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限界サラリーマンのおじさんは女装した銀髪の歳下に❤︎される

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「お疲れさま、そして久しぶり、太郎さん」
「……お前、何やってるの」
「えっ、女装」
「それは見れば分かる」

 なんでわざわざ俺の職場まで来たんだ、とか。
 なんでまた女装しているんだ、だとか。
 なんで俺のようなやつに、構ってくれるんだ、とか。

 聞きたいことはたくさんあった。

「……待たせて、ごめんな」

 肩で息をしながら俺は素直に謝罪の言葉を述べた。冬街も地下ライブや催し物などで忙しいはずであるのに、わざわざ俺を迎えに来たのだろう。俺なんかのためにだ。

「ううん。仕事で忙しいのは分かってたから、牛丼食って待ってた」

 美味かった、と冬街が満足げに微笑む。
 遅くまで待たせてしまっていたにも関わらず、冬街は俺を責めることはなかった。むしろ、俺が忙しいと理解し、仕事が終わるまで冬街はずっと暇を潰していたのだろう、紙袋やレジ袋が腕に掛かってある。

 なぜ、ここまで俺に執着をするんだ。

 と、言葉にしようとしたところで口を噤む。冬街は俺を好いているから。このような言葉を告げるのは酷というものだろう。

「ま、待っててくれて……ありがとう」
「ん?なんでありがとうなの?」
「だって……俺を待っててくれたんだろう?」
「そりゃそうだよ。僕が会いたくて来たんだから」

 冬街が俺に向かって微笑む。その笑顔はとても幸せそうだ。見ているこちらまで幸せな気分になる。だからか、俺は普段口にしない言葉を告げていた。

「……俺も、冬街に会いたかった」
「え、本当に!?」

 俺の言葉にたいそう驚いた冬街は、目を丸くして固まっている。その反応を見たら恥ずかしくなってきた俺は慌てて弁解した。

「いや、あの、その…………」
「うわあ、やった!すげぇ、嬉しすぎるんだけど!!」

 仕事終わりのサラリーマン達が視線を向けてくるくらい大きな声で喜ぶ冬街は躊躇いもなく抱きついてきた。

「ちょ、おい!いきなり抱きつくなって」

 ここは外なのに、と注意するも、彼は全く聞く耳を持たず、むしろ、さらに強く抱きしめてきた。
 ベルガモットの香りが鼻腔いっぱいに広がる。ああ、この匂いだ。いつも安心させてくれる優しい匂い。それにひどく癒される。

「ねぇ、太郎さん」
「なんだ?」
「キスしたい」

 唐突な要求に思わず間抜けな声を出してしまう。

「すごく嬉しくてさ」

 車道を走る車の音、女子大生の笑い声、酔っぱらいたちの大騒ぎする声。そんな雑音の中、彼の言葉は悲壮感を帯びているようだった。

 いつも陽気で、笑顔を絶やすことない明るい男が冬街なのだ。苦悩も、弱みも見せない男が冬街であるのだ。

 女子大生の「あの人綺麗」という言葉でふと我に帰る。こんな往来の場で男同士で抱き合っているなんておかしいだろう。いくら冬街が女装をしているとはいえ、異色の目で見られるに違いない。

「ここじゃダメに決まってるだろ」
「家ならいいの?」
「いや、そういう問題でもないけど」

 綺麗な顔立ちをしているとはいえ、相手は男なのだ。そんな彼と外でイチャついているところを誰かに見られるなんて絶対に嫌だった。

「じゃあ、どこならいいの?」
「………」

 ミディアムヘアの髪を耳にかけた冬街の指先が俺の頬に触れる。カラコンをしているのか、灰色の瞳はいつもよりキラキラと輝いて見えた。
 吸い込まれそうなほど美しい彼の姿に見惚れていると、唇に柔らかいものが触れた感触がし、俺はそれを拒まず受け入れることにしたのだった。行動と考えていることが矛盾していると知りながら。

「……お前のせいだからな」
「ふふ、俺のせいにしていいよ」
「……馬鹿野郎」

 照れ隠しで悪態をつくも、そんな俺を見てもなお、冬街はニコニコと笑みを浮かべていた。

「ね、太郎さん」
「今度はなんだよ」
「好き」

 冬街と出会ってから幾度なく聞いた愛の言葉。

「知ってる」
「太郎さんは俺のこと好き?」

 抱き締めていた身体を離すと、至近距離で見つめられる。その表情はとても真剣なもので、茶化せる雰囲気ではなかった。
 が、皆様知っての通り、俺の口は素直ではない。

「まだわからん」

 なんだかんだ言って、俺は冬街が人間として好きだと思う。でも、それが恋愛感情なのかはまだ分からない。
 ただ一つ言えることは、彼がいない生活を想像できないということだけ。

 冬街は目を細めると骨張った指先で、ペンだこがある俺の手を撫で始めた。

「そんな耳を真っ赤にして言われても説得力ないよ、太郎さん」
「うるさい」
「ふふふ、かわいい」

 その言葉を無視するように歩き始めると、冬街はすぐに追いかけて来る。そして、当たり前のように手を握ってきたのだった。
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