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四章 罪の元凶

百四十九話 エメルドの姉達

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「それはそうと、だいぶウチの坊っちゃまをシゴいてくれたようですな」
「ん?まぁ、本気でお願いされたからにはそれなりの意気込みでやるつもりだ」

 訓練後の昼飯を食べた後、軽く休憩を取っているとエメルドの専属執事が俺に話しかけてきた。

 因みに、エメルドはクタクタの状態でご飯を食べた後、今は自室で休んでいるらしい。

「そういえばウェルは?」
「彼は今日の予定に外出がないと知り一度家に帰ることにしたようです。何か準備があるらしいですな」
「そうか……。そういえば、家でのエメルドはどういう扱いなんだ?」
「どういう扱い、と言いますと?」
「例えば冷遇されてる、とか」

 俺はエメルドが言っていた事を思い出しつつも執事に質問する。
 エメルドは自分の事を良くしてくれたと言っていたが、もしかしたら客観的に見れば違う見方があるもしれない。

 そんな質問に執事は少し考える仕草を取りながら少し視線を上げて話す。もしかしたらその方向にエメルドがいるのかもしれない。

「……確かに、エメルド坊っちゃまの噂を聞けばそういった考え浮かぶのも当然ですな。ですが、私の知る限りではそういったことはございません」
「そうなのか。七紋章の血族と言えばてっきり実力主義なんだと思ってたんだがな」
「いえ、むしろ坊っちゃまはご当主様が期待するだけの実力は持っているのです。ですが……」

 執事はそこで少し悲しそうに口をとざす。
 後は言わなくてもわかる。エメルドが評価されない理由はエメルドの姉達であるということだ。

 ムイシス家の三女の噂は俺でも知っているし、調べてみれば嫌という程三人の噂が入ってくる。

 かつて万を超える魔物を殲滅し地獄のような風景を作り出したという長女『殲滅の女傑「ダイア・ムイシス」』。
 十歳にしてその頭脳で現代の技術を数十年早めたと言われる論文を発表した次女『先導の科学者「サフィア・ムイシス」』。
 政治力や策略等に長け、ムイシス家の領地の犯罪集団及びそのバックにいた貴族諸共たった一人で摘発した三女『好餌の策士「ルビー・ムイシス」』。

 どれも伝説的なまでの結果を残した彼女達は、紛れもない天才姉妹達であった。

 そしてその弟として必要以上の期待をされ産まれたエメルドは……もうこれ以上繰り返して言う必要も無いだろう。

「エメルド坊っちゃまは経験が足りていないだけで、少なくとも私のような凡人ではたどり着けぬ領域に達するだけの才能をお持ちです。後はきっかけさえあれば……」
「もしや、それを探す為に護衛を?」
「それが分かるのは本人だけですが、ほぼ確定で合っているでしょう。そして、そのきっかけを貴女から得ようとしているようですな」

 執事から向けられる視線に含まれる期待とほんの少しの焦り。
 その様子は、エメルドがいつか取り返しのつかない事をしでかすことを危惧しているかのようで。

 護衛を付けずに長期の長旅等という普通なら許可も出るわけもないことをしでかしたのだ。そのうち一人で勝手に家から飛び出したりしそうではある。

 俺はふと元ではあるが一人の家族を思い出す。それはサンガシ家長女『バリニア・サンガシ』の事だった。

 俺の唯一の姉であるバリニアはサンガシ家の中で唯一と言っていいほど暴力を好まない。
 剣術の才能は当たり前のように持っていたが、それを戦闘に振るうことはあまり無かく、何時も図書室で読書を読んでいる姉であった。

 だが、そんな彼女も根本的にはほか兄弟と同じ。彼女は暴力を好まない代わりに利益を好んだ。
 武力が必要な時は長男や次男等に押し付け、そして不利益が自分に振りかかろうとした時は……俺になすり付けた。
 
 一見あの兄弟の中で一番まとものように見えるが、次男や四男……いや、今は三男か。それらの他の兄弟達と対して変わらない性格の持ち主であった。

「テルさーん!訓練の続きをしましょう!」
「おや、いつの間にか坊っちゃまは外に出ていたようですな。それにもう元気なご様子。準備万端なようなので付き合ってあげてください」
「ああ、勿論だ。それにしても天才三姉妹か……どれだけの天才なのか見てみたい物だな」

 調べれば調べるほど欠点のない三姉妹の噂を集めれば嫌でも本物を見たくなるというもの。
 研究や政治方面はあまり興味はないが、戦闘に長けた長女の強さはこの目で見てみたいものだ。

 そんなことを準備をしながら何となくつぶやくと、執事は思い出したように最後に付け加えた。

「ほほっ。どうせなら最後に、少しだけ面白い事を教えましょう」
「面白いこと?」
「ええ。実は彼女達の伝説の裏には必ず、エメルド坊っちゃまがいるのです」

 
 ♦♦♦♦♦

 
 それから三日後、訓練は今日は休みにして俺達は久しぶりにルバルイト聖教街の観光に出ていた。

 この街にエメルドが来て今日で五日目。六日目が『授紋の儀』、つまり明日は教会に行く予定なので今日は体を休めようということになった。

 ウェルが案内してたどり着いた場所は案の定は美術館。今回は貴重品というより、この街に滞在する芸術家が描いた絵が展示されている場所であった。

「やっぱり聖教街って感じですね。神様っぽい絵が多いです」
「そうだな。どれも抽象的というか、あまり明確にその姿を描いてないのも共通してる所だな」
「へ~、書いちゃダメなの?」
「いや、特にそういう決まりはなかったはずがだ……。多分、暗黙の了解と言うやつだろう。顔はなかったが像はあるんだからな」
「成程~♪あっ、ちょっとテル君あれ見て見よ~?」

 エメルドの言う通り展示されている絵のほとんどは明らかに神らしき存在が描かれており、絵によっては人型だったり動物だったり、中には目玉で表している絵もあった。
 
 風景画やふとした日常を描いたような作品の方が珍しいという少し不思議な感覚を感じながら、シエに誘われるまま絵の前に立つ。

 因みにだが、エメルドの訓練はあまり上手くいっていない。
 
 俺に対する遠慮が無くなって動きは少しだけ良くなったが、所詮動きが良くなった程度であった。
 そもそも俺が特殊な技を教えられる訳が無いし、とにかくエメルドが攻めて俺が迎え撃つを繰り返していただけ。

 エメルドもどうにか勝とうと試行錯誤してはいるが、俺との圧倒的な差の前に為す術なく敗北し続けた。
 一切挫けず俺に挑み続ける様子は生半可な覚悟では無い事を理解させてくるが……その覚悟が実ることは無かった。

 ただの訓練ではエメルドに必要な物は手に入らない。ならばどうすればいいか。それは明白で……。

「お~い、テル君~?聞いてる~?」
「ん?ああ、少し考え事していた。何の話だ?」
「も~、今は目の前の絵に集中してよ?ほら、この絵どう思う~?」
「そうだな……」

 目の前の絵画は中心に二人の男女(?)が描かれており、そのまわりに森や海等の自然物から人工物らしきものが描かれた作品であった。

 ジャンルがあるとすれば、ラブロマンスか?

「とても……中心に視点を向かわせるのが上手いな」
「へ?」
「これを見てみろ。明らかに中心に向かうような角度の線が描かれていて、それが全体に見受けられる。これはそういった高等技術が使われた絵画で~……」
「ア~ハイハイ。テルクンハソウダヨネ~」
「ん?もういいのか?」

 突然棒読みになったシエに疑問を持ちながらも、意識を切り替えて護衛に集中した瞬間……猛烈に嫌な予感が俺の背筋を走る。

 この同じ空間に感じるはずもなく、感じたくもない気配が存在していたからだ。

まさか、アラルドが言っていた二組の貴族って……!?

「あれれ?もしかして?どうしてここにいるのかな?」
「お、お前は……!」
「ん~?女の子?」
「え、貴方は誰ですか?」
「む?その家紋はどこかで見たことがありますな。……ま、まさか『サンガシ家』……!?」

 そこに居たのはエメルドと同じぐらいの歳で、そして見覚えのある家紋を持つ少女。

 サンガシ家次女、『ポルル・サンガシ』が俺達の目の前に現れたのであった。


  ♦♦♦♦♦


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