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北区にある事故物件の話
メゾンK
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もう担当から外れてしまったのだが、うちの会社で設備しているアパートに「メゾンK」と呼ばれる物件がある。
そのアパートは北区のJという、かなりゴチャゴチャした立地にあり、ナビでも正確な位置が出ないため、現場が分かり辛い事でも有名だった。
「メゾンK」の担当を引き継ぐ時、前の担当だったOさんから「あそこに行く時は、昼間に行ったほうがいい、夜はやめておけ」と言われた事がある。
その時は、Oさんが何を言っているのかよく分からなかったが、今なら分かる。
そこは、夜に行ってはいけない場所だったのだ……。
……
暫くしてOさんは失踪し、行方が分からなくなってしまった。
……
「メゾンK」の修理依頼は必ず未入居の状態で入ってきた。
未入居と言うことは、誰もいないという事なので、こちらの都合で現場に入る事ができる。
普通の現場は時間が決まっている事が多いため、必然的に未入居現場の訪問は、最後の方になってしまう。
その日は雨が降っていた、時計の針は19時を回っており、辺りは完全に日が暮れて、とても視界が悪かった。
ナビ上では、現場近くまで来ているはずなのに「メゾンK」の場所がどうしても分からない。
仕方がないので、近くに住むという「メゾンK」の大家さんに電話をかける事にした。
電話が大家さんに繋がる「メゾンK」の場所が分からないので、目印を教えて欲しい旨を伝えた。
大家さんは何故か機嫌が悪い感じだった。
「あんた、これからKに行くの?」
「すいません、仕事が押してしまって、物音は立てませんのでよろしくお願いします」
「夜に行くのは危ないから、やめとけ」と失踪したOさんと同じ台詞を、大家さんが言った……。
「すいません、迷惑はかけませんので、お願いします」
「とにかく今日はもう遅いし、明日にしてくれ」と言われた後、ガチャリと電話は切れてしまった。
大家さんには明日と言われてしまったが、翌日も予定はぎっしりと詰まっており、1件でも仕事を減らしたい。
そして何より現場近くまで来ているのに、何もせずに帰るという事が、その時の僕には考えられなかった。
雨の中、傘を差して30分位だろうか「メゾンK」を探して、辺りを行ったり来たりしていた。
辺りは真っ暗で視界が悪く、見えるものといえば、少し先にある自販機だけだった。
飲み物を照らす蛍光灯が切れかかっているのか、自販機はシパシパとモールス信号のように点滅していた。
すっかり歩き疲れてしまった僕は、コーヒーでも飲むかと自販機の前で立ち止まると、自販機の脇に細い小道がある事に気が付いた。
ひょっとしてここかなと思い、その細い小道を先に進んでいくと、奥にどんよりとした雰囲気の2階建てアパートが建っているのを見つけた。
外壁に「メゾンK」のプレートがあり、僕は「良かった」と胸を撫で下ろした。
敷地に入りすぐの所に集合ポストがあった。
集合ポストには沢山のチラシが無理やり突っ込んであり、入りきれない分が床に散乱し、それが雨に塗れてグチャグチャになっていた。
僕はチラシを踏まないように跨ぎ、修理予定の201号室に向かう。
201号室の前に着き、部屋の鍵が隠してあるPSを開き、中に取り付けてあるキーBOXから部屋の鍵を取り出した。
部屋の扉を開こうとした時に気付いたのだが、部屋の中から『ガリガリ、ガリガリ』と何かを引っかく音が聞こえてくる。
未入居現場で他の業者とかち合う事はたまにあるのだが、時計の針はすでに20時を回っており。
こんな時間に業者が仕事をしているのも考えにくいので、チャイムを鳴らし確認してみる。
ピンポーン、ピンポーン、暗闇の中で響くチャイムの音、返事はない。
部屋の中の音に耳をすませていると、さっきまで聞こえていた『ガリガリ』という音が聞こえない。
返事はなかったが、部屋の中に誰かいるのは間違いない。
キッチン前のすりガラスから部屋の中を覗いてみるが、真っ暗で何も見ない。
嫌な感覚がした……。
何かよくないものがいる、それは廃墟や心霊スポットのように、入らない方がいい、入ったら何かあるぞという、えもいわれぬ感覚だった。
Oさんが失踪前に言った「あそこに行く時は、昼間に行ったほうがいい、夜はやめておけ」
大家さんが電話で言った「夜に行くのは危ないから、やめとけ」
その言葉を思い出していた……。
「夜に行くのはやめておけ」この言葉が、警鐘のように頭の中で鳴り響いていたが、40分も雨の中歩き回り。
やっと辿り着いた現場で、何か嫌な予感がするから帰るという選択肢は、僕の中にはなかった。
「修理の業者です、開けますよ」と暗闇の中にいる誰かに声を掛けてから、キーを回した。
ガチャリと鍵が開く音がする。
護身用に工具箱から取り出したマイナスドライバーを右手に持ち、ヘッドライトのスイッチをオンにしてから、玄関の扉をそっと開く。
玄関扉は経年劣化からくる歪みで異常なほど重く、力を入れると『ギギギッギギギッ』とカミキリムシの鳴き声のような音がした。
玄関の扉を足で押さえ、部屋を見渡すが人の気配はない。
「誰かいますか?修理の業者です、入りますよ」と再度、誰もいない部屋に声をかける。
すると何処からか『ガリガリ』と何かを引っかく音が聞こえる。
音がする方をライトで照らすと、ビリビリに破れた壁紙が見えた。
壁紙は縦に引っ掻いたように破れており、所々に血が変色したような、どす黒い汚れが付着していた。
ライトで破れた壁紙を照らして見てみると、何か文字のようなものが書いてあるのが見えた。
玄関からでは距離があり、何が書いてあるのかまでは分からない。
だが……どす黒い何かで、確かに何かが書いてあるのだ。
玄関が勝手に閉まらないよう、玄関にストッパーをセットし、破れた壁紙の方に近付く、破れた壁紙には。
くるしい
くるしい
だれかたすけて
と書いてあった。
次の瞬間、すぐそばで『ガリガリ』という音が聞こえた。
音の方を振り向いたが誰もいない。
ただ音だけは、何かを引っ掻く音だけは、はっきりと聞こえてくるのだ。
『ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ……』
ここは本当にヤバイ、早く逃げなければ、そう思っていると。
玄関ストッパーが勝手に外れ『ギギギッギギギッ』と音を立てながら玄関ドアがガチャリと閉まった。
暗闇の中、何かを引っ掻く『ガリガリ』という音だけが響く、僕は我を忘れてその場を逃げ出した。
……
後日、メゾンKを管理している不動産の担当者から聞いた話になります。
その部屋には以前、身寄りのないおじいさんが、一人で住んでおり、発見された時は、死後1週間以上経っていたそうです。
息絶えるまでの間、そうとう苦しかったのでしょう、爪が剥げるまで、壁を引っ掻きながら死んでいたそうです。
くるしい
くるしい
だれかたすけて
あの文字は、そのとき血だらけになった指先で、おじいさんが書いたものでしょう。
くるしい
くるしい
だれかたすけて
と誰かを呼びながら……。
そのアパートは北区のJという、かなりゴチャゴチャした立地にあり、ナビでも正確な位置が出ないため、現場が分かり辛い事でも有名だった。
「メゾンK」の担当を引き継ぐ時、前の担当だったOさんから「あそこに行く時は、昼間に行ったほうがいい、夜はやめておけ」と言われた事がある。
その時は、Oさんが何を言っているのかよく分からなかったが、今なら分かる。
そこは、夜に行ってはいけない場所だったのだ……。
……
暫くしてOさんは失踪し、行方が分からなくなってしまった。
……
「メゾンK」の修理依頼は必ず未入居の状態で入ってきた。
未入居と言うことは、誰もいないという事なので、こちらの都合で現場に入る事ができる。
普通の現場は時間が決まっている事が多いため、必然的に未入居現場の訪問は、最後の方になってしまう。
その日は雨が降っていた、時計の針は19時を回っており、辺りは完全に日が暮れて、とても視界が悪かった。
ナビ上では、現場近くまで来ているはずなのに「メゾンK」の場所がどうしても分からない。
仕方がないので、近くに住むという「メゾンK」の大家さんに電話をかける事にした。
電話が大家さんに繋がる「メゾンK」の場所が分からないので、目印を教えて欲しい旨を伝えた。
大家さんは何故か機嫌が悪い感じだった。
「あんた、これからKに行くの?」
「すいません、仕事が押してしまって、物音は立てませんのでよろしくお願いします」
「夜に行くのは危ないから、やめとけ」と失踪したOさんと同じ台詞を、大家さんが言った……。
「すいません、迷惑はかけませんので、お願いします」
「とにかく今日はもう遅いし、明日にしてくれ」と言われた後、ガチャリと電話は切れてしまった。
大家さんには明日と言われてしまったが、翌日も予定はぎっしりと詰まっており、1件でも仕事を減らしたい。
そして何より現場近くまで来ているのに、何もせずに帰るという事が、その時の僕には考えられなかった。
雨の中、傘を差して30分位だろうか「メゾンK」を探して、辺りを行ったり来たりしていた。
辺りは真っ暗で視界が悪く、見えるものといえば、少し先にある自販機だけだった。
飲み物を照らす蛍光灯が切れかかっているのか、自販機はシパシパとモールス信号のように点滅していた。
すっかり歩き疲れてしまった僕は、コーヒーでも飲むかと自販機の前で立ち止まると、自販機の脇に細い小道がある事に気が付いた。
ひょっとしてここかなと思い、その細い小道を先に進んでいくと、奥にどんよりとした雰囲気の2階建てアパートが建っているのを見つけた。
外壁に「メゾンK」のプレートがあり、僕は「良かった」と胸を撫で下ろした。
敷地に入りすぐの所に集合ポストがあった。
集合ポストには沢山のチラシが無理やり突っ込んであり、入りきれない分が床に散乱し、それが雨に塗れてグチャグチャになっていた。
僕はチラシを踏まないように跨ぎ、修理予定の201号室に向かう。
201号室の前に着き、部屋の鍵が隠してあるPSを開き、中に取り付けてあるキーBOXから部屋の鍵を取り出した。
部屋の扉を開こうとした時に気付いたのだが、部屋の中から『ガリガリ、ガリガリ』と何かを引っかく音が聞こえてくる。
未入居現場で他の業者とかち合う事はたまにあるのだが、時計の針はすでに20時を回っており。
こんな時間に業者が仕事をしているのも考えにくいので、チャイムを鳴らし確認してみる。
ピンポーン、ピンポーン、暗闇の中で響くチャイムの音、返事はない。
部屋の中の音に耳をすませていると、さっきまで聞こえていた『ガリガリ』という音が聞こえない。
返事はなかったが、部屋の中に誰かいるのは間違いない。
キッチン前のすりガラスから部屋の中を覗いてみるが、真っ暗で何も見ない。
嫌な感覚がした……。
何かよくないものがいる、それは廃墟や心霊スポットのように、入らない方がいい、入ったら何かあるぞという、えもいわれぬ感覚だった。
Oさんが失踪前に言った「あそこに行く時は、昼間に行ったほうがいい、夜はやめておけ」
大家さんが電話で言った「夜に行くのは危ないから、やめとけ」
その言葉を思い出していた……。
「夜に行くのはやめておけ」この言葉が、警鐘のように頭の中で鳴り響いていたが、40分も雨の中歩き回り。
やっと辿り着いた現場で、何か嫌な予感がするから帰るという選択肢は、僕の中にはなかった。
「修理の業者です、開けますよ」と暗闇の中にいる誰かに声を掛けてから、キーを回した。
ガチャリと鍵が開く音がする。
護身用に工具箱から取り出したマイナスドライバーを右手に持ち、ヘッドライトのスイッチをオンにしてから、玄関の扉をそっと開く。
玄関扉は経年劣化からくる歪みで異常なほど重く、力を入れると『ギギギッギギギッ』とカミキリムシの鳴き声のような音がした。
玄関の扉を足で押さえ、部屋を見渡すが人の気配はない。
「誰かいますか?修理の業者です、入りますよ」と再度、誰もいない部屋に声をかける。
すると何処からか『ガリガリ』と何かを引っかく音が聞こえる。
音がする方をライトで照らすと、ビリビリに破れた壁紙が見えた。
壁紙は縦に引っ掻いたように破れており、所々に血が変色したような、どす黒い汚れが付着していた。
ライトで破れた壁紙を照らして見てみると、何か文字のようなものが書いてあるのが見えた。
玄関からでは距離があり、何が書いてあるのかまでは分からない。
だが……どす黒い何かで、確かに何かが書いてあるのだ。
玄関が勝手に閉まらないよう、玄関にストッパーをセットし、破れた壁紙の方に近付く、破れた壁紙には。
くるしい
くるしい
だれかたすけて
と書いてあった。
次の瞬間、すぐそばで『ガリガリ』という音が聞こえた。
音の方を振り向いたが誰もいない。
ただ音だけは、何かを引っ掻く音だけは、はっきりと聞こえてくるのだ。
『ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ……』
ここは本当にヤバイ、早く逃げなければ、そう思っていると。
玄関ストッパーが勝手に外れ『ギギギッギギギッ』と音を立てながら玄関ドアがガチャリと閉まった。
暗闇の中、何かを引っ掻く『ガリガリ』という音だけが響く、僕は我を忘れてその場を逃げ出した。
……
後日、メゾンKを管理している不動産の担当者から聞いた話になります。
その部屋には以前、身寄りのないおじいさんが、一人で住んでおり、発見された時は、死後1週間以上経っていたそうです。
息絶えるまでの間、そうとう苦しかったのでしょう、爪が剥げるまで、壁を引っ掻きながら死んでいたそうです。
くるしい
くるしい
だれかたすけて
あの文字は、そのとき血だらけになった指先で、おじいさんが書いたものでしょう。
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だれかたすけて
と誰かを呼びながら……。
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