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10話 心に沸き立つ暗雲
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ずっと生きる目標がなかった俺は、ナナオがうちに来てから変わった。何のために自分なんかが生きているのだろうと、ずっと考えて眠れないこともあった。運よく眠れても、朝が来たことに憂鬱な気持ちになって、身体が鉛のように動かない。ナナオは、バグロボットだと自分のことを卑下するけれど、俺こそ壊れた人間だったんだ。
「行ってきます」
小奇麗な服を引っ張りだしてきて、次の日からハローワークに出かけることにした。ナナオは、家で部屋の片づけや家事などをしてくれるらしい。
「行ってらっしゃい、幸彦くん」
ナナオにキスをすると、ナナオは嬉しそうに俺の首に手をまわした。
「今日は幸彦くんの家掃除してもいい?」
「掃除?いいの?」
俺の家は、安アパートだし家とバイト先を往復して寝泊まりできればいいので、1Kだが散らかっている。風呂もトイレもあるが、使えればいいのでほとんど掃除していない。誰か来る予定もないし、自分で掃除を休みの日にするという気力も起きないから、部屋はいつも散らかっている。寝るところは一応確保してあるが。
「色々汚いから無理しないでね。帰ってきたら手伝うし」
「ありがとう、捨てたり片づけたり困ることある?」
俺は、数秒考えたが俺が大事にしている何かってあったか?と思い、昨日出会ったナナオ以外にないことに気づいて、首を振った。
「ないよ、ナナオ以外大事なものなんかない、でも布団とか生活に必要なものは残しておいてくれると助かるかな」
「勿論だよ」
ハローワークでは、ロボットがAIで仕事を紹介してくれるので、人と話をしなくていいからまだ気が楽だ。高校を不登校になった俺に対してどんな職種でもいいですかと聞かれ、俺は「はい」と答えた。コンビニバイトのフリーターだった俺に、警備会社の派遣の仕事を紹介してもらい、早速俺は3日後面接に行くことになった。
俺なんかが、と思っていたが若かったこともあり案外すんなり次の仕事の目途が決まったことへの喜びと驚きで、俺は頭が真っ白のままナナオの待つ家に帰る途中。
「ゆーくん、かーえろ」
「うん!母さん!」
俺は、心臓が止まりそうになった。Tシャツにエプロンを着た中年の女性が、ナナオと一緒に歩いていたからだ。いや、正確にはよく観察してみるとナナオではなくて、ナナオと同じ型のゲイドールだった。「ゆーくん」と名付けられ、ナナオそっくりの彼は天真爛漫といった様子でにっこりと微笑みながら、中年女性と手を繋いで一緒に歩いている。呆然と眺めていると、隣でいぶかし気な目で2人を見ていた白髪のおばあさんが、ゆっくりと俺の方に近づいて声をかけてきた。
「はあ、可哀想に……あの人ね、販売停止になったゲイドールを連れてるんだよ。なんでも、交通事故で死んだ息子を重ねてるんだってね、大人になっても人形遊びしてるんだよ」
「……」
「精神がおかしくなってね、安い型だったみたいで、買ったんだってね、人間を誘拐して息子にするわけにはいかないからさ、従順なロボットをね、ああして飼ってるんだって、でも、近所では怖がられてるんだよ」
「……」
「だって“人間の代わりにロボットを使って自分の欲求を満たしてるなんて”、怖いからね。介護ロボットとかにあたしもいつかお世話になるんだと思うけどさ、ああいう使い方ができちゃう人って、怖いよね、まあ若い子はそれが今じゃ当たり前なのかもしれないけどさ……」
「でも、幸せそうでしたよ」
俺は、やっとのことで口を開いた。おばあさんは、少し目を見開いて俺を見上げた。
「俺は、2人が望んでいるのなら、ロボットだろうが、人間だろうがどんな過ごし方をしても、他人には関係ないと思います」
早口で、まくしたてるようにそう言って、返事を待たずに踵を返した。
「……それじゃ」
俺は逃げるようにその場を後にした。あのおばあさんの言葉が俺の脳内でエコーがかかったように、何度も何度も繰り返される。
「人間の代わりに」「重ねてるんだってね」「精神がおかしくなってね」「従順なロボットをね」「自分の欲求を満たしてるなんて」
「うるさい!!」
俺は、走りながら晴天の空に叫んだ。
ムカつく程に雲一つない青空は、哀れな俺を見降ろしている。なんだか、俺のやっと掴んだと思っていた幸せが、薄氷の上にあるものだと言われているようだった。違う、俺はこれから……ナナオは、違うんだ、ナナオは“代わり”なんかじゃない、顔が似ているけれど、違うんだ。
あの幸せそうな2人が俺の頭にフラッシュバックする。幸せそうに笑う、ナナオと同じ顔の彼を見て、俺は一瞬ひやりとした。ナナオとそっくりだったから?そうだ、そうだよ、“もしかして彼と母親だったんじゃないか”だなんて、全く思ってなかったよ。今更彼に出会ったところでどうする?ずっとトラウマを植え付けられ続けた彼に。
「俺には、ナナオがいる」
立ち尽くした俺の影は、通り過ぎる誰かに踏まれていく。独り言を言っていつも俺は自分に言い聞かせる。言い聞かせるな、当たり前のことだ。ナナオはずっと俺とこれからも、一緒に……。
「行ってきます」
小奇麗な服を引っ張りだしてきて、次の日からハローワークに出かけることにした。ナナオは、家で部屋の片づけや家事などをしてくれるらしい。
「行ってらっしゃい、幸彦くん」
ナナオにキスをすると、ナナオは嬉しそうに俺の首に手をまわした。
「今日は幸彦くんの家掃除してもいい?」
「掃除?いいの?」
俺の家は、安アパートだし家とバイト先を往復して寝泊まりできればいいので、1Kだが散らかっている。風呂もトイレもあるが、使えればいいのでほとんど掃除していない。誰か来る予定もないし、自分で掃除を休みの日にするという気力も起きないから、部屋はいつも散らかっている。寝るところは一応確保してあるが。
「色々汚いから無理しないでね。帰ってきたら手伝うし」
「ありがとう、捨てたり片づけたり困ることある?」
俺は、数秒考えたが俺が大事にしている何かってあったか?と思い、昨日出会ったナナオ以外にないことに気づいて、首を振った。
「ないよ、ナナオ以外大事なものなんかない、でも布団とか生活に必要なものは残しておいてくれると助かるかな」
「勿論だよ」
ハローワークでは、ロボットがAIで仕事を紹介してくれるので、人と話をしなくていいからまだ気が楽だ。高校を不登校になった俺に対してどんな職種でもいいですかと聞かれ、俺は「はい」と答えた。コンビニバイトのフリーターだった俺に、警備会社の派遣の仕事を紹介してもらい、早速俺は3日後面接に行くことになった。
俺なんかが、と思っていたが若かったこともあり案外すんなり次の仕事の目途が決まったことへの喜びと驚きで、俺は頭が真っ白のままナナオの待つ家に帰る途中。
「ゆーくん、かーえろ」
「うん!母さん!」
俺は、心臓が止まりそうになった。Tシャツにエプロンを着た中年の女性が、ナナオと一緒に歩いていたからだ。いや、正確にはよく観察してみるとナナオではなくて、ナナオと同じ型のゲイドールだった。「ゆーくん」と名付けられ、ナナオそっくりの彼は天真爛漫といった様子でにっこりと微笑みながら、中年女性と手を繋いで一緒に歩いている。呆然と眺めていると、隣でいぶかし気な目で2人を見ていた白髪のおばあさんが、ゆっくりと俺の方に近づいて声をかけてきた。
「はあ、可哀想に……あの人ね、販売停止になったゲイドールを連れてるんだよ。なんでも、交通事故で死んだ息子を重ねてるんだってね、大人になっても人形遊びしてるんだよ」
「……」
「精神がおかしくなってね、安い型だったみたいで、買ったんだってね、人間を誘拐して息子にするわけにはいかないからさ、従順なロボットをね、ああして飼ってるんだって、でも、近所では怖がられてるんだよ」
「……」
「だって“人間の代わりにロボットを使って自分の欲求を満たしてるなんて”、怖いからね。介護ロボットとかにあたしもいつかお世話になるんだと思うけどさ、ああいう使い方ができちゃう人って、怖いよね、まあ若い子はそれが今じゃ当たり前なのかもしれないけどさ……」
「でも、幸せそうでしたよ」
俺は、やっとのことで口を開いた。おばあさんは、少し目を見開いて俺を見上げた。
「俺は、2人が望んでいるのなら、ロボットだろうが、人間だろうがどんな過ごし方をしても、他人には関係ないと思います」
早口で、まくしたてるようにそう言って、返事を待たずに踵を返した。
「……それじゃ」
俺は逃げるようにその場を後にした。あのおばあさんの言葉が俺の脳内でエコーがかかったように、何度も何度も繰り返される。
「人間の代わりに」「重ねてるんだってね」「精神がおかしくなってね」「従順なロボットをね」「自分の欲求を満たしてるなんて」
「うるさい!!」
俺は、走りながら晴天の空に叫んだ。
ムカつく程に雲一つない青空は、哀れな俺を見降ろしている。なんだか、俺のやっと掴んだと思っていた幸せが、薄氷の上にあるものだと言われているようだった。違う、俺はこれから……ナナオは、違うんだ、ナナオは“代わり”なんかじゃない、顔が似ているけれど、違うんだ。
あの幸せそうな2人が俺の頭にフラッシュバックする。幸せそうに笑う、ナナオと同じ顔の彼を見て、俺は一瞬ひやりとした。ナナオとそっくりだったから?そうだ、そうだよ、“もしかして彼と母親だったんじゃないか”だなんて、全く思ってなかったよ。今更彼に出会ったところでどうする?ずっとトラウマを植え付けられ続けた彼に。
「俺には、ナナオがいる」
立ち尽くした俺の影は、通り過ぎる誰かに踏まれていく。独り言を言っていつも俺は自分に言い聞かせる。言い聞かせるな、当たり前のことだ。ナナオはずっと俺とこれからも、一緒に……。
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