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王都治安維持部隊
クガンの過去2
しおりを挟むハットの仕事から数日後。俺はいつものようにギャングの溜まり場であるバーのカウンターに腰掛けていた。テーブルにはウイスキーのロックと水。
店内にはカウンターに立つ店のマスターとトカイの三人だけだ。
喧嘩や急な仕事が入ってもすぐに動けるように俺の様な下っ端はこの店にいるのがルールとなっている。
今日の当番は俺とガム。時計を見ると十一時を過ぎていた。
「おい、ガムはまだか?」
「わかりません、寝坊かなんかですかね、呼んできますか?」
苛立った様子のトカイが聞いて来たダメ俺は
笑顔を作りつつ答えた。トカイは下を向きため息を吐いたがすぐにこちらを見た。
「いや、良い、お前は酒でも飲んでろ……でも飲み過ぎんじゃねぇぞ?」
「はい」
「あ、そうだ、最近得体の知れない連中がこの街をうろちょろしてるからな、気を付けろよ」
「わかりました」
テーブル上のチョコを口に放り込む。一瞬の苦い風味の後、甘味が口の中で溢れる。そこにウイスキーを流し込む。甘味が引き締められ今度はウイスキーの風味が口の中を満たした。すぐに水を飲む。飲まなければ酔っ払ってしまって動けなくなるだろう。
その状態で喧嘩などすればすぐにやられてしまうし、会合に連れていかれたら粗相をしてしまうかもしれない。
酒は飲んでも飲まれるな、ギャングになって初めに教わる事の一つだ。
「すいません、遅れました」
しばらくしてガムが店に入って来た。すぐにトカイの前に行き、深く頭を下げた。
そんなガムの頭をトカイは蹴った。ガムは後ろに倒れ込む。
「どうゆう事だ?ガム、調子こいてんじゃねぇぞ?ああん?」
「すいません……」
その後トカイはガムに説教をした。それに対してガムはただただ謝っていた。
「次はねぇからな?……まあ、今日は待機だからよ、クガンと酒でも飲んでろや」
トカイから解放されたガムが隣に座る。
「どうしたガム?珍しいじゃん」
「ああ、まあな……マスター、ビールお願いします」
ガムはどこか浮かない表情をしていた。そのうちビールがやって来てからガムはいっきに飲み干した。
「クガン、ヌマエラを見てねぇか?」
ヌマエラ、ガムの恋人の元売春婦で黒髪の美しい女だ。
「知らねぇけど、喧嘩でもしたか?」
「いや、今朝居なくなってた」
「そりゃあ、言いたくはねぇけどよ……」
「いや、あいつは、もうやらねぇ」
ガムは自分に言い聞かせるように呟いた。
あれは一年ぐらい前の事だった。まだ俺が港湾労働者を辞めたばかりで暇をしていた時だった。
ある夜、突然仕事を辞めた同僚……ガムが家に尋ねて来た、女を担いで。
「何の用だよ、金なんてねぇぞ?」
ガムがギャングになったのは知っていた。ついでにギャングの経営している娼館のとある娼婦に入れ込んでいるというのも。
そしてギャングになった者が訪ねてくる理由なんてだいたい昔から決まっていた、それは金か勧誘か薬だ。
「ちがう、とりあえず、中に入れてくれないか?」
ガムの瞳からは悪意は感じ取れなかった。代わりに焦りと責任。おそらく担いでいる女に関する事だ。
どうせろくな事にはならない。ギャング、娼婦、そしてガムの様子からその匂いはしていた。
「その女、どうしたんだ?、揉め事ならごめんだぞ」
俺はガムに尋ねた。こうゆう時は直接的に言った方がいい。
「これは俺の女だ、頼む、彼女の命にかかわる……ヤクを抜く」
「超薬か?」
この世界には人を壊す薬が幾つか存在している。煙草のように吸ったり食べ物に混ぜたりすれば幻覚や幸福感を得られる植物、楽草。それを精製し、更に効果を高めた楽薬、そして楽薬を添加物を加えながら更に精製した超薬。
特に不味いのが超薬だ。元は戦争時兵士の恐怖心を無くすために開発された物だったが現在製造方法が流出し今ではブラックマーケットで大量に流出している。
「ああ」
「わかった、入れよ」
「ありがとう、すまない」
何で協力したのか、それは自分でもわからない。ただ、知っていたからなのかもしれない。超薬の恐怖を。
娼婦として街を流していた母の仲間は大体これで死んでいた。
超薬は他の二つと違い別格だ。快楽も、依存性も。楽草はそれ程依存性はない、煙草や酒程度だ。しかし楽薬からは離脱症状が出始める。それは不快感や幻覚や倦怠感。
そして超薬の離脱症状は地獄と呼ばれるほど凄まじい。それから逃れるために回数が増え、頭が壊れていくのだ。そしてやるたびに量が増え簡単に致死量を超える。
「地下室を使いたいんだろ?」
「ああ、すまない」
「水は汲んできてやる、縄は?」
「縄?」
母親の仲間の薬抜きを何度か見た事があった。一日立つと暴れ出す。それから全身が痛いと騒ぎ、暑いと言った数分後に寒いと言い出す。それが半週間続く。
「暴れ出すんだよ……」
「わかった……」
その言葉を聞いたガムは目線を下に向きながら頷いた。
「とりあえず、女はどうゆう状態なんだ?」
「寝ているだけだ……」
「わかった、じゃあ、まだ水はいらない……目が覚める前に、縄で縛るぞ」
「ああ」
ガムと女を家にあげた。
俺は地下室への床扉を開く。階段が下に降りており数段下は暗闇で見えない。
持ってきた蝋燭に火をつけその灯りを頼りに下へと降りた。
地下室は母親が死んでから一度も入っていない。商人をしていた父がいた頃は在庫の商品の物置として使っていたようだが父が逃げ、それらを全て売り払った後は無用の長物となっていた。
貧困層の親子二人、補完する物などろくにありはしない。
部屋はそれなりの広さの一室に真ん中に大人の男ほどの太さの煉瓦の柱があるだけだ。
柱に目がいって見入ってしまう。この柱に縛り付けられ苦しみもがく名も知らない母の仲間。その光景とある言葉を思い出した。
「超薬には関わってはいけないわ」
母の教育はトラウマとなっているが感謝もしている。
「結構不気味だな」
俺の後にやってきたガムが呟いた。
確かに雰囲気があるのは認めるがそれを口にしたガムに少し苛ついた。
「悪かったな……」
「いや、悪い」
そう言いながらガムは女を地面に降ろした。
「とりあえず、お前は縄を持って来い、その女の手と体をあの柱に巻きつけるぐらいの長さのやつをな」
と柱を指差しながら言った。
「ああ、そうだな」
しかしガムはすぐに動かず女を見つめていた。
「何してる?起きてからじゃ面倒だぞ?」
「彼女が心配だ」
ガムは視線を俺に向けた。その目には敵意すら混じっているかと思うほどだった。
「いいか?俺は部屋を貸してやってるんだぞ?、それに、ギャングを家に一人にする程俺は不用心じゃ無い」
「……わかった、ただし、ヌマエラに手を出したら殺すからな」
ガムの真意に気付き、苛立ちと呆れてしまい大きなため息を吐いた。
「ふざけんなよ、お前」
俺はガムに掴み掛かった。しばらくガムと睨み合いをしていたがガムが謝罪の言葉を述べた後に部屋を出ていった。
女、ヌマエラの顔を見やる。
黒髪の美しい女だった。金を払い一晩抱いても良いと思える程の。
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