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11話
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ナミさんが作った一番最初の曲。俺は、この曲の歌詞を読んで涙が出そうになった。
前奏が始まった。何度も練習した曲、自信を持て。俺は大きく息を吸い込んだ。
「まっすぐにすきなもの追い続け」
「目の前に広がる水平線眺めていた」
「走っているときは楽しいけれど」
「ふと立ち止まってみると意外と深いところまできてしまったと気づく」
声がいつもより出ている。こんなに大勢の前で歌を歌ったのはいつぶりだろう。上から皆の表情が見える。あぁ、母さん、父さん。ちゃんと見に来てくれていたんだ。観客の人たちは、驚いた顔で俺のことを見ている。
「深海に足を奪われ、美しいと思っていた海に怯え」
「どうしようもなくなった時、一筋の光がさした」
俺は、ずっと昔から歌が好きだった。両親も歌が好きだったから、俺の名前を小唄にしたっていっていたっけ。俺は、最初この名前が誇りだった。でも、東京に行って、厳しい現実に打ちのめされて、どうしようもなくなった時自分の存在ごとこの名前を消し去りたいと思ったこともある。
「ずっと走るあなたの姿を見ていた天からの光」
「一人で走っていた気になっていても、どこかで誰かが必ず見ている」
「あなたのことを応援している」
「あなたの背中を押している」
人々の視線、熱気、踊るように流れるピアノの旋律。俺は、その全てに感謝するように心を込めて歌った。
「それに気づいたとき、自分の背中に翼がはえた」
努力すれば夢は必ず叶うと思っていた。
好きなことは続けていれば仕事にできると思っていた。
周囲に『歌が上手い』といってもらえて、天狗になっていた。
自分はただの凡人で、天才というのは凡人を、その辺の石ころを飛び越すように超えていく。
そして、凡人はずっと凡人のまま、光る宝石に目を細めながら憧れながら魅せられながら、光り輝くことに焦がれながら、ただの石ころとして一生を終えていく。
仕方のないことなのだ。
石はどう頑張っても石のまま、ダイヤモンドはダイヤモンドのままなのは。
でも、石ころを応援してくれる人がいる。努力してその時だめで、打ちひしがれても、好きなことは諦められない、忘れられない。好きなんだ。歌がやっぱりどうしようもなく好きだ。続けたい、諦めたくない。それを思い出させてくれたのは、他ならないナミさんの音楽だった。
音楽には力がある。
俺は、沢山の歓声の中、頭を下げていた。顔をあげると、涙を流している人、笑顔の人、母さんと、父さんは笑顔で俺に手を振っていた。
あぁ、やっぱり音楽は、歌は、素敵だな。好きだな。俺は、改めてそう思った。
「阿木沼小唄さん、ありがとうございました。力強く、凄く熱のこもった歌声でしたね。思わず拳を握りしめてしまいました。作詞作曲した佐々波霞さんの曲も素敵でした」
司会者の人に褒めてもらってうれしかった。ナミさんは、俺を振り返ってにっこり笑った。俺は、その時の彼女の笑顔を忘れないだろう。
次はナミさんの演奏だ。さっき客席を見たらちゃんと来ていた。聴いていた。挨拶に行こうかと一瞬考えたが、ナミさんの演奏をしっかり聴いてほしくて俺は舞台裏の椅子に座ってナミさんを眺めていた。
ナミさんは、2曲も演奏したというのに変わらず3曲目も熱量のこもったピアノを弾いていた。いつもとは少し違う、今日のナミさんには音楽を伝えたい人がいる。ナミさんのおじいちゃんに、自分の音楽を聴いてほしくて、音楽で想いを伝えているんだ。
この2曲は、事故にあう前初めてのピアノの発表会で弾いた曲と、事故にあった後ずっと練習していた曲だと言っていた。そのどちらも、ナミさんのおじいちゃんが演奏を聴いたことがある曲らしい。元々ナミさんのおじいちゃんは、ナミさんの演奏をわざわざ東京まで聴きに行くくらいナミさんのピアノが大好きだったらしい。事故にあう前までは、こっそりおばあちゃんと聴きにいっていたくらい。亡くなったおばあちゃんから聞いたとナミさんが教えてくれた。
「演奏も、とうとう最後の曲になりました」
ナミさんは、息を整えてそう言った。
「最後の曲は、昔家族と初めて映画に行ったときに聴いた思い出の曲です。聴いてください」
ナミさんは、そういってすうっと息を吸った。ナミさんの足が動く、そして始まった。あの曲が。
「久石譲さんのSummer」
あぁ、この曲。俺は、目を閉じて聞いた。あの時、ナミさんと出会っていなかったら、俺はどうなっていただろうか、あの時、あの場所でこの音楽を聴いていなかったら。
そして、俺はナミさんのピアノの音に溶け込むように、吸い込まれるように、音楽のちからを感じ、堪能し、そして感動していた。
「やっぱり、すごいなあ」
大歓声の中、ステージは終わった。俺は、観客席へと挨拶に行こうと立ち上がったが、
「コウタさん、来てください」
ナミさんがステージの上で呼んでいた。ナミさんに呼ばれたらいくしかない。俺は、またステージに戻った。改めて正面の観客の数に胸がいっぱいになる。観客席は笑顔でいっぱいだった。
「今日は、本当にありがとうございました」
ナミさんがそういってお辞儀をしたが、
「あっ・・・」
演奏を頑張りすぎたのか、少しふらついた。俺は咄嗟にナミさんの肩を抱くようにして体を支えた。
「あ、ありがとうございます」
ステージにあがってきてよかったと心の底から思った。
前奏が始まった。何度も練習した曲、自信を持て。俺は大きく息を吸い込んだ。
「まっすぐにすきなもの追い続け」
「目の前に広がる水平線眺めていた」
「走っているときは楽しいけれど」
「ふと立ち止まってみると意外と深いところまできてしまったと気づく」
声がいつもより出ている。こんなに大勢の前で歌を歌ったのはいつぶりだろう。上から皆の表情が見える。あぁ、母さん、父さん。ちゃんと見に来てくれていたんだ。観客の人たちは、驚いた顔で俺のことを見ている。
「深海に足を奪われ、美しいと思っていた海に怯え」
「どうしようもなくなった時、一筋の光がさした」
俺は、ずっと昔から歌が好きだった。両親も歌が好きだったから、俺の名前を小唄にしたっていっていたっけ。俺は、最初この名前が誇りだった。でも、東京に行って、厳しい現実に打ちのめされて、どうしようもなくなった時自分の存在ごとこの名前を消し去りたいと思ったこともある。
「ずっと走るあなたの姿を見ていた天からの光」
「一人で走っていた気になっていても、どこかで誰かが必ず見ている」
「あなたのことを応援している」
「あなたの背中を押している」
人々の視線、熱気、踊るように流れるピアノの旋律。俺は、その全てに感謝するように心を込めて歌った。
「それに気づいたとき、自分の背中に翼がはえた」
努力すれば夢は必ず叶うと思っていた。
好きなことは続けていれば仕事にできると思っていた。
周囲に『歌が上手い』といってもらえて、天狗になっていた。
自分はただの凡人で、天才というのは凡人を、その辺の石ころを飛び越すように超えていく。
そして、凡人はずっと凡人のまま、光る宝石に目を細めながら憧れながら魅せられながら、光り輝くことに焦がれながら、ただの石ころとして一生を終えていく。
仕方のないことなのだ。
石はどう頑張っても石のまま、ダイヤモンドはダイヤモンドのままなのは。
でも、石ころを応援してくれる人がいる。努力してその時だめで、打ちひしがれても、好きなことは諦められない、忘れられない。好きなんだ。歌がやっぱりどうしようもなく好きだ。続けたい、諦めたくない。それを思い出させてくれたのは、他ならないナミさんの音楽だった。
音楽には力がある。
俺は、沢山の歓声の中、頭を下げていた。顔をあげると、涙を流している人、笑顔の人、母さんと、父さんは笑顔で俺に手を振っていた。
あぁ、やっぱり音楽は、歌は、素敵だな。好きだな。俺は、改めてそう思った。
「阿木沼小唄さん、ありがとうございました。力強く、凄く熱のこもった歌声でしたね。思わず拳を握りしめてしまいました。作詞作曲した佐々波霞さんの曲も素敵でした」
司会者の人に褒めてもらってうれしかった。ナミさんは、俺を振り返ってにっこり笑った。俺は、その時の彼女の笑顔を忘れないだろう。
次はナミさんの演奏だ。さっき客席を見たらちゃんと来ていた。聴いていた。挨拶に行こうかと一瞬考えたが、ナミさんの演奏をしっかり聴いてほしくて俺は舞台裏の椅子に座ってナミさんを眺めていた。
ナミさんは、2曲も演奏したというのに変わらず3曲目も熱量のこもったピアノを弾いていた。いつもとは少し違う、今日のナミさんには音楽を伝えたい人がいる。ナミさんのおじいちゃんに、自分の音楽を聴いてほしくて、音楽で想いを伝えているんだ。
この2曲は、事故にあう前初めてのピアノの発表会で弾いた曲と、事故にあった後ずっと練習していた曲だと言っていた。そのどちらも、ナミさんのおじいちゃんが演奏を聴いたことがある曲らしい。元々ナミさんのおじいちゃんは、ナミさんの演奏をわざわざ東京まで聴きに行くくらいナミさんのピアノが大好きだったらしい。事故にあう前までは、こっそりおばあちゃんと聴きにいっていたくらい。亡くなったおばあちゃんから聞いたとナミさんが教えてくれた。
「演奏も、とうとう最後の曲になりました」
ナミさんは、息を整えてそう言った。
「最後の曲は、昔家族と初めて映画に行ったときに聴いた思い出の曲です。聴いてください」
ナミさんは、そういってすうっと息を吸った。ナミさんの足が動く、そして始まった。あの曲が。
「久石譲さんのSummer」
あぁ、この曲。俺は、目を閉じて聞いた。あの時、ナミさんと出会っていなかったら、俺はどうなっていただろうか、あの時、あの場所でこの音楽を聴いていなかったら。
そして、俺はナミさんのピアノの音に溶け込むように、吸い込まれるように、音楽のちからを感じ、堪能し、そして感動していた。
「やっぱり、すごいなあ」
大歓声の中、ステージは終わった。俺は、観客席へと挨拶に行こうと立ち上がったが、
「コウタさん、来てください」
ナミさんがステージの上で呼んでいた。ナミさんに呼ばれたらいくしかない。俺は、またステージに戻った。改めて正面の観客の数に胸がいっぱいになる。観客席は笑顔でいっぱいだった。
「今日は、本当にありがとうございました」
ナミさんがそういってお辞儀をしたが、
「あっ・・・」
演奏を頑張りすぎたのか、少しふらついた。俺は咄嗟にナミさんの肩を抱くようにして体を支えた。
「あ、ありがとうございます」
ステージにあがってきてよかったと心の底から思った。
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