友達の絵

ガイア

文字の大きさ
上 下
4 / 8

私と雪の過去

しおりを挟む
「美術部やめたの?真理」
「うん」
「へえー、まあ3年生だもんね」
お母さんや、家族は元々勉強に専念してほしかったらしくて、すぐに納得してくれた。面倒だからよかったと心の中で胸をなでおろしたあたしは、少し深呼吸をして、洗い物をしているお母さんに、「お母さん」と声をかけた。
「ん?」
「雪のことなんだけど」
「ん?」
「雪のお母さんから、雪に友達がいないから一緒に帰ってあげてって言われてさ、美術部だったから3年間一緒に帰っていたんだけど、もうやめたから、えっと」
お母さんが雪のお母さんに伝えてくれれないかと一応頼むことにした。
わざわざあたしは美術部やめたので、雪と帰ると約束しましたが、もう帰りませんので。なんて言いたくなかった。
どうせお母さんのことだから自分で言いなさいっていうんだろうけど、いやすぎてダメ元で頼んでみようと思ったのだ。
「帰りは友達と帰るから」
「うん、いいんじゃない?」
「それで、えっと」
「真面目ねえ、真理は」
お母さんは、呆れたように笑った。
「そもそも、3年間も絵画咲さんのお願いを聞いて美術部だからって登下校してたでしょ、友達に帰ろうって言われても断ってたって言ってたし」
「うん……」
「いいんじゃない?もう、何も言わなくても。部活もやめたし、その約束も時効でしょ」
眉毛をあげて、きょろっとした目であたしを見たお母さんに、あたしは口をあいたまま立ち尽くしていた。あんなに悩んでいたのに、時効でしょって。
真面目だねえって、まるで透明の約束を守り続けたあたしを茶化しているみたい。
「……うん」
でも、何も言わなくていいっていったお母さんが、責任をとってくれるような気持ちになって、あたしは黙って自分の部屋に戻った。こういう気持ちになるのも、あたしがずるい証だ。
部屋に戻ったあたしは、棚に飾ってある青色の写真立てに目を滑らせた。
写真に写っているのは、高校1年生のあたしと、雪。
遠慮がちにピースしているあたしの横で、高校1年生の時の雪は申し訳なさそうに俯いている。
「写真撮ってもらっていい?真理ちゃん」
そういわれたから撮ったのだ。
昔から、あたしと雪は家が近くて仲が良かった。
絵を描こうと保育園であたしが誘って、雪は絵を描き始めた。
お互い絵が大好きで、すぐに仲良くなって、家が近いということもあって毎日一緒に絵をかいて遊んだ。あたしと雪は、絵を描くことで繋がっていた。小さい頃は、上手い下手関係なく、雪の世界、あたしの世界を見せ合って、目を輝かせて手を叩いて、絵の中の世界を2人で手を繋いで冒険したものだ。
しかし、小学生になって、雪は図工の時間。
先生に天才だと叫ばれる。小学生になると、足が早い子、頭がいい子、何かすごい子は目立って褒められる。人気者になるものだ。
雪は、先生お墨付きの絵の天才で、絵が上手くて、私と2人でわざわざ絵を描かなくても、色んな友達と絵を描いたりしていた。
当然最初は私も誘われたけど、断った。
雪のことが、大嫌いになったからだ。
保育園で雪と一緒に絵を描いていた私は、知らなかったのだ。
雪は、私と一緒に色んな創造の世界の絵を描いて、一緒に手を繋いで冒険してくれた。
私の絵と雪はちょっと似ていると思っていた。だから、世界を共有できたのだ、同じような絵、同じような画力。全く違和感なんてなかった。
「真理ちゃんは絵がすっごくうまいんだね!」
「えへへ、雪ちゃんもだよお」
雪は、あたしの絵が好きだとよくいってくれた。だからあたしの絵を真似していると思ったのだ。保育園の時の愚かで無知で、子供のあたしは。
「雪ちゃん!あなた天才よ!」
東京という題名の絵は、あたしたちが行ったことのない東京を紅霞が包み込み、雲影の細部に渡るまで、東京に住んでいる人々の生活をそのまま切り取ったようなリアルさで書き上げていた。
小学3年生が描いていい絵じゃないと、先生は目に涙を浮かべて熱弁していた。
小学2年生までは、粘土とかで絵を描くことってなかったから、3年生になって急に鬼の雪が角を出したみたいな気持ちになった。
去年まで、うちで寝っ転がって紙を突き合わせてあたしの隣で一緒にクッキー王国を描いていた雪の絵とは思えなくて、あたしは絵と雪を何度もみた。
「雪ちゃん?」
テーマは行ってみたい場所だった。小学3年生のお姉さん、お兄さんになったから実際にある場所を描きましょうといわれて、あたしは山ばかりの町だから海に行ってみたくて青い空に青い海を描いた。大体皆海だった。青い空に青い海。
だから、一人赤と青と紫と、それだけじゃない様々な色を使って、燃えるような空を描き、その下で生活しているまだ見ぬ東京の人々と、電気がついていたり消えていたりする東京という町の建物たち。東京タワーはテレビでしかみたことないけれど、雪の絵の中で堂々と鎮座している東京タワーは、見たことないけどこんな風に迫力があるんだろうなと納得させられる重厚感があった。
あたしだけと絵を描いてくれる雪、あたしだけの友達だった雪が、先生にすごくすごく褒められて、あなたたちとは世界が違うとか言われて、あたしの頭の中は急に石をいれられたように重くなって、なんだか胸がもやもやして、その場で暴れまわりたくなった。
雪は、セーブしていたのだ。
あたしのレベルにあわせてくれていたのだ。
そんなこと、全然知らなかった、こんなに絵が上手いだなんて全然知らなかった。
あたしは、小学3年生の頃からあまり雪と遊ばなくなって、中学も別々のところを選んだ。
雪は最初は皆と絵を描いたりしていたけれど、徐々に一人になっていった。一人でずっと絵を描くようになった。あたしは声をかけなかった。雪、一緒に絵を描こうなんて言えなかった。
でも、何故か絵を描くのはやめられなかった。
見返してやるんだ、そんなバカな野望を抱いて裏で絵を続けていたのだ。でも、中学になってリアルが忙しくなって、見返してやろうと思っていた雪とも離れ離れになって、あたしは中学を普通の中学生として、友達を作って、休みの日は遊んで、カラオケに行ったりして、でも絵は密かな趣味だった。どこか旅行に行ったり公園に行くのにスケッチブックを持って行ったりもしていた。
絵を描く仕事に就職しようだなんて微塵も思っていない。
あたしはただ、絵が好きだったから続けていただけだった。
それなのに、それなのに。あの日、高校の入学式の日。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...