悪役令嬢にはブラック企業で働いてもらいます。

コーヒーを飲んでもらいます

一週間経った今でも、八木杉は鬼のように働いていた。

「本当に八木杉さんは働き者ですね」

総司の向こう側にいる八木杉は、パソコンを左手で操作しながら右手で印鑑を押しながら何かの資料に目を通していた。

「八木杉じゃなくてあいつはやり杉よ」

「八木杉さん、コーヒーを持ってきましたよ」

理沙の応答も仕事に集中しすぎて聞こえていないようだった。

「八木杉さん！」

「あっ...あ、ごめん。なんだった？」

「コーヒーを...」

「あ、あぁそこに置いておいてくれるかな？」

理沙は、休憩スペースにいる上司達にコーヒーを配り終えると、私達のテーブルにもコーヒーを配っていった。

「何よこれ」

「コーヒーです。あれ、灰子ちゃん、コーヒー飲んだことないの？」

「こーひー？」

「こっちの世界の紅茶ですよ」

総司が笑顔で飲んでいるので、私は

「なんだ、紅茶なのね。そうならそうと言いなさいよ」

「えっ、ちが」

理沙が止めるのは一足遅かった。
一口飲んだ私は、ティーカップを机に置いて、渋い顔をした。

「理沙...あんたと少しでも打ち解けてきたと思っていた私が馬鹿だったわ」

「灰子ちゃん...？」

「何よこれ！苦い！苦すぎよ！薬を入れたわね！」

「え、えぇ...」

理沙は、困惑して総司を見た。

「ね？面白い人でしょう？」

爽やかな笑顔で理沙に微笑む総司を見て私は全てを察した。

「総司！！あんたねぇ！！こんな苦いもの飲ませたのは！」

「ふふ、ふふふ」

私と理沙と総司が話している時も、八木杉は大量の仕事をこなしていた。
理沙や総司が手伝おうかと言ったんだけど、大丈夫だよって言って自分でやってしまっている。
でも、このままじゃきっと八木杉はまた体調を崩して会社に来れなくなりそう。というのは、誰しもきっと今の八木杉を見ていれば分かることだった。

「お疲れ様でした！」

「お疲れ様でした！」

さっさと帰っていく上司達に挨拶し、私達は残業。
いつもの事よ。
あれだけの仕事を頼まれていたのに、私達の残業している今の時間帯で私と同じくらいの仕事量を抱えてるって八木杉じゃなくて、凄杉ね。

「八木杉」

声をかけてもパソコンに集中しすぎて声が聞こえていないみたい。
それもいつものこと。

「八木杉！」

私は八木杉の両肩をバンと叩いた。

「わっ！...どうしたの？溝沼さん」

驚いて私の顔を見る八木杉。
顔に疲れていますと書いているようだった。

「何であんたはそんなに働くのよ！」

「えっ...？」

「普通働きたくないでしょう？仕事なんて増やしたくないでしょう？何であんたはそんなに働きたがるのよ」

「仕事なんだから当たり前じゃないか」

八木杉は、弱々しくだけど笑顔を顔に貼り付けていた。

「あんたは理沙と違って断れなくて仕事をしているって感じじゃないじゃない。むしろ自ら仕事してるって感じよ。何でそんなに働きたいのよ」

「何でって...」

八木杉の顔にまた飲み会の時と同じように影がさした。