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地下アイドル♂は女装をする

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 冬街零。彼は高校を普通より少し下の成績で卒業後、知り合いに勧められ地下アイドル業界に足を踏み入れた。
 最初から進路希望が地下アイドルだったという訳ではない。皆と同じように大学へ進学し、友達を作って満喫した大学生活を夢見たこともある。皆と同じようなキャリアの道を歩み、社会人になる姿も想像した。けれどどの将来もしっくりと来なかった。
 地下アイドルとしてステージに立つ姿こそ、冬街のあるべき姿だと彼自身、そう感じていた。

 

 冬街が所属する事務所には、世間で噂されている「闇」営業や商売といわれるような実態などなかった。どうやら運営者達の大半が趣味のような感覚でライブ活動を行っているらしい。音楽が好きなために運営活動を娯楽として行っている人が多いのだという。平穏な性格、向上心があるというか、音楽に対して情熱を持っている人が多いため、モラハラやパラハラなどが彼の事務所では起こりにくいというのが実態である。
 冬街はこの事務所のエースであった。モデルのようなスタイルに中性的で端正な顔つきは初ライブ時に多くのファンを作った。地下アイドルとして活動するのが惜しい、もっと上を目指すことができると言われるほど彼はSNSでも注目を集め、瞬く間に人気者となった。
 女装をしている男だとは気付かれないまま、だけれど。



 地下アイドル達は合同ライブが頻繁に行われる。冬街も例外ではなく、紀元前ソフィーとして他の事務所のアイドルたちと一緒にステージへ上がる。彼女たちは正真正銘の女性だが、冬街は女装をした男である。彼女たちから突き抜けるほど身長も高いし、服装で誤魔化しているが体つきは男らしい。
 みな、冬街が男だと気付いても良いほど違和感しかないが、ファンたちは「ガタイが良い女性」認識で紀元前ソフィーを応援している。紀元前ソフィーが男でも応援する心を持っているのか、それともただ気付いていないだけか。
 どちらにしても紀元前ソフィーはみなから愛される存在であることは間違いない。

「お疲れさま、冬街」
「お疲れ様です」

 ファン達は絶賛しながら帰っていくとき、紀元前ソフィーこと冬街零は一緒にライブを行ったアイドルの二人と控え室にいた。別事務所に所属するアイドルだ。友達のように仲良しな関係ではないが、顔を合わせたら話をするような間柄だ。今回の合同ライブでもA子は明るく面白い話をたくさんしてくれた。B子は普段から無口であるが歌声は誰も真似できない特徴的な声質であるため、少なからず人気がある。
 彼女たちは冬街が男だと知らない。一緒にいればおのずと気付くはずだが、彼女たちはそこまでの興味を持ち合わせていない様子であった。

「冬街は明日もライブなんでしょ?人気者はいいなぁ!」
「お金は稼げませんけどね」
「私たちよりは稼いでるでしょ!チェキ代とかだって高いんだから」
「まぁ、そこは否定しませんよ」
「私たちの事務所はブラック企業並に給料出さないよ」

 水の入った紙コップの縁を噛みながらA子は不満を打ち明けた。B子は隣でうんうんと頷いている。
 冬街の事務所はホワイト企業寄りなので給料は安定している。同年代の人達よりもいい給料をもらっているため、お金はそこそこ貯まっている。
 しかし、大半の事務所は彼女たちのようなブラック企業が多いと聞く。給料はチェキ代だけ、衣装のクリーニング代は自腹、ライブの衣装も自腹、交通費は自腹、過酷スケジュールを組まされるなど、労働環境が劣悪な事務所が多いらしい。
 冬街には関係のない話だ。

「あ、そうそう」

 A子が突然思い出したように口を開いた。B子は未だ喋らない。右薬指にあるシルバーリングを携帯のカメラで撮った彼女は今日の出来事を呟いているようだった。
 自分もSNS活動をしなければ、と冬街が携帯を取り出した時だった。

「鳥色が冬街に会いたいだって~!あんたたち、いつからできてたの?」
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