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王都治安維持部隊
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上品な街並みを眺めながら一人の青年が公園のベンチに腰を降ろしていた。
青年は公園に設置された時計を見ながらため息をつく。
待ち合わせの時間はとうに過ぎている。
それでもこの場から離れないのはアテがそれしか無いからだ。
空は夕陽で赤く染まり出していた。
青年は煙草を取り出し火をつける。
これを吸い切ってまだ誰も来なかったらとうとう動き出そう……
もう来ないであろう待ち人がくる希望を持ちながら、自らが吐き出した紫煙が上る王都の空を見上げていた。
青年のそんな希望はしばらくして叶う事となった。
「こんにちわ、貴方がクガンさん?」
突然名前を呼ばれた青年、クガンは少し驚いた。
振り返ると黒い軍服の様な服を見に纏った女が立っていた。
翡翠色の瞳に金髪、一見何処かの良家の娘にも見えるが腰に刺さる剣と服がそれを否定していた。
「そうです、けど……初めまして、クガンです」
少し面食らってしまったクガンだったがここで舐められてはいけないと右手を出しながら少し声を張って自己紹介をする。
それを見た女は笑みを浮かべその手を握り返した。
「こちらこそ初めまして、ラフィアと申します、遅れてごめんなさい、急な仕事が入ってしまって」
お互いの自己紹介を終え、手を離す。
「もうとっくに帰っちゃったと思ってたわ…」
「まあ、他に行くとこも無いんで」
「そう、よね、まあ、それじゃあ行きましょうか」
とラフィアは苦笑いを浮かべながら歩き出しクガンはその後に着いていく。
公園からまっすぐ大通りを歩く。通りは多くの人で賑わっていた。
和やかな家族から恋人達、酒に酔っているであろう男や女。
それはこの都市が発展している事の証だ。
「どう?王都は、やっぱり故郷のベツィアとは違う?」
ラフィアの質問を聞いてクガンは自らの故郷を思い浮かべた。
王国最大の港湾都市。派手で煌びやかな街は星の都と呼ばれている。
実態は物と人と金が入り乱れる欲望の渦。
美しい通りを一歩抜けるとそれに弾き出された負け犬達が闊歩しているような、そんな二面性を持った街だった。
それに比べて王都は格式が高く良い意味で落ち着いているように見えた。
勿論貧富の差もあるだろうし、クガンは全てを見た訳ではないがそう映っていた。
「そうですね、向こうの方が派手なんですけど、こっちの方はなんて言うか…」
「上品、とか?」
上手い言葉が浮かばないでいたクガンにラフィアは笑顔を浮かべながら答えた。
それにクガンは同意する。
ラフィアはどこか嬉しそうに笑った。
歩きながら景色を眺めていたクガンだったがある事に気づいた。
それは自分達が一度も歩く方向を変えていない事に。
これだけの人間がいれば衝突を避ける為に動いてもおかしくは無い。しかしクガンはずっとまっすぐ歩いていた。
その理由はすぐに分かった。人々は避けているのだ。
ラフィアを見た人々は訝しむような視線を向けながら無言で道を開けていた。
それはラフィアの事を恐れているような、そんな雰囲気だった。
それはおそらくラフィア個人というより制服に対する物だろう。
王都治安維持部隊、自分はとんでもない組織に入ってしまったのかも知れない、とクガンは思わずにはいられなかった。
しばらく歩き店や人がまばらになった所でラフィアが足を止め右の建物を指差した。
3階建てのかなり大きな灰色の煉瓦作りの建造物だ。
そこはクガンも知っている場所だった。
王都治安維持部隊本部。二日前クガンが入隊希望手続きをしに行った所だった。
「一度来た事あると思うけど、ここが明日からあなたの職場です、クガン」
「はい、よろしくお願いします」
中に入った二人は受付を通り過ぎ、中央の階段を登り二階へと上がった。
階段を登ると正面は休憩スペースとなっており、左右には廊下、前後にはたくさんの扉が見えた。
ラフィアは左の廊下に進んで右手二つ目の第一特別班と書かれたプレートが付いた扉を開けた。
「入ってください」
「失礼します」
中に入ると奥に一人用のソファと机があり手前に長机が二個、それぞれ木製の背もたれが付いた椅子が一つづつ。
それぞれの机には書類やコーヒーカップなどの私物が置かれている。
「これこれ、はい」
とラフィアは奥の机の上に置かれていた箱を手渡した。
「それ、制服よ、それからまだ部屋の手配が出来てなくて、しばらくは隣の部屋で寝泊まりしてもらうわ」
「はい」
「付いてきて」
二人はは動き出した。扉を開け、廊下に出た後隣の部屋に入った。
中は真っ暗だったがラフィアがランプに火を灯す。
三人は座れそうなソファが二個、その間には高価そうなガラスの机。
応接間のようだった。
「これ、鍵ね、あと一回に蒸し風呂があってでも近くに銭湯もあるから、まあ、詳しい事は受付に聞いて」
「は、はい」
どこか辿々しいラフィアに困惑しながらもクガンは鍵を受け取った。
「それじゃあ、明日、朝の8時に隣の部屋に来てね」
そう言い残しラフィアは行ってしまった。
残されたクガンはソファに腰を下ろし、タバコに火をつける。煙を吸い込み、吐き出す。
渡された箱が目に留まる。
中を見ておこうと思い、箱を開けた。
中には黒い制服とワイシャツ、革靴とベルトまで入っていた。
煙たいと感じ、窓を開ける。
冷たい風とぼんやりと光る街灯。まばらな人通り。始まる新しい生活。
強く感じたのは、空腹だった。
財布にはまだ一食分くらいの金は入っていだはずだ。
窓を閉め、煙草とランプの火を消して部屋を出た。
窓から差し込む陽の光でクガンは目を覚ました。壁にかけてある時計を見る。
時刻は7時。
昨晩買っておいたパンを咥えながら着替えを始めた。
40分になった時、ノックの音が響いた。
扉を開けるとラフィアが立っていた。
「結構似合ってるじゃない、もう準備はすんだかしら?」
「はい」
「そう、じゃあ少し早いけど行きましょう、全員揃ってるわ、二人しかいないのだけれど」
事務所に入ると二人の人物が立っていた。
黒髪の眼鏡をかけた笑顔を浮かべた優男と赤茶色の髪をした目つきの悪い女。
二人はクガンを見ていた。それに対してクガンは頭を下げた。
「はいはい、この子が新しくこの第一特別版に入る事になったクガンよ」
ラフィアは二人に説明を始めた。
「出身はあの星の都と呼ばれる東方のベツィア…ほら、挨拶して」
「えーと、クガンです、よろしくお願いします」
ラフィアに言われ挨拶をしたクガンに対し目の前の二人は対照的だった。初めに口を開いたのは眼鏡の優男だった。笑顔を浮かべながら歓迎の言葉を言った。
「よろしく、初めまして僕はレイン、一応副班長をしているよ、わからないことはなんでも聞いて」
「よろしく、私はガーナよ」
歓迎の言葉と簡単な自己紹介をしたレインとどこか刺々しい態度のガーナ。
昨晩のラフィアに対する人々の態度を見て治安維持部隊に対して身構えていたクガンにとって二人は意外と普通、と言う印象だった。
「レイン、地下の準備はできてる?」
ラフィアがレインに聞いた。
それに対してレインは出来ていますよと微笑みながら頷く。
「そう、なら早速行きましょうか、ガーナも平気?」
「ええ、班長」
そんな三人の会話にクガンは付いていけない。この建物の地下に何かあるのだろうか。
「じゃあクガン、私達に付いてきて」
四人は部屋を出て階段を降り、地下のある一室に入った。
部屋はかなり広い。部屋の中心に丸い枠が出来ており中は土となっている。
それは恐らく訓練場のようだった。
「クガン、貴方には今からガーナと戦ってもらうわ」
「わかりました」
普通ならば躊躇っていたかもしれないがクガンはすぐに答えた。
この部屋に入った時からある程度何をするのか予想できていた。
恐らく自分の実力が知りたいのだろうとクガンは考えていた。
そしてその相手に女を選んだ事に自分が余り期待されていないのも感じていた。
ガーナは恐らく強いのだろう、しかし限度がある。不意を突かれたりしたならばわからないが真正面からやって負けるとは思えなかった。
「じゃ、早速やろうか?」
ガーナは円の中に入った後そう言ってきた。木剣を握りしめていた。
「君はどの武器を使うの?一応あるのは短剣から長剣、普通の棍棒に三節棍…」
「いや、要りませんよ」
武器の説明をするレインに対し笑みを浮かべたクガンはそう返しながら円の中に入った。
そんなクガンに対しガーナは目を開き睨みつけた。その顔は怒りに満ちている。
「分かった」
ガーナはそう言って手に持った木剣を後ろに投げ捨てた。床に落ちた音が部屋に響く。
そんな挑発にクガンは苛立ちを覚えていた。
「来なさい、遊んであげる」
そのガーナの一言でクガンは動き出した。
クガンはガーナに近づく。微動だにしないガーナに更に苛立ちながら右フックを放った。
もちろん本気ではない。むかつきはするが相手は女なのだ。一撃軽く当てるかすんでのところで止めてビビらせれば良い。
ガーナの体はそこらにいる町娘と見た目的には余り変わらない。自分が負けるなどあり得ない。
しかしそれは単なる勘違いだとクガンは思い知らされる。
まず右フックを左手で受け止めたガーナは右手でクガンにストレートを放った。
予想していなかった突然の衝撃にクガンは一瞬思考を停止したが直ぐに状況を確認する。
「やりやがったな」
その一撃でクガンの理性の糸は切れた。
左で全力のストレート。
しかしそれすらもガーナの右手で簡単に受け止められた。更に右手も左手もガーナに捕まれ動かせない。
逃げようとしても逃げられない。女とは思えないその力にクガンのプライドは傷ついた。
そんな状態でガーナは近づきクガンに膝蹴りを放った。その衝撃は相当のものでクガンは呼吸が止まりかけていた。
クガンは体を当て押そうとするが後ろに下がられ逃げようとすれば引っ張られる。
その攻防の間にも膝蹴りを喰らっていた。
このままではまずい。
クガンは頭突きをしようと頭を上げた。
それを見たガーナはクガンが頭を下げる瞬間に顔面目掛け、頭突きを放った。衝撃でクガンの頭は跳ね上がりガーナも手を離し後ろに後退する。
鼻血を噴き出しながら倒れ込むクガンとは対照的にガーナは体勢を立て直す。
そして両手をつけているクガンの左肩に前蹴りを入れた。
仰向けに倒れ込んだクガンに馬乗りになり二発拳を入れた後胸ぐらを掴んだ。
「貴方ベツィアでチンピラしてたんだって?勘違いしちゃって」
「あ、あう、あ」
ガーナの問いかけにクガンは答えられなかった。目を見開きながら天井を見上げるその姿は誰が見ても意識が飛んでいた。
意識を失ったクガンはレインによって一階の医務室へと運ばれた。
地下にはラフィアとガーナが残っていた。
「はぁ、どうしようかしら」
ラフィアはため息をついた。別にクガンに期待していたわけでは無かった。
経歴からして歯が立たないことくらいわかっていた。
ベツィアの犯罪組織に身を置き、憲兵に暴行を加え一年間の懲役。
これだけ見れば街のチンピラだ。普通だったらただのチンピラが治安維持部隊に入れる訳がない。しかしクガンにはとある人物の推薦があったのだ。その人物曰く殺しの才能がある、と。
しかしこの戦いではそれはかけらも見られなかった。
それだけではない、打たれ弱く意志の強さは感じられないし、動きは全くの素人。
任務に連れて行けばすぐに死ぬだろう。
訓練をしたとして、一人前になるまでにどれぐらいかかるのだろうか。
「戦った貴女からして、彼はどう?」
ラフィアはガーナに聞いた。
やはり対峙しなければわからない事もあるのは承知している。
「そうですね、まあただのチンピラですね」
「そうなのよねぇ」
予想通りの回答にラフィアはため息を吐いた。
(まだ機密は何も教えてないし、辞めてもらおう、そっちの方が幸せだろうし)
ラフィアはそう考えていた。
「でも、目は良かった…動きは素人でしたが私の動きは追えていた」
「そうかしら?」
「ええ、もしかしたら化けるかも、あいつの頑張り次第ですけど」
「そうだと良いけれど」
夕陽に照らされた街の一角優雅な表通りと違い暗い雰囲気と悪臭が漂う裏路地。
目の前にはスキンヘッドの男が立っていて後ろにはそいつの仲間達が集まっている。
スキンヘッドは笑っていたがその目からは明確な殺意が感じられた。
後ろの奴らは笑っていたり睨んでいたり様々だったが総じて俺に敵意を向けていた。
「おい、さっきはよくもやってくれたなぁ、ええ?」
スキンヘッドが叫ぶ。
そして、近づいて来た。俺はポケットに手を入れた。中に入っているナイフを握りしめ、タイミングを待った。
このままでは殺される。
しかもただ殺されるだけじゃない、拷問を受け仲間の事を喋らされた挙句やられるのだ。
そんなのは嫌だ。ならば、やるしかない。
「怯えちゃってよぉ、すぐ殺してやるからなぁ」
俺が何も喋らないからなのかスキンヘッドは明らかに油断していた。
好都合だ。距離を測りタイミングを伺う。
一歩、一歩と近づいてくる。まだだ、まだ早い。そして、奴は俺の間合いへと足を踏み入れた。今だ。
素早く近づき、首にナイフを突き刺した。
「うああああああああああ」
男の悲鳴と温かい液体。むせ返るほどの鉄の匂い。遅れてざわつき始める後ろの連中。
ナイフを抜くと更に血が吹き出してきた。
でもそんな事もうどうでも良かった。
俺はスキンヘッドを蹴り倒し、集団の真正面にいた男に切り掛かった。
腕で防がれたが血は派手に流れていた。
男は怯え、泣き喚いていた。
今がチャンスだ。
俺はかき分けるようにして逃げ出した。
それは一年前の忘れられない出来事だった。
クガンは目を覚ました。悪夢を見ていたせいなのか体は汗で濡れていた。
自分は何でこんなところで寝ているのか。
初めは頭に靄がかかったようで思い出せなかったが次第に現れてきた顔と腹の痛みで思い出した。
自身が完膚なきまでに潰された事を。
「おはよう、顔の調子はどう?」
横を向くとガーナが座っていた。赤茶色の髪が窓から差し込む夕陽に反射して輝くその姿は綺麗だった。
ガーナは見下したような笑みを浮かべていた。
しかしクガンは自分でも不思議なくらい怒りを感じていなかった。
それはどうしようもない実力差があったからだ。一対一の喧嘩では負けたことがなかったクガンにとって初の負け、それも女。
更に戦いの前の挑発の挙句に速攻で負け。
恥ずかしさを感じていた。
今まで調子に乗っていたツケが回ってきたのだろうか。
「まあ、痛いですよ、すごく」
そんなクガンの様子を見て拍子抜けしたのかガーナはつまらなそうな顔をした。
「何?さっきまでの威勢はどこへ行ったの?」
「いや、まあ、そうですね」
歯切れの悪い答えにガーナは深いため息を吐いた。
「わかってると思うけど、このままじゃクビだよ?まあ、あの調子じゃ辞めちゃった方がいいかもね」
クガンは無言を貫いた。
ガーナのその言葉に腑が煮え繰り返る思いだったが、耐えた。
あんな無様な負け方をした後では何を言っても滑稽なだけだと分かっていたからだ。
しかしガーナの言葉はもっともだ。
このままでは自分は使い物にならない。
いっそのこと辞めてしまうか?いや、それだけは嫌だ。舐められっぱなしで終われない。
それに自分には他に居場所などない。
そこでクガンはある決断をした。それは自分のプライドをへし折って出した答え。
「俺に戦い方を教えてください」
「嫌、めんどくさい」
様々な葛藤を抱えながら吐き出したクガンの要求をガーナは簡単に断った。
一瞬頭に血が上ったが何とか堪える。
「嘘だよ、実はラフィア班長に貴方の指導を頼まれた、だから明日からは私が師匠」
「そう、ですか」
ガーナは明らかに嫌々だったがそれでもクガンはホッとしていた。
「それと、敬語じゃなくて良いよ、私達歳はほとんど変わらないしね」
「そ、そうなのか……ってマジか」
「マジ、でも師匠だから、敬意は持ってね」
青年は公園に設置された時計を見ながらため息をつく。
待ち合わせの時間はとうに過ぎている。
それでもこの場から離れないのはアテがそれしか無いからだ。
空は夕陽で赤く染まり出していた。
青年は煙草を取り出し火をつける。
これを吸い切ってまだ誰も来なかったらとうとう動き出そう……
もう来ないであろう待ち人がくる希望を持ちながら、自らが吐き出した紫煙が上る王都の空を見上げていた。
青年のそんな希望はしばらくして叶う事となった。
「こんにちわ、貴方がクガンさん?」
突然名前を呼ばれた青年、クガンは少し驚いた。
振り返ると黒い軍服の様な服を見に纏った女が立っていた。
翡翠色の瞳に金髪、一見何処かの良家の娘にも見えるが腰に刺さる剣と服がそれを否定していた。
「そうです、けど……初めまして、クガンです」
少し面食らってしまったクガンだったがここで舐められてはいけないと右手を出しながら少し声を張って自己紹介をする。
それを見た女は笑みを浮かべその手を握り返した。
「こちらこそ初めまして、ラフィアと申します、遅れてごめんなさい、急な仕事が入ってしまって」
お互いの自己紹介を終え、手を離す。
「もうとっくに帰っちゃったと思ってたわ…」
「まあ、他に行くとこも無いんで」
「そう、よね、まあ、それじゃあ行きましょうか」
とラフィアは苦笑いを浮かべながら歩き出しクガンはその後に着いていく。
公園からまっすぐ大通りを歩く。通りは多くの人で賑わっていた。
和やかな家族から恋人達、酒に酔っているであろう男や女。
それはこの都市が発展している事の証だ。
「どう?王都は、やっぱり故郷のベツィアとは違う?」
ラフィアの質問を聞いてクガンは自らの故郷を思い浮かべた。
王国最大の港湾都市。派手で煌びやかな街は星の都と呼ばれている。
実態は物と人と金が入り乱れる欲望の渦。
美しい通りを一歩抜けるとそれに弾き出された負け犬達が闊歩しているような、そんな二面性を持った街だった。
それに比べて王都は格式が高く良い意味で落ち着いているように見えた。
勿論貧富の差もあるだろうし、クガンは全てを見た訳ではないがそう映っていた。
「そうですね、向こうの方が派手なんですけど、こっちの方はなんて言うか…」
「上品、とか?」
上手い言葉が浮かばないでいたクガンにラフィアは笑顔を浮かべながら答えた。
それにクガンは同意する。
ラフィアはどこか嬉しそうに笑った。
歩きながら景色を眺めていたクガンだったがある事に気づいた。
それは自分達が一度も歩く方向を変えていない事に。
これだけの人間がいれば衝突を避ける為に動いてもおかしくは無い。しかしクガンはずっとまっすぐ歩いていた。
その理由はすぐに分かった。人々は避けているのだ。
ラフィアを見た人々は訝しむような視線を向けながら無言で道を開けていた。
それはラフィアの事を恐れているような、そんな雰囲気だった。
それはおそらくラフィア個人というより制服に対する物だろう。
王都治安維持部隊、自分はとんでもない組織に入ってしまったのかも知れない、とクガンは思わずにはいられなかった。
しばらく歩き店や人がまばらになった所でラフィアが足を止め右の建物を指差した。
3階建てのかなり大きな灰色の煉瓦作りの建造物だ。
そこはクガンも知っている場所だった。
王都治安維持部隊本部。二日前クガンが入隊希望手続きをしに行った所だった。
「一度来た事あると思うけど、ここが明日からあなたの職場です、クガン」
「はい、よろしくお願いします」
中に入った二人は受付を通り過ぎ、中央の階段を登り二階へと上がった。
階段を登ると正面は休憩スペースとなっており、左右には廊下、前後にはたくさんの扉が見えた。
ラフィアは左の廊下に進んで右手二つ目の第一特別班と書かれたプレートが付いた扉を開けた。
「入ってください」
「失礼します」
中に入ると奥に一人用のソファと机があり手前に長机が二個、それぞれ木製の背もたれが付いた椅子が一つづつ。
それぞれの机には書類やコーヒーカップなどの私物が置かれている。
「これこれ、はい」
とラフィアは奥の机の上に置かれていた箱を手渡した。
「それ、制服よ、それからまだ部屋の手配が出来てなくて、しばらくは隣の部屋で寝泊まりしてもらうわ」
「はい」
「付いてきて」
二人はは動き出した。扉を開け、廊下に出た後隣の部屋に入った。
中は真っ暗だったがラフィアがランプに火を灯す。
三人は座れそうなソファが二個、その間には高価そうなガラスの机。
応接間のようだった。
「これ、鍵ね、あと一回に蒸し風呂があってでも近くに銭湯もあるから、まあ、詳しい事は受付に聞いて」
「は、はい」
どこか辿々しいラフィアに困惑しながらもクガンは鍵を受け取った。
「それじゃあ、明日、朝の8時に隣の部屋に来てね」
そう言い残しラフィアは行ってしまった。
残されたクガンはソファに腰を下ろし、タバコに火をつける。煙を吸い込み、吐き出す。
渡された箱が目に留まる。
中を見ておこうと思い、箱を開けた。
中には黒い制服とワイシャツ、革靴とベルトまで入っていた。
煙たいと感じ、窓を開ける。
冷たい風とぼんやりと光る街灯。まばらな人通り。始まる新しい生活。
強く感じたのは、空腹だった。
財布にはまだ一食分くらいの金は入っていだはずだ。
窓を閉め、煙草とランプの火を消して部屋を出た。
窓から差し込む陽の光でクガンは目を覚ました。壁にかけてある時計を見る。
時刻は7時。
昨晩買っておいたパンを咥えながら着替えを始めた。
40分になった時、ノックの音が響いた。
扉を開けるとラフィアが立っていた。
「結構似合ってるじゃない、もう準備はすんだかしら?」
「はい」
「そう、じゃあ少し早いけど行きましょう、全員揃ってるわ、二人しかいないのだけれど」
事務所に入ると二人の人物が立っていた。
黒髪の眼鏡をかけた笑顔を浮かべた優男と赤茶色の髪をした目つきの悪い女。
二人はクガンを見ていた。それに対してクガンは頭を下げた。
「はいはい、この子が新しくこの第一特別版に入る事になったクガンよ」
ラフィアは二人に説明を始めた。
「出身はあの星の都と呼ばれる東方のベツィア…ほら、挨拶して」
「えーと、クガンです、よろしくお願いします」
ラフィアに言われ挨拶をしたクガンに対し目の前の二人は対照的だった。初めに口を開いたのは眼鏡の優男だった。笑顔を浮かべながら歓迎の言葉を言った。
「よろしく、初めまして僕はレイン、一応副班長をしているよ、わからないことはなんでも聞いて」
「よろしく、私はガーナよ」
歓迎の言葉と簡単な自己紹介をしたレインとどこか刺々しい態度のガーナ。
昨晩のラフィアに対する人々の態度を見て治安維持部隊に対して身構えていたクガンにとって二人は意外と普通、と言う印象だった。
「レイン、地下の準備はできてる?」
ラフィアがレインに聞いた。
それに対してレインは出来ていますよと微笑みながら頷く。
「そう、なら早速行きましょうか、ガーナも平気?」
「ええ、班長」
そんな三人の会話にクガンは付いていけない。この建物の地下に何かあるのだろうか。
「じゃあクガン、私達に付いてきて」
四人は部屋を出て階段を降り、地下のある一室に入った。
部屋はかなり広い。部屋の中心に丸い枠が出来ており中は土となっている。
それは恐らく訓練場のようだった。
「クガン、貴方には今からガーナと戦ってもらうわ」
「わかりました」
普通ならば躊躇っていたかもしれないがクガンはすぐに答えた。
この部屋に入った時からある程度何をするのか予想できていた。
恐らく自分の実力が知りたいのだろうとクガンは考えていた。
そしてその相手に女を選んだ事に自分が余り期待されていないのも感じていた。
ガーナは恐らく強いのだろう、しかし限度がある。不意を突かれたりしたならばわからないが真正面からやって負けるとは思えなかった。
「じゃ、早速やろうか?」
ガーナは円の中に入った後そう言ってきた。木剣を握りしめていた。
「君はどの武器を使うの?一応あるのは短剣から長剣、普通の棍棒に三節棍…」
「いや、要りませんよ」
武器の説明をするレインに対し笑みを浮かべたクガンはそう返しながら円の中に入った。
そんなクガンに対しガーナは目を開き睨みつけた。その顔は怒りに満ちている。
「分かった」
ガーナはそう言って手に持った木剣を後ろに投げ捨てた。床に落ちた音が部屋に響く。
そんな挑発にクガンは苛立ちを覚えていた。
「来なさい、遊んであげる」
そのガーナの一言でクガンは動き出した。
クガンはガーナに近づく。微動だにしないガーナに更に苛立ちながら右フックを放った。
もちろん本気ではない。むかつきはするが相手は女なのだ。一撃軽く当てるかすんでのところで止めてビビらせれば良い。
ガーナの体はそこらにいる町娘と見た目的には余り変わらない。自分が負けるなどあり得ない。
しかしそれは単なる勘違いだとクガンは思い知らされる。
まず右フックを左手で受け止めたガーナは右手でクガンにストレートを放った。
予想していなかった突然の衝撃にクガンは一瞬思考を停止したが直ぐに状況を確認する。
「やりやがったな」
その一撃でクガンの理性の糸は切れた。
左で全力のストレート。
しかしそれすらもガーナの右手で簡単に受け止められた。更に右手も左手もガーナに捕まれ動かせない。
逃げようとしても逃げられない。女とは思えないその力にクガンのプライドは傷ついた。
そんな状態でガーナは近づきクガンに膝蹴りを放った。その衝撃は相当のものでクガンは呼吸が止まりかけていた。
クガンは体を当て押そうとするが後ろに下がられ逃げようとすれば引っ張られる。
その攻防の間にも膝蹴りを喰らっていた。
このままではまずい。
クガンは頭突きをしようと頭を上げた。
それを見たガーナはクガンが頭を下げる瞬間に顔面目掛け、頭突きを放った。衝撃でクガンの頭は跳ね上がりガーナも手を離し後ろに後退する。
鼻血を噴き出しながら倒れ込むクガンとは対照的にガーナは体勢を立て直す。
そして両手をつけているクガンの左肩に前蹴りを入れた。
仰向けに倒れ込んだクガンに馬乗りになり二発拳を入れた後胸ぐらを掴んだ。
「貴方ベツィアでチンピラしてたんだって?勘違いしちゃって」
「あ、あう、あ」
ガーナの問いかけにクガンは答えられなかった。目を見開きながら天井を見上げるその姿は誰が見ても意識が飛んでいた。
意識を失ったクガンはレインによって一階の医務室へと運ばれた。
地下にはラフィアとガーナが残っていた。
「はぁ、どうしようかしら」
ラフィアはため息をついた。別にクガンに期待していたわけでは無かった。
経歴からして歯が立たないことくらいわかっていた。
ベツィアの犯罪組織に身を置き、憲兵に暴行を加え一年間の懲役。
これだけ見れば街のチンピラだ。普通だったらただのチンピラが治安維持部隊に入れる訳がない。しかしクガンにはとある人物の推薦があったのだ。その人物曰く殺しの才能がある、と。
しかしこの戦いではそれはかけらも見られなかった。
それだけではない、打たれ弱く意志の強さは感じられないし、動きは全くの素人。
任務に連れて行けばすぐに死ぬだろう。
訓練をしたとして、一人前になるまでにどれぐらいかかるのだろうか。
「戦った貴女からして、彼はどう?」
ラフィアはガーナに聞いた。
やはり対峙しなければわからない事もあるのは承知している。
「そうですね、まあただのチンピラですね」
「そうなのよねぇ」
予想通りの回答にラフィアはため息を吐いた。
(まだ機密は何も教えてないし、辞めてもらおう、そっちの方が幸せだろうし)
ラフィアはそう考えていた。
「でも、目は良かった…動きは素人でしたが私の動きは追えていた」
「そうかしら?」
「ええ、もしかしたら化けるかも、あいつの頑張り次第ですけど」
「そうだと良いけれど」
夕陽に照らされた街の一角優雅な表通りと違い暗い雰囲気と悪臭が漂う裏路地。
目の前にはスキンヘッドの男が立っていて後ろにはそいつの仲間達が集まっている。
スキンヘッドは笑っていたがその目からは明確な殺意が感じられた。
後ろの奴らは笑っていたり睨んでいたり様々だったが総じて俺に敵意を向けていた。
「おい、さっきはよくもやってくれたなぁ、ええ?」
スキンヘッドが叫ぶ。
そして、近づいて来た。俺はポケットに手を入れた。中に入っているナイフを握りしめ、タイミングを待った。
このままでは殺される。
しかもただ殺されるだけじゃない、拷問を受け仲間の事を喋らされた挙句やられるのだ。
そんなのは嫌だ。ならば、やるしかない。
「怯えちゃってよぉ、すぐ殺してやるからなぁ」
俺が何も喋らないからなのかスキンヘッドは明らかに油断していた。
好都合だ。距離を測りタイミングを伺う。
一歩、一歩と近づいてくる。まだだ、まだ早い。そして、奴は俺の間合いへと足を踏み入れた。今だ。
素早く近づき、首にナイフを突き刺した。
「うああああああああああ」
男の悲鳴と温かい液体。むせ返るほどの鉄の匂い。遅れてざわつき始める後ろの連中。
ナイフを抜くと更に血が吹き出してきた。
でもそんな事もうどうでも良かった。
俺はスキンヘッドを蹴り倒し、集団の真正面にいた男に切り掛かった。
腕で防がれたが血は派手に流れていた。
男は怯え、泣き喚いていた。
今がチャンスだ。
俺はかき分けるようにして逃げ出した。
それは一年前の忘れられない出来事だった。
クガンは目を覚ました。悪夢を見ていたせいなのか体は汗で濡れていた。
自分は何でこんなところで寝ているのか。
初めは頭に靄がかかったようで思い出せなかったが次第に現れてきた顔と腹の痛みで思い出した。
自身が完膚なきまでに潰された事を。
「おはよう、顔の調子はどう?」
横を向くとガーナが座っていた。赤茶色の髪が窓から差し込む夕陽に反射して輝くその姿は綺麗だった。
ガーナは見下したような笑みを浮かべていた。
しかしクガンは自分でも不思議なくらい怒りを感じていなかった。
それはどうしようもない実力差があったからだ。一対一の喧嘩では負けたことがなかったクガンにとって初の負け、それも女。
更に戦いの前の挑発の挙句に速攻で負け。
恥ずかしさを感じていた。
今まで調子に乗っていたツケが回ってきたのだろうか。
「まあ、痛いですよ、すごく」
そんなクガンの様子を見て拍子抜けしたのかガーナはつまらなそうな顔をした。
「何?さっきまでの威勢はどこへ行ったの?」
「いや、まあ、そうですね」
歯切れの悪い答えにガーナは深いため息を吐いた。
「わかってると思うけど、このままじゃクビだよ?まあ、あの調子じゃ辞めちゃった方がいいかもね」
クガンは無言を貫いた。
ガーナのその言葉に腑が煮え繰り返る思いだったが、耐えた。
あんな無様な負け方をした後では何を言っても滑稽なだけだと分かっていたからだ。
しかしガーナの言葉はもっともだ。
このままでは自分は使い物にならない。
いっそのこと辞めてしまうか?いや、それだけは嫌だ。舐められっぱなしで終われない。
それに自分には他に居場所などない。
そこでクガンはある決断をした。それは自分のプライドをへし折って出した答え。
「俺に戦い方を教えてください」
「嫌、めんどくさい」
様々な葛藤を抱えながら吐き出したクガンの要求をガーナは簡単に断った。
一瞬頭に血が上ったが何とか堪える。
「嘘だよ、実はラフィア班長に貴方の指導を頼まれた、だから明日からは私が師匠」
「そう、ですか」
ガーナは明らかに嫌々だったがそれでもクガンはホッとしていた。
「それと、敬語じゃなくて良いよ、私達歳はほとんど変わらないしね」
「そ、そうなのか……ってマジか」
「マジ、でも師匠だから、敬意は持ってね」
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