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4話
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少女のことをじっと見つめながら、目を奪われながら、魅せられながら、ずっとそこから動かなかった。
「はじめまして、ですね」
少女は、ずっと前の端の席に座っている俺を見て微笑んだ。
「あ・・・はい」
思わず俺は敬語で返事をして俯いた。
「気にしていませんから。気にしないでくださいね」
少女は、そういって椅子から降りた。
「あの」
「はい?」
どこか行こうとする少女を、俺は金縛りがとけたように動いた体で立ち上がり呼び止めた。
「演奏、凄かった。感動した」
俺がそういうと、少女は足をクロスさせて上品にお辞儀した。
「ありがとうございます」
「酷いことをいってしまって、本当にごめんなさい」
今度は俺が頭を下げた。
「いいんですよ」
視線の先に、いつの間にか少女の足があった。
顔をあげると、少女が俺のすぐ近くに来ていた。
「佐々波霞(さざなみかすみ)です」
近くで見ると、どきりとするくらい可愛らしい容姿をしていることに気付いた。長くてさらさらの黒髪、背丈の割りに大人びて見えるのは、右目の下のなきぼくろのせいだろうか。
「佐々波の、ナミをとってナミさんと呼ばれています。好きなように呼んでください」
俺が少女、いや、俺は尊敬をこめて皆と同様ナミさんと呼ぶことにした。
「じゃあ、ナミさん。俺の名前は阿木沼小唄(あぎぬまこうた)コウタでいいよ」
ナミさんは俺の顔を見上げて、首を傾げた。
「コウタさん、はどういう字を書くのですか?」
俺は、自己紹介の後にこんなことを聞かれたのは久々な気がした。名前の字なんて呼べれば関係ないような気がするけど。
「小さい唄(うた)で、歌は、左に口で右に貝の(うた)だよ」
そういうと、ナミさんは微笑んだ。
「(うた)いう言葉が入っていてとても素敵な名前だと思います。羨ましいです」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「名は体を表すというじゃないですか。私は気にしてしまうんです」
「ナミさんは?」
「私は霞(かすみ)で一文字。霞がかるとか、霞むとかの(かすみ)です」
自分の名前を説明するナミさんは、少し元気がなかった。
「綺麗な名前だね」
「皆そういってくれますが、私は自分の存在が霞んでいるようで、なんというか自分が・・・」
ナミさんは、上手く自分の言葉を口にできないようにもごもごと口を動かして俯いた。そこで俺は、ポケットからスマホを取り出して、霞(かすみ)で検索した。
「日の出や日没に、雲が美しく彩られること」
「え?」
ナミさんに、俺はスマホを見せながらグーグルで調べた霞の意味を見せた。
「やっぱり綺麗じゃん。ナミさんは全然霞んでなんてないよ。俺は、正直今日ナミさんのピアノを聴いて涙が出て、感動して、ファンになった。これから毎日来たいと思った」
そういうと、ナミさんは目を輝かせた。
「なんですか、それは!」
「え?」
「それはなんですか!?薄いその板は」
「薄い板って、スマホだけど」
「すま・・・ほ?」
ナミさんは、こてんと首を傾げた。
「もしかしてスマホ知らないの?」
そう問いかけると、ナミさんは真剣な表情でこくりと頷いた。
「え!?テレビとかで見ない?」
「テレビ・・・みないんです」
ナミさんは、困ったような悲しいような顔をした。しまった、嫌なことをいってしまったかもしれない。ナミさんは、スマホのこととか知らないんだ。まあ、でもそうだよな。欲しいと両親にねだったりしたら、ナミさんの両親が困りそうだもんな。
「そんなに役に立たないよ、俺も音楽聴いたりするくらいしか使ってないし」
「音楽!?」
ナミさんは、音楽という言葉に過剰に反応した。しまった、音楽という言葉のチョイスはよくなかったかもしれない。余計に興味をひかせてしまったかも。本当に音楽が好きなんだろうな。
「も、もっと話をしたいけど、もう今日はもう帰らなきゃ。ナミさんもお父さんやお母さんが迎えにくるんじゃない?」
スマホの時間を確認するつもりはなかったけれど、自然と開いたら確認してしまった。時刻はもうとっくに17時前を回っていた。
「あ、でもここの神父さんだったり?」
「いいえ、おじいちゃんは、17時になったら迎えに来ます」
迎えにくるのはおじいちゃんなのか。
「そうなんだ、もうちょっとだね」
「また明日、スマホ見せてください。約束ですよ」
ナミさんは、子供が親と約束するような表情でそういった。
「うん、持っていくよ」
「それでは、また明日」
ナミさんは、ふっと微笑んで俺は頷いた。
「また明日」
教会から出た俺は、また明日と言い合える相手はいることがこんなにドキドキして、明日という日が楽しみになるものだとは思わなかったと、少し足早に家に帰っていた。
「はじめまして、ですね」
少女は、ずっと前の端の席に座っている俺を見て微笑んだ。
「あ・・・はい」
思わず俺は敬語で返事をして俯いた。
「気にしていませんから。気にしないでくださいね」
少女は、そういって椅子から降りた。
「あの」
「はい?」
どこか行こうとする少女を、俺は金縛りがとけたように動いた体で立ち上がり呼び止めた。
「演奏、凄かった。感動した」
俺がそういうと、少女は足をクロスさせて上品にお辞儀した。
「ありがとうございます」
「酷いことをいってしまって、本当にごめんなさい」
今度は俺が頭を下げた。
「いいんですよ」
視線の先に、いつの間にか少女の足があった。
顔をあげると、少女が俺のすぐ近くに来ていた。
「佐々波霞(さざなみかすみ)です」
近くで見ると、どきりとするくらい可愛らしい容姿をしていることに気付いた。長くてさらさらの黒髪、背丈の割りに大人びて見えるのは、右目の下のなきぼくろのせいだろうか。
「佐々波の、ナミをとってナミさんと呼ばれています。好きなように呼んでください」
俺が少女、いや、俺は尊敬をこめて皆と同様ナミさんと呼ぶことにした。
「じゃあ、ナミさん。俺の名前は阿木沼小唄(あぎぬまこうた)コウタでいいよ」
ナミさんは俺の顔を見上げて、首を傾げた。
「コウタさん、はどういう字を書くのですか?」
俺は、自己紹介の後にこんなことを聞かれたのは久々な気がした。名前の字なんて呼べれば関係ないような気がするけど。
「小さい唄(うた)で、歌は、左に口で右に貝の(うた)だよ」
そういうと、ナミさんは微笑んだ。
「(うた)いう言葉が入っていてとても素敵な名前だと思います。羨ましいです」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「名は体を表すというじゃないですか。私は気にしてしまうんです」
「ナミさんは?」
「私は霞(かすみ)で一文字。霞がかるとか、霞むとかの(かすみ)です」
自分の名前を説明するナミさんは、少し元気がなかった。
「綺麗な名前だね」
「皆そういってくれますが、私は自分の存在が霞んでいるようで、なんというか自分が・・・」
ナミさんは、上手く自分の言葉を口にできないようにもごもごと口を動かして俯いた。そこで俺は、ポケットからスマホを取り出して、霞(かすみ)で検索した。
「日の出や日没に、雲が美しく彩られること」
「え?」
ナミさんに、俺はスマホを見せながらグーグルで調べた霞の意味を見せた。
「やっぱり綺麗じゃん。ナミさんは全然霞んでなんてないよ。俺は、正直今日ナミさんのピアノを聴いて涙が出て、感動して、ファンになった。これから毎日来たいと思った」
そういうと、ナミさんは目を輝かせた。
「なんですか、それは!」
「え?」
「それはなんですか!?薄いその板は」
「薄い板って、スマホだけど」
「すま・・・ほ?」
ナミさんは、こてんと首を傾げた。
「もしかしてスマホ知らないの?」
そう問いかけると、ナミさんは真剣な表情でこくりと頷いた。
「え!?テレビとかで見ない?」
「テレビ・・・みないんです」
ナミさんは、困ったような悲しいような顔をした。しまった、嫌なことをいってしまったかもしれない。ナミさんは、スマホのこととか知らないんだ。まあ、でもそうだよな。欲しいと両親にねだったりしたら、ナミさんの両親が困りそうだもんな。
「そんなに役に立たないよ、俺も音楽聴いたりするくらいしか使ってないし」
「音楽!?」
ナミさんは、音楽という言葉に過剰に反応した。しまった、音楽という言葉のチョイスはよくなかったかもしれない。余計に興味をひかせてしまったかも。本当に音楽が好きなんだろうな。
「も、もっと話をしたいけど、もう今日はもう帰らなきゃ。ナミさんもお父さんやお母さんが迎えにくるんじゃない?」
スマホの時間を確認するつもりはなかったけれど、自然と開いたら確認してしまった。時刻はもうとっくに17時前を回っていた。
「あ、でもここの神父さんだったり?」
「いいえ、おじいちゃんは、17時になったら迎えに来ます」
迎えにくるのはおじいちゃんなのか。
「そうなんだ、もうちょっとだね」
「また明日、スマホ見せてください。約束ですよ」
ナミさんは、子供が親と約束するような表情でそういった。
「うん、持っていくよ」
「それでは、また明日」
ナミさんは、ふっと微笑んで俺は頷いた。
「また明日」
教会から出た俺は、また明日と言い合える相手はいることがこんなにドキドキして、明日という日が楽しみになるものだとは思わなかったと、少し足早に家に帰っていた。
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