不死身探偵不ニ三士郎

ガイア

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「温泉にでも入ろうか」

 こくりと神妙な顔をして頷いた不二三を見て、雪知は何か考えているなということを察して部屋で聞くことにした。本当はこれから入る温泉ですぐにでも聞きたいところだが、谷口の先ほどの言葉も受け、温泉くらいゆっくり楽しもうという気持ちになったのだ。

 温泉は、レストランを出て、西館の階段を降り、東館の廊下の奥にある。その途中で大きな窓があり――。

「柊さんの幽霊が目撃されたのはここか」

 雪知は立ち止まって窓の外を見つめた。隣の不二三もじっと外を見つめているのが、鏡の反射から見える。窓は、外の景色を絵画として切り取った大きな額縁のように配置されていて、一面の銀世界と真っ白な山々を大画面で堪能できるようになっていた。暗闇に浮かび上がるような銀世界と、流星群のように飛び交う吹雪。そして、右端にこの季節らしく白くて丸いかまくらがあった。

「ん?」

 不二三は顎を触りながら眉をひそめた。角度を変えて左側から引きで見ると、かまくらの奥に倉庫があるのが見える。正面からは見えない倉庫だったが、かまくらを作るためのスコップなどが入っているのかもしれない。

「事件解決してもこの雪で帰れるか」

「……バスは天候によって出なくなるらしいけど」

 不二三がくせ毛頭をがしがしかきながらぼそっと呟いた。

「仕方ないな、こういうところは」
「ん?」

 不二三が廊下の奥で何かに気づいたようで、少し早歩きになる。

「どうしたんだ?」
「温泉の正面に階段があるみたいだ」
「ほう」

 みると、温泉の正面に2階へと上がる階段があった。しかし、階段の目の前には通せんぼするように、スタンドゲートがあった。

「2階には上がれないのか?」
「東館に泊まっている人がいないから、他の客が勝手にあがらないようにしているとか?」

「他の客といっても今日は、僕たちしかいないわけだが」

 不二三がぼそりと呟いて顎を触りながら俯いた。
「現状東館の2階にあがるためには、この階段も使えないとなると、どうやってあがるんだろう。休みになって封鎖されたのか?エレベーターは何故西館にだけ存在しているのだろうか」

「勝手に上がるなよ」

 じっと階段を見上げている不二三を制して雪知は温泉に早く行きたいようだった。不二三は納得いっていない様子で小さく頷くと、男と書いてあるのれんを一緒にくぐった。

 温泉は、飛騨檜の香りがする温泉で非常に満足した。浴槽が2つあり、檜のお風呂と、岩で囲まれているようなお風呂の2つがあり、サウナと水風呂も完備されている。

「僕は先に出るから、雪知はゆっくりしていけば」
「ああ」

 不二三は、風呂がそもそも面倒くさいから嫌いらしく、風呂に入っても10分くらいで出てくる。温泉も好きじゃないから入っていることをあまり見たことがない。

「貸し切りはいいな」

 人が苦手な不二三にとって、ただでさえ風呂が嫌いだというのに、知らない人と裸で風呂に入る温泉は大嫌いだった。しかし、今日みたいに雪知と2人だけで貸し切りとなると、話は少し変わるらしかった。

「はあ」

 雪知は、レストランの従業員の人たちに聞いたことを温泉の中で咀嚼するように整理していった。

 厨房チーフの伊藤は、柊について話すことを拒否。同じく厨房の昭道は、幽霊を柴咲という掃除や手伝いをしている従業員と一緒に見たといっている。しかし、柴咲はボケて忘れている恐れがあるらしい。

レストランの近藤は、柊の同期。幽霊をみたといっていて、最初は西階段の左側の廊下に現れた幽霊が、突然消え、その後東館の廊下から見た窓に出現したと言っていた。

 一緒に見た新人の立川は気絶して何も覚えていなかったらしい。支配人の谷口は柊を見ていない……。

 明日柴咲という従業員に話を聞くことを決めた雪知はざばんと温泉から出ると、温泉から出て不二三に話を聞きに行くことにした。

「あ、探偵さんじゃないですか」

 東館廊下ですれ違ったのは、レストランの厨房、昭道誠也だった。ニコニコしながら手を振って雪知に近づいてくる昭道に、雪知はぺこりと頭を下げた。あの中で立川以外で不二三の方を探偵だと思う人はいたのだろうか。

 探偵だと紹介すると興味を持たれて話しかけられるから助手ってことでもいい。などと言っていた不二三の自業自得である。
「こんばんは、昭道さんは結構初めの方にお話しを聞いたと思うんですが、寮に帰られていないんですか?」

「いやー、見ての通り雪が酷いでしょう?片付けして帰ろうと思ったら帰れそうにないので、どうせ帰れないなら温泉入ろうと思いまして」

「他の従業員の方は?」

「伊藤さん誘ったんですけど断られてしまって、帰り道危ないから樫杉さんが車を出してくれるそうです」

「成る程、温泉凄くよかったです」
「でしょう?まあ、こんな雪じゃなければ露天……」
「どうしたんですか?」

 窓を見た昭道は、固まって窓の外を震える手で指さした。

「あれ……」

 昭道が指さす方を見ると、黄色の着物、紺色のエプロンを着た黒く、長い髪の女が立っていた。吹雪はやみ、ただこんこんと大粒の雪が降り注ぐ銀世界の中、闇の中でぼうっと黄色の着物が浮き出ている。
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