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地下アイドル♂は女装をする
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時刻は既に深夜。月明かりが僅かに差し込む部屋の中で冬街は心地良さそうな寝息を立てている太郎の寝顔を眺めていた。
普段は疲れ果てた顔をしている彼だが、寝顔は穏やかだ。子どものような無垢な顔で寝ている彼を知るのは自分だけ、そう思うと冬街の心に言いようのない優越感が込み上げてくる。
「太郎さんかわいい……♡」
思わず声が漏れてしまう。こんな太郎の寝顔を見る事が出来るのは自分だけ、そんな小さな優越感が冬街の心を侵食していく。
ツンツンと頬を突いてみるが、起きる気配はない。その代わり、彼は幸せそうな笑顔を見せた。その顔を見ているだけで心が満たされていくような気がする。
彼の顔にそっと自身の顔を近づけていくと、微かに彼の寝息が聞こえた。その息遣いを感じるだけで鼓動が激しくなり、身体が熱くなってくる。発情期の猿みたいに盛っている自分に呆れてしまうが、こればかりは仕方がない。目の前にいる男が悪いのだ。
「このまま起きないと喰っちゃうよ?太郎さん」
舌なめずりをしながら太郎の身体に跨る冬街は夢の中にいる男の髪に触れたあと、薄毛布をはいだ。
そこには以前よりも少し肉のついた男の体があった。冬街は愛おしそうにその肌に触れると、首筋に顔を埋める。普段と違う香り、自分と同じシャンプーの匂い。冬街はそのことに喜びを覚えながら、彼の額へ唇を落とした。
栄養失調で倒れた時は肝が冷えた。激務で忙しい日々を送っているとはいえ、食事はきちんと取るべきだ。出会う度に彼の生活習慣について口うるさく言ったかいあってか、彼は渋々だが規則正しい生活を心がけてくれるようになった。冬街の手料理を美味しいと褒めてくれたり、自分も自炊し心掛けると言ってくれた時は嬉しかった。彼は自分だけが知っている味の好みがあるらしく、それを探るために食事に工夫を凝らしたこともあった。その結果、最初の頃は微妙そうな反応を見せていた太郎がどんどん胃袋を掴まれたように、彼の好みを自然に探ることが出来た。
痩せすぎだった体は程よく肉がつき、以前よりも健康的な体になったように思う。脂肪がまだ足りていないようだが、少しずつつけていけばいい。
しかし直らない生活習慣もある。それは趣味に大半の金を使うことだ。太郎さんが自分で稼いだお金だから自由に使って良いのだけれど……それでも限度は守って欲しいという気持ちがある。
稼いだ金を全部自分につぎこむことはやめてほしい。前に一度、紀元前ソフィーに貢ぐ金額を減額しろと忠告した。紀元前ソフィーは太郎さんにとって生き甲斐だから、貢ぐ行為は禁止だと断言できない。だからせめて、生活水準に見合った金額まで減らして欲しい。そう言ったが彼は渋った。
彼曰く、
「紀元前ソフィーちゃんの生活が豊かになってくれればそれで良い」
とのことだ。地下アイドルは煌びやかに見えるが実際、大半の人の生活は過酷なものが多い。狭い部屋に住んで、アルバイトで生活費を稼ぎ、ギリギリの食事や睡眠時間で過ごす日々。
冬街は他のアイドルよりも稼いでいるため、高級とは言えないがオートロック付きで駅にも近く、セキュリティも万全なマンションに住んでいる。これも太郎さん達ファンが自分を応援し、貢いでくれるおかげだ。そのことは自覚している。ファンのおかげで紀元前ソフィーこと冬街零は安定した生活が出来ているのだ。自分が良い生活をしている反面、ファン達が不自由な生活をしているのは心苦しい。だから、貢ぐ金額を控えて欲しいと思ったのだが……。
「冬街が何も気にすることは無いんだ。俺は本当にソフィーちゃんが居てくれるだけで幸せだから」
なんて、笑顔で言われてしまえば強く言い返せなかった。紀元前ソフィーを愛してくれている彼の言葉を無下に出来なかった。それに嬉しくもあった。自分を愛してくれる人間などいないと思っていたから。
「本当に馬鹿だな……太郎さんは」
扱いづらく、捻くれ者で天邪鬼な男だけど本当は優しい人で誰よりも周囲を大切する人だ。そんな彼が冬街は大好きで仕方ない。不器用で素直じゃないところも、捻くれ者なところも、天邪鬼なところも優しいところも全てひっくるめて愛していた。歳が離れているおじさんに恋愛感情を抱くなんて、思っても見なかった。
最初はただの興味本位だった。自分のいちファンでおっさんに興味なんてないはずなのに、彼が気になって仕方なかった。本当に暇つぶしのつもりだったのだ。なのに、気づいたら好きになっていた。彼に触れたい、彼の側にいたい、彼と一緒にいたい。そう思い始めたのはいつだっただろうか?もう思い出せないくらい彼と過ごす日々は幸せだ。彼の隣にいるだけで、こんなにも幸せになれるなんて知らなかった。
彼から「愛してる」という言葉を聞いたことはない。けれど……
「………こんな俺を愛してくれてありがとう。太郎さん」
冬街は彼の身体を抱きしめ、その唇へそっと自分の唇を重ねた。
普段は疲れ果てた顔をしている彼だが、寝顔は穏やかだ。子どものような無垢な顔で寝ている彼を知るのは自分だけ、そう思うと冬街の心に言いようのない優越感が込み上げてくる。
「太郎さんかわいい……♡」
思わず声が漏れてしまう。こんな太郎の寝顔を見る事が出来るのは自分だけ、そんな小さな優越感が冬街の心を侵食していく。
ツンツンと頬を突いてみるが、起きる気配はない。その代わり、彼は幸せそうな笑顔を見せた。その顔を見ているだけで心が満たされていくような気がする。
彼の顔にそっと自身の顔を近づけていくと、微かに彼の寝息が聞こえた。その息遣いを感じるだけで鼓動が激しくなり、身体が熱くなってくる。発情期の猿みたいに盛っている自分に呆れてしまうが、こればかりは仕方がない。目の前にいる男が悪いのだ。
「このまま起きないと喰っちゃうよ?太郎さん」
舌なめずりをしながら太郎の身体に跨る冬街は夢の中にいる男の髪に触れたあと、薄毛布をはいだ。
そこには以前よりも少し肉のついた男の体があった。冬街は愛おしそうにその肌に触れると、首筋に顔を埋める。普段と違う香り、自分と同じシャンプーの匂い。冬街はそのことに喜びを覚えながら、彼の額へ唇を落とした。
栄養失調で倒れた時は肝が冷えた。激務で忙しい日々を送っているとはいえ、食事はきちんと取るべきだ。出会う度に彼の生活習慣について口うるさく言ったかいあってか、彼は渋々だが規則正しい生活を心がけてくれるようになった。冬街の手料理を美味しいと褒めてくれたり、自分も自炊し心掛けると言ってくれた時は嬉しかった。彼は自分だけが知っている味の好みがあるらしく、それを探るために食事に工夫を凝らしたこともあった。その結果、最初の頃は微妙そうな反応を見せていた太郎がどんどん胃袋を掴まれたように、彼の好みを自然に探ることが出来た。
痩せすぎだった体は程よく肉がつき、以前よりも健康的な体になったように思う。脂肪がまだ足りていないようだが、少しずつつけていけばいい。
しかし直らない生活習慣もある。それは趣味に大半の金を使うことだ。太郎さんが自分で稼いだお金だから自由に使って良いのだけれど……それでも限度は守って欲しいという気持ちがある。
稼いだ金を全部自分につぎこむことはやめてほしい。前に一度、紀元前ソフィーに貢ぐ金額を減額しろと忠告した。紀元前ソフィーは太郎さんにとって生き甲斐だから、貢ぐ行為は禁止だと断言できない。だからせめて、生活水準に見合った金額まで減らして欲しい。そう言ったが彼は渋った。
彼曰く、
「紀元前ソフィーちゃんの生活が豊かになってくれればそれで良い」
とのことだ。地下アイドルは煌びやかに見えるが実際、大半の人の生活は過酷なものが多い。狭い部屋に住んで、アルバイトで生活費を稼ぎ、ギリギリの食事や睡眠時間で過ごす日々。
冬街は他のアイドルよりも稼いでいるため、高級とは言えないがオートロック付きで駅にも近く、セキュリティも万全なマンションに住んでいる。これも太郎さん達ファンが自分を応援し、貢いでくれるおかげだ。そのことは自覚している。ファンのおかげで紀元前ソフィーこと冬街零は安定した生活が出来ているのだ。自分が良い生活をしている反面、ファン達が不自由な生活をしているのは心苦しい。だから、貢ぐ金額を控えて欲しいと思ったのだが……。
「冬街が何も気にすることは無いんだ。俺は本当にソフィーちゃんが居てくれるだけで幸せだから」
なんて、笑顔で言われてしまえば強く言い返せなかった。紀元前ソフィーを愛してくれている彼の言葉を無下に出来なかった。それに嬉しくもあった。自分を愛してくれる人間などいないと思っていたから。
「本当に馬鹿だな……太郎さんは」
扱いづらく、捻くれ者で天邪鬼な男だけど本当は優しい人で誰よりも周囲を大切する人だ。そんな彼が冬街は大好きで仕方ない。不器用で素直じゃないところも、捻くれ者なところも、天邪鬼なところも優しいところも全てひっくるめて愛していた。歳が離れているおじさんに恋愛感情を抱くなんて、思っても見なかった。
最初はただの興味本位だった。自分のいちファンでおっさんに興味なんてないはずなのに、彼が気になって仕方なかった。本当に暇つぶしのつもりだったのだ。なのに、気づいたら好きになっていた。彼に触れたい、彼の側にいたい、彼と一緒にいたい。そう思い始めたのはいつだっただろうか?もう思い出せないくらい彼と過ごす日々は幸せだ。彼の隣にいるだけで、こんなにも幸せになれるなんて知らなかった。
彼から「愛してる」という言葉を聞いたことはない。けれど……
「………こんな俺を愛してくれてありがとう。太郎さん」
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