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地下アイドル♂は女装をする

【4】

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 サラリーマンの名前は「町田太郎」とありふれた名前であった。内向的な印象の町田であったが意外にも話は弾み、いつのまにか意気投合していた。

「町田さんの趣味はなんですか?」
「え、趣味?」
「うん。私、こう派手な格好してるけど料理するの好きなんですよ。町田さんは?」

 冬街は自ら女らしく振る舞うよう心がけた。女性経験がないだろうタイプの男は自分が男だと気付けば、怒り出すに違いない。後々面倒に発展するのは嫌だ。そう思って、できる限り女らしく接することに徹した。

「趣味……は……なんだろう」

 冬街の問いかけに町田は困ったように頰を掻いた。趣味がないのか、はたまた人に言えないような趣味なのか……。まぁ、町田の「趣味」を冬街はすでに知っているのだが。

「町田さん、地下アイドル好きでしょ」
「え!ん?!な、なに?!」
「紀元前ソフィー先輩が好きですよね」
「そ、ソフィーちゃ……えっ」
「私、よく紀元前ソフィー先輩の地下ライブに通ってたんですよ。町田さん、よく最前列で泣いてましたよね?」
「ちょ……な、なんで……」

 色々な感情が生まれた町田の顔は青ざめたり、赤らめたり、よく分からない表情をしている。

「ちょっと引くけど、先輩をあんなに応援してくれるのは嬉しいです」

 本心だった。熱心に応援してくれるファンの姿は冬街の自己肯定感へと繋がっているし、愛されていると承認欲求を満たすことができる。ライブ中の、最前列で静かに涙している町田の顔は何度も脳裏に焼き付いているのだ。

「……本当ですか?気持ち悪いって思わない?」
「気持ち悪い?何が?」

 空になったグラスに新たな酒を注ごうとボトルに手を伸ばした冬街の手は止まった。気持ち悪いってなんだ?

「いや……おっさんが……地下アイドルを好きとかさ……」
「あー、世間一般的には気持ち悪いのかな?」
「うっ……。いい歳したおっさんが若い子を推すのって。冷静に考えてみると、犯罪臭がするっていうか」
「うーん。私はそんなことないと思うけどな」

 町田のグラスにも酒を注いでやると彼は顔を真っ赤にしながら素直にそれを受け取った。

「そ、そうかな」
「うん。素直に応援する姿勢の何が犯罪なの?応援する歳に年齢制限はないですよ。人を好きになる気持ちに年齢も性別も関係ありません。私はそう考えてる」

 そう、これは冬街の本音である。他の地下アイドルはどう考えているか分からないけれど、どんなに格好が悪いファンが居たとしても応援してくれる姿を気持ち悪いとは思わない。むしろ嬉しいと感じているし、自分を肯定されているようでとても居心地が良いのだ。

「そうか……そうですよね……」
「そうですよ」

 冬街の言葉に町田は納得したのか、酒を煽るようにぐいぐい飲んでいる。その姿を横目に冬街も自分の酒を豪快に口にした。

「このウイスキー美味いですね」
「はい、お口にあって良かったです」

 アルコール度数が高いためか、喉を焼きながら胃に流れていく感覚が堪らない。また女らしくない飲み方をしてしまった気がするが酔いの回った脳は正常な判断ができないでいた。

 町田とくつろいで話をしていたにも関わらず、鳥色の姿が脳裏をよぎってしまう。見下すような笑みでこちらを見る鳥色に冬街の苛立ちは収まりそうになかった。
 町田のほころびの笑みを見ても脳裏によぎるのは鳥色のニヤついた顔だ。それが余計に腹立たしくて仕方ない。

(あー、鬱憤ばらししたい)

 一時的な感情を爆散してしまいたい。冬街はそう思った。思ってしまった。

 一番効果があるのは短絡的な快楽だと思うんだ

 鳥色の艶ある声が耳元で囁かれたように感じて冬街は舌打ちをする。その苛立ちを払拭するように、残っていたウィスキーを一気に飲み干したのだった。





「久しぶりにヤケ酒した気がする」
「ははは……そりゃ、あんな飲み方したら酔いも回るでしょう」

  酒の席もそろそろ終盤になろうとしていた。町田は女装した冬街と談話したことに満足したのか、会計を済ませてこのまま帰宅するよう。席を立ち上がろうとしたところ、冬街は遠慮なしに距離を詰めた。冬街の突然の行動に町田の肩はびくりと震えた。女性経験がないのか、彼の指に手を添えるような形で重ね合わせると彼の体は瞬時に硬直し、指先まで真っ赤に染まる。

「や、やめてください……あ、あの」

 町田の声はあからさまに裏返っていた。そんな反応を見て冬街の気分は良くなるばかりである。男とは単純な生き物なのだなと頭の片隅で思ったが口には出さなかった。
 前髪を耳にかける仕草をしながら笑顔を見せると町田という男はわかりやすいほど頰を赤くさせる。初心な彼を見て冬街は可愛い男だと思った。

「町田さん、ホテル行きません?」

 耳元で囁くように小声で言うと彼は大きく目を見開き硬直している。なんて素直な反応なんだろうと冬街は愉快に思った。
 鳥色もこうしてファンを誘っているのだろうか? なんて考えを浮かべてはすぐにかき消す。あの鳥色は守銭奴である。一番貢いだ人と共に寝ることで私腹を肥やしているに違いない。そしてその人から搾り取るだけ搾り取ったら捨てるのだろう。なんとも残酷だ、と冬街は心の中で鳥色を罵倒したのだった。

「こんなに気が合うなんて運命かも。ホテル行きましょうよ」
「っ、いや……その……」

 しどろもどろな反応をする町田の頬は真っ赤に染まりきっている。こんな平凡な男が自分に落とせないわけがないと冬街は思った。現に今だって自分の思い通りになっているではないか。

「私とは……嫌?」
「え……」
「私じゃだめ?」

 顔をぐっと近づけ、町田の瞳をじっと見つめた。アルコールのせいで潤んだ瞳が彼を射抜くように捉えると彼は冬街の瞳に釘付けになったまま身動き一つしない。その瞳は期待し熱を帯びているように見えるのも否めない……ような気がする。

「私、町田さんがタイプなんです」

 冬街は町田の右手を自身の胸に引き寄せるとそのまま彼の指先をシャツ越しに己の胸へと押し当てた。女性ではないため柔らかみもない硬い胸ではあるけれど、押し付けられた町田の指先は徐々に熱を持っていく。

「す、すみません、今日はもう帰らないといけなくて……」
「……嘘つき、顔にはもっと居たいって書いてあるよ?」
「う、嘘じゃないですよ!ほ、本当に今日は早く家に帰って明日の準備をしないといけないんです!」
「はは、お兄さん。私は一緒にホテルへ行こうって誘ってるの」

 冬街は町田の手を握り込むと彼の指先を優しく撫ぜる。町田はびくりと体を硬直させ、冬街の顔を凝視した。酒のせいか、はたまた女に慣れていないのか町田の顔は真っ赤に染まっている。
 自分は最低だと思う。鬱憤をかわいらしい男で晴らそうとしているのだから。

「い、いいんですか……?僕なんかで」

 返事の代わりに町田の唇に己の唇を重ねると、彼の大きな喉仏が上下した。
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