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五章 帝国の洗礼

百七十話 説得の方法

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 噂とお話が好きなオバチャンから聞いたガイスらしき人物が行きつけの宿屋。

 情報通りに進んだ場所にあった宿屋はそれなりに年季の入った建物で、さっきまで情報を集めていた場所に比べると人気の少ない場所に建っていた。

 店の扉には「準備中」と書かれた札が吊られており、この時間は営業をしていないようだ。

「どうしよっか~。出直す?」
「出直しても良いが、あまり時間も掛けたくないからな。迷惑かもしれないが効率重視だ」

 俺は迷惑だと思われる覚悟を決め、宿屋の扉を押し開けて中に入る。

 その直後、所謂『お玉』と呼ばれる液体等を掬うことに特化した調理器具が俺の顔面に向けて高速移動している事に気がつく。

 なんとか直前でそれをキャッチするが、それと同時にとてつもない怒号が俺達の耳を劈く。

「もう帰って来やがったかこの糞カス馬鹿息子ぉ!帰ってきたからには、その股にぶら下げてるモン引きちぎられる覚悟が……あぁん?あたしゃのお玉を受け止めるとは、あんた馬鹿息子じゃないね?」

 怒号とお玉が飛んできた方向を見ると、ここの女将さんであろう人物がキッチンで作業をしており、手に持った物をそのまま俺達に投げてきたのだろう。

 ……あの距離から後ろを向いたまま、人を殺しそうな程の勢いで正確に頭を狙ったのか!?

 愕然としている俺を他所に、お玉を俺がキャッチしたことで俺達が他人だと気がついた女将がやっとこちらに振り返る。

「誰だいアンタら、見た事ない顔だね。まさか、あの馬鹿息子の借金取りとかじゃないだろうね」
「その馬鹿息子とやらが誰かは知らないが、少なくとも借金取りでは無いな」
「普通?の冒険者だよ~♪」

 なぜ疑問形なんだ。まぁ、教会に狙われてる時点で普通では無いのは事実だが……。

 そんな俺達を女将さんは数秒間観察するように睨みつけた後、フンッと興味を失ったように鼻息を出して作業に戻った。

「そうかい。なら、その普通の冒険者さんはここに何の用だい?」
「ガイスという男について話が合って来た。知っているか?」
「ガイス?あぁ知ってるとも。あいつは馬鹿息子の方じゃない、血の繋がらない馬鹿息子さ」

 どうやら、今回の噂は良い方に外れた。ガイスと女将の関係は恩人以上に家族であったようだ。

 先程まで怒鳴り言い放っていた『馬鹿息子』とはガイスとは違う血の繋がった息子のようで、定期的に金をせびりに来ているらしい。

「女のケツ追っかけた末に借金だけ手に入れた馬鹿息子に比べればまだマシだがね。あいつもあいつでマヒィアだ何ざとほざいて、まともに働かねぇアイツも馬鹿だよ」
「確かにそういう意味では馬鹿だな。俺も人のことは言えないが……それはそうと、そんなガイスについて頼みがあってきた」
「頼みねぇ……。そもそもお前達はあいつとどんな関係なんだい」

 そういえば大して自己紹介すらしてなかったなと思い出し、自己紹介とついでにガイスどの関係について話した。

 まぁ、関係と言っても戦って仲良くなった程度でしかないが、簡潔すぎて逆に女将は呆れたように納得した。

「……はぁ、なるほど。確かにあいつならすぐに気を許しそうだ。なんであたしゃの息子はどいつもこいつも馬鹿なんだか……」
「でもボスの方は良い奴でよかったね~♪」
「ボス?……あぁ、ガイスの事か。まぁ、はどうしようもないクズだからねぇ……」

 女将さんの顔から母親としての苦労が表情から滲み出る。
 子育て所か子供の世話すらしたことは無いから分からないが、その苦労はきっと想像を絶するものなのだろう。

 なんとなく感傷にひたっていると、女将さんは話の続きを催促してくる。

「それで頼みってなんだい?一応言っとくが金とか言うんじゃないよ。ガイス本人ならともかく、知り合ったばかりのあんたに金は渡せないね」
「それは理解しているし金を頼むつもりは無い。納得はしてもらったが、信頼までは行ってないだろうからな」

 俺は冒険者としての現状を説明する。高ランクの冒険者達が集まって犯罪者撲滅をしていること。そこにガイス達も当てはまる可能性があること。
 そして、少しの間だけでも彼等を匿って欲しいということを。

 それは彼等の為でもあり、俺達の為でもあった。

「匿うねぇ。そんな事して意味はあるのかい?」
「有るか無いかと言われれば……正直、無い」
「えぇ!?無いの~!?」
「匿う意味は、な。今は大人しいかもしれないが、そのうち確実に我慢できなくなる」

 俺達が仇を打つ!冒険者達に任せてられるか!そんなことを言いながら宿を飛び出る姿は簡単に想像できる。
 そして冒険者達といざこざが生まれる様子も。

 だから彼等には多少無理やりでも一度この場所で匿って精神を落ち着かせ、その後は俺達の協力者として動くというのが最も効率的な保護だと俺は判断した。
 その為にガイス達を説得出来る者が必要であったのだ。

「つまり、お互いにお互いを利用し合うってこと~?」
「その通りだ。俺達だけでも説得を出来るかもしれないが、ガイスと親密な知り合いなら確実に成功すると思ってな」
「なるほど。わたしゃに暴れ出さない為の抑制と自然な形で作戦の参加を説得しろってことね。用意周到だこと。わかった、やってやろうじゃないの」

 俺の作戦が伝わったようで、女将さんの了承を得ることが出来た。これで後は二人を迎えに行くだけだな。

 やっと一安心できる……かと思えば女将さんは追加の要望を出してくる。まぁ、予想はしていたが。

「だが、わたしゃへの見返りを寄越しな。馬鹿息子を保護するのは無償でもいいが、説得をするだけの労力料を寄越してもらわないとね」
「商魂たくましいな……。わかった、指名してもらえれば『青』ランク相当の依頼を最低限の報酬で受けよう」
「『青』か……よし、それで行こうじゃないか。わたしゃの名前は『メシール』だよ」
「なんか初めて『青』ランクが役に立ったね~♪」

 なんとも微妙な『青』ランクの使い方をしつつ、俺達はガイスとネルを向かいに行くのであった。


 ♦♦♦♦♦


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