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地下アイドル♂は女装をする

【5】

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 冬街は泥酔している町田太郎と共にラブホ街へと足を向けていた。
 町田は冬街の下心に気付く様子もなく、ぼやぼやとご機嫌に鼻歌を歌いながら歩いており、時々ふふ、と笑みをこぼしている。
 まさか女装をした男にラブホ街へ連れ込まれるなど露ほども思っていないだろう。彼は冬街の手を繋ぐわけでもなく、ただ横に並んで歩いているだけだというのに気分が良いのか終始楽しそうにしているのだった。

「お兄さん、今日は楽しかったですね」

 冬街の言葉に町田は立ち止まりこちらを向くと上機嫌で笑みを浮かべたのであった。
 かわいい。おじさんであるにも関わらず庇護欲をそそる、純粋なかわいさ。魔性な雰囲気である鳥色の笑みではなく、心の底から笑う笑み。人を疑うことも知らない純粋なおじさん。
 そう。あの小さな地下ライブ場で絶対に見ることのある笑み。紀元前ソフィーを心の底から愛してくれていると誰がみても分かる、あの笑みであった。

「僕も楽しかった。こんなおっさんなのに付き合ってくれてありがとう」
「それは………良かった、です」

 素直な言葉に冬街の中で良心が働く。泥酔している町田をいいように弄って遊んで捨てようと考えていた。鳥色に対する怒りを目の前のおっさんで消化しようとしていた。
 自分のファンであるにも関わらず、にだ。

 改めてそのことを認識すると、冬街の酔いは一気に覚めてしまった。たかが自分の気晴らしのために大切なファンを最低な男として捨てるところだった。
 自己嫌悪でその場から動けなくなると、冬街の心情を知ってか知らずか町田が心配そうに顔を覗き込んできた。

「大丈夫?具合でも悪いの?俺のことは良いからもう帰ろう?」

 本心は一刻も早く馬鹿みたいなことをしたい、と考えているだろうに。彼は自分を気遣う姿勢を見せた。こちらを気にかけてくれる彼は純粋そのものであった。
 意地汚い、汚らわしい自分とは住む世界の違う人間であると冬街は痛感し、ジャケットの裾をギュッと掴んだ。

「お兄さん……ごめんなさい」

 突然謝った冬街に町田は首を傾げた。どうしたの?と問いかける彼の目を直視することが出来ずに俯いてしまう。申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。彼の良心がちくちくと冬街の罪悪感を攻撃してくる。
 
「お兄さん、気づいてるでしょ?」

 震える冬街の言葉に町田はきょとんとした顔を浮かべた。彼は一向に言葉を発さずに首を傾げるばかりだ。
 彼の頭はもうすでに正常ではないのだろう。冬街が女でないと気付くことなく、完全に騙されている。それがまたいっそうに哀れであった。

「まだ気づいてないんですか?俺、お兄さんを騙しているんですよ?」

 ここでやめておくか問うてみるとようやく町田はハッとした顔になり、表情を固くしてその場に立ち竦んだ。顔を青く染めながら口をパクパクと開け閉めしている。冬街は彼の顔を見つめながら、目を伏せた。心臓が大きく跳ねる。罪悪感や背徳感、それらで今にも押し潰されそうであった。

「おじさんがあまりにもかわいい反応だったからちょっと意地悪しちゃいました」
「……」
「……俺の罪悪感が勝ったので……」

 町田はぽかんと口を開けていた。しばらく時が止まったかのように動かなかったが、冬街の言葉を聞くと彼は緊張が解けたように息を吐き、膝から崩れ落ちた。その目には安堵、そして悔恨の念が浮かんでいるようにみえたのだった。
 そして町田はポロポロと涙を流し始めた。
 町田に対して酷いことをしたと自覚がある冬街はなんと声をかけて良いか分からず、同じようにその場で立ち竦んでしまった。
 通行人たちは異様な目つきで2人を眺めながら素通りしていく。

「あ、あの」

 とりあえず何かを話そうと思った冬街は町田に声をかけるが、彼はそれを遮るように首を横に振り始めた。その行動の意味を理解できず、困惑した表情を浮かべるとようやく町田は口を開いたのだ。

「……大丈夫。みっともないところを見せたね」
「あ、いえ……自分が悪いですし……非常識な行動をした自覚もあります」

 冬街は素直に自分の行動を責めた。しかし、町田は慌てた様子でまた首を横に振り続けるのだ。

「……悪いのは僕だ。まんまと罠に嵌ってみっともないよね。こんな簡単にさ。君は生きるためにしたことだろ?なら仕方がないよ」

 何を思って自分を責めるのか分からなかったが、町田は自分の非を認めるとニコリと微笑んだのだった。
 目の前の男が理解できない。若造に騙されれば誰だって怒りを露にするだろう。しかし目の前の男は自分に非があるといわんばかり。
 冬街には彼の意図が汲み取れなかった。そんな冬街を見据えながら町田は告げたのだ。

「知人でもない君に言うのもおかしな話だけどさ……俺………」

 町田は一呼吸してから、言葉を紡ぐ。

「俺は君みたいな人に騙されても、人から求められることが嬉しかったんだ」

 ぽつりと零すように呟かれた町田の言葉に冬街は洗練された弁明も、謝罪の言葉も何も言うことが出来なかった。


 人から求められることが嬉しい


 ただこの言葉が冬街の身体に駆け巡っていた。
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