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30代限界サラリーマンのおじさんは地下アイドル♂に❤︎される

微睡の記憶

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 23時まで残業をして会社を出たあとのことだった。華金ということもあって飲み会帰りであろうサラリーマンたちが駅に向かって歩いていたのだが、俺はその列に逆らい、皆がいたであろう街へと向かって歩き出した。
 今日はどうしても飲みたい気分になったのだ。会社で失敗してしまい上司に怒られたことがその原因かもしれないし、もしかしたら明日が休日だからかもしれない。いや、どちらも違うな。
 今日は紀元前ソフィーの地下ライブの日だったのだ。あの地下空間で行われるイベントを楽しみにして、1週間仕事を頑張ったと言ってもいいだろう。
 しかし仕事は失敗してしまい、さらには家庭を持つ部下の分の仕事まで引き受けて残業をするハメになってしまった。部下には小さな子どもがいるため早く帰してあげなければ、仕事より家庭の方が大切なんだから。

「あーぁ、行きたかったなぁ……ライブ。……くそっ」

 俺だって本当は定時上がりをして推しのライブに行きたかったさ。でもそれは叶わなかったんだから仕方がないだろ? それに残業代は出るんだから文句を言うんじゃないよ。
 そんなことを思いながら歩いていると、いつの間にか居酒屋が立ち並ぶエリアに来ていたようで周りからは美味そうな匂いが立ち込めていた。

(今日は酒を飲んで嫌なことを忘れよう)

 そう思った俺は一軒のお店に入りビールとおつまみを注文した。そして運ばれてきたジョッキを手に持ち乾杯する相手がいないことに気付く。

「…………」

 ……まあいいか。別に誰かと一緒に飲むためにここに来たわけじゃない。一人で静かに酒を飲みたいと思っただけだ。
そう自分に言い聞かせるように心の中で呟き、ジョッキを口に運んだ瞬間、一気に喉の奥へ流し込んだ。

「ぷはぁ~!」

 仕事終わりのお酒というのはどうしてこんなにも美味しいものなのか。疲れ切った身体にアルコールが入り込み、全身が熱くなっていく感覚を覚える。
 人気の少ないカウンター席に座っていることも相まってか、少しばかり寂しい気持ちになっていた。このままお酒を飲んで忘れてしまいたいという衝動を抑えきれずにいたその時だった。

「あの……すいません」

 不意に声をかけられ振り向いてみると、そこには見知らぬ女性が立っていた。酔っているため視界がぼやけてよく見えないが、特徴的な髪色に身長が高いことだけは分かる。

「はい?どうしました?」
「一緒にお酒飲みません?私も今ひとりなので」

 そう言って彼女は手に持っていたグラスを僕に見せつけてくる。それはウイスキーの入ったロックグラスであった。

「えっと……」
「ダメですか?」

 上目遣いで見つめられ、俺はドキッとする。今までの人生の中で異性からそのような視線を受けたことがなかったからだ。しかも相手はかなり美人だと見える。

「じゃあちょっとだけ……」

 気づけば俺は首を縦に振っていた。断る理由などなかったのだ。むしろ願ったり叶ったりである。
 それからというもの、彼女と色々な話をした。好きな音楽や映画の話から始まり趣味や特技などの話に至るまで、会話が途切れることはなかった。

「ふふ、お兄さんって面白いですね」
「そ、そうかなぁ、普通だと思うけど……」
「いえ、とても楽しいです」

 前髪を耳にかける仕草をしながら笑顔を見せる彼女を見て、俺は心臓が高鳴るのを感じた。それと同時に、酔いも回ってきたせいもあってか、次第に緊張してくる。
 しかし、そんな俺の心境を知ってかしらずか、彼女は更に距離を詰めて話しかけてきた。

「ふふ、1人で寂しかったから嬉しいなぁ」

 こんな綺麗な彼女でも寂しいと感じる時があるのか……。なんてことを考えているうちに、女性は肩と腕が触れ合う距離まで近づいてきたかと思えば、彼女は俺の手を優しく握ってくる。その手はとても柔らかく、暖かいと思っていた。しかし、豆のある手にごつごつとした感触を覚えた。酔っていた俺は手を酷使する仕事をしている人なんだなぁと思う程度にしか考えていなかった。
 女性はその後も楽しそうな表情を浮かべて話し続けていたが、俺は相槌を打つので精一杯だった。というのも、彼女が密着してきていたため、柔らかい胸の膨らみが押し当てられていたからである。年齢=恋人いない歴の童貞には刺激が強かったのだ。

(これは夢なんだろうか?)

 俺はそう思いながらも彼女の温もりを感じていた。そして気付けば終電を逃してしまっていたのだ。

「もう電車ないですよね……タクシー呼びますか?」
「お兄さん、この後時間ありますか?」

 突然そんなことを聞かれたものだから思わず聞き返してしまった。

「んっ!?あっ、え?!」

 なんと大胆なお誘いだろうか。まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので動揺してしまう。すると、彼女は俺の膝に手を置いて、妖艶な笑みを浮かべながら顔を近づけてきた。

「ねぇ……いいでしょ……?」

 吐息がかかるほど近い位置で囁かれる。その声はどこか甘く感じられた。
正直、この場で襲ってしまいたいくらいの興奮を覚えていたのだが、そんな猿のような行動を起こすわけにもいかない。理性で抑え込むと、俺は彼女の身体を押し返した。

「す、すみません、今日はもう帰らないといけなくて……」
「……嘘つき、顔にはもっと居たいって書いてあるよ?」
「う、嘘じゃないですよ!ほ、本当に今日は早く家に帰って明日の準備をしないといけないんです!」
「はは、お兄さん。私は一緒にホテルへ行こうって誘ってるの」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は全身の血が沸騰するような感覚に陥った。女性から誘われたという事実に頭が真っ白になる。ここで童貞を卒業できるのかと思った瞬間だった。

「い、行きます!!ぜひ行かせてください!!!」
「本当?やったぁ、ありがとう」

 嬉しそうに笑う彼女の顔を見た瞬間だった。この子が自分の推しに似ていることに気づいたのだ。天使の微笑みをステージ上から見せてくれる、あの地下アイドルに。
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