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2人が喧嘩したその週の週末。
雪知が夕飯の買い物の帰宅途中、信号無視をした車が雪知のいるガードレールの方につっこんできた。
「はっ......!?うわぁあああああ!!!」
雪知は、はっきりと車に引かれる時、見たのだ。運転手の姿を。運転手は、平然と運転席に突っ伏して寝ていた。周りは悲鳴であふれ、雪知は、あぁ、自分はここで死ぬのだと自覚した。
どうやら人間が死ぬ瞬間というのは、その刹那というのは人間の体感的に普通の時間より長く感じるらしく、死ぬと自覚してから車が間近に迫ってくるまでは一瞬な気がしたのに、雪知は色々なことを思い出し、涙まで流した。
僕は不幸だ。警察官で自慢だったお父さんは誰かわからないような僕と同じくらいの女の子を守って死んじゃうし、お母さんは、お父さんがいなくなってからずっと僕を支えて励ましてくれていたのに、銀行強盗にあって、殺されてしまった。
そして僕も死ぬんだ。この身勝手な犯罪者によって。
「危ない!」
だが、雪知の体はいきなり突き飛ばされた。
「え?」
ゆっくりと飛びながら、雪知は自分を突き飛ばした相手を見た。その相手は、不二三士郎。雪知が大嫌いなクラスメイトだった。
「うそだろ」
言い終わる前に、トラックに不二三の小さな体がぶち当たり、くの時に曲がった不二三はそのまま歩道の脇にあった植木の方へ吹っ飛んでいった。
「うっ……う、うそ……だろ」
雪知は騒然としたこの場で、ただ立ち尽くしていた。耳はキーンと耳鳴りが響いていて、自分が今どこにいるのか、どうして地面に立っているのかわからない程に混乱していた。
「何故だ!?」
「どうなっている!?」
やっと声が聞こえるようになってきた時、雪知は初めて体が動いた。
「なんでだよ……!」
そして自分を庇って確かに引かれたクラスメイトの不二三の元へと走った。
「子供がいないぞ!」
「どこにもいないんだ!!」
何が起きている?何が起きている?雪知は夢でも見ているのかと自分の目を疑った。
「ねえ君!」
大人たちは走ってきた雪知にくるりと向き直った。
「キミさっき車に引かれそうになっていて、それを庇った子がいたよね」
「う……」
そうだ、大人たちの言う通りだ。雪知は重い頭で思い出した。確かにあの時雪知を助けてくれたのは、クラスメイトの不二三士郎だった。
だが引かれて植木の方に吹っ飛ばされたはずの不二三は、忽然と夢だったかのように姿を消してどこにもいないときたものだ。さっぱりどういうことなのかわからない。
「その子ってどんな子だったか覚えある?いや実際いたよね、えっと、何いっているんだろ俺、えーっと」
大人たちも混乱していた。狐に集団で化かされた時のように、頭を押さえてながら左斜め頭上を見て思い出していた。
「よく、わかりません。いたのか、いなかったのか」
雪知は、心の中では確かにいたし、あれは確かに不二三だったと理解していたがあえて大人に隠した。そして、それは何故か隠さなくてはならないことなんだと本能がいっていたからだ。
*
次の日――月曜日だ。あの時本当に不二三が車に引かれてなくなっていたのであるならば、この教室に不二三はいないはずだ。雪知はいないといるが何故か半々くらいのパーセンテージで脳内にあった。
いるわけないのにいるかもしれない。あれから救急車や警察には周りの人たちもうまく説明できていなかったし、雪知も説明できるような状況ではなかった。
「おはよう」
「お、お、おおおはよう」
そして今もそれは変わらず、平然と教室にいる不二三は、傷一つついていない、見るからに健康な体でいつもの席に座っていた。
「雪知君が不二三君に挨拶したよ」
「あんなに喧嘩していたのに仲直りしたのかな」
ひそひそ雪知たちを囲んで話しているクラスメイトたちを睨みつけ、一旦雪知は席についた。
そして放課後不二三を人気のない空き教室に呼び出した。誰もついてきていないかしっかりと後ろを確認しながら用心深く周りを注意し、雪知は空き教室に向かい、不二三を待った。
10分くらいして、そろそろと不二三はやってきた。話しが終わったらすぐに帰るつもりですといわんばかりに荷物がずっしり入ってそうな通学カバンの黒いリュックサックを背負ってやってきた。いつものことだが、おどおどきょどきょどとした様子は常に何か悪いことをして見つかることに怯えている犯人のようだった。
「不二三、どうして俺がお前をここに呼び出したのかわかるか?」
雪知は、しらばっくれたり、黙ったり、逃げたりする不二三を想像していた。
「あ、雪知君が無事で、よかったよ」
だがあまりにもあっさりと、そしてはっきりとあの時の事実を確証づけるようなことをしかも笑顔で告げる不二三に、雪知は言葉を失った。
不二三は言葉を失ってただ立ち尽くしている雪知を前に、これから何をどう話そうか考えているかのようにわしゃわしゃと髪をかきむしっていた。
「なんでだよ」
やっとのことで言葉を絞り出した雪知は、真っすぐ不二三を見つめた。
なんでだよ。不二三が引かれた時、雪知はこの言葉を口にした。その言葉には2つの意味があった。
1つは、何故自分を助けたのか。授業で不二三に掴みかかり怒号を浴びせた自分をどうして自分の命を犠牲にしてまで助けようと思ったのかということだった。
そしてもう1つ。雪知は、トラックに引かれる時と同様、雪知が自分を突き飛ばした時の表情を見ていた。
不二三は、笑っていたのだ。満足気に。雪知を突き飛ばし、自分がこれからトラックに引かれるというのに、不二三は笑っていたのである。
『なんでだよ……』
今度はクラスメイトが、僕を守って車に引かれた!死んでしまったかもしれない。雪知は引かれた不二三に駆け寄る時、呼吸が上手くできなかった。
そして、その時雪知は思った。
自分に関わった人間は不幸になるのではないか、自分にはそういう呪いがかかっているのではないかと。罪悪感が生まれ、あんな風に自分は不二三を怒鳴ったのに命がけで自分を助けてくれた不二三に、自宅に帰ってきた雪知は言い知れない思いを抱えて涙を流した。
それなのに今目の前にいる張本人は生きている!しかも今日だってごく普通に授業を受けていた!一体どういうことだよ。雪知は心の中で不二三に怒鳴り、問いかけ続けた。
「い、いいいい、いっても信じてもらえないかもしれないけれど――」
不二三は、おもむろにリュックサックを近くの机の上におろした。そしてリュックサックの中からいつも使っている茶色い皮の筆箱を取り出し、中をごそごそ探り出した。
「どういうことだよ、何をしようとしているんだ、ちゃんと説明しろよ」
雪知は勿体つけて全然話したがらない不二三に苛々が募っていた。
「いやあ、その、見てもらった方が早いかなって」
不二三が笑顔で取り出したのはカッターナイフだった。
「そ、ま……」
雪知はかちかちとカッターナイフの刃を出してくる不二三を見て2、3歩後ろに飛びのいた。コイツ、俺を消す気だ!!え?なんでだよ!?助けてくれたのに!?ますます訳がわからない。最初から不二三士郎という同級生は訳がわからない男だったが、雪知はますます訳がわからず右腕を曲げながら前に出して不二三から自分を守るようにして不二三の様子をうかがっていた。
「そいつを下ろせよ!」
「だ、だだ大丈夫だよ、雪知君に向けるわけじゃないから、それとこれから起きることを見ても、絶対に叫んだり声に出したりしないでね」
不二三はカッターナイフを持っていない人差し指を唇にあてた。俺は脅されているからすぐに口に手を持っていった。
カッターナイフの刃は、もしかしたら怪我するかもしれないものだ。手で直接触ったら危ないものだ。手が切れると痛いし、血だって出るんだ。
それなのに、アイツは――。
「ひっ!?」
容赦なく自分の首を掻っ切ったのだ
雪知が夕飯の買い物の帰宅途中、信号無視をした車が雪知のいるガードレールの方につっこんできた。
「はっ......!?うわぁあああああ!!!」
雪知は、はっきりと車に引かれる時、見たのだ。運転手の姿を。運転手は、平然と運転席に突っ伏して寝ていた。周りは悲鳴であふれ、雪知は、あぁ、自分はここで死ぬのだと自覚した。
どうやら人間が死ぬ瞬間というのは、その刹那というのは人間の体感的に普通の時間より長く感じるらしく、死ぬと自覚してから車が間近に迫ってくるまでは一瞬な気がしたのに、雪知は色々なことを思い出し、涙まで流した。
僕は不幸だ。警察官で自慢だったお父さんは誰かわからないような僕と同じくらいの女の子を守って死んじゃうし、お母さんは、お父さんがいなくなってからずっと僕を支えて励ましてくれていたのに、銀行強盗にあって、殺されてしまった。
そして僕も死ぬんだ。この身勝手な犯罪者によって。
「危ない!」
だが、雪知の体はいきなり突き飛ばされた。
「え?」
ゆっくりと飛びながら、雪知は自分を突き飛ばした相手を見た。その相手は、不二三士郎。雪知が大嫌いなクラスメイトだった。
「うそだろ」
言い終わる前に、トラックに不二三の小さな体がぶち当たり、くの時に曲がった不二三はそのまま歩道の脇にあった植木の方へ吹っ飛んでいった。
「うっ……う、うそ……だろ」
雪知は騒然としたこの場で、ただ立ち尽くしていた。耳はキーンと耳鳴りが響いていて、自分が今どこにいるのか、どうして地面に立っているのかわからない程に混乱していた。
「何故だ!?」
「どうなっている!?」
やっと声が聞こえるようになってきた時、雪知は初めて体が動いた。
「なんでだよ……!」
そして自分を庇って確かに引かれたクラスメイトの不二三の元へと走った。
「子供がいないぞ!」
「どこにもいないんだ!!」
何が起きている?何が起きている?雪知は夢でも見ているのかと自分の目を疑った。
「ねえ君!」
大人たちは走ってきた雪知にくるりと向き直った。
「キミさっき車に引かれそうになっていて、それを庇った子がいたよね」
「う……」
そうだ、大人たちの言う通りだ。雪知は重い頭で思い出した。確かにあの時雪知を助けてくれたのは、クラスメイトの不二三士郎だった。
だが引かれて植木の方に吹っ飛ばされたはずの不二三は、忽然と夢だったかのように姿を消してどこにもいないときたものだ。さっぱりどういうことなのかわからない。
「その子ってどんな子だったか覚えある?いや実際いたよね、えっと、何いっているんだろ俺、えーっと」
大人たちも混乱していた。狐に集団で化かされた時のように、頭を押さえてながら左斜め頭上を見て思い出していた。
「よく、わかりません。いたのか、いなかったのか」
雪知は、心の中では確かにいたし、あれは確かに不二三だったと理解していたがあえて大人に隠した。そして、それは何故か隠さなくてはならないことなんだと本能がいっていたからだ。
*
次の日――月曜日だ。あの時本当に不二三が車に引かれてなくなっていたのであるならば、この教室に不二三はいないはずだ。雪知はいないといるが何故か半々くらいのパーセンテージで脳内にあった。
いるわけないのにいるかもしれない。あれから救急車や警察には周りの人たちもうまく説明できていなかったし、雪知も説明できるような状況ではなかった。
「おはよう」
「お、お、おおおはよう」
そして今もそれは変わらず、平然と教室にいる不二三は、傷一つついていない、見るからに健康な体でいつもの席に座っていた。
「雪知君が不二三君に挨拶したよ」
「あんなに喧嘩していたのに仲直りしたのかな」
ひそひそ雪知たちを囲んで話しているクラスメイトたちを睨みつけ、一旦雪知は席についた。
そして放課後不二三を人気のない空き教室に呼び出した。誰もついてきていないかしっかりと後ろを確認しながら用心深く周りを注意し、雪知は空き教室に向かい、不二三を待った。
10分くらいして、そろそろと不二三はやってきた。話しが終わったらすぐに帰るつもりですといわんばかりに荷物がずっしり入ってそうな通学カバンの黒いリュックサックを背負ってやってきた。いつものことだが、おどおどきょどきょどとした様子は常に何か悪いことをして見つかることに怯えている犯人のようだった。
「不二三、どうして俺がお前をここに呼び出したのかわかるか?」
雪知は、しらばっくれたり、黙ったり、逃げたりする不二三を想像していた。
「あ、雪知君が無事で、よかったよ」
だがあまりにもあっさりと、そしてはっきりとあの時の事実を確証づけるようなことをしかも笑顔で告げる不二三に、雪知は言葉を失った。
不二三は言葉を失ってただ立ち尽くしている雪知を前に、これから何をどう話そうか考えているかのようにわしゃわしゃと髪をかきむしっていた。
「なんでだよ」
やっとのことで言葉を絞り出した雪知は、真っすぐ不二三を見つめた。
なんでだよ。不二三が引かれた時、雪知はこの言葉を口にした。その言葉には2つの意味があった。
1つは、何故自分を助けたのか。授業で不二三に掴みかかり怒号を浴びせた自分をどうして自分の命を犠牲にしてまで助けようと思ったのかということだった。
そしてもう1つ。雪知は、トラックに引かれる時と同様、雪知が自分を突き飛ばした時の表情を見ていた。
不二三は、笑っていたのだ。満足気に。雪知を突き飛ばし、自分がこれからトラックに引かれるというのに、不二三は笑っていたのである。
『なんでだよ……』
今度はクラスメイトが、僕を守って車に引かれた!死んでしまったかもしれない。雪知は引かれた不二三に駆け寄る時、呼吸が上手くできなかった。
そして、その時雪知は思った。
自分に関わった人間は不幸になるのではないか、自分にはそういう呪いがかかっているのではないかと。罪悪感が生まれ、あんな風に自分は不二三を怒鳴ったのに命がけで自分を助けてくれた不二三に、自宅に帰ってきた雪知は言い知れない思いを抱えて涙を流した。
それなのに今目の前にいる張本人は生きている!しかも今日だってごく普通に授業を受けていた!一体どういうことだよ。雪知は心の中で不二三に怒鳴り、問いかけ続けた。
「い、いいいい、いっても信じてもらえないかもしれないけれど――」
不二三は、おもむろにリュックサックを近くの机の上におろした。そしてリュックサックの中からいつも使っている茶色い皮の筆箱を取り出し、中をごそごそ探り出した。
「どういうことだよ、何をしようとしているんだ、ちゃんと説明しろよ」
雪知は勿体つけて全然話したがらない不二三に苛々が募っていた。
「いやあ、その、見てもらった方が早いかなって」
不二三が笑顔で取り出したのはカッターナイフだった。
「そ、ま……」
雪知はかちかちとカッターナイフの刃を出してくる不二三を見て2、3歩後ろに飛びのいた。コイツ、俺を消す気だ!!え?なんでだよ!?助けてくれたのに!?ますます訳がわからない。最初から不二三士郎という同級生は訳がわからない男だったが、雪知はますます訳がわからず右腕を曲げながら前に出して不二三から自分を守るようにして不二三の様子をうかがっていた。
「そいつを下ろせよ!」
「だ、だだ大丈夫だよ、雪知君に向けるわけじゃないから、それとこれから起きることを見ても、絶対に叫んだり声に出したりしないでね」
不二三はカッターナイフを持っていない人差し指を唇にあてた。俺は脅されているからすぐに口に手を持っていった。
カッターナイフの刃は、もしかしたら怪我するかもしれないものだ。手で直接触ったら危ないものだ。手が切れると痛いし、血だって出るんだ。
それなのに、アイツは――。
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