不死身探偵不ニ三士郎

ガイア

文字の大きさ
上 下
20 / 39

20

しおりを挟む
「遅くまですみません」

 雪知が立ち上がって謝罪すると、立川は笑顔のまま胸の前で手を振った。

「いえいえ、そんなそんな、私としても幽霊事件は早く解決に向かってほしいですから」
「ありがとうございます」

 人のよさそうな谷口は、笑顔を絶やすことなく柔らかい物腰で続けた。

「自分は、幽霊を見たことはないのですが、幽霊を見た子からは聞いてます……柊さんの幽霊だと」

「柊さんの幽霊の話を聞いて、支配人さんも柊さんの幽霊は本物だと思いますか?」
「……さあ、どうでしょう、私は霊感とかないですから」

 うなじを抑えながら首をかしげる谷口に雪知は続けた。

「柊さんについて、支配人さんから見てどういう方でしたか?」
「ああ、柊さんは大人しくて真面目で、すごくいい子でしたよ」

 皆、柊の印象については大人しくて真面目だと答える。こんなに人の印象というのは同じなものなのだろうか。雪知は考えた。例えば、不二三の印象であっても、先ほど立川は不二三を偉そうな探偵だと思っていた。

 しかし、実際は暗くて推理小説オタクのコミュ障だ。印象というのは、全員同じになるなんてことはあるのだろうか。

「支配人さんから見て、柊さんと一番仲がよさそうだったのって、誰ですか?」
「えーっと、そうですね」

 谷口は笑顔に目を細めながら少し考えて、うなじを触りながら背中を丸めた。

「近藤さんかな、よく買い物とかいってたし」

「……」

 不二三がぴくりと反応した。

「成る程、ありがとうございました」
「いえいえ、また何か聞きたいことがあればなんでも。ここ2日、3日は旅館を閉めようかという話を番頭としていたところなんですよ」
「え?」

「雪が凄くてですね、元々ここまでバスも車も来れないというのもありますが。幽霊騒ぎで変な人がきたがるんですけどあなた方の捜査の邪魔になるといけないし、電話で菅原君と番頭がお断わりしているみたいです」

「では、2日、3日はこの旅館にいるのは、我々とあなた方のみということになりますか?」
「そうなりますねえ」

 谷口は、笑顔を絶やすことなく頷いた。

「従業員の方々は、寮から通っていると伺ったのですか」

「ええ、まあ大体若い者は……車で5分ほどの寮ですよ。私や番頭は車でそれぞれ通っておりますけど、帰れない時は、旅館の仮眠室で寝泊まりですよ」

「食材とかはどうしているんですか?」
「まとめてトラックで運んでもらっています。昨日運んでもらったばかりなので大丈夫だとは思うんですけど、あまり雪が続くようなら危険覚悟でこっちからバス飛ばして卸売り会社まで取りに行く感じです」 

「え?」

 急に谷口に両手を掴まれて雪知は咄嗟に身を引こうとしたが、谷口は雪知を真っすぐ切実に見つめている。

「従業員もお客さんも減ってしまってこの旅館は今大変ピンチです。自分としてもこの旅館を潰したくなくて皿洗いでも、厨房でもなんでもやってます。幽霊は、お祓いをしてもらったのですが、それでも現れるんです。私は幽霊は人間の悪戯だと思っていますが、この従業員の中にそんな人間がいるとも思えません……」

 必死な表情の谷口を見て、雪知は真面目な顔で頷いた。

「犯人探しなんて、私はやりたくありません……でも、犯人が分かって幽霊とか、そういう噂がないということを証明して、また旅館が元のように賑わってくれればと、それだけです」

「必ず、我々が幽霊の正体を解き明かしてみせます」

 雪知が力強く谷口の手を握り返すと、不二三も頷いた。そして、不二三は雪知に聞くようにとメモをこっそり手渡した。

「それはそうと、谷口さん」
「はい?」
「2つ程質問よろしいでしょうか?」

「はい、勿論」

 谷口は、笑顔を崩さず頷いた。

「伊藤さんと柊さんの関係についてなんですけど」
「……はい?」

 谷口はうなじを触りながら微笑んでいる。雪知も不二三も、柊のことを聞いた時様子のおかしかった伊藤について気になっていたのである。

「何か知っていることなどございますか?」
「いえ?何も」

「柊さんと伊藤さんは、仲がよかったですか?」
「さあ、伊藤さんもあんな感じであまりしゃべったりしないタイプだから」

「成る程……ではもう1つ」
「柴咲さんについてなんですけど」
「ああ、柴咲のおじいちゃんですか」
「柊さんと柴咲のおじいちゃんとの関係については、何か知っていることはありますか?」

「いや~あの2人ですか、柴咲のおじいちゃんはたまに皿洗い手伝ってくれたり、掃除を手伝ってくれたりシーツ変えてくれたりするおじいちゃんで、柊さんと話しているところあまり見たことなかった気がするなあ」

「柴咲さんが、柊さんの幽霊を見た時謝ったそうなんですよ。ごめんなさいと、何か谷口さん的に心当たりなどはありますか?」

「……」
 谷口から一瞬笑顔が消え、また一瞬で笑顔が戻った。

「さあ、柴咲のおじいちゃんボケが始まってるから、またボケで何かおかしなことを言っちゃったんじゃないかなあと思いますけどね」

 ボケが始まっているというのは、柴咲と幽霊を見たという昭道弟も言っていたことだった。

「明日柴咲さんはいらっしゃいますか?」

「ええ、朝からくると思いますよ、柴咲のおじいちゃんも、もう年だからあまり無理させないようにしようって番頭と話してて」
「柴咲さんはどうやっていらっしゃるんですか」

「寮に住んでますよ、30代の時にここに入ってからずっと寮の同じ部屋に住んでいると言ってました」

「番頭さんと、谷口さん以外は寮に住んでいるということですか?」

「はい」
「ありがとうございました」
「いえいえ」

 立ち上がった谷口は、雪知と不二三に頭を深々と下げた。

「では、よろしくお願い致します」
「はい」
「それと、捜査を依頼しておいてこういうのはどうかとは思うんですが……ここは真っ白な雪景色が綺麗な素晴らしい旅館ですので、ご宿泊をほんの少しでもお楽しみくださればと思います」

 捜査に前のめりだった雪知は、谷口の言葉で少し肩の力が抜けたのを感じた。

「普段は、えっと10時にはお風呂しめちゃうんですけど、現在9時半で焦って入ってもらうのも申し訳ないので、10:30にしめることにしました。露天風呂は雪が凄くて入れないかと思うのですが、温泉は非常にゆっくりできますよ。いい夜をお過ごしになってください」

 優しい笑顔で温かい言葉をかけてくれる谷口の気遣いに、雪知も固くなった表情がほころんだ。

「はい!ありがとうございます」
「……よ、よろしく、お願い、します……」

 不二三も深々と何度もお辞儀をして、谷口の背中を見送った。従業員が足りなくて少しでも休みたいときにわざわざ人を集めてくれた谷口、そして集まってくれた従業員の方々。

 番頭の樫杉の言う通り、疑いたくないというのもわかってしまうかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処刑された女子少年死刑囚はガイノイドとして冤罪をはらすように命じられた

ジャン・幸田
ミステリー
 身に覚えのない大量殺人によって女子少年死刑囚になった少女・・・  彼女は裁判確定後、強硬な世論の圧力に屈した法務官僚によって死刑が執行された。はずだった・・・  あの世に逝ったと思い目を覚ました彼女は自分の姿に絶句した! ロボットに改造されていた!?  この物語は、謎の組織によって嵌められた少女の冒険談である。

No.15【短編×謎解き】余命5分

鉄生 裕
ミステリー
【短編×謎解き】 名探偵であるあなたのもとに、”連続爆弾魔ボマー”からの挑戦状が! 目の前にいるのは、身体に爆弾を括りつけられた四人の男 残り時間はあと5分 名探偵であるあんたは実際に謎を解き、 見事に四人の中から正解だと思う人物を当てることが出来るだろうか? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 作中で、【※お手持ちのタイマーの開始ボタンを押してください】という文言が出てきます。 もしよければ、実際にスマホのタイマーを5分にセットして、 名探偵になりきって5分以内に謎を解き明かしてみてください。 また、”連続爆弾魔ボマー”の謎々は超難問ですので、くれぐれもご注意ください

闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙
ミステリー
美少女に導かれて迷い込んだ村は、秘密を抱える村だった!? 歴史大好き、民俗学大好きな大学生の古関文人。彼が夏休みを利用して出掛けたのは滋賀県だった。 そこで紀貫之のお墓にお参りしたところ不思議な少女と出会い、秘密の村に転がり落ちることに!? さらにその村で不可解な殺人事件まで起こり――

金無一千万の探偵譜

きょろ
ミステリー
年齢四十歳。派手な柄シャツに、四六時中煙草の煙をふかす男。名を「金無 一千万(かねなし いちま)」 目つきと口の悪さ、更にその横柄な態度を目の当たりにすれば、誰も彼が「探偵」だとは思うまい。 本人ですら「探偵」だと名乗った事は一度もないのだから。 しかしそんな彼、金無一千万は不思議と事件を引寄せる星の元にでも生まれたのだろうか、彼の周りでは奇妙難解の事件が次々に起こる。 「金の存在が全て――」 何よりも「金」を愛する金無一千万は、その見た目とは対照的に、非凡な洞察力、観察力、推理力によって次々と事件を解決していく。その姿はまさに名探偵――。 だが、本人は一度も「探偵」と名乗った覚えはないのだ。

処理中です...