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猫ババの襲来

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「りんご、ばなな、りんご、ばなな、りんご、ばなな」

「なあに?」

「サルの餌か」

「贅沢言わないの!うちにはお金がないんだから」

本当はお金はまだ余っていてソファの座席の下に隠してあるんだけど、ハーネスには教えてあげない。

あたしは、あれからまる1日。
家でずーっとハーネスのお世話をしてあげていたの。本当に偉いと思うわ。
バナナをむいてあげたり、それからあとは嫌がるハーネスに布をかけてあげたり、それからあとは・・・それからそれからよ。

ごんごんごん。
まだ朝だっていうのに、乱暴に扉が叩かれた。
唐突だった。あたしは、びくりと体を震わせ、ゆっくり扉の方を確認する。

一瞬、あたしを誘拐したババアの顔が浮かんだ。
あたしを連れ戻しにきたとか!?
あれからあたしたちの居場所を突き止めにきたんじゃ・・・。

背中が急に寒くなって、ハーネスの方をちらりと見た。
ハーネスは、あたし以上に口をあんぐり開けて真っ青な顔をしていた。

「ドクソ猫!!!」

ドスの利いたおばさんの声がした。
どくそねこ?よくわからないけど、声色から相手が怒っていることはわかる。
あの時のババアと少し声が違う気がするけど、それは扉を挟んでいるからかもしれない。
あたしは、いそいそとハーネスの寝っ転がっているソファの後ろに隠れた。

「げっ・・・猫ババが来やがった。隠れねえと」

ハーネスは、そう呟いて寝っ転がっているソファから立ち上がろうとしたけど、その前に扉の向こう側からがちゃがちゃ音がして、ドガンという音と共に、扉が蹴破られた。

「ドクソ猫!!!家賃!家賃家賃家賃!」

あたしを誘拐したババアではなかったけど、ババアであることには変わりがなかった。
黒くて長い髪に、黒いワンピース、血の気のない骸骨のような顔。一目見て頭に浮かんだのは魔女だった。フライパンとおたまをかんかん叩きながら部屋に乗り込んできた。

ハーネスは、10メートルくらいソファの上からびょんと飛び上がって、逃げようとしたけど、おたまとフライパンを放り投げて全力疾走してきたおばさんに一瞬で背中を掴まれて、猫にとらわれた鈍足なねずみの如く捕まった。

「ドクソ猫!!家賃!!」

「猫ババ・・・じゃなかった。オーラさん。おはようございます」

「おはよう、ドクソ猫。家賃の振り込みがまだのようだけど、今月まとまった収入って奴が入るんじゃなかったのかい?」

おばさんは、あのハーネスの首根っこを掴んで、ハーネスを追い詰めている。

「いや・・・あのですね。それがですね。少々予定が変わりまして」

ハーネスは、いつものあたしにしている大きな態度とは大違いで、しゅんと縮こまって人差し指と人差し指を突き合わせて作り必死に愛想のいい作り笑顔をしている。

「ああ!?じゃあ2か月分の家賃とあたしに倍で返すって言った借金はどうなるんだい!?」

「もう少し待っていただけると・・・ありがたいかな、なんて」

「どんだけ待っていると思っているんだい!?はあーほんと、あんたって男は。猫の方がまだ役に立つよ!」

ぷぷぷ、ぷぷぷぷ。
ハーネスったら、あのおばさんに頭があがらないんだわ。いい気味。ぷぷぷー。
一生ネタにしてやるわ。

にゃあ。

いつの間にか、あたしの足元には黒い猫がいた。
なによこの猫。いつのまに?っていうか、ここ2階よね?
どうやって入ってきたのよ。

ハーネスのボロ屋は、少し特殊な造りになっている。
1階と2階があって、見るからにボロボロの家なんだけど、外から見たらかなり大きいのに、ハーネスの部屋はこの部屋しかないらしいの。最初入った時、ドブネズミの住処かと思ったわ。
たった1部屋しかないこの部屋の家具は、ソファとあたしを縛り付けた椅子しかない。気持ち程度のキッチンと、汚いトイレ。
お風呂は、ボロボロの浴室からシャワーがでるけど、残念な水圧。
そんな罪を犯した囚人のような部屋で過ごしているハーネスだけど、もう罪を犯しているからぴったりなのかもしれない。
あたしは不満でいっぱいだけどね。

2階には、4部屋くらいあるけど、人の気配はあんまりしない。
その変わり、この辺は少し野良猫の声がよくするわね。くらいに猫の気配があった。

「あら」

ふいに、あたしの頭上に大きな影ができた。

「あ・・・」

さっきのおばさんは、あたしを見下ろして目をこれでもかというくらい大きく見開いた。

「ドクソ猫・・・あんた」

おばさんは、ぐりんとハーネスを振り返って拳を握りしめた。

「子供まで作ったのかい?あんた・・・あんたいっぺんフライパンで顔の形が変わるまでぼこぼこにしないとその腐った性根は直らないようだね!!」

「ひいいいいいいいい!」

ハーネスは、ぶるぶる体を震わせると、開いた扉からすっ飛んでいった。

「逃げたね、あいつ・・・」

部屋に残ったのはあたしとおばさんと黒猫一匹。
おばさんは、あたしをじっと見て眉を吊り上げた。

「生意気そうな猫だねえ、あんた」

「あ、あたしは猫じゃないわ、人間よ。アリスって名前だってあるんだから」

「性格がひん曲がってる顔だ。嫌われてんだろ」

おばさんは、あたしを指さしてぴしゃりといった。
あたしは、心にずどんと嫌な気持ちになる銃弾を打たれた気持ちになった。
そして、一瞬でこのババアのことがキライになった。
猫ババ、そうねハーネス。コイツは猫ババ!性格の悪い意地悪な魔女みたい!

「流石ハーネスの娘だねえ」

「違うわ!あんな奴の娘なわけないでしょ!」

「そうなのかい?随分ハーネスは嫌われているんだねえ。娘にそんなことを言われるなんて」

怒っているあたしをなだめようとしているのか、さっき足元にいた黒猫があたしにすりよってきた。
あたしは、黒猫を適当に撫でてあしらうと、おばさんにまた言い返した。

「娘じゃないっていってるでしょ!?」

「そうかい?でも似てるけどねえ」

「どこがよ!」

「そういうところだよ。さ、さっさと立ちな」

猫ババは、腰に手を当てて偉そうにあたしを見下ろしていたけど、今度は人差し指をちょいちょいと上下させてあたしに立つように命令した。

「へ?」

きょとんとするあたしの首根っこをひっつかむと、

「仕事だ」

にやっと笑ってあたしを猫のように運びだした。

「なっ、なんでよ!なんでよ!あたしは関係ないでしょ!ハーネスでしょ!」

じたばた暴れると、猫ババは凄い力であたしをぐんと持ち上げる。
あたしの軽い体はひょいっと持ち上がって、あたしの足は空中を泳いでいた。

「首・・・くび・・・しま・・る」

「あのドクソ猫が逃げたんだ。あんたに代わり働いてもらうんさ。なあに、簡単な仕事だよ」

猫ババアは、黒猫を口笛一つで部屋から出し、ハーネスの部屋の鍵を閉めると、階段を降りてあたしを1階へと運んだ。
猫ババが、1階の部屋の扉を開ける。
1階は2階みたいにいくつも扉がない。
扉は1つだけだ。
「あたしは1階に住んでんのさ」

扉の向こう側を見てあたしは大きく目を見開いた。
玄関に沢山の猫が集まってきていたからだ。
なん・・・何匹いるのよこれ、どういうこと!?なんでこんなに猫がいるのよ!
1・・・10、いや20?

「生意気猫、あんたにはあたしの部屋の掃除をしてもらうからね」

ここで初めてあたしは猫ババの手から解放された。

「はあ?どうしてあたしが」

反論するあたしに、猫たちはぞろぞろと集まってきた。
猫たちは、どの猫も普通の猫と違っていた。
どの猫も、人間のような目をしている。あたしを見て、自分より下だとわかりきっているようなふてぶてしい目をしていた。

「ちょっと、何!?なんなのよこの猫は!」

「歓迎されてんのさ、ほら入りな」

猫ババが厭味ったらしくそう言った。
玄関に足を踏み入れると、猫たちは王様がレッドカーペットを歩くようにすうっと道を譲った。

「あたし、やらないわよ」

そういうと、猫ババはあたしに背中を向けたままで冷たく言った。

「いいよ、じゃあハーネス共々明日荷物をまとめて出ていくんだね。あんたはアイツに捨てられて、路地裏で猫の餌さね。働かざる者住むべからずって言葉知らないのかい?」

あたしは、ボロワンピースのすそを握りしめた。
家を追い出されたら、あたしは行くところがない。
猫ババは本気だ。冗談じゃない、だって性格が悪いんだもんこのババア。
嫌だけど、従うしかなかった。

「わかったわよ!!やるわよ!やればいいんでしょお!?」

あたしは、わざとどしどし音をたてて玄関から入ってやった。
猫たちは、そんなあたしを余裕たっぷりの、見下したような表情で見上げていた。
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