上 下
2 / 48

トイレ掃除をしてもらいます

しおりを挟む
「溝沼さん、朝7時に新入社員がトイレ掃除しないといけないの知って...ますか?」

「何よそれ」

休憩時間(おにぎりを食べながら仕事中)に、

私の"同僚"らしい、松下理沙(まつしたりさ)が泥水をかけられた鼠みたいにおどおどびくびくしながら話しかけてきた。

「えっと、私達で、朝7時からトイレ掃除をする事が決まっててぇ...」

「出勤は8時からでしょう?なんで1時間も早く出勤しないといけないのよ」

「そ、そういう決まりで...」

「決まり?何よそれ。誰が決めたのよ私は行かないわよ」

「えっと...」

「ど・ぶ・ぬ・ま・さ・ん」

「ヒィッ」

後ろからドS悪魔に頭を鷲掴みにされた。

「何よ!何の用よ!」

「松下さん困ってるでしょ?参加しなよ。一人じゃ可哀想だし」

「なんで私が...ウッ...ッグ...ァア!痛い...痛い痛いわかった、わかったわよ!行くわよ!行けばいいんでしょ!」

「た、体調悪そうだったけど、大丈夫...ですか?」

眉を下げて私を気遣う松下に、

「平気よ」

私はまだキリキリする胸を押さえながら無理に強がった。

「そ、そうですかぁ...よかったです」

「あんた、本当にそんな事思ってるわけ?」

「へ、へ?」

「私とあんたは一週間前に始めて会ったばかりでしょ?なんでそんな他人の事を心配するのよ。別に私に仕えてるわけでもないのに」

「ひ、ひぃっ」

「そのおどおどとした態度やめなさいよ。声も小さい。もっとハキハキ喋れないわけ?私の使用人だったら一発でクビにしてたわよ」

「あ、あの...」

「何よ、言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」

「あ...あの....」

松下は、俯いて何も言わなかった。
私はその態度に余計腹が立った。
よくこいつこんなので今まで生きてこれたわね。

「ごめんねぇ、松下さん。溝沼さんって自分より弱い人間にしか強がれない種族の人なんだよね」

「ぎゃあああ!!!痛い痛い痛い!!何すんのよ!!」

後ろからいきなりチョークスリーパーをキメられ私は苦しくてギブギブとこの暴力ドS悪魔の腕をパンパン叩いた。
容赦、手加減という言葉はこいつの辞書にはないらしい。

「あ、いえ...気にしてないです。私は、ずっと...こうでしたから」

松下の顔に初めて影が差す。
全ての不幸な運命を受け入れて人生に諦めているようなその表情を見て、私は余計にムカついた。

***

朝7時に出勤した。
しなくてはならなかった。
朝6時に耳元でけたたましい音で目覚ましが鳴り、耳がおかしくなりそうなその音に思わず飛び起きると、

「朝ですよ」

枕元で総司が微笑んでいた。
何こいつ、どうやって入ってきたのよ。

私は最初馬小屋のトイレスペースかと思っていたこのオンボロ社員寮の六畳一間で生活することになった。
トイレとシャワーは共用スペースに行かなくてはならない。
キッチンは...オンボロコンロが部屋の隅に申し訳程度に設置されてある。
基本的に、ブラック企業で終電なんかは関係ない為、全員社員は社員寮に入れられ働かさせられる。
独房で働かされる囚人のように。

「なんであんたここにいるのよ」

「ここのオンボロ寮襖ですから」

そう、この社員寮。部屋の鍵がない。
襖なので完全にプライベートはない事になっている。

「じゃなくて!あんたは男子寮でしょうが!」

「いや、監視役ですので。逃げないように常に見張ってるんですよ」

「へ、変態!」

「貴方に僕が異性として興味を抱くとでも思ってるんですか?安心してください。100%あり得ませんので!」

ちょっとは興味持ちなさいよ!

「わ、私はこれでも向こうの世界でマスカレイド家の令嬢として過ごしていた頃は完璧な容姿と教養と溢れ出るカリスマ性で世の男を虜にしてきたのよ?」

「そんな事はどうでもいいので早くトイレ掃除に行ってください」

真顔で言われると私の心に鋭く黒い槍が何本も突き刺さる。

「行くわよ...行けばいいんでしょ!」

「はい、トイレを磨くもの、これ心を磨くものと人間界の本に書いてありました。ちょっとは心を磨いてきてください」

総司は、にっこり微笑んで手を振って窓から男子寮に帰っていった。

「あの松下とかいう女、ちゃんと来てるんでしょうね!」

私はギリッと爪を噛んだ後、スーツに着替えて寮から徒歩五分の会社に出勤した。

ロッカーで松下に出会った。
 
「あ、おはようござい...ます」

おずおずと挨拶された。
挨拶くらいちゃんとできないわけ?

「えぇ、おはよう。さっさと終わらすわよ」

「はい...」

松下と会社の女子トイレに向かった。
まだ誰も出勤していないからか会社は静かだった。
ビルの3階が私の職場。
ビルの他の階の事はよくわからないわ。

「あれ、そういえばなんだけど」

「あっ、はい」

「なんで3階の女子トイレの掃除如きに1時間早く私達が駆り出されないといけないわけ?」

「え?」

松下は、目を丸くした。
あれ、私何かおかしな事言ったかしら。

「このビル全部のトイレ掃除ですよ」

「は?」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

恋人契約

詩織
恋愛
美鈴には大きな秘密がある。 その秘密を隠し、叶えなかった夢を実現しようとする

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

処理中です...