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努力すれば夢は必ず叶うと思っていた。
好きなことは続けていれば仕事にできると思っていた。
周囲に『歌が上手い』といってもらえて、天狗になっていた。
自分はただの凡人で、天才というのは凡人を、その辺の石ころを飛び越すように超えていく。
そして、凡人はずっと凡人のまま、光る宝石に目を細めながら憧れながら魅せられながら、光り輝くことに焦がれながら、ただの石ころとして一生を終えていく。
仕方のないことなのだ。
石はどう頑張っても石のまま、ダイヤモンドはダイヤモンドのままなのは。
俺、阿木沼小唄(あぎぬまこうた)は、一週間前まで東京の喧騒の中にいた。
だが、今はどうだ。
海の町、俺の今住んでいる海城町はその名の通り海の町。目を覚ませば夏を知らせるカモメの鳴き声や、微かに聞こえる波の音。そして、せわしく存在を主張する蝉の声。
「暑い・・・」
風鈴の音は聞いていると涼しくなるというが、そんなものは聞き飽きてただの日常の背景だ。そして、風鈴の音を聞くと気分が涼しくなるなんていう人間は決まって家にクーラーがある都会人で、ほとんどの家で『海風が涼しいからクーラーなんて体に悪いものは家においていない、扇風機で十分』なこの町でそんなことをいうものはいない。
風鈴は、海風に揺れて音を奏でるただの飾りである。
「あぁ、小唄。起きたの?」
時刻は朝の9時。
漁師をしている父の弁当を作る為に朝5時に起きている母さんは、一階で掃除をしていた。
「うん」
「朝ごはん、できてるよ」
「ありがとう」
俺は、母さんにお礼をいって、冷蔵庫に入っているご飯やわかめの味噌汁を温め、目玉焼きと海藻サラダをテーブルに並べ、冷たい麦茶をコップに注いで手を合わせる。
「いただきます」
東京にいた頃はカップ麺ばかりだったからな。
俺は、絶対に一人暮らしだったら食べることがなかったであろう海藻サラダを口に運びながらぼーっと空いている窓から見える青空を眺めていた。
「ねえ、小唄」
「なあに、かあさん」
俺は、母さんを見ずに答えた。
「あのね、今日お昼ご飯を食べたら散歩してきたらどうかなって。ほら、東京からこっちに帰ってきてずっと寝たり起きたりばっかりでしょう?」
「・・・・・」
俺は、20歳だが学校に行っているわけでも、働いているわけでもなかった。
年寄りの多い、海しかないこんな田舎の小さな町で歩いていたら「あの若いもんは誰だ」と噂されそうだ。
「町の高台に小さな教会が建っているでしょ?そこで、綺麗な歌を歌う女の子がいてね。海城町の人魚姫って言われているの。もしよかったら会いにいってみたら?」
歌・・・俺は眉をひそめて箸をおいた。
「どうして、かあさんはその子と会った方がいいって思うの?」
俺は、今度は母さんの方を見て聞いた。
すると母さんは言った。
「なんか、その子。小唄を救ってくれるんじゃないかって思ったのよ。あの子のピアノ、小唄はきっと気に入ると思う」
母さんは、掃除をしていた手をわざわざ止めて、俺の食事をしているリビングを覗き込み、真剣な表情でよくわからないことを言った。
救ってくれる?俺を?
よく知らないこんな田舎に住んでいる女の子のピアノが?
「ごちそうさま」
俺は、そういって立ち上がった。
音楽なんて・・・ざざざっと食べた器を洗って、俺は2階に上がってまたベットに横になった。
「もう・・・俺は音楽は」
横になり心地よい海風を感じながら目を閉じる。
目を覚ました時は暑くて仕方なかったが、ご飯を食べて麦茶を飲んで水分を補給したからかさっきよりは幾分か涼しかった。
運よく眠ることができれば現実からその間は目を背けられる。
ゲームで時間をスキップするように、目を開けたら時間が過ぎていて、現実の時が勝手に流れている。
俺は、寝ることが好きだ。
好きに、なった。
好きなことは続けていれば仕事にできると思っていた。
周囲に『歌が上手い』といってもらえて、天狗になっていた。
自分はただの凡人で、天才というのは凡人を、その辺の石ころを飛び越すように超えていく。
そして、凡人はずっと凡人のまま、光る宝石に目を細めながら憧れながら魅せられながら、光り輝くことに焦がれながら、ただの石ころとして一生を終えていく。
仕方のないことなのだ。
石はどう頑張っても石のまま、ダイヤモンドはダイヤモンドのままなのは。
俺、阿木沼小唄(あぎぬまこうた)は、一週間前まで東京の喧騒の中にいた。
だが、今はどうだ。
海の町、俺の今住んでいる海城町はその名の通り海の町。目を覚ませば夏を知らせるカモメの鳴き声や、微かに聞こえる波の音。そして、せわしく存在を主張する蝉の声。
「暑い・・・」
風鈴の音は聞いていると涼しくなるというが、そんなものは聞き飽きてただの日常の背景だ。そして、風鈴の音を聞くと気分が涼しくなるなんていう人間は決まって家にクーラーがある都会人で、ほとんどの家で『海風が涼しいからクーラーなんて体に悪いものは家においていない、扇風機で十分』なこの町でそんなことをいうものはいない。
風鈴は、海風に揺れて音を奏でるただの飾りである。
「あぁ、小唄。起きたの?」
時刻は朝の9時。
漁師をしている父の弁当を作る為に朝5時に起きている母さんは、一階で掃除をしていた。
「うん」
「朝ごはん、できてるよ」
「ありがとう」
俺は、母さんにお礼をいって、冷蔵庫に入っているご飯やわかめの味噌汁を温め、目玉焼きと海藻サラダをテーブルに並べ、冷たい麦茶をコップに注いで手を合わせる。
「いただきます」
東京にいた頃はカップ麺ばかりだったからな。
俺は、絶対に一人暮らしだったら食べることがなかったであろう海藻サラダを口に運びながらぼーっと空いている窓から見える青空を眺めていた。
「ねえ、小唄」
「なあに、かあさん」
俺は、母さんを見ずに答えた。
「あのね、今日お昼ご飯を食べたら散歩してきたらどうかなって。ほら、東京からこっちに帰ってきてずっと寝たり起きたりばっかりでしょう?」
「・・・・・」
俺は、20歳だが学校に行っているわけでも、働いているわけでもなかった。
年寄りの多い、海しかないこんな田舎の小さな町で歩いていたら「あの若いもんは誰だ」と噂されそうだ。
「町の高台に小さな教会が建っているでしょ?そこで、綺麗な歌を歌う女の子がいてね。海城町の人魚姫って言われているの。もしよかったら会いにいってみたら?」
歌・・・俺は眉をひそめて箸をおいた。
「どうして、かあさんはその子と会った方がいいって思うの?」
俺は、今度は母さんの方を見て聞いた。
すると母さんは言った。
「なんか、その子。小唄を救ってくれるんじゃないかって思ったのよ。あの子のピアノ、小唄はきっと気に入ると思う」
母さんは、掃除をしていた手をわざわざ止めて、俺の食事をしているリビングを覗き込み、真剣な表情でよくわからないことを言った。
救ってくれる?俺を?
よく知らないこんな田舎に住んでいる女の子のピアノが?
「ごちそうさま」
俺は、そういって立ち上がった。
音楽なんて・・・ざざざっと食べた器を洗って、俺は2階に上がってまたベットに横になった。
「もう・・・俺は音楽は」
横になり心地よい海風を感じながら目を閉じる。
目を覚ました時は暑くて仕方なかったが、ご飯を食べて麦茶を飲んで水分を補給したからかさっきよりは幾分か涼しかった。
運よく眠ることができれば現実からその間は目を背けられる。
ゲームで時間をスキップするように、目を開けたら時間が過ぎていて、現実の時が勝手に流れている。
俺は、寝ることが好きだ。
好きに、なった。
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