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5話
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「ただいま」
帰宅すると、母さんのたったったと少し早い足音が聞こえてきて、
「随分遅かったけど、大丈夫だった?」
心配そうな顔で俺を見た。俺は成人をしている大人、だけれど、東京に行って色んなことがあってから、母さんは俺を色々凄く心配してくれている。
「心配かけてごめん、大丈夫だよ」
「そう、よかった。もしかして、教会へ行った?」
「・・・うん」
「どうだった?ナミさんに会えた?」
「うん」
俺は、母さんにしっかり向き合っていった。
「また明日も行くよ」
そういうと、母さんは安心したように微笑んだ。
「うん、よかった。教会は、お昼の1時からだからね」
母さんは小さくそういったのを背中で聞いた。
***
「行ってきます」
それから俺は、毎日高台の教会へと通うようになった。ナミさんは、相変わらず教会へ来た人たちに感動するくらい上手にピアノを弾いていた。ただ、気になったのは、前に演奏してくれたSummer以外はすべて本格的なクラシックばかりだったということだ。
それから驚いたことに、ナミさんは小柄だから中学生くらいかと思っていたら、19歳だった。これは普通に怒られた。
演奏が終わった後、俺は少し残ってナミさんにスマホで最近の音楽を聞かせてあげるのだった。
「なんですか、このじゃかじゃーんってなって、きえええ!ってそしてぐおおおおってなる音楽は!」
興奮して足をばたばたさせるナミさんに、俺はくすりと笑って答えた。
「ロックだよ」
「んーんーっんーんーっ」
ナミさんは、目を閉じてさっき聴いた曲を口ずさみながら地面に置いた足の指をなめらかに、いつもピアノを弾いているように動かした。ナミさんは、一度聞いた曲をピアノがないところでも感覚で弾く真似ができるといっていた。聴いた曲を譜面がないのに、足の感覚で探るように弾きだすことができるのは素直に凄いと思う。
「凄いです、感動です。こう、魂にずきゅーんときました」
ナミさんは、感動をストレートに言葉にする。
「こういう音楽聴いたことないの?」
「あまり、うちでは聴きません」
うちでは?なんだかその言い方に違和感を感じた。音楽が好きそうなのに、大好きだろうに、どうしてだろう。
「ナミさんって」
「おーい、霞」
教会の扉が開いて、低いおじいさんの声がした。
「あっ、おじいちゃん」
振り返ると、機嫌の悪そうな眉間にしわの刻まれたおじいさんがこっちに向かってきていた。おじいちゃんってことは、ナミのおじいちゃんか。
「誰だ、この若いのは」
ナミさんのおじいちゃんは、怖い顔で俺を見た。反射的に体が固くなる。
「お、僕は、阿木沼小唄です。娘さんのナミさんとは、仲良くさせていただいています」
俺は、しゃきっと立ち上がり深々と頭を下げ挨拶をした。
「少し前から教会で出会って仲良くなったの」
ナミさんがそういうと、ナミさんのおじいちゃんの眉間のしわが少しだけ薄くなった。
「ナミと仲良くしてやってくれ、あ、でもナミをたぶらかすなよ」
「もう、おじいちゃん」
なんだ、優しい孫思いのおじいちゃんじゃないか。
「ぼ、僕、ナミさんの音楽に感動して、その、ずっと悩んでいたことがあったんですけど、ナミさんのピアノで、元気になったというか」
そういうと、ナミさんのおじいちゃんの眉間に先ほどより濃くしわが刻まれた。
「音楽だと?」
「え?」
ナミさんは、「あっ」と小さく声をもらしてしまった、という顔をした。
「わしは、音楽なんか大っ嫌いだ。ナミがどうしてもというからこの場を知り合いから借りてピアノをやらせてやってるが、本当は音楽なんて続けてほしくない!帰るぞ、霞!」
ナミさんのおじいちゃんは、そういってナミさんに行くぞと目でいうと、すたすたと教会の外に行ってしまった。
「ごめんなさい」
ナミさんは、凄く悲しい顔でそういって、とぼとぼと帰っていった。俺は、そんなナミさんの丸まった背中に呼びかけた。
「ナミさん、ごめん・・・また、明日」
そういうと、ナミさんは寂しそうにくるりと振り返った。
「また明日」
帰宅すると、母さんのたったったと少し早い足音が聞こえてきて、
「随分遅かったけど、大丈夫だった?」
心配そうな顔で俺を見た。俺は成人をしている大人、だけれど、東京に行って色んなことがあってから、母さんは俺を色々凄く心配してくれている。
「心配かけてごめん、大丈夫だよ」
「そう、よかった。もしかして、教会へ行った?」
「・・・うん」
「どうだった?ナミさんに会えた?」
「うん」
俺は、母さんにしっかり向き合っていった。
「また明日も行くよ」
そういうと、母さんは安心したように微笑んだ。
「うん、よかった。教会は、お昼の1時からだからね」
母さんは小さくそういったのを背中で聞いた。
***
「行ってきます」
それから俺は、毎日高台の教会へと通うようになった。ナミさんは、相変わらず教会へ来た人たちに感動するくらい上手にピアノを弾いていた。ただ、気になったのは、前に演奏してくれたSummer以外はすべて本格的なクラシックばかりだったということだ。
それから驚いたことに、ナミさんは小柄だから中学生くらいかと思っていたら、19歳だった。これは普通に怒られた。
演奏が終わった後、俺は少し残ってナミさんにスマホで最近の音楽を聞かせてあげるのだった。
「なんですか、このじゃかじゃーんってなって、きえええ!ってそしてぐおおおおってなる音楽は!」
興奮して足をばたばたさせるナミさんに、俺はくすりと笑って答えた。
「ロックだよ」
「んーんーっんーんーっ」
ナミさんは、目を閉じてさっき聴いた曲を口ずさみながら地面に置いた足の指をなめらかに、いつもピアノを弾いているように動かした。ナミさんは、一度聞いた曲をピアノがないところでも感覚で弾く真似ができるといっていた。聴いた曲を譜面がないのに、足の感覚で探るように弾きだすことができるのは素直に凄いと思う。
「凄いです、感動です。こう、魂にずきゅーんときました」
ナミさんは、感動をストレートに言葉にする。
「こういう音楽聴いたことないの?」
「あまり、うちでは聴きません」
うちでは?なんだかその言い方に違和感を感じた。音楽が好きそうなのに、大好きだろうに、どうしてだろう。
「ナミさんって」
「おーい、霞」
教会の扉が開いて、低いおじいさんの声がした。
「あっ、おじいちゃん」
振り返ると、機嫌の悪そうな眉間にしわの刻まれたおじいさんがこっちに向かってきていた。おじいちゃんってことは、ナミのおじいちゃんか。
「誰だ、この若いのは」
ナミさんのおじいちゃんは、怖い顔で俺を見た。反射的に体が固くなる。
「お、僕は、阿木沼小唄です。娘さんのナミさんとは、仲良くさせていただいています」
俺は、しゃきっと立ち上がり深々と頭を下げ挨拶をした。
「少し前から教会で出会って仲良くなったの」
ナミさんがそういうと、ナミさんのおじいちゃんの眉間のしわが少しだけ薄くなった。
「ナミと仲良くしてやってくれ、あ、でもナミをたぶらかすなよ」
「もう、おじいちゃん」
なんだ、優しい孫思いのおじいちゃんじゃないか。
「ぼ、僕、ナミさんの音楽に感動して、その、ずっと悩んでいたことがあったんですけど、ナミさんのピアノで、元気になったというか」
そういうと、ナミさんのおじいちゃんの眉間に先ほどより濃くしわが刻まれた。
「音楽だと?」
「え?」
ナミさんは、「あっ」と小さく声をもらしてしまった、という顔をした。
「わしは、音楽なんか大っ嫌いだ。ナミがどうしてもというからこの場を知り合いから借りてピアノをやらせてやってるが、本当は音楽なんて続けてほしくない!帰るぞ、霞!」
ナミさんのおじいちゃんは、そういってナミさんに行くぞと目でいうと、すたすたと教会の外に行ってしまった。
「ごめんなさい」
ナミさんは、凄く悲しい顔でそういって、とぼとぼと帰っていった。俺は、そんなナミさんの丸まった背中に呼びかけた。
「ナミさん、ごめん・・・また、明日」
そういうと、ナミさんは寂しそうにくるりと振り返った。
「また明日」
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