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四章 罪の元凶

百三十八話 貴族の現状

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「……どうやら、とても家を継がせられるとは思えない役立たずらしいんです」
「えぇ!?」
「……」

 一瞬だけシエと視線が交差する。どうしても俺の境遇が俺達の頭によぎるのだ。
 一度動揺してしまった頭を冷やし、少しだけ覚えのあるその噂についての記憶を探る。

 役立たずの長男……。いや、娘しか生まれていなかったという情報は俺でも聞いたことがあった。
 ……そうだ、思い出した。
 
「……七紋章の血族の一つ『ムイシス家』か?」
「はい、その通りでさぁ。これは一部の界隈ではかなり有名らしいですぜ」

 そこからウェルは幾つか豆知識のような話をしていたが、どうしてもそれが頭に入ることは無かった。
 
 俺のような境遇の貴族の子息が実際に居る。
 それは動揺と共に、不謹慎だが少しの安堵と才能というものの理不尽さに軽い不安を覚えており、まともに話を聞ける状態ではなかったからだ。

 それにしても『役立たず』……か。
 結局、能力が高くなんでも出来る者が望まれ、そして選ばれる。『無能』や『役立たず』は捨てられる。俺のように。

 きっとその貴族は長男という理由で保っているだけなのだろうと考えると……身の毛もよだつ。

「ん~、その長男さんはそんなに何もできない人なの~?余程何も出来ない人じゃないと、役立たずとか当主になれないとか言われなくない~?」
「いえ、それは逆でさぁ」
「……逆?」

 ……シエ、その言い方は流石に俺に刺さるから辞めてくれ。

 不意にシエが吐いた毒にダメージを受けながら、シエの疑問に確かにと思うのと同時にウェルの答えに首を傾げる。

 逆って……、本当はかなり有能ということか?

「これはその手の情報をよく知ってる情報屋から聞いたんでやすが、総合的に長男の能力を見てもかなり能力値が高いらしいんでさぁ」
「えぇ~?それって頭の良さとか、戦闘とかがかなりできるってことだよね~?」
「そうでさぁ。もし平均が五十点の百点満点で採点するなら、常に七十点とか高くて八十点を出せる人なんでさぁ」

 ウェルが説明する度に俺達の疑問は深まる。

 普通よりも確実に高い能力があるのにも関わらず役立たず……。よほど性格に難があるのか?
 いや、この国の……それも七紋章の血族ならば強く有能ならば当主になれる。

 たとえ性格に難があってとてつもない才能がなかったとしても、それなりに強ければ長男なら……。待てよ?まさか、そういうことか?

「んんんん~?そんなにすごい人が役立たず?もしかして、その家の人達が皆おバカなんじゃないの~?」
「それも逆なんでさぁ」
「また~!?」
「……そいつの姉達が原因か?」
「お、察したようですね。その通りでさぁ。シエさんも聞いたことがあると思いやすが、最近どういう訳か器持ち、そして強力な能力持ちが増えてるんでさぁ」
「あ~、よく聞くね~」
「これも聞くと思うんでやすが、器持ちや強力な能力持ちは『天才』になりやすいんでさぁ。理由は子供の頃から能力値が高いからとか何とか」
「へ、へ~。で、それがどうしたの~?」

 器は器持ちの血を継いでいれば高確率で授かれる。故に、七紋章の血族はみな器持だ。

 つまり、その長男の姉達も器を持っているわけで、それはつまり全員が天才になる可能性があるわけで。

「『ムイシス家』における長女、次女、三女。長男の姉にあたるこの三姉妹達が長男がどれだけ努力しても霞むほどの天才なんでさぁ」

 それは、本人がどうしようもない『現実《才能》』の問題であった。

 そしてこれは現代においてかなりの頻度で起こっている事だ。
 貴族だけでなく商人等でも兄より圧倒的に弟が優れている事が多発して激しいお家騒動がかなり起きているらしい。
 
「学力、武力、政治力。この三点をそれぞれに特化した天才の姉達。貴族において必須なこれらのどの道に進もうとも必ず姉達に比べられる。故に、彼は役立たずになってしまったんでさぁ」
「堂々と認められる当主になるにはその三人の天才を越えなくてはならない……か。災難だなとしか言えないな……」
「ええ、せめて武力さえあれば何とかなるらしいんでやすが……どうも長男は気弱らしいんでさぁ。まぁ、天才の姉達に囲まれれば自信なんて喪失して当たり前ですぜ……」

 圧倒的過ぎる差を見せつけられた時、大抵の生き物は本能的に『諦め』を選ぶ。
 まぁ勿論、圧倒的強者に挑んで強くなろうとする者も居るが……それが天才なのかバカなのかは置いておいて。

 しかも、なまじ才能があるが故に才能の差というものを余計実感することになる。まだ馬鹿であった方が良かったと思う程に。

「この話はここで終わりにしやしょう。そこら辺の話はどこまで行ってもお家の問題でさぁ」
「そうだな。そもそも依頼主がどういうやつなのかも分からないし、護衛さえすれば必要以上にかかわる必要もないだろう」
「変にお貴族様に目を付けられるのもやだからね~。……今以上に」

 シエが最後にボソッと余計なことを言うが、軽く無視して契約書にしっかりとサインを施す。

 二回ほど読み返したが変なところは無かった。これなら大した心配は無い筈だ。

 シエも契約を施した後、ウェルが最後の確認とウェル自信が契約にサインし契約を確定する。これでもう既に契約書の効果は発揮される。

「依頼の内容でやすが、護衛対象が到着するのは三日後の早朝。期間はその日から一週間でさぁ。因みに、いつどこに行くかなどは教会に行く時しか決まってないらしいですぜ」
「そうか……。つまり、その一週間の間に何をするのか分からないってことか」
「ま、気弱な性格なんでしょ~?なら、必要以上に外に出たりしないかもね~♪」
「確かに。命を狙われたり~……なんてことにでもない限り、戦ったりすることは無いだろうな」
「オレッチもそう思うでさぁ」

 俺達はそうやって呑気に護衛について考えていた。相手が貴族なら金払いもいいはず出しな。

 だってそうだろう?相手は貴族の息子。つまりおぼっちゃまだ。まぁ、俺もそうだが……。しかも気が弱いと来た。

 上手く行けば最低限の移動と話し相手ぐらいで終わると思っていた。だから……。

「ぼっ、僕を!当主に認められるぐらい強い男にしてください!この一週間で!」

 まさか護衛対象がこんなに破天荒な少年だなんて、思いもしなかった。


  ♦♦♦♦♦


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