友達の絵

ガイア

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青春の終わり

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それから、あたしは無事高校三年生の卒業式を迎えることとなった。
絵画咲雪とは、あれから一切の会話をしていない。雪はずっと一人だったけれど学校に来ていて、美術室にも通っていると聞いた。わざと興味ないようにそれを聞き流して、あたしは友達と、残り少ない学生生活を楽しんだ。
「真理進学だったよね」
「うん!とりあえず大学でやりたいこと探そうかなって」
「きっと真理なら見つかるよ!」
そんな会話をしたのは何か月か前のこと。卒業したら、少しの間進学の準備期間があって、それから私は高校生から、大学生になる。
友達もそれぞれ自分の好きな道に進むことになった。
「離れ離れになっても、ずっと一緒だよ」
矛盾しているようで、当たり前。あたしたちは、卒業式が終わった後手を繋いで校舎で沢山写真を撮った。皆で抱き合って、沢山泣いて、最高の卒業式だった。
あの出来事さえなければ。
「谷口さんちょっと」
写真を撮り終えたことをお母さんに連絡し、一緒に帰ろうと校門で待っているお母さんの元に向かっているときだった。
玄関で誰かを待っていたように、靴箱に背中を預けていた美術部の顧問だった先生と目が合った。
あ、とあたしのもとに駆け寄ってきた先生は、四角い布を被ったものを持って走ってきた。
「……なんですか」
「絵画咲さんの進路、知ってる?」
「知りません」
開口一番それか。
あえて冷たく言い放つと、先生は悲しそうにうつむいた。
「結局青美にしたらしいの」
「そうですか、でもあたしには関係ないことなので」
なんで最後の最後でそんな話をしなくちゃいけないの。早く校門に行きたくて眉をひそめた。
「絵画咲さんって、可哀そうな子なのよ。バイトはお母さんが絶対させたくないって、学業に集中してほしいからっていってね、母子家庭だから絵のコンテストで賞をとれるような絵を描かなくちゃいけないっていって、高校生になってからずっと賞金のために絵を描いていてね、自分の好きな絵なんて一度も描いたことなかったらしいの」
……。
「でも、谷口さんが一緒に描いていてくれたから、絵を楽しく描けたっていってたわ、進学も、谷口さんと絵が描けないなら楽しくないっていって、推薦入学は成績優秀者に補助金も出るからって絵と勉強しかしていなかったの」
……。
「あの日、結局絵画咲さんは職員室に来てね、青美を受けるといってきたわ。これから一生、一人で絵を描くって、それだけいって」
……。
「谷口さんを部長を頼んだのも、谷口さんに絵をやめてほしくなかったかららしいの。でも、谷口さんがやめてから、美術部どんどん人がやめていってしまってね。あなたの存在の大きさを実感したわ」
先生は、布を被った四角いものを私に差し出した。
「美術部最後の部員、絵画咲さんが描いたの。受け取って頂戴」
「……」
「……それじゃ、ごめんなさいね」
***
ごめんなさい、ってなんだよ。
「真理―!」
駆け寄ってきたお母さんは、あたしの顔を覗き込んだ。
「どうしたの?真理、顔真っ青よ?」
あたしは、校門で膝から崩れ落ちた。
「真理?真理どうしたの?」
懸命に咲く桜を地面に吹き落とす春風が、あたしの長い髪をなでた。お母さんの呼びかけは、風が意地悪しているみたいに聞こえない。
先生から受け取った四角いキャンバスをだきしめてあたしは桜がぽつぽつ落ちている冷たいコンクリートに膝を落としていた。

「真理、なにそれ」
「キャンバス、F4サイズ」
絵なことは明らかだった。
「あ、もしかして雪ちゃん?雪ちゃんのお母さんに聞いたけど、雪ちゃん卒業式出る前に都会に引っ越したんだってね。挨拶した?」
「してない」
「雪ちゃん小さい頃は、真理の絵の真似ばっかりしてたって雪ちゃんのお母さんから聞いたわよ」
「ち……」
私のレベルにあわせてただけ。「真理の絵が好きなんて嘘」、先生の言葉がフラッシュバックした、あたしの頭の中は、渋谷のゴミ箱よりぐちゃぐちゃだった。卒業式に出席しなかった雪は、都会に引っ越していってしまった。
もう会わない、会うつもりもない。
見上げればいつもそこにある空のような色の布を取り去ると、A4ノートサイズのキャンバスに、小さい頃のあたしと雪が笑顔で絵を描いている絵が画面いっぱいに描いてあった。
色も、いつも雪が使うような洞窟の奥の鉱石から抽出したような奥深い色じゃなく、小学生がぱっと手にしたようなカラフルで、明るくて、画面全体から雪解けの跡の太陽のような温かさがあふれていた。
あたしはそのキャンバスをしばらく眺めて、そのあと窓の外を見つめた。
移り行く景色の中で、このキャンバスの中の絵は、あの時、一番楽しかった瞬間を切り取ったように停止していた。
キャンバスの後ろには、「戻りたいあの頃」と、雪のか細い字で書いてあった。
「うっ……ゔ……うゔう……」
あたしは、キャンバスをやっと生まれた我が子のように抱きしめて、押し殺したように嗚咽を漏らした。


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