、言っても犯罪者集団について聞いても噂程度でまともな情報は集まることは無いのは目に見えているので、今はこのスプーンのマークについて調べ回った。

 宿屋からそんなに離れていない場所にあるのではないかと思い、近くの店を探したり話を聞いて回ったが、その店は小さな小道具店であるということしか分からなかった。

「全然見つからないね~」
「あぁ、こんなことなら場所を聞いておくべきだったな。むしろ今からでも聞きに行くか?」
「ちょっと恥ずかしいけどアリだね~♪」

 情報を集めに行った筈が早めに帰ってきた上に何の成果もなく情報を聞きに帰ってきたとか確かに恥ずかしいな……。

 俺達がどうしようかと頭を抱えていたその時、突如として嫌な予感が俺達を襲う。

「誰だ!?」
「ふぁえ!?街中だよ!?」
「……」

 それは隠すつもりが一ミリも感じ取れない不躾なまでの露骨な殺気。
 それが俺達に向けられた視線に乗っており、周りに居る人達も軽くではあるが反応し動揺していた。

 俺達が視線の方向に振り向くと、そこには全身を覆い隠すようなローブを身にまとった明らかに怪しい人物が立っていた。

 人混みの中とはいえ、殺気を出したままここまで接近されていたのに気がつけなかった……!?
 いや、わざわざ背後まで近づいてからここまで濃い殺気を放ったのか?

 どちらにせよ、明らかに只者では無い事は確実だ。

「……」
「っ!?待て!追うぞシエ!」
「了解~♪」

 謎のローブの人物は俺達が謎のローブをしっかりと認識したのと同時に路地裏に素早い動きで逃げ込んでいく。

 一体何がしたかったのか、何をしようとしていたのかは分からない。ただ、街中で殺気をぶつけてくる異常者を放っておく訳には行かない。

 危険な行為であると覚悟の上、俺達はローブの人物を追いかける。
 しかし、謎の人物の動きは予想を遥かに超える速度で、全力で走っても追いつくことができない。

 道を曲がる瞬間を捉え、なんとか見失わない事がやっとで……いや待てよ。なんで圧倒的に速度が違わないのに見失わないんだ……?

「シエ、止まれ」
「はぁ、はぁ……ど、どうしたのテル君?」
「これは恐らく、俺達を何処かに誘き寄せる罠だ。だから今すぐ……」
「気づくのが遅せぇよ」
「「っ!?」」

 引き返そう。そう口にしようとした瞬間、とっくの前に走り去った筈のローブの男の物であろう声が背後から届く。

 声の主の方に振り返るよりも早く、本能が訴えかけてくる嫌な予感に従いシエを抱えて横に飛び出す。

 直後、俺達がいた場所は真紅の炎によって包まれていた。

「え?え?えぇ!?何あの炎~!?」
「遅かったか……逃げるぞシエ!」
「り、了解~!?」
「逃げ足だけは早いなぁ!」

 シエの手を引き、戦うことを放棄して逃げに徹する。俺は葛藤する余地もなく俺達よりも謎のローブの方が強いという判断を下していた。

 それ程までに謎のローブから放たれる殺気も魔力も動きの練度も、彼の全てが勝てないと思わせる格上の雰囲気を出していた。

「まったく、嫌になるな!」
「ほんとそれ~!」
「焼け死ね!『豪炎連癪ごうえんれんしゃく』!」
「『魔結刻まろうこく』!」

 先程のただ燃やすための様な炎とは違い、周りを巻き込むように回転する事で範囲を拡大した炎をより俺達に接近して謎のローブは放つ。

 この距離では流石に避けられない。そう判断した俺はその炎を打ち消そうと振り返りながら能力を纏った刀を振るうが……ダメだ。押し返される……!

「生温い!!」
「っ!?」

 謎のローブが放った炎は俺の能力をその火力で押し返し、俺の視界を真紅色に染め上げるのであった。

 
 
 ♦♦♦♦♦



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『【短編】殺戮に嫌気が刺した死神様は、純白少女に契約を持ち掛けられる』という作品も投稿してみました。
 二千文字程度なので良ければ見てみてください!

 
 
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