天網の果て

なつあきみか

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鬼神の章

其ノ八

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 知らず、支えてくれる仁の腕を強く掴んでいた。 
 そんな暁日に仁が躊躇いがちに訊いてきた。 
「誰だ、…あいつ」 
 では、見えるのか。 
 もとより魍魎とは桁が違う。うぶすなの力が充ちていようと人間の姿になりすまし、その力の片鱗を自在に放つことも、なお人界に紛れることも、鬼神にはまったく造作もない。 
「…あき?」 
 答えない暁日に何を感じたのか、仁の腕から警戒と緊張が伝わってきた。 
 だめだ。これ以上は。

「誰だ、出てこい」 
「やめろ仁、」 
「馬鹿言え。おまえがこんななってんのにほっとけるか」 
「べつにどうもしてない。建物がいきなり消えたんで驚いてただけだ…、それより早く、」 
 言いかけた言葉を遮るように、仁は暁日を支える腕に力を籠めた。 
「…見えてたんだよ…。おいおまえ、さっきこいつに何してやがった」 
「仁…っ」 

 何で分からないんだ。
 この圧倒的な気配が。神の名を持つものの息吹が。


 が静かに、―― とても静かに、神威をひそませた吐息で薄く笑った。 


「それは俺のだ」
 

 優しげにさえ聞こえる声だった。同時に痛いほど暁日の心臓が軋んだ。 
 ここにいるのかと、思った。―― 息さえ止まるこの痛みの向こうに。沙那が。 

「…嘘つけ」 
 硬く強ばった暁日を支えながら、仁はふりしぼるように返した。 
「どさくさ紛れに手ェ出して嫌がられてただけだろうが」 
「見てたんじゃなかったのか?」 
「見てたから言ってんだよ」 
「仁やめろっ…」
 やめてくれ。

 いまの俺じゃおまえを助けてやれない。俺の言葉じゃこいつは聞かない。 





 だめだ殺すな。そんなことをしてもおまえは何も取り戻せない。 



     俺はおまえとは行かない。  

                          全部捨てた。

           おまえのことも。 


   これ以上呼ぶな。

               おまえが無事でよかった。



                      憎んだんだ俺はおまえを。 




 憎んだんだ。 




    おまえのことを覚えている、  忘れられるはずがない。











                            おまえが無事で、 


 ―― 無事でよかった、夜刀やと。 







 誰の無事を願ったのか。誰のことを憎んだのか。誰の名を呼んだのか。 
 意識は混濁した感情に呑み込まれるまま、暁日は奈落の底へと落ちていった。 


 ―― 夜刀、
        俺はおまえを、




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