9 / 17
9話 愛する彼(ドール)ために、就活を決意
しおりを挟む
ジャージ姿の俺とTシャツに薄いズボン一枚のナナオは、手を繋いで6月のじめじめした曇り空の下を歩いていく。いつも俯いて歩いている俺が、今日はナナオに手を引かれて歩いていく。
スーパーにはすぐにたどり着いた。コンビニより近いのに、面倒くさいという理由で全く訪れていなかった。
「一か月の食費はいくらだったの……?」
「……えっと、今までは料理一切してないし、一か月2万くらい」
「じゃあ、全然余裕だね」
ナナオはそう言って、どんどん野菜を買い物かごにいれていく。米とか色々買って、5000円くらいになった。それを軽々と持ち上げて、袋を肩からかけまくって、
「お金、ありがとう。これで美味しい料理沢山作るね」
「ありがとう、こちらこそ」
小さい身体のどこにそんなパワーがあるのか、ナナオは米袋を抱えてずっしりとした買い物袋を2、3肩からかけている。
「持つよ、ナナオ」
「え?いいよ、幸彦くん、あれ?なんで笑ってるの?」
「いや、土木作業の人みたいに肩に米袋担いで肩に沢山袋下げてるから……あははっ」
「え?いいよ、幸彦くん、あれ?なんで笑ってるの?」
ナナオは、無表情で本当に俺が笑っている理由が分からない様子だった。そんな様子がたまらなく可愛らしくて面白かった。
「持つよ」
「いいよ、買ってもらったし僕が持っていく」
「いいって、ナナオ」
「いやだ、僕が持つの」
そんなことを言いながら、なんだか俺が笑っているのが恥ずかしかったのか。無表情だけど少しすねたような話し方でナナオと俺は帰路についた。家に帰る時間さえ楽しかった。いつも外に出る時は周りの目が気になるのに、今日は2人でいるからか、気にならなかった。
「すぐ作るから、待ってて」
ナナオは、買った物を手早く冷蔵庫にしまっていた。新婚の妻のようだ。俺がいたところで邪魔をしてしまうだけだし、汗をかいたからさっとシャワーを浴びることにした。
それにしても、脱衣所で服を脱ぐ際にはたと手が止まる。
ナナオには、咄嗟に帽子とマスクで顔を隠すようにしたけれど、今日ゴミ捨て場でナナオを拾ったことは……なんとなく誰にも知られたくない。捨てられたものを拾うこと自体は、多分悪いことじゃない、だって捨ててあるんだから。でも、それが550万円のゲイドールで、近所のゴミ捨て場に捨ててあったとなればまた話は変わってくるだろう。
「ナナオは、俺の天使だ」
渡したくない、誰にも。
シャワーを浴びて、着替えて机に座っていると目の前でナナが手際よく料理をしている後ろ姿が見える。
「何作ってるの?」
「たんぱく質を沢山とった方がいいかと思って、唐揚げとお味噌汁と、ご飯と、あとサラダも」
本当に料理ができるらしい、包丁さばきもお手の物といった感じだ。
「……人のあったかい手料理とか、久しぶりだ。ナナオが来てくれてよかった」
ナナオは、唐揚げを揚げながら俺の言葉にぴくりと反応したようだった。
「……僕、前のご主人様のところで本当に、何もお役に立てなくて……料理や家事だけは役に立てるかな、って思ったんだけど。ゲイドールの手で作った料理なんて精子臭くて食べたくないって言われたんだ」
「……」
ぱちぱちと、唐揚げの幸福の香りが俺の部屋に広がっていく。こんな奇跡みたいなことが本当に起きていいのだろうか。ずっとお腹がすくことがなかったのに、匂いを嗅いだだけで俺のお腹がぐうとなった。
「ありがとうって言ってくれて、ありがとう。幸彦くん」
俺は、立ち上がって唐揚げを揚げるナナオを後ろから抱きしめた。
「あ、危ないよ、幸彦くん」
「……ごめんね、でも俺ナナオの手料理なら喜んで食べるよ」
振り返ったナナオは、無表情だったがなんだか泣いているようにも見えた。
ナナオの手料理を食べながら、俺はこの日常をずっと続けていければいいのにと思った。誰かが俺なんかのために手料理を作ってくれる。それがどれだけ幸せなことか。
「ナナオ、俺就活頑張るよ」
「しゅうかつ?」
ナナオは、頭の中で何かを検索するようにぼーっと一点を見つめた。
「仕事を探すことだよ」
先に答えると、ナナオは「ああ」と少し口を開いた。
「クビになっちゃったからね、この先ナナオと生きていくためにお金は必須だし」
そういうと、ナナオは固く口を閉じて俯いた。何かを言いずらそうに言い淀んだ後、ゆっくりと、口を開いた。
「ナナオ?」
「……僕、もう、あの……販売停止になってしまったので、サポートされていない型で、アップデートされるかも、もう怪しくて、回収はされなかったんですけど、何か壊れたりしたら、修理費とか凄くかかっちゃうかもしれなくて」
「うん」
「僕は、僕を拾ってくれた幸彦くんとずっと一緒にいたいけれど、もし僕のことが重荷になるんだったら、早めに廃棄してほしいんだ、幸彦くんに、迷惑かけたくないから」
そういえば、とふと気づかされるほどにナナオはとても人間らしい。他人のことを心配して、優しくて、こんな俺のことを労わってくれる。しかも、今日会った俺の金銭面のことまで心配してくれるなんて。
「ナナオ、立って」
「……うん」
俺は、テーブルを挟んだナナオのところまで歩いて、無表情のまま立っているナナオを抱きしめた。
「幸彦くん?」
「ナナオ、ありがとう。俺は、ナナオとずっと一緒にいたいんだ。だから仕事探して、働いてナナオが病気になっても大丈夫なように頑張るから、廃棄してほしいなんて言わないでくれ」
「……幸彦くん」
「お願いだ、ナナオ。俺がナナオにずっと一緒にいてほしいんだ」
縋るようにナナオを抱きしめると、ナナオも優しく俺の背中に手をまわして、包み込むように抱きしめてきた。
「ありがとう、幸彦くん、僕なんかに優しくしてくれて」
こっちのセリフだよ、ナナオ。“俺なんかに”優しくしてくれて、ありがとう。しばらく俺とナナオは抱き合っていた、ずっとこうしていたいと思った。
スーパーにはすぐにたどり着いた。コンビニより近いのに、面倒くさいという理由で全く訪れていなかった。
「一か月の食費はいくらだったの……?」
「……えっと、今までは料理一切してないし、一か月2万くらい」
「じゃあ、全然余裕だね」
ナナオはそう言って、どんどん野菜を買い物かごにいれていく。米とか色々買って、5000円くらいになった。それを軽々と持ち上げて、袋を肩からかけまくって、
「お金、ありがとう。これで美味しい料理沢山作るね」
「ありがとう、こちらこそ」
小さい身体のどこにそんなパワーがあるのか、ナナオは米袋を抱えてずっしりとした買い物袋を2、3肩からかけている。
「持つよ、ナナオ」
「え?いいよ、幸彦くん、あれ?なんで笑ってるの?」
「いや、土木作業の人みたいに肩に米袋担いで肩に沢山袋下げてるから……あははっ」
「え?いいよ、幸彦くん、あれ?なんで笑ってるの?」
ナナオは、無表情で本当に俺が笑っている理由が分からない様子だった。そんな様子がたまらなく可愛らしくて面白かった。
「持つよ」
「いいよ、買ってもらったし僕が持っていく」
「いいって、ナナオ」
「いやだ、僕が持つの」
そんなことを言いながら、なんだか俺が笑っているのが恥ずかしかったのか。無表情だけど少しすねたような話し方でナナオと俺は帰路についた。家に帰る時間さえ楽しかった。いつも外に出る時は周りの目が気になるのに、今日は2人でいるからか、気にならなかった。
「すぐ作るから、待ってて」
ナナオは、買った物を手早く冷蔵庫にしまっていた。新婚の妻のようだ。俺がいたところで邪魔をしてしまうだけだし、汗をかいたからさっとシャワーを浴びることにした。
それにしても、脱衣所で服を脱ぐ際にはたと手が止まる。
ナナオには、咄嗟に帽子とマスクで顔を隠すようにしたけれど、今日ゴミ捨て場でナナオを拾ったことは……なんとなく誰にも知られたくない。捨てられたものを拾うこと自体は、多分悪いことじゃない、だって捨ててあるんだから。でも、それが550万円のゲイドールで、近所のゴミ捨て場に捨ててあったとなればまた話は変わってくるだろう。
「ナナオは、俺の天使だ」
渡したくない、誰にも。
シャワーを浴びて、着替えて机に座っていると目の前でナナが手際よく料理をしている後ろ姿が見える。
「何作ってるの?」
「たんぱく質を沢山とった方がいいかと思って、唐揚げとお味噌汁と、ご飯と、あとサラダも」
本当に料理ができるらしい、包丁さばきもお手の物といった感じだ。
「……人のあったかい手料理とか、久しぶりだ。ナナオが来てくれてよかった」
ナナオは、唐揚げを揚げながら俺の言葉にぴくりと反応したようだった。
「……僕、前のご主人様のところで本当に、何もお役に立てなくて……料理や家事だけは役に立てるかな、って思ったんだけど。ゲイドールの手で作った料理なんて精子臭くて食べたくないって言われたんだ」
「……」
ぱちぱちと、唐揚げの幸福の香りが俺の部屋に広がっていく。こんな奇跡みたいなことが本当に起きていいのだろうか。ずっとお腹がすくことがなかったのに、匂いを嗅いだだけで俺のお腹がぐうとなった。
「ありがとうって言ってくれて、ありがとう。幸彦くん」
俺は、立ち上がって唐揚げを揚げるナナオを後ろから抱きしめた。
「あ、危ないよ、幸彦くん」
「……ごめんね、でも俺ナナオの手料理なら喜んで食べるよ」
振り返ったナナオは、無表情だったがなんだか泣いているようにも見えた。
ナナオの手料理を食べながら、俺はこの日常をずっと続けていければいいのにと思った。誰かが俺なんかのために手料理を作ってくれる。それがどれだけ幸せなことか。
「ナナオ、俺就活頑張るよ」
「しゅうかつ?」
ナナオは、頭の中で何かを検索するようにぼーっと一点を見つめた。
「仕事を探すことだよ」
先に答えると、ナナオは「ああ」と少し口を開いた。
「クビになっちゃったからね、この先ナナオと生きていくためにお金は必須だし」
そういうと、ナナオは固く口を閉じて俯いた。何かを言いずらそうに言い淀んだ後、ゆっくりと、口を開いた。
「ナナオ?」
「……僕、もう、あの……販売停止になってしまったので、サポートされていない型で、アップデートされるかも、もう怪しくて、回収はされなかったんですけど、何か壊れたりしたら、修理費とか凄くかかっちゃうかもしれなくて」
「うん」
「僕は、僕を拾ってくれた幸彦くんとずっと一緒にいたいけれど、もし僕のことが重荷になるんだったら、早めに廃棄してほしいんだ、幸彦くんに、迷惑かけたくないから」
そういえば、とふと気づかされるほどにナナオはとても人間らしい。他人のことを心配して、優しくて、こんな俺のことを労わってくれる。しかも、今日会った俺の金銭面のことまで心配してくれるなんて。
「ナナオ、立って」
「……うん」
俺は、テーブルを挟んだナナオのところまで歩いて、無表情のまま立っているナナオを抱きしめた。
「幸彦くん?」
「ナナオ、ありがとう。俺は、ナナオとずっと一緒にいたいんだ。だから仕事探して、働いてナナオが病気になっても大丈夫なように頑張るから、廃棄してほしいなんて言わないでくれ」
「……幸彦くん」
「お願いだ、ナナオ。俺がナナオにずっと一緒にいてほしいんだ」
縋るようにナナオを抱きしめると、ナナオも優しく俺の背中に手をまわして、包み込むように抱きしめてきた。
「ありがとう、幸彦くん、僕なんかに優しくしてくれて」
こっちのセリフだよ、ナナオ。“俺なんかに”優しくしてくれて、ありがとう。しばらく俺とナナオは抱き合っていた、ずっとこうしていたいと思った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
人気作家は売り専男子を抱き枕として独占したい
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
BL
八架 深都は好奇心から売り専のバイトをしている大学生。
ある日、不眠症の小説家・秋木 晴士から指名が入る。
秋木の家で深都はもこもこの部屋着を着せられて、抱きもせず添い寝させられる。
戸惑った深都だったが、秋木は気に入ったと何度も指名してくるようになって……。
●八架 深都(はちか みと)
20歳、大学2年生
好奇心旺盛な性格
●秋木 晴士(あきぎ せいじ)
26歳、小説家
重度の不眠症らしいが……?
※性的描写が含まれます
完結いたしました!
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる