儀式

ケン・G

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はじまり

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平日の繁華街は思ったより多くの人が歩いていた。
スーツを着たサラリーマン、やたらと派手な学生、タイトなパンツを履いた不良、小綺麗な女。
俺はそんな街をただ眺めていた。
客引きは男も女もこちらを見るが直ぐに目を逸らす。おそらく金が無いことが丸わかりなのだろう。

「あれ、久しぶりじゃん」

後方から声をかけられた。
振り向くとそこにはメガネをかけた見知らぬ男が立っていた。

「あの、誰ですか?」

面識のない男に俺は不安を覚えながらも尋ねた。おそらく人違いだろう。万が一知っていた場合は失礼だが。

「あれー、俺の事わからない?地元ここら辺でしょ?」

「はい、そうですけど」

もしかしたら古い知り合いなのかもしれない。記憶を巡らせる。

「ん?だって、どこ中?」

「北中です」

「やっぱそうじゃん」

と、男はメガネを外した。男の顔には少しだけ見覚えがある気がした。

「もしかして芳樹くんですか?」

確か中学時代の先輩で数回遊んだことはあったがそこまで仲が良かったわけでない。

「そうそう、芳樹だよ、てかひさびさじゃん」

「まあ、そうですね」

記憶の中の芳樹君はあまり笑うイメージが無い。しかし人は変わる。

「うん、で、あれ、今は飲んでる感じ?」

「はい」

芳樹君は周りを見渡す。そしてこちらに顔を向けた。

「もしかして一人?」

「まあ、はい」

「ふーん……まあ、実はさ、俺もそうなんだよね」

「ああ、そうなんですか」

「良かったらさ、飲もうよ、奢るし」

「いいんですか?」

これは良い提案だった。
仕事を辞めて一ヶ月、毎日のように遊びまわり動かせる所持金も残りわずかとなっていたからだ。
ただより怖いものはないと言うが貰えるものは貰っておいた方が良いとも言う。
結局は人の価値観なのだ。俺はそれが後者なだけ。

「良い店があんだよね」

そう言う芳樹君に俺はついて行った。
その後俺達は芳樹君行きつけの店を飲み歩いた。そして気づいた頃には夜が明けていた。

「でも大変だなぁ、敦史、どうすんだ?これからの生活」

ビルの隙間から差し込む日光に照らされながら肩を組まれながら歩いていた。

「そうっすねぇ……まあ、うーん……」

酒に酔っていたのもあると思うが俺の頭には何も浮かばなかった。
新しい仕事。やりたい事などないし、かといって前の会社の同業種も嫌だった。
強いて言うなら、楽に大金を得られるような……そんな甘ったれな事しか考えられなかった。

「なんか、良いバイトでもないっすかね?」

俺は思った事を正直に口にした。

「あるよ、一週間で20万、やってみる?」

「ええっと……」

芳樹君は俺の目をジッと見つめながらニィヤと奇妙な笑みを浮かべた。そんな芳樹君を見て、一瞬ギョッとしてしまったが酒に浸った脳味噌を回転させる。
一週間で二十万、それは無職の貯金暮らしにはかなり魅力的な数字だった。
しかし、怪しい。一ヶ月で考えれば八十万もの大金に達する。
命と時間を削って働く人間の二倍も三倍もの金を手に入れられるのだ。
それは一体どんな仕事なのか。SNSやテレビで話題の裏バイトの類なのか。

「内容は、どんなですか?」

すぐには答えを出せなかった。
俺のそんな態度に気付いたのか芳樹君はさっきまでの普通の笑顔に戻った。

「額が額であれだけど全然やばい仕事じゃないよ、ほら俺今映像制作会社に居るって言ったじゃん?」

芳樹君は前の店でそう言っていた。確か小さな会社だけどなんか羽ぶりが良いらしい。
店の人もひどく驚いていた。

「そんで、うちが出した心霊ビデオのやつがさ、めちゃめちゃ売れたんだよ」

その類の物は何度か友人と見た事があった。
素人が撮った投稿物や怪談や体験談をドラマ化した物などいろいろ種類があった気がする。

「で、そのプロジェクトさ、俺が立ち上げたんだよ、わかる?俺はプロデューサーってわけ?」

「プロデューサー、ですか」

いまいち意味がわからない。そもそもプロデューサーってなんだ?
そんな俺の様子を感じ取ったのか芳樹君は口を開いた。

「まあ、要するに俺はその映像の制作費を自由にできる立場にあんだよ」

「そうゆう事なんですね」

とりあえず芳樹君は心霊ビデオを作っている。そしてどうやらその制作費などを自由にできる立場にあるらしい。
しかし一体何をするのだろうか。
いや、簡単な想像くらいつく。

「ある廃墟で一週間暮らして欲しいんだ」

予想は的中した。
心霊ビデオ、高額な報酬、それは商品となる素材の収集以外にはあり得ない。
その廃墟はおそらくその筋の人間には有名な場所なのだろう。誰も行きたがらないようなやばい場所。
それならあり得ない話ではないかも知れない。

「美味しいぞ?敦史だから二十万も出すんだ、相場より何倍も高いぞ?」

「それに、場所はまあまあ有名だけど大した事はないよ、それに、ここだけの話心霊ビデオなんてのは大体作りモンだよ」

芳樹君の言葉を聞いているとその話がとても魅力的に思えてきた。

「わかりました、その仕事、受けさせてもらいます」

大丈夫、何も起きはしない。
起きたとしても死にはしないさ、きっと。
少しの不安はあったが俺はその仕事を引き受ける事にした。









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