不死身探偵不ニ三士郎

ガイア

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「え?」

 雪知は、目を大きく見開いた。

「もういじめられることないんだ、仕事でミスしても備品庫に閉じ込められること、ないんだ……部屋を間違えても、お客さんとの会話が上手くできなくても、真っ暗なエレベーターに閉じ込められたりすることもないんだ」

 立川は、胸を押さえていたのではなかった。胸をなでおろしていたのだ。ハンカチで口を押さえていたのは、出来事へのショックと、笑みを隠すため。

「じゃあ、あなたをあそこに閉じ込めていたのは近藤さんだったということですね?」

 不二三は、知りたい事実だけを掬い取って聞いた。

「そうですよ、いつも私をあそこに閉じ込めるんです。自分は温泉に入っている間!ご丁寧に樫杉さんとか谷口さんとかが上がってこれないように通せんぼまでして!」

 はあ、はあ、と肩を激しく揺らす立川は、今までの鬱憤を豪雨のように発散させているようだった。

「常に仕事では、口にマイクをつけて何番さん入りましたとかいうんですけど、練習のためにとかいって私だけ常時音が入るようになっていて、わざわざセクハラする常連客の席を担当させた時だけ、フロアで働いている派遣さんやバイトの人に私の声が聞こえるように設定したり、近藤は、いや、あの女のこと、ずっと私は殺してやりたかったんですよ!」

「た、た、立川さん……」

 樫杉は、信じられないという様子で立川を見た。何も知らなかったのだろう。両手で耳をふさぎながら、ああ、ああ、と呻いている。

「成る程、立川さん、接客はたどたどしく非常に緊張している様子だったのですが、会話になり、個室に入ると普通に話していたので、仕事の時は近藤さんの目があるから緊張していただけだったんですね」

「そうです」

 そんな立川を見て、伊藤は拳を握りしめた。

「そうですよ、あんな女、死んで当然です」
「そんな言い方、伊藤君」

 伊藤は、キッと谷口を睨みつけた。

「谷口さんも気づいていたんでしょう?近藤は自分より可愛がられている女が気に入らないから、何かと理由をつけて備品庫に閉じ込めるんですよ!」

「伊藤さんも近藤さんのいじめを知っていたんですね」

 不二三がそういうと、伊藤は歯をぎりりと噛みしめた。

「ええ、やめるようにいうと教育しているだけの一点張り。何度言ってもやめないので谷口さんにも相談しましたが、女性社員がどんどん辞めて行って、どんどん地位が上がるあの女に抜けられたら困るからってやめさせようともしない……」

「何故、近藤さんは気に入らない女性社員を閉じ込めるのでしょうね」

 不二三が腕を組んで谷口と伊藤を交互に見つめると、

「酔った時にあいつが言ってました。自分が暗くて狭い場所が大の苦手で、子供の時父親に躾と称して閉じ込められていたからだそうです!あの女は、自分がされて怖かったことを、後輩や同じ職場で働いている同期にまで行う糞女なんですよ!!」


 肩で息をしている伊藤を見て、立川はまたハンカチを口元に押し付けた。

「酷い……私以外にも」
「同期ということは……彼女も備品庫に閉じ込められていたんですね?」

 不二三は、憎しみを隠し切れない様子の伊藤を真っすぐ見つめた。

「ああ……ゆらぎも閉じ込められていたよ」

 伊藤は、急に萎んだ風船のように声を落とした。その様子を見た不二三は、腕を組んでふと顔をあげて固まっている雪知を見た。

「大丈夫か?」
「……ああ」

 様々な事件を見てきた雪知だったが、不二三の冷静さが雪知は少し怖かった。

常にニコニコしていて、温泉に入る気遣いをしてくれていた谷口が、近藤が立川へと行っているいじめを見て見ぬふりをし、人の良い番頭の樫杉はいじめにさえ気づいていなかった。先ほどまで立川に優しいと思っていた伊藤は、亡くなった近藤に対し死んで当然だと言い放ち、大人しくて優しい雰囲気だった立川は、ずっと先輩である近藤にいじめられていたのだった。
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