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猫好きの猫ババ

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「そんなペースじゃ夕方になっても終わんないよ!」

「何でよおおおおおおおおおおおおお!!」

由緒正しいフォーデンハイド家の令嬢であるこのあたしが、ボロ屋の性格の悪いババアの部屋の掃除をさせられることになるとは。
こき使われて、どれくらいたったかしら。
猫の形をした時計を確認する。

「4時ぃ!?」

朝から、窓ふき、床、廊下の掃除、猫の毛をとり、絨毯交換作業など頭が悪くなるくらい働かされているあたしは、ソファでのんきに横になりながら指示だけしてくる猫ババに雑巾を持った手を握りしめていた。

「5時までにはその絨毯の毛とり終わらせな」

猫ババは、偉そうにあたしを指さして指図してきた。
ムカつく・・・何よこのババア。こんなに広いのに1時間で終わると思ってるの?
周りにいる猫さえも、あたしをあざわらっているように見えて、あたしは歯をぎりぎり噛みしめた。

これも、全部ハーネス!あの男のせいだわ。
アイツがあたしを置いて逃げたりするから!
帰ってきたら顔をひっかいて怪我したところを強めにつんつんしてやるんだから。

あたしは、床に膝をついて、コロコロでまた毛だらけになるであろう絨毯を掃除していた。

「ドクソ猫、怪我していたけどなんかやらかしたのかい?」

猫ババは、ソファにねっころがってソーダのアイスを食べながら聞いてきた。

「しらない」

あたしは、なんとなく猫ババに話す気にはなれなくてぷいっとそっぽを向いた。

「そうかい、あんたの顔にも大層な処置がしてあるじゃないかい。ドクソ猫と喧嘩でもしたのかい」

「喧嘩なんか毎日よ」

「へえ、それはドクソ猫に殴られたのかい?」

「いいえ、違うわ」

思い出したくなくて、あたしは顔をしかめた。

「生意気猫、あんたそんなに小さいのに嫌な大人に殴られたなんて、苦労してるね。それを助けて怪我したわけか。あのバカは」

猫ババは、独り言をぶつぶつぼやいて食べ終わったアイスの棒を近くのゴミ箱に慣れた手つきで放り投げた。

「そんなこと誰もいってないでしょ」

猫ババは、あたしが話していないことをほとんど自分で考察してしまった。しかも当たっている。
あたしは、もう自分のことを聞かれたくなくて猫ババに何か質問することにした。
猫まみれの家?ここにはハーネス以外住人はいるの?仕事は何をしているの?何歳?どうしてそんなに性格が悪いの?あなたは魔女?色々聞きたいことがある。

「おばさん、名前は?」

「オーラ」

猫ババは、そっけなく答えた。

「あたしはアリス。あたしのこと、もう生意気猫って呼ばないでくれる?」

「嫌だ」

即答だった。

「どうして変なあだ名つけるの?」

「人間が大嫌いだからさ」

全然答えになっていなかった。
人を人の名前で呼ぶことも嫌なのかもしれない。
だとしたらとんでもない変わり者だ。

「どうして人間がキライなの?」

「嘘つきで汚いからだ」

「猫は好きなの?」

「好きじゃなきゃここにいないだろ」

猫ババは、質問されるのが嫌みたいだった。
自分は質問するくせに、質問されると不機嫌になるなんて勝手すぎるわ。

猫ババは、しばらくあくびをしながらあたしの掃除を観察した後、

「餌の時間だ」

4:55分。そういって重い腰をあげた。
これだけの猫にどうやって餌をやってるのよ。
どうせ呼び出されて手伝わされるんだわ。
あたしは、まだ毛取りが半分しか終わっていない絨毯を見てため息をついた。

でも、顔をあげたら猫ババは床にそって餌の入った容器を置いていき、それを猫たちは一直線になって待っていた。
どうしてそんなことができるのだろう。
動物なのに、まるで統率のとれた人間のようだった。

「うちの猫は、猫同士で教えあって生きていくように躾けているんだ」

猫ババが壁に沿って並べていった餌の容器は、部屋の壁を1辺以外埋め尽くした。
猫ババが少し離れてソファに寝転がり、パンと手を叩くと、並んでいた猫たちがそれぞれの容器へと向かっていく。

「凄い」

感心していると、ピンポンとインターフォンがなった。

「なんだい、食事中だろ」

猫ババは、心底嫌そうな顔をして立ち上がった。

「全く相変わらずタイミングが最悪だね」

猫ババは吐き捨てるようにいうと、ずんずん玄関に向かっていく。
まるで、訪ねてきた人が誰なのかわかっているようだった。
こっそり猫ババの後についていってみると、

「オーラさん、お土産です」

銃で撃たれていない方の手で大きな麻袋を持つハーネスがいた。何故か顔も手もひっかき傷やかみつき跡だらけだった。袋には動くものが何か入っている。
1日も経っていないのに、随分懐かしいような感じがした。

「なに袋に入れてんだい、抱えて持ってきな」

「怪我してるんで、すみません」

ハーネスは、怪我した肩を庇うように麻袋を持っていた。

「甘えたこといってんじゃないよ」

猫ババは、怪しい袋を受け取って中身を確認する。

「なんだい、怪我してるのもいるじゃないか。こっちの方が一大事だよ。ほんっとにあんたはドクソだね」

猫ババはそういって怪我しているハーネスの肩をぱしっと叩いた。

「いっっっっでえええ!!何しやがるこのクソ猫ババア!!」

ハーネスは涙目になりながら本性を出して叫んだのに、

「はいはい、あんたに構ってやってる暇は毛頭ないんだ」

猫ババは、廊下の脇の掃除を頼まれなかった部屋に入っていった。
ハーネスは、ばたんと閉められた扉の前、玄関で震えながら肩を押さえてうずくまっていた。

「あのクソ猫ババ、いつか覚えていやがれ・・・」

廊下に拳をそっと叩きつけてハーネスは押し殺すようにつぶやいた。
あたしは、そんなみじめなハーネスの前でしゃがんだ。

「なんだよ」

あたしが怪我している肩に向かって思いっきり手を振り上げると、ハーネスは足だけでのたうちまわって玄関扉の方へ後ずさった。

「あはははははははっあーはっはははは!!」

「指さして笑うな!鬼か!お前は!」

「いい気味だわ!今日はあんたのせいでどんな目にあったか!」

「オレだってやることはやってきたんだよ!!お前の方がまだマシだろうが!」

「うるっさいねえ!あんたたちは!!」

ばんと勢いよく扉が開いて、あたしはびっくりして扉の方を見た。
扉からは、猫を4匹抱きかかえた猫ババが出てきた。小さい猫が3匹、大きいのが1匹。
そのうちの子猫2匹は、1匹は頭に、もう1匹は手に包帯が巻かれていた。片目が潰れている猫もいた。

「よし、まあ今日はこれくらいで勘弁してやるよ。でも、今度家賃を払わなかったら容赦しないからね」

猫ババは、今日初めて少しだけ笑顔を見せた。
猫たちを優しくゆっくり下ろすと、

「チョコ!チップ!」

黒猫を2匹呼んだ。すっとやってきた2匹の黒猫たち。1匹は最初にあたしにすり寄ってきた黒猫だわ。
黒猫は、どれも同じ顔だと思っていたけど、案外顔の見分けがつくみたい。

「この子たちに色々教えてやんな、あと他の猫たちへの紹介もね」

猫ババは、少ししゃがんでさっきハーネスが連れてきたらしい猫たちを1匹1匹指さして、

「シャーベット、ソルベ、バニラ、クリーム」

アイスの種類をさらっと並べると、チョコとチップと呼ばれていた猫たちに紹介した。
猫たちは、それをしっかり聞いて頷くとそのまま4匹についてこいと言わんばかりに目配せする。
3匹の子猫は、ついていくが1匹の成猫だけはついていく様子がない。
それどころか、別の方向、玄関の方へ歩いていこうとしている。

「ドクソ猫をひっかいたのはソルベだね、生意気そうな顔してえ」

猫ババは、そういって母親のように微笑んで嫌がるソルベを抱き上げた。

「猫に対しては、本当に優しいのね」

ぽつりと本心を呟くと、それをハーネスは聞いていたようで、

「まあな」

といって困ったような顔をした。

「まあ、裏で猫専門の獣医をやっているからな、あの人」

「獣医って動物のお医者さんってこと?凄いじゃない」

魔女にしか見えないんだけど・・・そんなに凄い人だったの?

「もう仕事はいいよ。帰りな」

猫ババは、ソルベを抱きながらあたしにありがとうも言わずにそう言った。
何よ、本当にマイペースな人だわ。

でも、帰るときに、猫ババに呼び止められた。

「ちょっと、生意気猫」

「なによ」

まだ何かしろっていうの?あたしは咄嗟に身構えた。

「これを持っていきな」

猫ババに、白い袋を渡された。

「何よこれ」

袋の中を見ると、沢山のパンが入っていた。

「最近来た人間(患者)からもらったんだけど、あたしも猫たちも食べないからあげるよ」

あたしも人間なんだけど・・・。

でも、パンなんて久しぶり!しかもこんなに!

「ありがとう、猫バ・・・オーラおばさん!」

猫をかぶってあたしは笑った。

「ふん」

オーラおばさんは、腕を組んでこの猫部屋から出ていくあたしたちに背中を向けたまま、鼻をならした。
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