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第一幕〈馴れ初め〉
その眸に映るもの 序
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大陸の東を流れる大河は、国境でもある本流の東にヴァンレイク、西にナーガ、北にカレリアを擁する大地を豊かに潤してきた。
いずれの国も国境付近の治安は古くから各辺境伯に委ねられており、なかでも三国の国境線が交わる接点の地域は、いつの時代も辺境都市らしからぬ賑わいがあった。
ナーガの関所を受け持つ要職の辺境伯は、カムリ辺境伯爵という。
治水の関係で国境河川の堤防近くに建つ御用邸は、川向こうの対岸に隣国の民の姿も見ることができた。
この館の、本来であれば領内視察の折でもなければ滅多に使われることのないあるじの居室が、どういった理由からか度々使用されるようになったのは、昨年の夏頃からだ。
年も明け春も盛りという昨今では、もう完全に生活の基盤が移ってしまったのか、総領はこのふた月ほどまえから帝都の官邸どころか領都の本邸へもまったく戻らなくなっていた。
果たして公務と呼べるような視察には程遠く、身分を伏せ、街なかを頻繁に遊び歩いては白昼の賑わう下町で乱暴狼藉、夜陰に紛れる頃には遊郭で遊女たちをはべらせる。
腕っぷしも羽振りもいい、若い男の出現に下町はざわめき、色街は活気づいた。
昨年の初夏、十五の誕生日を迎えると同時にカムリ家の爵位を引き継いだ年若い総領は、名をクラウドという。
+ + +
ヴァンレイクの西の辺境領、ノエル辺境伯爵家が管理する王家の離宮は、遙か昔の寺院跡をいわば再利用して現在に残されている。
国境を引く河川の本流にもそれなりに近く、かといって徒歩ではけっこうな時間を要する距離だが、馬で走れば半ときほどで川岸まで辿り着くことができた。
この西の離宮には、生後間もなくこちらへ身柄を移され、限られた少数の侍従らによって育てられた王族の子供がいる。
宮廷内でも内情を知る者はごく少ない、落胤の姫君だという。
しかし少数の重臣らによってひた隠しにされてきた真実は、落胤でもなければ姫君でもない、王家直系の第一王子という尊き身分のそれだった。
ヴァンレイクは貴族も市井も黒髪黒眼の国だ。
にもかかわらず、直系正統の第一王子である赤子はそうではなかった。
絹のように艶やかな明るい金髪と、二色に変容する金緑石のような虹彩の眸という、明らかに異質の外見であったことから王家に不穏を呼び込んだことが、まずひとつ。
さらには伝統を重んじる王家の継嗣がこのように異様な風貌などであってはならない、という公然の約束事がもうひとつ。
それらを鑑みた結果、王子は王位継承権を与えられない代わりに、命と名を与えられた。
王子ではなく王女と性別を偽ったのは、生後間もない第一王子を宮殿の外に連れ出す口実として、何かと都合が良かったからだ。
その日から王子は出自を塗り替えられた落胤の姫君となった。
金の髪と金緑石の眸を持つ王子の名は、レスタ・セレン――レスタ、という。
かれらの出会いから、ふたつの歯車は廻りはじめた。
いずれの国も国境付近の治安は古くから各辺境伯に委ねられており、なかでも三国の国境線が交わる接点の地域は、いつの時代も辺境都市らしからぬ賑わいがあった。
ナーガの関所を受け持つ要職の辺境伯は、カムリ辺境伯爵という。
治水の関係で国境河川の堤防近くに建つ御用邸は、川向こうの対岸に隣国の民の姿も見ることができた。
この館の、本来であれば領内視察の折でもなければ滅多に使われることのないあるじの居室が、どういった理由からか度々使用されるようになったのは、昨年の夏頃からだ。
年も明け春も盛りという昨今では、もう完全に生活の基盤が移ってしまったのか、総領はこのふた月ほどまえから帝都の官邸どころか領都の本邸へもまったく戻らなくなっていた。
果たして公務と呼べるような視察には程遠く、身分を伏せ、街なかを頻繁に遊び歩いては白昼の賑わう下町で乱暴狼藉、夜陰に紛れる頃には遊郭で遊女たちをはべらせる。
腕っぷしも羽振りもいい、若い男の出現に下町はざわめき、色街は活気づいた。
昨年の初夏、十五の誕生日を迎えると同時にカムリ家の爵位を引き継いだ年若い総領は、名をクラウドという。
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ヴァンレイクの西の辺境領、ノエル辺境伯爵家が管理する王家の離宮は、遙か昔の寺院跡をいわば再利用して現在に残されている。
国境を引く河川の本流にもそれなりに近く、かといって徒歩ではけっこうな時間を要する距離だが、馬で走れば半ときほどで川岸まで辿り着くことができた。
この西の離宮には、生後間もなくこちらへ身柄を移され、限られた少数の侍従らによって育てられた王族の子供がいる。
宮廷内でも内情を知る者はごく少ない、落胤の姫君だという。
しかし少数の重臣らによってひた隠しにされてきた真実は、落胤でもなければ姫君でもない、王家直系の第一王子という尊き身分のそれだった。
ヴァンレイクは貴族も市井も黒髪黒眼の国だ。
にもかかわらず、直系正統の第一王子である赤子はそうではなかった。
絹のように艶やかな明るい金髪と、二色に変容する金緑石のような虹彩の眸という、明らかに異質の外見であったことから王家に不穏を呼び込んだことが、まずひとつ。
さらには伝統を重んじる王家の継嗣がこのように異様な風貌などであってはならない、という公然の約束事がもうひとつ。
それらを鑑みた結果、王子は王位継承権を与えられない代わりに、命と名を与えられた。
王子ではなく王女と性別を偽ったのは、生後間もない第一王子を宮殿の外に連れ出す口実として、何かと都合が良かったからだ。
その日から王子は出自を塗り替えられた落胤の姫君となった。
金の髪と金緑石の眸を持つ王子の名は、レスタ・セレン――レスタ、という。
かれらの出会いから、ふたつの歯車は廻りはじめた。
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